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誰ヵ之半妖物語 平成への道のり  作者: アワイン
誰ヵ之半妖物語 名前と記憶を忘れた彼女と無表情な彼
3/34

2 彼女

 目を開けて、私は起き上がる。


 相変わらず神社の中はボロボロだ。怠さがある訳じゃないけど、心地は良くない。何度か女の人と遊び、女の子として成長していく夢を見ていた。

 

 あの女の人は、多分私のお母さんじゃないかな。でも、なんで名前を呼ばれてないのかな。幽霊でも夢を見るなんて不思議だ。背伸びをして、立ち上がった。戸を見ると、とっても明るい光が入ってきている。


 もしかして、朝? 立ち上がって気付く。

 

 服は汚れてないし、脱げてない。幽霊だからお腹は空いてないし。あっ、自分の服は脱げるのかな。いそいそと試して腰に巻かれた帯紐を取ってみた。ぱさっと着物が落ちる。

 同時に、神社の戸がガタッと音がして開いた。


「おは」


 声と共に勢いよく戸が閉められた。ぴしゃんって勢いよく閉まったな。直文さんの声だったから、まさか。胸の奥と顔が熱くなる。急いで着物を着直して戸を開けた。

 直文さんは頭を抱えていて、隣には見知らぬ男の人が彼をいじっている。


「おやー、直文。一体中で何をみたのかな?」

「もっくん。うるさい」


 直文さんの声が怒っているように思えた。にやにやとしているもっくんと言う人は、私に目線を移して笑ってくれた。


「やぁ、俺は茂吉(もきち)! 君のことは聞いているよ。俺は直文とは仲のいい同僚さ。よろしく」

「えっと、よろしくお願いします?」


 明るく挨拶をする彼に、私は呆けて返すしかなかった。直文さんを見ると、頭を抱えていた。

 しばらくして彼は顔をあげる。無表情だからわからないけど、何かを決意したらしい。私の両手をつかんで真っ直ぐと。


「責任はとる。君がよければ俺の(もと)へ嫁ふごっ!?」

「はぁーい、ややこしくしなーい」


 茂吉さんに頬を殴られた。私は驚いたし、茂吉さんは呆れていた。


「ごめんね。こいつ真面目だから変に暴走するんだ。ほら、直文。責任云々(せきにんうんぬん)言う前に謝る」

「……ごめんなさい」


 良くできましたと誉める茂吉さん。直文さんが何を言おうとしたのかわからない。けど、私の裸を見たのは直文さんが悪いわけではないし。


「気にしないでください。私も悪かったです」


 彼は赤くなった頬を押さえながら、ほっとした。……あれ、今少し無表情が崩れたような。茂吉さんは私をみて感激していた。


「わぁお、優しい。こんななおくんを許してくれるなんて心広い!」

「……もっくん少しだまって」


 無表情だけどイライラしているのがわかる。

 外を見て、確認。

 空は青色で雲があって。青々とした緑がある。朝だ。昨日は夜空を見たけど、今日は青空を見れた。

 感激していると直文さんが聞いてくる。


「そういえば、君と会ってあれから十日ほどたったけど、何か変化はなかったかい?」


 とおか? 直文さん。何と言ったのか。


「十日って何故ですか? 昨日会ったばかりではありませんか」


 二人は驚いていた。直文さんは無表情だけど、なんで驚くの?

 

「……今まで何をしていたんだい?」


 恐る恐る直文さんに聞かれたから、素直に答える。


「えっ、寝てましたよ。直文さん」

「今までずっと?」

「はい」


 素直に答えて頷く。直文さんは静かに黙って、私の顔をみた。


「恐らく、君は俺達が来るまでずっと眠っていたんだ。俺はこの村について色々と調べ直した後に来た」


 一瞬だけ嘘かと思ったけど、直文さんが私に嘘をつく理由はない。


「……嘘ですよね」


 でも、言葉として出てきてしまう。自分が長く眠っていたとは思えない。いや、幽霊だから長く眠れてしまうのかも。でも、直文さんが嘘をついているとは思えない。私の言葉に彼は首を横にふる。


