01,母、ナタリー。
「クリス?」
「あの、クリスって私のことですか?」
「は?」
ひどい、そんなに正直に引かなくても。友達が少ない分、引かれることも少なくて、慣れていない。よって、ダメージは大きい。
そんな事を考えていると、あのおばさんが話しかけてきた。
「あなた、急に頭が痛いって言い出して倒れたのよ。体調はどう?」
「頭が少し痛いです。ご心配ありがとうございます。ところで、どちら様ですか?」
初対面なので、なるべく丁寧な口調を気をつける。
「は?」
このババアは「は?」と引くことしかできないのだろうか。
「何言ってるの!私はあなたの母親よ!」
えっ、私の母はこんなんじゃない。もっと老けてて太ってる。
理沙子は困惑して、目を背ける。すると、視界に、黄色っぽいものが写ってきた。
これは...金髪だ!私、金髪になっている!
という事は、転生とか何か?いや、そんなこと現実にあるわけがないか。これは夢?んー、でも世界は広い。転生とかがない根拠はないし、(あったとしても知らないし)あるんじゃないか?転生。
「どうしたの?まさか、記憶喪失?」
おばさんが心配そうに尋ねてくる。
そうではないが、そういう事にした方が良いのだろうか。自分のことを心配してくれているし、きっと悪い人ではないのだろう。
ババア、いや、おばさんが呟く。
「...ちょっと小説みたい...。」
浮かれるな、ババア。こっちは真剣に困っているというのに。
「でも、確かにそうですね。記憶は無いです。記憶喪失かもしれません。」
「そうなの。じゃあ、説明するわね。
あなたの名前は『クリステル・シャロン』。
私はあなたの母の『ナタリー・シャロン』。お母様と呼びなさい。」
おばさんが少し得意そうに言ってくる。ここまでくると可愛らしい。そんなにも面白い、記憶喪失の人が出てくる小説があるのだろうか。
可愛らしいといえば、おばさん...ナタリーはなかなかの美人だな、と理沙子...クリステルは思った。
ということは、自分も美人なのだろうか。それとも、体は変わっていないのだろうか。自分の体を見ようと下を向くと、真っ先にバストが目に入った。
12歳の私とは比べ物にならないな。
ああ、転生したんだな。
こんなことで転生を確言するのって、なんか嫌だな。
こんなことを考えられるほど自分が冷静であることに、少しほっとする。そういえば、クリステルは、いくつなのだろうか。
「あの、私って今いくつでしょうか?」
「あ、ええ、16歳よ。」
えっ、16歳?12歳だったから、4年、4年も損してるじゃん!4年もたてば、中学校卒業してるじゃん。中学校行けないじゃん!
クリスタルの悲しそうな気持ちが伝わったのか、ナタリーが安心させるように抱き寄せてきた。
「大丈夫よ、心配しないで。記憶を無くしても、きっとあなたならすぐお友達とも馴染めるわ。だって、私の可愛いクリスだもの。」
いや、全くもって大丈夫じゃないから。4年差はきついから。きっと勉強とかも進んでるよね。というか、こういうのって、大抵記憶がどばって、流れ込んでくるもんじゃ無い?全然こないんだけど!
