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09,攻略対象者2、エリック

 クリステルは、痛みで飛び起きた。


「いった!」

「こんな時間まで寝てんのが悪いんだ。遅刻するぞ、姉ちゃん。」


 冷めた顔でアドリアンが言った。どうやら、アドリアンに腕をつねられたようだった。ふと、クリステルが横を見ると、ヴァランティーヌが眠っていた。


「うわ、何でここにティナ様が?」


 ヴァランティーヌは、クリステルの声で、あくびをしながらのんびりと起きた。


「私は、愛称で呼ぶことを許していませんわよ。」


 うわ、いませんわよ、だって。お前、27歳のOLだろ。恥ずかしくないのか。


「じゃあ、私のこともクリスって呼んでいいですよ。」


 ただでさえ、自分の名前ではないのだ。せめて、できる限り呼び名は統一してほしい。


「そう。じゃあ、クリス、私の髪を結んで...くださらない?」

「なぜ?」

わたくし、メイドを連れてくるのを忘れて...しいまいましたの。」


 今更、慣れていない風にしても、もっと引くだけだからね。


「えー。アド、やってあげて。」


 話をふると、アドリアンは心底嫌そうな顔をした。


「姉ちゃんがやれよ。」

「めんどい。」

「僕だってめんどいの。」


 クリステルとアドリアンは、口を動かしながらも制服に着替える。アドリアンとは前世同い年なので、一緒き着替えるのは恥ずかしいといえば恥ずかしい。だけど、そもそも自分の体ではないので、どうでも良くなっていた。

 面倒ごとを押し付けあってもキリがないので、結局ナタリーに頼むことにした。ヴァランティーヌも着替えたようだ。というか、それまでちゃんとパジャマだったことが驚きだ。

 3人でホールに行く。客が来ているし、流石に厨房ではないだろう。案の定、ホールには朝食が並んでいた。


「おはよう、クリス、アド。朝ごはんはフレンチトーストよ。」


 アドリアンの顔がパーっと晴れる。やはり可愛い。でも、実は同い年だから複雑だ。


「クリス、今日、テストの点数が悪い人は、再テストがあると思うわよ。」

「...。よしっ、諦めよう!」


 そうは言ったものの、ナタリーに襟首を引っ張られて、廊下をでて書斎に連れていかれ、教科書が山積みになっている机に座らせられた。


「ここで食事しながら勉強しなさい。」


 怖い。

 クリステルはフレンチトーストを半分くらい飲み込むと、渋々勉強を始めた。

 歴史はちょっと面白い。たまに、作者の気力のなさが見える適当な名前があるからだ。


「えーと、トキリス歴841年、隣り国のトナリと、メッチャナガイ戦争が起き、異国の英雄の手を借りて我が国は勝利した。」

「メッチャナガイ戦争が起きたのは、トキリス歴582年、841年に起きたのはメッチャミジカイ戦争です。」


 クリステルが顔を上げると、エリックがいた。真顔ですごいふざけたこと言っているのが面白い。クリステルはサッと口周りに付いているメープルシロップを拭うと、ニコリと笑ってエリックに言う。


「おはようございます、エリック様。何か御用でしょうか?」

「実は、とても重要なお知らせがあるのです、シャトラン子爵令嬢。」

「呼びずらいでしょう。クリスで結構です。」

「いえ、そういうわけにはいきません。シャ...」

「わかりましたから、重要なお知らせとは?」

「実は、私とあなたの婚約が決まってしまいそうなのです。」


 やるじゃん、リュリアン。

 クリステルは、初めて父に感謝した。何だか頼りなさそうなリュリアンだったが、婚約まで取り付けてくれるとは。


「私としては、別にそれでいいんですけど。」

「えっ?ほとんど話をしたことすらないではないですか。」

「そんなのどうでもいいです。うちにお金が入るなら。」

「あ、あなたがそういう人だったとは...。」


 親孝行な、良い娘だろ?

 それにしても、エリックは恋愛結婚のことしか頭にないようだ。攻略結婚をしたい娘もここにいるのだが。

 クリステルは、政治の教科書を開きながら思った。


「私には好きな人がいるんです!」

「いいですね。青春って感じで。」

「あなたを愛せないってことですよ。」

「私は愛よりも金が欲しいです。」

「子供もつくりたくありませんよ。」

「アドがいるから大丈夫です。シャトラン家は潰れません。」

「...親孝行ですね。」


 やっとわかったか。

 クリステルは政治の教科書を一通り読むと、数学の教科書を開く。


「大事なのはここだけです。ここさえ覚えておけば、テストくらいは乗り切れます。」

「頭いいですね。」

「あなたもいいはずでしょう?」

「...世界には、これまでの4年間に習ったことを、全て忘れてしまった人もいるんです。」

「そうだ。勉強を教える代わりに、婚約を無かったことにするのは...」

「残念ながら、教えてもらう人に困ってはいません。」


 ナタリーだって、ベルナットだって、最悪アドリアンだって頼めば教えくれるだろう。アドリアンに関しては、小6なりたてと、小6そつげ卒業間際ということで、こっちの方が勉強はできるはずなのだが、貴族についてや歴史に関してはアドリアンの方が断然できる。しょうがないだろう。


「ああ〜、卑弥呼、織田信長、ペリー、戻ってきて〜。」

「急になんですか。」

「あ、いえ。何も。」

「...好きな人いないるですか?」

「お母様たちは好きです。」

「そういうことではなくて...。」


 その後、エリックに色々と教えてもらった。途中、婚約を取り消そうと、エリックから色々と言われた。クリステルは適当に答え続けた。無料のアプリには、広告が付いているものだ。