「本当だよ。ここには十日後に来た。もしかすると、君が成仏できないのに理由があるのかもしれない」


 成仏できない理由。

 私が中途半端だからと言う理由もあるらしい。原因はなんなのだろう。なんで、この村から出れないのだろう。直文さんが私の目の前に来て、目線を合わせる。


「大丈夫。俺が君を助ける。絶対に三途へ導くから」


 直文さんの言葉は実直で嘘がないように感じた。私は少し嬉しくなってしまう。


「だから、俺が君の裸をみた分の責任を含めて定期的にここに来るよ」

「ありがと」


 って、あれ? 詳しく聞いてなかったけど直文さん。


「わ、私の裸見たのですかっ!?」


 顔が熱くなる。


 見たんだ。ちゃっかりみたんだ!


 直文さんは自分の発言に瞬きをしたのち、顔に赤みを作る。彼は懐から短刀(たんとう)を出して、地面に正座をすると茂吉さんに首を向ける。


「茂吉。介錯(かいしゃく)頼む」

「はいはい」


 呆れて茂吉さんが大きな太刀を出す。えっ、どこから出したのその太刀。直文さんは短刀を鞘から抜いて目をつぶる。


「おなごはだ めにうつりては 思いだし 己の馬鹿さ 身に染みていく」


 歌のような……って、もしかして辞世(じせい)の句ーーっ!?


「死なないで、死なないで死なないでぇぇーー!」


 切腹しようとする彼を私は慌てて止めた。




 私は短刀を取り上げて、茂吉さんを止めに入る。

 茂吉さんはやるつもりはなかったらしく、すぐに大きな太刀を地面におく。やるつもりがなかったら止めてほしかった!

 直文さんも、お、女の子の裸をみたぐらいで切腹しないでほしい。別の方法での責任の取り方があるでしょう。その張本人の直文さんは、土下座をし続けている。

 ……見たのはあれだけど、深く反省しているようなので許します。


「ところで、君は寝ていたと言うけど、寝ている間何かなかったの?」


 茂吉さんの声がかかると、私は彼に話す。


「えっと、夢と言うか。多分、過去の記憶のようなものはみました。見たのは、私のお母さんと私が巫女になるために習い事をしている記憶です」

「おおっ、結構思い出してるね」


 茂吉さんは感嘆するけど、そうでもないと首を横にふる。


「まだです。私の名前と死んだ記憶が思い出せないのです」


 肝心な記憶を思い出していないのだから。


「名前と死んだ記憶か」


 直文さんは土下座をやめて、真剣に聞いてくる。


「名前はともかく、君は死んだ記憶も思い出したいかい?」


 死んだ記憶を思い出すのは、あまりいいとは言えない。死んだ記憶を思い出すのが怖い。でも、そこに私が成仏できない何かのきっかけがあるなら、すぐにでも思い出したい。そうすれば、きっと直文さんの負担も減ると思う。


「はやく、早く思い出せれば、早く成仏できるのですよね?」

「……無理しなくていいよ」


 穏やかな声で言われて、彼は私の前に立って、頭を優しく撫でてくれた。怖さを見抜いてくれているようだ。

 

「怖いものはすぐに思い出せなくていい。嫌な記憶は忘れていてもいい。君が無理する必要はないよ」


 無表情だけど優しさだけは伝わってくる。行動でも示してくる。無理しているとわかったのかもしれない。私は分かりやすいのかな。直文さんの優しさに感謝をした。


「ありがとう、ございます」

「いいよ、君は君の出来る事をして」


 名前を忘れているのに、彼に認識されるのは悪くないと思った。なんだか生暖かい目線を感じて、私と直文さんは顔を向ける。茂吉さんが微笑ましそうに見ていた。


「あっ、もういいの? なおくん」

「ふざけない」

「ごめんごめん」


 笑って茂吉さんは私達二人を見る。


「さて、この子に何をするか全部話そう。今回の件は、成仏(じょうぶつ)といっても簡単じゃないんだからさ」


 何かをする? 私の成仏は簡単ではない?