思わず取り乱してしまったが、ナタリーの温もりで、はっと我に帰る。
きっと大丈夫だ、私には少なくとも味方がいるし、そう自分に言い聞かせる。が、全然落ち着かない。
顔を上げると、ナタリーがふんわりとした笑みを浮かべていた。やはり、母の力だろうか、だんだんと落ち着いてくる。クリステルは、ほうっと息を吐いた。
昨日は、そのままナタリーの腕のなかで寝てしまった。
その後も、ナタリーは毎日朝と晩、たまにおやつの時間にも見舞いにきた。医者が、「念の為、2週間くらいは、家で安静にしておいた方が良い」と言ったからだ。もう、全然調子どこも痛くないのだが、ナタリーに「安静にしてなさい。」と言われたから、ずっとベットでゴロゴロしている。大抵のことは、メイドがやってくれる。なので、クリステルは1日の8割はベットの上にいる。ちなみに、ナタリーが来ても、食事やお茶は、ベットの横にテーブルを出してもらって、そこで済ませる。ここまで甘やかされるとは、結構、クリステルは愛されているようだ。
そして、しばらくしてあることに気が付いた。
ここででてくる料理は、一見フレンチ風だが、たまに和食が出てくる。
米が茶碗じゃなくて皿にもりつけてあるが、米は米、和食だ。何ならナポリタンやオムライスも、発祥は日本ではないが、日本人の好みに合わせて独自に進化していて、本場とはだいぶ違うそうだ。どこかで読んだことがある。クリステルが知っている味ということは、ほぼ和食みたいなものだ。もしかしたら、いつか大きな皿にちょこんと入った味噌汁とかも、出て来るかもしれない。
まあ、クリステルとしては、美味しければ何でも良いのだが。
はたして、ここはどこなのだろう。どっかの乙女ゲームや小説だったりするのかもしれない。少なくとも西洋ではない。
転生から1週間くらいたったある朝、クリステルはナタリーに言った。
「すみません、鏡を貸してもらえませんか?自分の顔が見たくて。」
これまでずっと、ベットの上でメイドに髪を整えてもらっていたので、鏡を見る機会がなかった。母親似で美人だと良いのだが。
「そうね、確かに。あなたは自分の顔、知らないものね。安心しなさい。私に似て美人よ。」
ほっ、良かった。
ナタリーから借りた鏡をのぞくと、腰まで届くの金髪と、サファイアのような青い瞳をもった、色白美人がいた。金髪のことは髪を前に引っ張ってわかったのだが、青い瞳だったのはとても嬉しい。
ごく平凡な黒髪黒瞳だったクリステルは、思わずニンマリしてしまう。
「気に入ったのね。そうね、あなたの素敵な金髪を結ってあげましょうか。どんなのが良い?私みたいの?」
ナタリーの髪は頭の上でふんわりとお団子にしてある。なかなか良いかもしれない。
「お母様みたいな感じでお願いします。」
ナタリーはふふっと嬉しそうに笑うと、クリステルの髪をとかし始めた。結い終わるまで、ナタリーはクリステルとの思い出話をしてくれた。
「あなたはね、昔からちょっと内気で、でも頼られたら断れない、正義感の強い子だったのよ。」
それって、ただ単に押しに弱いだけだったんじゃない?
「そして、勉強熱心で、学校のテストでは、大抵トップ10には入っていたのよ。」
ごめんなさい。継続は絶対無理!
髪を結い終わった後、メイドがお茶を持ってきた。
「まあ、奥様がお二人いらっしゃるみたい!」
「そうでしょう。」
少し自慢してみる。
メイドは、ニコニコと、微笑ましい、とでも言うような顔で、お茶の準備をしてくれた。今日のおやつはチーズケーキだ。美味しそう!
「そう言えば、クリス、記憶はどのくらい思い出せるの?」
お茶を飲みながら、ナタリーが尋ねる。
「いえ、全く。言葉などの基本知識はあるのですが。」
クリステルが、チーズケーキをフォークで刺すのに苦戦しながら答える。すぐ、刺したところから裂けていってしまう。フォークの上にのっけて食べれば良いだけなのだが、クリステルはどうしてもフォークで刺して食べたかった。
そんな事を気にせるほど、ナタリーと話すのも慣れてきた。
「そう、じゃあ、お父様や弟のことも覚えていないね?」
「はい」と答えながらも、クリステルの胸は高鳴った。子供と母親がいるのだから、当然、父親はいるだろう。しかし、弟がいるとは...。
前世では、ずっと弟や妹が欲しいと思っていた。ちょっと、いや、結構嬉しい。転生も悪くない。
「弟がいるのですか!?」
「ええ、そうよ。いつも『エリック様、エリック様』とうるさいのだけれど。」
『エリック』、この名前には聞き覚えがある。どこかで...。あ、そうだ、あれだ!
「もしかして、タレーラン公爵家の『エリック・ターラン』様!?」
「おしいわね!『エリック・タレーラン』様よ!もしかして記憶が戻ったの?!」
「いいえ。」
がっかりするナタリーを無視して、クリステルは考える。
間違いはあるかもしれない。だけど、きっとここは乙女ゲーム転生小説
[乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました!]
の中だ!




