03,弟、アドリアン
ふぁ、とクリステルはあくびをしながら起き上がった。置き時計をみると、もう12時を過ぎていた。
昨日はナタリーに夜通し勉強をさせられた。クリステルが通っている学校は、初等部と中等部と高等部があり、小中高と一貫だそうだ。初等部が小学、中等部が中学、高等部が高校だから、前世で小学6年生だったのだが、今は高校1年生という事だ。中学生になる予定が、高校生になってしまった。
「でも、なってしまったことにはしょうがないか。がむしゃらに頑張るしかない。」
クリステルは呟くと、水色長袖ワンピのそでに腕を通した。今日からナタリーにベットでゴロゴロするのを禁止されてしまったので、ずっとネグリジェでいるわけではいかないのだ。そして、朝食や昼食は厨房で食べるように言われている。なぜ食堂とかではないのだろうか。
勉強用の本や文房具などを取りに、ナタリーに屋敷中を連れ回されたため、屋敷のどこに何があるのかは、ちょっとは知った。シャトラン子爵領はなかなか広い屋敷だったということもわかった。昔は裕福だったのかもしれない。というか、これまでずっと部屋の中に居たのがおかしいかった。
廊下に出ると、顔見知りのメイドがいたので挨拶する。ずっと部屋に食事を持ってきてくれたり、着替えや髪を整えてくれたメイドである。
「おはよう、リサ。」
前世の自分の名前と同じなので、親近感を持ってしまうのだ。今のクリステルとも歳が近そうだ。
「おはようございます、クリス様。厨房までご案内しますね。」
「うん、お願い。」
まだ、リサ以外の使用人には会ったことがない。厨房にいるコックに朝ご飯の用意を頼むどころか、話しかけれるかどうか、心配だった。
「厨房に着きましたよ。」
ドアを開けると、厨房はオープンキッチン的な感じで、カウンター席っぽかった。そもそも、食堂とかで食べないところから、少し変だと思っていたが、できる限り食事を運ぶ時間を減らしたいようだ。
「今、御朝食、お作りしますね。いえ、この時間ですし、御昼食に致しましょうか。」
「あ、リサが作ってくれるんだ。誰かコックとかがいるのかと思ってた。」
「人件費削減の為です。チャーハンでよろしいでしょうか?」
「うん。」
あ、しかも、料理が結構庶民的だ。
リサが作ってくれたチャーハンは、具沢山で美味しかった。
「リサ、料理上手いね。」
「そ、そんな事もないですよ。や、やだなぁ、クリス様お上手なんだから。」
リサは照れを隠すように、今日の予定のことを聞いてきた。
「今日はね、数学の勉強と英語の勉強、おやつを挟んで礼儀作法と剣術の実習だよ。ハハッ...。」
一瞬、地獄が見えてしまった。
すると、キィーと音立てて、扉が開いた。クリステルは反射的に謝る。
「ごめんなさい、お母様!今起きたばかりで、これから勉強しようと思っていたところです!決して勉強をサボろうとか、お母様から逃げようとか、思っていたわけではありませんから!」
だから、扉を開けたのはナタリーではなかった。肩まで届く金髪と、青い瞳を持った少年だった。
「ここにいらっしゃったんですか、姉上。」
「誰?」
少年の背後から、ナタリーでニュッとでてきた。
「『誰?』ではなく『どなた?』よ、クリス。先に礼儀作法のお勉強をしましょうか。」
「ヒィッ、出たぁ!」
「は?あなたは母にそんな事を言って、失礼だとは思わないのかしら?」
「まあまあ...」
金髪少年が間に入って、ナタリーをなだめる。
「...ところで、姉上は僕の事を忘れてしまわれたのですか?」
「うん。」
「クリス!」
ナタリーが睨んでくるので、言葉使いに気を付けながら、もう一度ゆっくり言う。
「ええ、申し訳ないのだけれど、あなたの事は覚えていないの。あなたについて、教えてくれるかしら。」
「僕は『アドリアン・シャトラン』12歳、初等部6年生です。そして、あなたの弟です。」
アドリアンは、ニコリと笑みを浮かべて言った。礼儀正しいな、この弟。でも、可愛いと言えば、可愛いかもしれない。
ナタリーが咳払いをして、アドリアンに言う。
「ところで、クリスが記憶喪失になってしまった事は、この前話したわね。だから、勉学や礼儀作法も忘れてしまったの。今日から、学校が始まるまで、あなたと一緒に勉強してもらおうと思っているのだけど、良いかしら?」
「は?」
あっ、母親似だ。全然可愛くない。記憶失くした姉に対して、そんなに引くか?
「あれだけマウント取ってきたくせに?」
「そんなもん知らないよ!記憶喪失だって言ってるでしょ!」
「バカなこと言ってないで、勉強するわよ!書斎に行きましょう。」
それからのナタリーは厳しかった。
「何度言ったらわかるの、クリス!公爵と侯爵はを、一緒にしないの!位が全然違うのだから!公爵は貴族界のトップよ!」
「はい、お母様。」
「アド、そこは先に約分してからを求めるの!ここ間違ってるわよ!」
「...はい、母上。」
「はい、今日はこれくらいにしましょうか。」
『ありがとうございました。』
ナタリーが書斎を出て行くと、クリステルとアドリアンをそれぞれ自分の部屋に帰る。
クリステルは部屋に戻るなり、ベットに倒れ込んだ。
「ああー、疲れたぁー。ていうか、酷過ぎない?記憶喪失なんだし、わからないの当たり前じゃない?何なの、あのババア!」
キィーという音を立てて、扉が開く。というか、この屋敷、軋みすぎじゃない?ボロ!
そんな事より何で言い訳しよう。ババアではなくバアバとか?ちょっと可愛くなったかも。
「姉上、母上をババア呼ばわりするとは、良い度胸ですね。」
ナタリーじゃなかった。
「ア、アド...。えっと、これはね...。」
「夕食の時間なのですが、要らないようですね。」
「そ、それはいる!」
「食い意地が張るなんて、下品だな。勉強も出来ないなら、もうシャトラン家の恥でしかないじゃないか。このクソ姉貴が!」
「姉を家の恥とかクソ姉貴呼ばわりするなんて、良い度胸だな。この愚弟!」
ギャーギャーとしばらく罵り合ったのだが、こっちはコミュ力が少なく喧嘩することがなく12年行きた為、何と言えば良いのかわからない。あっちは、どこでそんな言葉聞いたのかわからないが、口調に厳しい母と12年生きてきたのだ。もう罵る言葉が無くなってしまった。
「ていうか、おかしくね?記憶失くした変わりに、変な知識が付いてるじゃん。」
「アドには関係ないでしょ。」
2人とも、何だか疲れてベットに倒れ込んだ。
「靴脱いでよ。」
「わかってるよ。」
「もうすぐ夕食だね。」
「そうだな。」
『起きるのめんどくせー...。』
そのままダラダラしていたら、ナタリーに怒られそうなので、何とか起き上がる。
「行こっか、アド。」
「うん、姉ちゃん。」
案外、可愛いかもしれない。
「なんで『姉ちゃん』にしたの?」
「上と認めたくないからな。」
「...。」




