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烙印戦記 ー破滅エルフと棄てられた箱庭の英雄ー   作者: 弌黑流人
箱庭の国

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第19話 不湯の編纂

 正史編纂室の最奥、白銀の光が凝固したような円卓の間に、五人の管理者が集っていた。彼らは自らを天使の使徒と称し、遥か古よりこの箱庭の管理を託された選ばれし者たちの末裔である。


 かつて天使と呼ばれた存在がいつ、いかなる術をもってこの地に現れ、天空に都市を築いたのか。それを知る文献は既に失われ、口伝すらも時と共に風化している。末裔たちに遺されたのは、ただ一つ。代々受け継がれてきた四冊の定めの書をなぞり、盤面の帳尻を合わせ続けるという義務だけであった。


 天の四家と呼ばれる一族が所持する書は、各々の名を冠して「葉瑠はる」「菜津なつ」「亜樹あき」「不湯ふゆ」と称される。今節の執行を担当しているのは、不湯の定めの書を預かる不湯家であった。


 「不湯 雅紀まさき様。事態の推移を報告いたします」


 重苦しい沈黙を破ったのは、筆頭確定者である不湯 雅紀の側近、不湯 めぐみであった。彼女は水晶板に映し出される異常な数値を指し、鋭い視線を当主へと向ける。


 「天火による修正を行ったはずの第五区画付近に、依然として消滅しない因果のノイズが残留しています。これは明らかに、定めの書の記述から逸脱した事象です」


 「ふむ。修復可能域の算定はどうなっている、不湯 たかし


 雅紀は深い椅子に身を沈めたまま、もう一人の側近である不湯 隆へと問いかけた。隆は手元の計器を操作し、淡々と数値を読み上げる。


 「現在、天火の余波によって周辺の因果律が激しく攪乱されています。本来ならば即座に規定値へと修復されるべき領域ですが、異物セラの介入により、空間そのものが変質している恐れがあります。現時点での修復可能域は、当初の予定の四割にまで低下しております」


 円卓の端に座っていた二人の技師が、顔を見合わせながら議論に割り込んだ。一人は、精密なマナ回路の設計を専門とする女技師、不湯 しおり。もう一人は、空間構造の解析を担う男技師、不湯 健斗けんとである。


 「栞の解析によれば、問題は修復の遅延だけではありません。彼らが逃げ込んだ場所。あそこは、かつて初期演算の失敗により隔離された不可侵区域、すなわち断層の底です。我々の干渉波が届かない物理的な死角なのです」


 「健斗の言う通りです、雅紀様」


 栞が水晶板の縮尺を広げ、情報の書き換えを拒絶する真っ黒な領域を表示させる。


 「不可侵区域は、管理システムが情報の整合性を保つために切り捨てた棄却領域です。あの中に留まられる限り、定めの書による直接的な事象の上書きは不可能となります。あの方々は今、物語の枠外に立っています」


 雅紀は装飾が施された不湯の書に手を触れた。代々の当主が触れてきたその表紙は、ただ静かにそこにある。


 「物語の枠外か。我ら使徒の任は、天使が遺したこの箱庭を、一寸の狂いもなく維持すること。カイルという名のバグ、そしてセラの因果。これらが混ざり合い、不可侵区域で新たな物語を編み始めることなど、あってはならない」


 「ですが当主、あそこへ軍を派遣すれば、我ら自身の演算座標も不安定になる恐れがあります」


 恵の懸念に対し、雅紀は表情を変えることなく命を下した。


 「干渉できぬなら、周囲から追い詰めればよい。隆、周辺の兵装個体へ再命令を下せ。領域外へ通じるすべての因果の糸を遮断し、彼らを再び干渉可能な領域へと引きずり出すのだ。不湯の名の下に、逃げ道をすべて封鎖せよ」


 五人の議論は、断層の底に潜む者たちをさらに追い詰めるための、緻密な算定へと変わっていった。


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