第31話 偽りの聖戦
荒野に吹き荒れる風は、焦げた鉄の匂いと、行き場を失った死者たちの絶望に満ちていた。
カイルたちはフェンリスの白銀の背から降り、目の前の凄惨な光景に言葉を失い、ただ立ち尽くした。そこはかつてカイルが戦った戦場とは比較にならないほど、命の価値が軽んじられた地獄であった。
「これが……四聖家の言う『平和のための調整』というやつか。笑わせるな」
アルヴァスが、絞り出すような怒りで声を震わせる。
空に浮かぶ空中都市に住まう者たち――自らを「天の使徒の末裔」と称し、下界の命を管理対象の駒としてしか見ていない特権階級。今期、その管理権限を預かる不湯家は、石盤の上の数字を合わせるためだけに、数万の兵士をこの荒野へと誘い出し、無造作にその命を散らしていた。
戦場の中央には、天から降り注いだ巨大な楔――「聖杭」が大地を深く貫き、禍々しい輝きを放っている。その杭を中心にして、半径数百メートルに及ぶ空間は物理法則すら歪んでいた。杭から放射される不可視の圧力が、逃げ惑う兵士たちの肉体から、魂そのものを強引に引き剥がし、空中都市へと吸い上げていく。
抗う術を持たない地上の人間たちは、それが天罰か、あるいは絶対的な神の意志であると信じ込まされ、絶望の中で膝をつき、ただ己の死を無気力に受け入れていた。
「あんなの……魔法ですらない。魂を効率的に刈り取るための、ただの道具だわ。許せない……!」
カイルの上着を羽織った澪が、何も持たぬその両手を前方に掲げ、鋭く指先を揃えた。彼女の周囲には、杖など介さずとも、瞬時に幾重もの翠の術式が幾何学的な紋様を描いて展開される。彼女の内に渦巻く激しい憤りに呼応し、術式は触れるものすべてを拒絶するような鋭い光を放ち、激しく明滅していた。
『カイルよ、あの杭が魂の回収機。不湯の私欲を満たすための大地の傷跡だ。あれを根元から破壊せぬ限り、この地の命は空にある蔵へと吸い尽くされ、消えるのみ』
フェンリスが静かに、だが警告を含んだ重厚な声で告げる。
「わかってる。……アルヴァス、ボルグ、シュライン。俺たちの力を見せてやろう。天にふんぞり返っている使徒の末裔とかいう奴らに、計算盤が壊れるほどの大きな間違いが起きたことを、今ここで教えてやるんだ」
カイルが漆黒の刃を抜き放ち、地を蹴ろうとしたその刹那、上空を覆っていた厚い雲が、意志を持つかのように左右へと割れた。
そこから、太陽の光を反射して輝く黄金の鎧に身を包んだ「空中騎士」が数騎、重力を嘲笑うような優雅さで降下してきた。不湯家の直属であり、地上の殺戮を「清掃」として監視し、生贄の回収を管理する非情な執行官たちだ。
「……ほう。リメスの底、泥の中で不様に果てたはずの不戦犯が、なぜここにいる。幽霊の類か、あるいは管理を逃れた出来損ないのバグか」
先頭の騎士が、馬に跨るように宙に浮いたまま、冷ややかな視線をカイルへと投げかけた。その瞳には、路傍の石ころを眺めるような無関心と、絶対的な優越感しか宿っていない。彼らにとって地上の人間は、言葉を交わす対象ですらなく、ただ刈り取られるのを待つ収穫物に過ぎないのだ。
「泥を耕すのはもうやめた。これからは、あんたたちのその汚れた傲慢を、この手で切り裂くことに決めたんだ」
カイルの右手に、澪の影響による翠の紋様が鮮やかに浮かび上がる。そして、観測者から授かった大剣の柄が急速に魔力を吸い込んで大剣の形をなしていき、血よりも深い闇の色を帯びる。かつて、英雄の道を閉ざされた男が、いま初めて天を指して刃を向けた。
使徒の末裔たちが支配する箱庭の秩序に対し、地上の反逆者たちが死の淵から蘇り、ここに宣戦布告を告げる。




