2 直文
十日後の朝にここに来た。調べ物をしすぎてしまった。けど、大体のことはわかったから良しとする。茂吉を連れて木々をかき分けながら、村につく。
神社の前に来た。
「ねぇねぇ、直文のお熱の女の子ってどんなの子なの?」
暇そうに茂吉は俺に聞く。お熱ってな。
「俺は彼女を熱くしてないぞ」
燃やしてないし、熱でのぼせてない。
俺の言葉にこいつは呆れた。
「いや、そうじゃなくて夢中ってこと。今までなかったじゃん」
「夢中と言うのじゃないよ。彼女が気になっただけだ」
与えられた任務の情報を見て、気になっただけだ。彼女はこの任務の重要人物。気になるのは当然だろう。
外に出てないのを見ると、神社の中にいるのだろう。戸がガタッと開けた。
「おは」
挨拶をしかけた。彼女の着物が脱げていく場面を見る。
ほどよい体つき。清らかで柔らかそうな。体の奥底が、主に下の部分が熱くなる。勢いよく閉めた。
見てしまった見てしまった見てしまった見てしまった見てしまったっ!!!
麗らかな女の子の裸を見てしまった!
階段に座って、頭を押さえる。顔が熱い。戸が開く音がしたけど、彼女の顔は見られない。
「おやー、直文。一体中で何をみたのかな?」
「もっくん。うるさい」
茂吉がからかってくるので、怒って返事をする。彼女に明るく自己紹介をした。
「やぁ、俺は茂吉! 君のことは聞いているよ。俺は直文とは仲のいい同僚さ。よろしく」
「えっと、よろしくお願いします?」
明るく挨拶をする彼に、彼女は呆けて返す。俺は頭を抱えていた。
だって、見てしまったんだよ?
一瞬とはいえ、麗らかな女の子の裸を見てしまった。……房中術を会得しているとはいえ、俺は見慣れているわけではない。経験がないわけではないけど、いや、これは、責任をとるしかないっ!
俺は顔をあげて、彼女の両手をつかんで真っ直ぐと言うことにする。
「責任はとる。君がよければ俺の許へ嫁ふごっ!?」
「はぁーい、ややこしくしなーい」
茂吉に頬を殴られた。軽くとはいえ、痛いものは痛い。茂吉は苦笑をして謝る。
「ごめんね。こいつ真面目だから変に暴走するんだ。ほら、直文。責任云々言う前に謝る」
うん、そういえばそうでした。
「……ごめんなさい」
謝ると、もっくんは良くできましたと撫でる。俺が悪かったんだけどさ。でも、見てしまった責任はとりたい。彼女は恐る恐る声をかけてくる。
「気にしないでください。私も悪かったです」
……なら、よかった。頬の熱さを感じながらほっとする。茂吉は感激していた。
「わぁ、優しい。こんななおくんを許してくれるなんて心広い!」
「……もっくん少しだまって」
茶々いれるなぁ。もっくんは俺が彼女に興味あると知って、からかおうとしているのだ。性根悪い。彼女は感動したように、周囲を見ているからちょっと聞いてみるか。
「そういえば、君と会ってあれから十日ほどたったけど、何か変化はなかったかい?」
彼女はキョトンとした。
「十日って何故ですか? 昨日会ったばかりではありませんか」
茂吉も彼女の発言には驚かずにはいられない。十日間。彼女は何をしていたのか。恐る恐る聞いてみた。
「……今まで何をしていたんだい?」
「えっ、寝てましたが……」
「今までずっと?」
「……はい」
素直に答えて頷いた。彼女は十日間眠っていたのか。幽霊でも眠ることはできるが、ここまで長く眠ることはない。
富与佐津。いや、頓与殺の巫女は彼女の代で途絶えている。途絶えたと同時に村から人々は去っていった。
彼女の代で巫女の代が途絶えた理由は、前はわからなかったが段々とわかってきた。彼女がどういう存在なのか。だが、真相を話すのは早い。誤魔化して話を進めることにした。
「恐らく、君は俺達が来るまでずっと眠っていたんだ。俺はこの村について色々と調べ直した後に来た」
「……嘘ですよね」
