第1話 烙印と闖入者
石造りの地下室に、肉が焼ける異様な臭いが立ち込めていた。
カイルの前には、数人の男たちが列をなして並ばされていた。重苦しい沈黙を切り裂くのは、鉄が肉を焼く鈍い音と、押し殺された短い呻き声だけだ。一人が処理されるたびに、床に滴った血と脂が鉄印の熱で蒸発し、白い煙となって天井にどろりと淀んでいる。
カイルの番が来た。
彼は荒々しく引き立てられ、冷たい床に押し伏せられた。四人の衛兵が彼の四肢を掴み、全体重をかけて床に縫い止める。石畳に爪が食い込み、剥がれた指先から血が滲んだ。抵抗を続けるカイルの頭を、一人の衛兵が背後から無造作に踏みつけ、床に叩きつけた。
その鈍い衝撃が、カイルの意識を数日前へと弾き飛ばした。
視界が白く反転する。そこは地下室ではなく、泥と硝煙にまみれた戦場の中央だった。周囲には累々と重なる兵士の亡骸がある。カイルは血に濡れた剣を投げ捨て、迫りくる味方の軍勢に向かって、喉が裂けるほどの叫びを上げた。
「こんな殺し合いに、何の意味があるというんだ! ただ死ぬために、俺たちは生まれてきたわけじゃない!」
その声は進軍の重い足音にかき消された。次の瞬間、背後から伸びてきた無数の腕が、一斉にカイルの身体へと群がった。数え切れないほどの手が彼の肩を、腕を、髪を掴み、力任せに泥の中へと引きずり込んでいく。
衝撃とともに、視界が再び暗い地下室へと引き戻された。
目の前には、真っ赤に熱せられた鉄の塊があった。カイルは現実を拒絶するように全身の筋肉を怒張させ、拘束を撥ね退けようと激しく身悶える。しかし、重厚な金属の塊は容赦なく彼の背中へと振り下ろされた。
ジュッ、という音が室内に満ちる。カイルの口が大きく開かれ、喉の奥から剥き出しの悲鳴がほとばしった。身体が弓なりに跳ね上がり、やがて痙攣を伴ってぐったりと弛緩する。
衛兵たちが手を離した。
カイルの背には、不戦の罪を示す「否」の文字が刻まれていた。
それは見慣れた活字ではない。上部の「不」は、鳥が天へ飛び去り二度と戻らない姿のように左右へ長く引き伸ばされ、下部の「口」は、固く閉ざされたまま歪んだ円を描いている。文字の成り立ちが示す拒絶の根源をなぞるような、おどろおどろしくも原始的な文様。男の否を「アラズ」、女の否を「イナメ」と呼ぶ。その焼け爛れた肉の上で、否の歪な形はカイルという人間の存在そのものを否定するように赤黒く光っていた。
カイルはそのまま意識を失い、深い闇へと落ちていった。
一週間後。
カイルは、隔離された村の粗末な小屋で目を覚ました。背中を焼くような痛みは、重く沈むような拍動に変わっている。傍らには、古びた手桶と、傷口に塗られた泥のような薬。村の住人である老人のギルバが、一言も発さずにカイルを介抱していた。ギルバの背中にも、かつて焼かれたであろう同じ「否」の焼印がある。
動けるようになるまで、さらに数日を要した。
カイルは杖を突き、泥の深い農地へと引きずり出される。周囲では、かつて英雄と呼ばれた者たちが、言葉もなく鍬を振るっていた。彼らの瞳には光がなく、ただ生かされているという事実だけを飲み込み、泥を耕し続けている。ここは、死ぬことも戦うことも許されず、ただ生殖と農作業だけを義務付けられた、廃棄された者たちの終着駅だった。
その日の昼下がり、村を囲う高い鉄柵が重々しい音を立てて開かれた。軍の荷馬車から、一人の新入りが泥の上に突き飛ばされる。
それは、線の細い、見慣れぬ身なりの女だった。彼女の背中の襤褸からは、まだ煙を上げている鮮烈な赤い焼印が見える。
通常、烙印の衝撃と激痛で、新入りは数日は意識を失う。しかし、その女は泥を掴むと、震えることもなくゆっくりと上体を起こした。
カイルは思わず足を止めた。
女が顔を上げる。その瞳は濁っておらず、背中の激痛を完全に遮断しているかのように、静かに周囲を見渡した。そして、真っ直ぐにカイルと視線を合わせる。
彼女の唇が、かすかに動いた。
「ようやく、見つけました。ここに眠る、輝きを」
彼女の指先が泥に触れた瞬間、茶色の土から一輪の小さな白い花が芽吹いた。
カイルの胸の奥で、久しく止まっていた鼓動が、一度だけ強く跳ねた。




