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烙印戦記 ー破滅エルフと棄てられた箱庭の英雄ー   作者: 弌黑流人
箱庭の国

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第24話 遺産の継承

 せり上がってきたのは、眩い光を放つ四つの「塊」であった。それは地上の武器屋に並ぶような整った形状はしておらず、どこか有機的で、生々しい鼓動を打っているようにも見えた。


 「下の下と判定された君たちが、上の存在……天の使徒と戦うための唯一の手段。それは、この世界の理から外れた、棄却された遺産をその身に宿すことだ」


 観測者の無機質な言葉と共に、光の塊がそれぞれの持ち主を選ぶように浮遊した。

 カイルの前に現れたのは、煤けた黒い輝きを放つ、刃のない「大剣の柄」だった。カイルがそれを握った瞬間、凄まじい衝撃が走った。


 「あ、がぁぁぁッ!」


 柄から伸びた黒い蔦のような回路が、カイルの手首を食い破り、血管へと侵入していく。それは肉体と兵装を強制的に癒着させる、禁忌の儀式だった。同時に、脳裏にかつての持ち主の最期の記憶――愛する者を守れず、天の光に焼かれた絶望が流れ込む。カイルはその苦痛を、歯を食いしばって飲み込んだ。


 アルヴァスの前には、中心に鈍い琥珀色の核を持つ「籠手」が現れた。彼がそれを装着した、次の瞬間だった。


 「……っ、ぐあ、あああああああッ!!」


 静寂を切り裂く絶叫が上がった。琥珀色の核から無数の金属の爪が突き出し、アルヴァスの両方の前腕を貫通したのだ。爪は骨に直接打ち込まれ、神経を焼きながら肉と同化していく。


 アルヴァスは耐えきれず、ガクリと両膝を金属の床に打ちつけた。両腕からは赤黒い血が溢れ出し、冷たい床を汚していく。帝都の精鋭として、数多の傷を乗り越えてきた彼でさえ、この存在の書き換えに伴う激痛には、意識が飛散しそうになる。


 (これが……。敗者たちの、執念か……!)


 彼は血に濡れた歯を食いしばり、顔を歪ませながら痛みをこらえた。それは空間を物理的に固定し、絶対的な防御壁を展開するための重力盾の核。騎士としての誇りを捨て、泥を啜ってでも生きる覚悟を、兵装がその血をもって試していた。


 ボルグには、彼の巨大な拳を覆う「黄金色の鉄甲」が与えられた。それは装着者の生命力を強制的に物理衝撃へと変換する、自傷を前提とした破壊兵器だ。肉体に深く突き刺さる何百本もの針の痛みに、ボルグは岩のように静かに目を閉じ、ただその重みを受け入れた。


 そして、名もなき少女の前には、透明な、まるで滴のような形をした「耳飾り」が浮かんだ。彼女が怯えながらも、引き寄せられるようにそれに触れると、耳飾りは吸い込まれるように彼女の右の耳朶へと定着した。


 「う……っ、ぁあああ……っ!」


 小さな悲鳴を上げ、少女はその場にうずくまった。細い指が右耳を強く押さえるが、そこからは細い筋となって血が伝い落ちる。透明な滴が彼女の肉を割き、神経の奥底へと根を張る感覚。年端もいかぬ彼女にとって、それはあまりに過酷な洗礼だった。


 だが、その痛みこそが、彼女をただの観測対象から、意志を持つ個体へと変えるくさびでもあった。


 「それは通信機としての機能を持つだけではない。巫女としての君の空白を、観測の起点とするための増幅器だ」


 澪が、自分たちの耳朶にも同じ形状のイヤーカフ型の通信機がついていることを示した。


 「それを指で抑え、通じ合いたい相手の名を呼んでください。声は断層を越え、魂の波長で繋がります」


 滴る血と、流れ込む過去の敗北の記憶。その濁流に耐え、四人は各々の兵装を必死にその身に馴染ませていった。その姿は、もはや美しい箱庭の住人ではない。物語から零れ落ちた者たちが、自らの一部を怪物に変えてでも抗おうとする、異形の戦士の集団であった。


 やがて、血の匂いが漂う静寂の中で、ボルグが重い口を開いた。彼の腕の中では、痛みに震えながらもうずくまり、必死に自分を保とうとする少女がいる。


 この子は、飢えからパンを盗んだことで「否」を突きつけられた、名もなき孤児だ。ボルグが地獄から連れ出した三人の少女のうち、生き残った最後の一人。


 「……この子に、名を、つけてやってくれないか」


 ボルグの掠れた声が、金属の空間に響いた。自分のような無骨な男ではなく、この旅の希望であるカイルに名づけてほしいという、彼なりの敬意だった。


 カイルはまだ兵装と肉体が馴染まぬ激痛の中で、少女の澄んだ瞳を見つめた。


 観測者が言った「巫女」の適性。あらゆる事象を受け入れる、混じりけのない空白。そんな彼女を、この地獄のような断層で守り、いつか光の差す場所へ導くための名前。


 「……シュライン。君の名前は、シュラインだ」


 カイルは少女の震える手を、兵装と一体化した黒い手で優しく包み込んだ。


 「シュライン……。わたしの、なまえ。……ありがとう、カイル」


 少女――シュラインは、痛みに耐えながらその名を口の中で繰り返した。名前を呼ばれることさえなかった孤児が、初めて世界から与えられた、唯一の証明。


 彼女が血の滲む右耳を押さえながら頷いた瞬間、その澄んだ瞳に、誰のものでもない彼女自身の意志が芽生えた。


 通信機の向こう側で、澪が静かに微笑んだ。


 下の下と蔑まれた五人は、今、名前と絆という、管理者が最も恐れる「ノイズ」を、痛みと共に手に入れたのである。


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