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烙印戦記 ー破滅エルフと棄てられた箱庭の英雄ー   作者: 弌黑流人
箱庭の国

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第27話 三つの牙

「……が、はっ……!」


 男の顔から、余裕の笑みが完全に消え失せた。腹部を貫く銀色の異物。それはアルヴァスの命を削って具現化された空間の楔だ。血に濡れた籠手が、男の肉体を引き裂かんと深く食い込んでいる。


 「貴様、のような……外道を……逃がすわけには、いかない……」


 アルヴァスは片目を血で塞ぎながらも、その言葉を絞り出した。意識を失ったと見せかけ、男が最も油断するこの一瞬だけを、地獄の底から這い上がるような執念で待ち続けたのだ。男は腹部に食い込む楔を引き抜こうと手を伸ばすが、アルヴァスの執念がこもった籠手は、理不尽なまでの力でそれを拒む。


 その時、もう一つの影が動いた。

 地に伏し、絶命したかに見えたボルグの分厚い右腕が、突如として伸びた。彼は仰向けのまま、まるで大地から生えた岩塊のように、男の左足首を剛力で掴み取ったのだ。


 「なっ……!?」


 男は、アルヴァスに腹部を貫かれたまま、さらに足首を掴まれ、完全にバランスを崩した。


 「……この、重み……舐めるな……!」


 ボルグは、その巨体を支点とし、寝返りを打つように己のすべてを投げ打った。体中に突き刺さる兵装の針の痛みさえも力に変え、男の巨体を澪から引き剥がし、容赦なく反対側の地面へと叩きつける。


 ドゴォォォォンッ!!


 轟音と共に、男の体が床に激突し、その反動で天高く跳ね上がった。宙を舞う男の姿は、もはや無様な肉の塊に過ぎなかった。その瞬間を、カイルは天井で待ち続けていた。


 「これから先、てめぇの汚い指一本、澪に触れさせねぇ……!」


 天井の壁にめり込んでいたカイルは、己の肉体と兵装のすべてを限界まで軋ませ、壁の亀裂をさらに広げながら、反動をつけて急降下した。黒い蔦に浸食された腕が、その身に宿した理外の力を漆黒の刃へと集束させる。


 それは、まさに断頭台さながらの、重く、そして速い一撃だった。男の体が床への激突の反動で宙に浮き上がり、最高点に達した、その刹那。カイルの漆黒の刃が、空間を切り裂き、男の首へと吸い込まれるように振り下ろされた。


 ザシュッ――!


 肉を断ち、骨を砕く、乾いた、しかし決定的な音が響き渡った。


 男の首は、無様に胴体から離れ、鮮血の飛沫と共に宙を舞った。肉塊となった胴体は、勢いを失い、やがてゴトリと冷たい床に転がり落ちる。カイルは男の首がどこへ転がったかも顧みず、その一撃を最後まで振り抜き、血の海へと着地した。


 凄まじい静寂が、空間を支配した。


 男は完全に沈黙し、二度と動くことはない。


 アルヴァスは、腹を貫いた籠手を無理やり引き抜き、溢れ出る血を抑えながらその場に力なく崩れ落ちた。ボルグは男を叩きつけた反動で、再び深い意識の闇へと沈んでいる。カイルもまた、着地の衝撃に耐えきれず、大剣を杖代わりにして膝をついた。


 視界の先には、無惨な光景が広がっていた。


 全裸にされ、金属の床に叩きつけられたまま動かない澪。そして、首を絞められ投げ捨てられたシュライン。二人の体はピクリとも動かず、死の静寂に呑み込まれている。


 「……あ、……ぁ……」


 カイルは、震える膝を突き、血の海を這いながら澪の元へと近づいた。


 通信機を使い呼びかける心の余裕などない。ただ、彼女の肌に触れ、微かな鼓動を、温もりを確かめなければ、心が壊れてしまいそうだった。


 「……生き、て……くれ……」


 カイルの指が、冷たい床に横たわる澪の肩に触れる。喉の奥が焼け付くような、血と絶望の混じった嗚咽が漏れた。


 自分たちは勝った。あの圧倒的な暴力を、命を削って打ち破った。だが、その勝利の代償として、目の前の大切な者たちが失われたのだとしたら、これほど無意味なことはない。


 カイルは、血に染まった己の腕で、意識のない澪の体を、隠すように、そして守るように抱き寄せた。


 管理者に棄てられ、抹殺者に蹂躙されたこの領域には、ただ重苦しい死の気配だけが充満していた。


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