第16話 白銀の灰
それは、慈悲という名の絶滅であった。
天から降り注いだ白銀の光柱「天火」は、地上のあらゆる音を奪い去った。直撃を受けた帝都の第三区から第五区は、叫びを上げる暇さえ与えられず、ただ一瞬の輝きと共に地図から消失した。
「……ああ、ああああ……!」
アルヴァスの喉から、言葉にならない掠れた声が漏れる。
彼は見た。自らが「正義」と信じて守り抜いてきた街の家々が、紙細工のように燃え上がり、一瞬で灰へと還るのを。広場で笑い合っていた市民たちが、名前も持たぬ無機質な「燃料」として蒸発していくのを。
そして何より、彼と共に血を流し、盾を並べて戦ってきた第三重装鉄騎兵団の精鋭たちが、自らが信奉する神の光によって焼かれ、物言わぬ鉄の塊へと変わっていく凄惨な光景を。
崩れ落ちる意識の中で、アルヴァスの脳裏に、定めの書に刻まれた自らの生い立ちが走馬灯のように駆け巡った。
彼は、帝都の貧民街で生まれた。
泥を啜り、パンの端切れを奪い合って生きる日々。そんな彼を救い出したのは、白銀の甲冑を纏った先代の騎士団長だった。
「少年よ、剣を取れ。この盤面の秩序を守る盾となれ。さすれば、お前の命には意味が宿る」
その言葉を福音として信じ、彼は死に物狂いで剣を振った。騎士としての位階を駆け上がり、いつしか副長という重責を担うようになったのは、この世界に「正しい理」があると信じていたからだ。
たった一人の犠牲で万人が救われるならば、喜んで剣を振るう。その信念こそが、彼の魂の背骨であった。
記憶の断片が、鋭い破片となって彼の心を切り裂く。
初陣で救った少女の笑顔。
初めて部下を持った夜、焚き火を囲んで語り合った夢。
そして、誰よりも愛し、この戦いが終われば正式に誓いを立てるはずだった、あの人の穏やかな声。
『アルヴァス様、あまり無理をなさらないで。あなたが守りたいこの世界を、私も一緒に愛していますから』
最愛の女性、エレーヌの微笑みが、白銀の光の中に溶けていく。
守りたいと願った世界が、守るべきものを焼き尽くしていく。彼が命を賭して従ってきた「定めの書」とは、英雄を育てるための温かな物語などではなく、単に盤面の数字を整えるための、冷徹な事務作業に過ぎなかったのだ。
「……何が、理だ。何が、正史だ……! 私が守ってきたものは、ただの薪だったというのか!」
アルヴァスは、自らの剣を支えに立ち上がろうとした。だが、空を満たす光の圧力は、彼の誇りも、身体も、無慈悲に押し潰していく。
眼前にあったはずのリメス村の風景は、猛烈な熱波によって陽炎のように歪み、大気がガラスのようにひび割れていく。
カイルという男が叫んでいた言葉が、今さらになって心臓を突き刺す。
(パンをたった一つ盗んだだけで、一生消えない呪いの傷をつけられて、ゴミ捨て場に放り込まれる。それがお前の、胸を張って守りたい平和なのか!)
答えは、天から降る死の光の中にあった。
平和とは、管理者が望む美しい図式化を維持するための偽りに過ぎない。
エレーヌの声が、最後にもう一度だけ耳の奥で響いた気がした。
それは救いではなく、彼を現実に引き戻すための、残酷な楔であった。
「アルヴァス、逃げろ!」
誰の叫びだったか。カイルか、あるいはあの不気味なほど透徹した瞳を持つミオか。
次の瞬間、天火の余波による巨大な爆風が、アルヴァスの全身を叩きつけた。
白銀の重甲冑が悲鳴を上げてひしゃげ、彼の肉体は木の葉のように宙を舞う。
視界が白一色に染まり、熱さと冷たさの境界が消える。
彼は、自らが守り、そして自らを裏切った帝都の残骸へと、真っ逆さまに突き落とされていった。
地上の戦場は、もはや地獄の様相すら呈していない。
ただ、管理者が望む「予定調和」を成し遂げるための、静かな、あまりに静かな焦土だけが広がっていた。
爆風に飛ばされ、意識が闇に沈む直前、アルヴァスは見た。
吹き荒れる炎と煙の向こう側で、翠の光を放ちながら立ち塞がるカイルとミオの姿を。
定めの書に背き、盤面の外へと歩み出そうとする、あの呪われた「綻び」たちだけが、この狂った世界で唯一、体温を持っているかのように見えた。
アルヴァスの絶望と、彼の生い立ちが崩壊していく様を描写いたしました。
次は、爆風に吹き飛ばされ、生死の境を彷徨うアルヴァス。そして天火の直撃を免れたカイルたちが、この凄絶な「盤面」の上でどのように次の一歩を踏み出すのか。




