08,悪役令嬢の父、パトリック〜リュシアン視点〜⑵
「では、本題に入ろうか。クリステル嬢、エリックがどのようにあなたを不快にさせたとしても、『あなたは後継になれない』という言葉は、決して簡単に言って良い事ではない。そもそも、公爵令息を、子爵令嬢のあなたが侮辱する事も、然るべきことではない。」
パトリックは落ち着いて、クリステルに注意する。
「ただの親バカでは、なかったのか。」
「何か言ったか、リュシアン?」
「いえ。」
うったかり、心の声が口に出てしまったようだ。
「話は戻りますけど、私はエリック様を侮辱したつもりはありません。真実を言ったまでです。」
「どういう事だ。」
クリステルは、ニヤリと悪魔のような笑みを浮かべた。本当にこの子は私の娘だろうか。
「だって、エリック様、養子でしょう。」
その言葉で、場は静まり返った。
エリックは、実子のはずだ。クリステルは何を言っているのだろうか。
エリックが口を開く。
「そんなわけないで...」
「そうですわ。だから何ですの?」
『は?』
ナタリーとアドリアンの声が重なった。リュシアンはすぐさまパトリックを問いただす。
「ど、どういう事ですか、パトリック!」
「そうですよ、公爵様!養子は、次女のアメリー様だけのはずでしょう?」
パトリックは黙って俯いた。エリックは、想定外、という様な顔をしていた。
「...姉さん、馬車の中でよく話しただろう...。」
ヴァランティーヌだけは、キョトンと聞き返してきた。
「皆様、なぜそんなにも焦っておられるのですか?」
『は?』
ナタリーとアドリアンに加え、リュシアンも聞き返す。しかし、クリステルだけは、涼しい顔をして、皆を宥めた。
「まあまあ、落ち着いてください。ヴァランティーヌ様、後継は、養子や女性はなれないことを、ご存知ですか?エリック様が養子であると、タレーラン公爵家は、だれも継げないのです。」
「何を言っているんだ、シャトラン嬢!私の可愛いティナがそんな事も知らないわけがないだろう。馬鹿にしているのか!?」
パトリックが叫んだ。まあ、当然だろう。流石のわがまま娘のヴァランティーヌも、勉強はできたはずだ。
「あっ...ど、ど忘れしていましたわ!」
『は?』
今度は、クリステルを除いてこの場にいる全員が反応した。クリステルは、面白そうに、ふふっと笑う。
「公爵様、私どもも、ど忘れして差し上げても、良いのですよ?」
「何のつもりだ、クリステル子爵令嬢。」
「私はただ、新しいドレスが欲しいだけです。」
これはチャンスだ!
「あー、私の給料がもっと高ければなぁー。クリステルにも新しいドレスが買ってやれるのになぁー!」
ちょっと棒読みっぽいが、まあ良いだろう。
「...給料を1割増やそう。」
「5割でお願いします!」
「百歩譲って2割だ!」
「...6割。」
「千歩譲って3割...わかった、十万歩譲って5割増やそう。」
リュシアンは満足気な顔をする。
ここぞとばかりにクリステルとアドリアンが、リュシアンに詰め寄ってきた。
「新しいドレスを買ってください!」
「図書室も作ってください!」
「さっきまで、私を忘れていたくせに...。」
「あの...新しい枕が欲しいのだけど...。」
「君もかい、ナタリー。」
だが、顔を恥ずかしそうに赤らめてそう言われてしまうと、ついつい叶えてやりたくなるのがリュシアンという人だった。
「まあ、給料も増えたし...。」
「コホン、私達のことを忘れてはいないだろうね。」
「ああ、エリック様が養子だなんていう事、ど忘れしていますよ。」
「全然忘れていない様だが...。」
窓を見ると、もうすっかり暗くなっていた。
「パトリック、暗いし、奥様が心配なさっているのではないてすか?早く帰られたほうが良いと思いますよ。クリステル、アドリアン、皆さんを玄関までお送りしなさい。」
「まて、リュシアン。もう暗いし、今夜はここに泊まらせてもらえないだろうか?」