「本当だよ。ここには十日後に来た。もしかすると、君が成仏できないのに理由があるのかもしれない」
不安げな彼女の目線を合わせる。
「大丈夫。俺が君を助ける。絶対に三途へ導くから」
不安にさせたくない。笑っていてほしい。
「だから、俺が君の裸をみた分の責任を含めて、定期的にここに来るよ」
「ありがと」
彼女の言葉が途切れ、顔が段々と赤くなる。
「……わ、私の裸見たのですかっ!?」
あっ。俺、今なんて。……あっ。
発言に気付いて、俺は激しい羞恥心と罪悪感が溢れる。
そうだ。切腹をしよう。
懐から短刀を出して、地面に正座をした。もっくんに介錯を頼んだ。呆れて茂吉が大きな太刀を出してくれた。
ホント、俺って最低。
短刀を鞘から抜いて目をつぶる。
「おなごはだ めにうつりては 思いだし 己の馬鹿さ 身に染みていく」
辞世の句を吐いて、腹に突き立てようとすると。
「死なないで、死なないで死なないでぇぇーー!」
彼女の悲痛な声が届いて、俺の切腹を必死で止めた。
俺は土下座をし続ける。……眼福でしたと口には出さないけど、深く反省はしています。
「ところで、君は寝ていたと言うけど寝ている間、何かなかったの?」
茂吉が彼女に声をかけたようだ。
寝ている間、彼女はわからなかっただろう。しかし、眠っている間、なにか夢のようなものを見ている可能性はある。期待通りに彼女は答えてくれた。
「えっと、夢と言うか。多分、過去の記憶のようなものはみました。見たのは、私のお母さんと私が巫女になるために習い事をしている記憶です」
「おおっ、結構思い出してるね」
茂吉は感嘆するけど。
「まだです。私の名前と死んだ記憶が思い出せないのです」
…………無理をしているな。彼女。
「名前と死んだ記憶か」
土下座をやめて、彼女に聞く。
「名前はともかく、君は死んだ記憶も思い出したいかい?」
言われて黙る。死んだ記憶を思い出すのは、あまりいいものではないだろう。彼女の精神面を考えると、推奨をしたくない。
「はやく、早く思い出せれば、早く成仏できるのですよね?」
俺の為を思って言っているのかもしれない。利他的なのは、巫女としてはよい素質なのかもしれない。だが、そこまで無理しなくていい。
「……無理しなくていいよ」
頭を優しく撫でる。
「怖いものはすぐに思い出せなくていい。嫌な記憶は忘れていてもいい。君が無理する必要はないよ」
感情が顔にでない分、行動でも示したかった。無理している君の心に、せめて安らぎを与えたい。彼女は目を潤ませて、顔を俯かせる。
「ありがとう、ございます」
「いいよ、君には君の出来ることをして」
生暖かい目線を感じて、彼女と俺は顔を向ける。茂吉が微笑ましそうに見ていた。
「あっ、もういいの? なおくん」
「ふざけない」
「ごめんごめん」
こいつは本当にからかい好きだな。笑って茂吉は俺達二人を見る。
「さて、この子に何をするか全部話そう。今回の件は、成仏といっても簡単じゃないんだからさ」
全部話す。それは、彼女の傷をえぐるようなものだ。彼女は自身の名が元々つけられてないと思い出すかもしれない。彼女の気持ちからして、真相を話すのはまだ早いのだ。
なのに、この狸は。
腹の奥から暑くて燃えるものが出てきた。胸に宿る。顔が動く感覚があるが気のせいだろう。俺は茂吉を見る。
「……茂吉。お前はもう少し考えろ」
茂吉は驚いていた。彼女も驚いているが、わかりやすく怒っているのだ。こいつに注意をする。
「俺から話す。時期を見て話させてもらうからな」
「……わかった」
茂吉を黙らせておいて、彼女に真実以外を教える。
「……まず、俺が話さなくちゃならないのはこの村についてだな。君はこの村について、何か思い出したか?」
「この村で巫女をしていたことしか、わかりませんでした」
「上々だ。この村の富与佐津の巫女はこの神社に奉られた神を鎮める役目を持っていた。君は覚えはないだろう」