「姉ちゃん、遅刻するぞ〜。」


 アドリアンがドアを開ける。エリックがいるのに気付き、慌ててお辞儀をした。


「お、おはようございます、エリック様。」

「おはようございます。」


 アドリアンは明らかに喜んでいる。エリック様、エリック様とうるさかったそうだし、憧れているのかもしれない。


「あ、そうだ、エリック様。アドリアンと婚約するのはどうですか?」

「...それは冗談ですか?」

「本気です。多様性の時代ですよね。」

「何の話?」

「アドリアンはまだ知らなくていいことです。」


 名前を呼ばれたことに、アドリアンが嬉しそうに顔を赤らめた。可愛い。


「なぜアドはアドリアンで、私はシャトラン子爵令嬢なんですか?」

「可愛げがないからです。」

「酷くないですか?」


 アドリアンが、フレンチトーストがまだ半分残っている皿をめざとく見つけて言う。


「あ、まだフレンチトースト残ってるじゃん。」


 余り食欲がない。朝は少ししか食べない方だ。


「あげる。プレゼント。」

「...くれるんならもらう。」


 アドリアンがフレンチトーストを食べている間に、クリステルとエリックは婚約について話し合う。


「ほら、こんな可愛い弟付きですよ。」

「ちょっと惹かれますけど、婚約する気はありません。」

「そもそも、私じゃなくて、公爵に言えば良いのでは?」

「...父上は僕の話を聞いてくれません。」


 僕って言った。敬語だが、ちょっとは気を許してくれているのかもしれない。


「み・な・さ・ん、遅刻しますわよ!」


 ヴァランティーヌが叫ぶ。アドリアンもフレンチトーストを食べ終わったようで、庭に駆け出る。


「もう、馬車じゃ間に合わないわ!」


 急にヴァランティーヌがお嬢様言葉をやめる。面倒くさくなったようだ。


「じゃあ、馬で行きます?」

「クリス、珍しくいいこと言うじゃないですか。」


 エリックが言う。珍しくとは何だ、珍しくとは。


「馬に乗れんの?姉ちゃん。」

「乗れるわけないでしょ。」

「エリックは乗れるわよね。私も乗れるわ。」

「姉さんの腕は余り良くないから、僕と一緒に乗ろう。」

「むっ。私も1人で乗れるわ!」


 言い争うタレーラン姉弟をよそに、シャトラン姉弟は悩む。


「さて、僕たちはどうしようか?」

「前みたいにアーサーに頼めば?」

「そう都合よくいるわけないだろ。」

「お呼びですか?」


 いつの間にか、アーサーがクリステルの横に立っていた。アーサーは実はランプの魔人だったりするのだろうか。


「バーナード騎士爵令息、なぜここに?」

「丁度、あなたのお父上に用事があったんです。」


 横でヴァランティーヌが早口で呟く。


「きゃー!隠しキャラのアーサー・バーナード。国1番の剣の名手と言われるアーサー。この世界に来たらいつか探し出そうと思っていたけどこんなに早く会えるなんて。ゲームでも滅多に会うことができない超レアキャラ。会うことが難しいどころか攻略するのも難易度が高い、下手したら刺されてバッドエンド。悪役令嬢のこの私も一瞬で殺されていまう...」


 途中から、きくのも疲れてしまったが、アーサーが攻略対象者だと言うことは間違いないようだ。


「アーサー、馬に乗せてくれない?」

「わ、私も乗せてくださいませ!アーサー殿のお話は、予々聞いておりましたの!その、えっと...」


 ヴァランティーヌがアーサーに詰め寄る。これがオタクというやつか。気迫がすごい。


「...私の推しですの!!」

「へ?」


 アーサーが予想外の言葉に驚いた声を出す。

 そうだったんだ。

 クリステルはその程度だったが、エリックのダメージは大きいようだった。石のように呆然と固まってしまい、風が吹いたら砂になりそうだ。


「い、いいですよ。」

「ぜんっぜんよくない!!」


 エリックはアーサーの答えで我に帰ったようで、慌てて叫ぶ。ヴァランティーヌの腕を掴むと、昨日、公爵一行が乗ってきた馬車に繋がれていた馬の一頭に乗って先に行ってしまった。


「ねえ、アーサー。馬って3人も乗れるの?」

「アドリアン様小さいし、いけるんじゃないかな。」


 アドリアンがアーサーと面して乗るのが嫌だと言ったので、アーサーを先頭にクリステル、アドリアンと背中にしがみつく。


「本当に大丈夫か?気付いたら吹き飛ばされてるとか、やめてくれよ。」

「大丈夫だよ。いざとなったら私が助ける。」

「心配だ。」


 みんな、クリステルを信用してくれない。

 あっという間に学校に着いた。やはり馬は早い。

 クリステルたちが馬を降りると、ヴァランティーヌたちが寄ってきた。


「アーサー殿、いつか私も乗せてくださいませ!」

「は、はい。いつか...。」


 エリックの目が怖い。こんなにアーサーを警戒しても、ヴァランティーヌは婚約者の王子と結ばれるのだ。クリステルは少し可哀想になった。

 クリステルはすっとエリックの横で囁く。


「エリック様。エリック様がお金持ちの婚約者を他に見つけてくださるなら、私、恋のキューピッドになってもいいですよ。」

「...探します。」

「約束ですよ。ちなみに、それがうまくいかったら、エリック様が責任とって結婚してくださいね。」

「...はい。」


 こうしてクリステルはエリックを味方につけ、お金持ちに少し近づいた。


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