「いやです。」
ナタリーとアドリアンが代わる代わる言う。
「客用のベットは2つしかありませんし、」
「そのうちの1つはシーツ破れてますし、」
「そもそも客間は掃除してないですし、」
「蜘蛛の巣かかってますよ。」
「問題ない。私は寝ないし、リュシアンも寝かせないから、エリックがリュシアンのベットを使って、ティナが客用のベットを使えば良い。」
「なんで私を寝かせてくれないんですか!」
「大事な話があるんだ。」
酷すぎる。
クリステルが、父の心配もしずに言った。
「でも、客間は蜘蛛の巣が架かっているので、ティナ様寝ずらいと思いますよ。」
「それは寝ずらいくらいで済む事なの?」
ヴァランティーヌが呟いた。でも、パトリックが反応したのはそこではなかった。
「今、『ティナ』と言ったな、クリステル子爵令嬢。そう呼んで良いのは私だけだぞ!」
リュシアンもそう呼んでいるのだが...。
ヴァランティーヌが仕切り直すように言う。
「では、私はクリステルと一緒に寝ますわ。」
「ティナ様、私、寝相が悪いので、寝ずらいと思いますよ。アドリアンと一緒に寝たらどうです?」
「婚約者がいるのですから、姉さんは他の男性とは寝れません。」
リュシアンは寝たいので、皆の意見をまとめて言った。
「ということですので、お引き取り下さい。」
パトリックは、どうしてもリュシアンを寝かせたくないようで、考え込むように唸る。
「うーん...そうだ、シャトラン姉弟が一緒に寝れば良い。」
「帰りましょ、ねぇ、公爵様。」
アドリアンが言う。そんなにもクリステルは寝相ぎ悪かったのだろうか。
そんなこんなで、子供達とナタリーは眠りに着き、リュシアンとパトリックは起きることになってしまった。
子供達がホールを出て行くと、リュシアンはパトリックに向き直る。パトリックがなぜリュシアンと話したいなは、だいたいわかる。
「パトリック、なぜクリスがエリックは養子だということを知っているのか、知りたいんだろう。残念ながら、私は知らないよ。」
誰も咎める人がいないので、リュシアンは敬語をやめる。
「では、ナタリーを呼んで...」
「ナタリーも驚いていただろう。彼女もきっと初めて知ったんだよ。」
「クリステル嬢に...いや、クリスにどこでこの情報を手に入れたのか、話させることはできるか?」
リュシアンがエリックを呼び捨てにしたからだろう。パトリックも畏まった喋り方をやめる。
「多分無理だ。この1ヶ月で、クリスはだいぶ変わってしまったようだからね。そして、私の給料が大幅に上るという成功体験をしたから、またすぐに何かを言い出すだろうね。」
「ティナは王子と婚約しているから、いつか結婚して、うちはもっと権力や富を持つ。そしたら、もっと要求が増えるのだろうか。」
要求してくる人物の身内にこんな事を相談するなんて、馬鹿げている。リュシアンだって、もっと金は欲しい。
「それで、考えたのだ。タレーラン家でクリスを貰おう。そうすれば、クリスは自分の生活に不利益になる事は言わないはずだ。」
確かにそうだ。クリスを貰う、という事は、クリステルとエリックを結婚させ、クリステルはタレーラン家のものとして生きると言う事だ。世間にエリックが養子である事をばらし、タレーラン家が潰れてしまったら、クリスは爵位を失い、平民の質素な暮らしをする事になる。それは避けるはずだろう。
「良い考えだな。でも、2人が嫌と言ったらどうするんだ?」
「そこはエリックに頑張って貰うしか無いだろう。」
「エリックが嫌だと言ったら?」
「それは無視する。エリックに拒否権は無い。」
「ちょっと、いやかなり酷いんじゃないか?」
「...とにかく、この方向で進める。良いな。」
リュシアンはため息をつく。何を言っても聞かなそうだ。まあ、彼らも16歳、自分たちの結婚相手くらい、どうにかできるだろう。
「わかったよ。」
何より眠い。考えたくない。、