きょとんとした反応から覚えてはないとわかった。
彼女をじっと見つめて、話を続ける。
富与佐津と名付けた由来。頓与殺の話は省いた。まだ、早い。彼女が生贄の巫女であったと話すのは早い。俺が話終えると、茂吉が非難の視線を送る。
「おい、直文……やっぱりさ」
首を横に振り、黙れと視線で送った。
「俺はこの村に毎日通うよ。君と色々話してみたいんだ」
「嬉しいです。是非、お願いします!」
彼女は嬉しそうに笑い、なんだか俺の心は暖かくなった。
あの日から、俺は言葉通り毎日来た。
俺が帰った後は眠って、俺が来ると目覚める。まるで、侵入者が来ると追い払おうとしているみたいだ。俺が来てくれる間、夢は見なかったらしい。嫌な夢を見なくてよかった。
代わりに俺は村の外の事や土産などを持ってきてたくさんのことを話す。
彼女の驚く顔に、切なそうな顔。頬を膨らませて不服そうな顔から笑う顔。ころころと顔に感情が出る彼女が羨ましくも、心がポカポカしてくる。彼女は俺の事もたくさん聞いてきた。最初はぎこちなかったけれど、段々と普通に話せるようになってきている。
ある日の夜。神社の前で花火の話をした。
「花火」
「そう、夜空に打ち上げる花なんだ。すぐに消えちゃうけど、とても綺麗なんだ」
夜空の花と言う表現は間違っていない。彼女は目を輝かせて、楽しそうに想像を膨らませていた。
彼女の時代に花火の技術は発達はしていない。徳川家康より統治されて、平和になってから見れるようになったものだ。彼女は俺に話しかけてくる。
「直文さん。成仏する前に、私を外につれて、その花火を見せてくれませんか?」
……ああ、それはいいかもしれない。三百年間、でれなかった彼女への最後の御褒美として見せてあげるのも。
「うん、わかった。君に特等席を絶対に用意するから」
「ありがとうございます!」
ああ、やはり──そうだ。
彼女の笑みは花火のようだ。
明るくて、眩しくて俺にはもったいなくて。ああけれど、見ていて尊いと思えるのだ。
今日は村の調査をする予定。なのに。
「もっくん。俺も調査するよ」
茂吉が背中を押して、彼女と共にいるように促してくるのだ。
「だーめ。俺が調査をするから、なおくんはこの子のお相手をしなさい。折角の手弱女を一人にして残していくのかい? 酷いな」
「……った、確かに」
彼女のような手弱女はここにおいてはいけないな。けれど、一人で調査させるのは申し訳ない。抗議を繰り返したけど、茂吉に説得させられた。もっくんが調査。俺が彼女と居ることとなった。
まったく変な気遣いをして。だが、有りがたく受け取っておこう。
茂吉を見送った後、俺は彼女に話題を出した。
「君」
話しかけると、彼女は向く。
「はい」
「お母さん。どんな人だった?」
気になって聞く。
俺は母親の顔を知らないのだ。子が母をどう思うのか、気になる。彼女は思い出しながら話してくれた。
「私のお母さんは、幼い私にたくさん色んな話をしてくれました。優しくて、笑顔が天の川のように輝いていて。いけないことをすると叱ってくれて。……でも、いつの間にかいなくなっていた人です」
「そっか」
羨ましさがあるけれど、君が気付いたときにはいなくなっていたのか。君も俺と同じで、いつの間にか親はいなくなっていたのか。
「……俺の母親は物心ついた時には居なかった」
「貴女も、お母さんが居なくなっていたのですか?」
頷いて、石畳の上に座る。
何故か、俺は生まれを話していた。
生まれた時から、朝廷に祀られた麒麟児。麒麟の血を引く半妖として、六つの頃まで祀られていた。
彼女は驚いていたけど、そんなものだ。
日の本では、四神の中央に位置する神獣麒麟。仁のある王の元に来る瑞獣。当時の天下人が俺を母親から引き離し、朝廷に献上。六つの頃まで、名もなく周囲に持て囃された。
当時の俺は何もかもわからなかった。
あの人の迎え来るまで、俺は何をしていた?
