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烙印戦記 ー破滅エルフと棄てられた箱庭の英雄ー   作者: 弌黑流人


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第14話 王冠の行方

 ドラゴニアの山頂、天空に最も近い儀式の広場は、一瞬にして超高密度の熱量に包まれた。

 イグニール・ゼ・グレイブ。その真の姿を現した王の威圧感は、先ほどまでの試練とは比較にならない。彼の全身を覆う黄金の鱗は、太陽の光を吸い込み、周囲の空間そのものを焦がすほどの熱を放っている。


「最終試練は、我との一騎打ちだ。だが、これは殺し合いではない。殺さず、殺されず、互いの理をぶつけ合う聖なる遊戯だ」


 イグニールは黄金に輝く重厚な王冠に手を触れ、ニヤリと笑った。


「ルールは一つ。先に相手の頭から王冠を奪取した者が勝者。エルフよ、貴様に我が誇りに触れる資格があるか、証明してみせよ!」


 セラは自らの頭上に、魔力によって一時的に構成された簡素な銀の冠を戴いた。


「いいわ。知略と力、どちらがこの世界を動かすのに相応しいか、決着をつけましょう」


 開戦の合図はなかった。

 次の瞬間、イグニールの巨躯が消失した。

 巨体でありながら、彼の動きは物理法則を完全に無視している。音速を超えた移動によって発生したソニックブームが地面を爆ぜさせ、セラの視界のすべてが黄金の残像に塗り潰された。


(速い……! 運動エネルギーをそのまま推進力に変換しているのね)


 イグニールの特異体質「黄金鱗」は、あらゆる魔法干渉を無効化するだけでなく、物理的な衝撃を百パーセントの効率で反射する性質を持つ。すなわち、セラがこれまでのように因果律を弄って攻撃を仕掛けても、そのすべてが自分に跳ね返ってくることを意味していた。


「どうした、エルフ! 防御に徹するだけでは、我が冠には届かんぞ!」


 イグニールが放つ刺突――鋭い爪の一撃が、セラの横顔をかすめる。殺意はない。だが、その一撃に込められた風圧だけで、背後の岩山が粉々に砕け散った。

 セラは回避に専念しながら、冷静に王の挙動を観測していた。

 イグニールの強さは、その反射能力と、王冠を守るための圧倒的な「熱の障壁」にある。彼の王冠の周囲には、超高温のプラズマ化したマナが渦巻いており、不用意に手を伸ばせば指先が蒸発するだろう。


(完璧な守り。けれど、反射が百パーセントであるなら、それは入出力のベクトルが完全に固定されているということ……。鏡を割る必要はないわ。鏡に映る景色を、偽物に変えてあげればいい)


 セラは逃げるのをやめ、真っ直ぐにイグニールへと突進した。


「向かってくるか! 勇気は認めるが、無謀だ!」


 イグニールは反射の出力を最大に上げ、セラの突進を跳ね返そうと身構えた。

 その瞬間、セラは背中の翠の紋章をかつてないほど激しく発光させた。

 彼女が発動したのは、攻撃でも防御でもない。

 「全反射する黄金鱗」の性質を逆手に取った、光学的、かつ魔力的な「ホログラム(偽像)」の展開である。

 セラの因子が、イグニールの瞳が捉える光の屈折率を書き換えた。イグニールから見て、セラは三人に分身したように見えた。だが、それはただの分身ではない。黄金鱗が反射する自身の輝きを、セラがレンズのように利用して増幅させた「自己反射の残像」だった。


「何っ、どこを見ている……!」


 イグニールが右側のセラを払い除ける。手応えはない。

 左側のセラを尾で薙ぎ払う。それも光の残滓に過ぎない。

 黄金鱗の反射精度が高ければ高いほど、セラが作り出した「偽りの反射光」は本物との区別がつかなくなる。王は自らの最強の防具によって、自らの視界を奪われたのだ。

 そして、イグニールが王冠を奪われまいと、自身の頭部をプラズマの熱で囲った瞬間、セラは勝機を掴んだ。


(プラズマは磁場に従う。そして、あなたの黄金鱗は磁性を持っているわ)


 セラは空中で複雑な幾何学模様を描くように指を動かした。

 イグニールが纏う超高熱の熱量を、彼の鱗が持つ反射特性を利用して「磁気瓶ボトル」のように封じ込め、一点の隙間を作り出したのである。熱を冷やすのではなく、熱の「向き」を反転させ、王冠を頂く一点だけを絶対零度の真空状態に陥れた。


「……しまっ!」


 視界が眩み、熱の守りが一瞬だけ綻んだその隙を、セラは見逃さなかった。

 彼女は風よりも速く、黄金の旋風の中を潜り抜けた。イグニールの巨躯の横を通り過ぎる瞬間、彼女の指先が、王の頭上に戴かれた黄金の冠に触れる。

 

 時間が止まったかのような静寂。

 セラは優雅に着地し、手の中に収まった重厚な黄金の王冠を、太陽に掲げてみせた。

 対して、イグニールの頭上には、何も残っていない。


「……一本、取られたな」


 イグニールは動きを止め、深く大きな溜息をついた。

 周囲で固唾を飲んで見守っていた竜人の将軍たちは、何が起きたのか理解できず、ただ唖然として立ち尽くしている。


「我が鱗の反射を利用し、我がマナを磁気で制御するか。武力ではなく、世界の理そのものを武器にする戦い方……。エルフよ、いや、セラよ。貴様こそ、あの淀んだ箱庭の盤面を引っ繰り返すに相応しい『毒』だ」


 イグニールは満足げに頷くと、自らの指を鋭い爪で裂き、一滴の紅い血を空中へ躍らせた。

 その血は意思を持っているかのようにセラの元へ飛び、彼女の手の甲へと吸い込まれていった。


「契約は成った。我が竜の血が、貴様の因果を固定する盾となろう。管理者の修正に抗い、あの閉じられた頁を思うがままに汚してくるがいい」

「ええ、約束するわ。あの冷たい計算機たちが泣いて謝るまで、盤面をぐちゃぐちゃにしてあげる」


 セラの右手に、竜王の血による赤い紋章が重なった。

 翠の因子と、黄金の竜の血。

 箱庭の国「テラリウム」を破壊するための最強の鍵を手に入れたセラは、次なる目的地、獣人の里へと向かうべく、ドラゴニアの山頂を後にした。


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