あの人から、名をいただくまで俺は。思い出そうにも同じ光景ばかりで思い出せない。
なぜ、無表情なのか。
俺が人と滅多に会わずに丁重に祀られていたからだ。交流が苦手でどうすればいいのか、わかっていない。ああ、彼女に色々と言い訳がましいことを言う。
まだ俺は子供だ。
片手を握られた感覚がある。俺は驚いて、彼女を見た。少女は俺の手を両手で握ってくれている。彼女の瞳の俺は目を丸くしていた。なんで、そう優しくしてくれるの。
「多分、俺が君を気にしているのは、俺自身の過去もあってからだなんだ。名前がないのと、祀られていたと言う点が」
優しさに戸惑って、自分でもわけわからない言い訳を吐く。
そうだ。だって、俺は哀れみの同情から彼女を助けようとしているんだ。けど、彼女は首を横に振る。
「違いますよ。貴方は元から優しいのです。そうでなきゃ、行動と態度で表しませんよ」
「違うよ。俺は」
否定しようとする口を閉じられた。
なんで彼女に過去を話したのだろう。きっと彼女の名前がないからだ。同情をして話したから。そんな俺を彼女は優しいと言う。
それはない。前に、俺は一方的に君を傷つけてしまった。悲しませてしまった。同情で俺の過去を話してしまった。
ううん、違う。
彼女なら話していいと思ったから、一方的に打ち明けた。
俺は自分勝手だ。
なのに。
「直文さんは優しいですよ」
なんで、君はそういうの?
なんで、こんな俺に優しくできるの?
打ち明けてないけれど、俺は仕事で何度か人を殺したことある。元々罪人だ。
……本来なら神獣の血を引くなんてあり得ない。俺が属する組織の半妖は、地獄で苦しむはずだった罪人。転生をし、力強い妖怪の半妖として組織に属することで刑期を短くしている。
俺は魂の循環を守る地獄の者。罪人としての半妖。能面の直文。俺は本当の事を知って君に黙っている。
違うよ。俺は優しくなんかない。
口に出したいのに、彼女が言うなとまた指で口を閉じられる。
優しい眼差し。仲間以外に向けられるのは初めてだ。指が離されて、俺は否定しようとする。でも、すぐに躊躇した。彼女に向ける言葉は否定でない。なんだろうと考えて、思い浮かんだ言葉をすぐに口にした。
「……ありがとう」
感謝をする。顔の突っ張りがなくなった気がして、思いのまま口角をあげてみた。
「本当にありがとう」
彼女の瞳に頬を赤くした俺の顔がある。彼女は目を丸くしていて、顔を赤くして口を押さえていた。
「直文さん……笑った!」
「うん、笑った。俺もビックリ」
また無表情に戻ってしまったけど、びっくらこいただ。
自分の顔をさわると、彼女が俺の頬を摘まんだ。口角を上げたり下げたりを繰り返す。顔をほぐしてくれているのかな。でも、そろそろ頬がヒリヒリしてきた。
「いひゃい」
「あっ、ごめんなさい!」
手を放してくれるけど、その両手を俺は押さえて頬を触らせた。彼女はびくっと震えて、口をあんぐりとさせる。間抜けた顔だなと思い、俺は笑いを溢してしまった。
「ふふっ……あははっ……」
彼女は俺の笑いにつられた。
そっか。悲しませたくなかったから、否定するのを躊躇をしたのか。自身の否定を表に出すのは、相手にもよくない。口にしたくなかったんだ。
君を思うと、約束を果たしたくなる。
「成仏する前に、絶対君に花火を見せるよ」
三百年もここにいる彼女を外に出して、綺麗なものを見せてあげたい。
それが、俺が彼女にできること。俺の真剣な表情に彼女は呆然として、やがて嬉しそうに笑ってくれる。彼女の微笑みは打ち上がる空の花火のようで、やっぱり俺には眩しかった。