 驚いていると肌からピリピリとした物を感じた。直文さんを見て驚く。彼は顔を向けた。


「……茂吉。お前はもう少し考えろ」


 冷ややかな光が瞳に宿る。

 眉が下がって、声色も低い。初めて怒った顔を見た。ううん、表情に感情が出てきている。茂吉さんも驚いたらしく、直文さんの変化に何も言えずにいた。


「俺から話す。時期を見て話させてもらうからな」

「……わかった」


 茂吉さんは返事をする。直文さんはすぐに無表情に戻った。彼は私に向いて話す。


「……まず、俺が話さなくちゃならないのはこの村についてだな。君はこの村について、何か思い出したか?」

「この村で巫女をしていたことしか、わかりませんでした」

「上々だ。この村の富与佐津(とみよさつ)の巫女はこの神社に奉られた神を鎮める役目を持っていた。君は覚えはないだろう」


 覚えてはない。鎮める役目を持っていたとは知らなかったから。私は本当に神様の巫女だったんだ。思い出して少し嬉しさを感じる。


 直文さんは私をじっと見つめて、話を続けてくれた。


 神様から豊穣を祈願するため、この村は富与佐津となったと。元々は粗悪(そあく)は土地だったらしい。そっか、だから富を与える名前なんだ。


 直文さんは話終えると、茂吉さんが彼に声をかける。


「おい、直文……やっぱりさ」


 何か不味そうな感じだけど、直文さんは首を横に振っていた。私に声がかかる。


「俺はこの村に毎日通うよ。君と色々話してみたいんだ」

「嬉しいです。是非、お願いします!」


 直文さんの嬉しい提案に私は頷いた。





 あの日から、彼は言葉通り毎日来てくれた。

 彼が帰った後は眠くなってしまうけど、直文さんが来ると目覚めた。どうやら、私は人が来ると目覚める性質らしい。

 彼が来てくれる間、夢は見なかった。思い出せるきっかけを見れないのは残念だ。けど、代わりに直文さんから村の外のお話を聞ける。彼とたくさんお話ができるのだ。

 聞けるのは、知らない話に変わった話。お土産も持ってきてくれたけど、直文さんの事もたくさん聞いた。彼の話し方は最初はぎこちなかったけれど、段々と普通に話せるようになっていく。





 今日の夜。神社の前でとても興味深い話をしてくれた。


「花火?」

「そう、夜空に打ち上げる花なんだ。すぐに消えちゃうけど、とても綺麗なんだよ」


 夜空に打ち上がる花。なんて神秘的なんだろう。

 どんなものなのだろうか。桜のように儚いのだろうか。アジサイのように多く咲くのだろうか。前に持ってきてくれた金木犀(きんもくせい)のようにいい匂いはするのだろうか。

 ああ、村の外に出れないから見てみたい。直文さんに声をかけた。


「直文さん。成仏する前に、私を外につれて、その花火を見せてくれませんか?」

「うん、わかった。君に特等席を絶対に用意する」

「ありがとうございます!」


 にこにことして、彼の顔を見ている。僅か、ほんの僅かだけど口角が上がっているような気がした。





 今日は村の調査をするらしい。なのに。


「もっくん。俺も調査するよ」


 無表情だけど慌てる直文さん。茂吉さんが背中を押して、私の方に直文さんを向ける。


「だーめ。俺が調査をするから、なおくんはこの子のお相手をしなさい。折角の手弱女(たおやめ)を一人にして残していくのかい? 酷いな」

「……った、確かに」


 納得して、直文さんは私の隣に来た。誉められたような気がするのは気のせいかな。

 茂吉さんが彼を説得させた結果、茂吉さんが調査。直文さんは私と居る。

 茂吉さんを見送った後。

 

「君」


 話しかけられて、直文さんに向く。


「はい」

「お母さん。どんな人だった?」


 私の、お母さん?


 夢を思い出してみる。

 

 私のお母さんは幼い私にたくさん色んな話をしてくれた。優しくて、笑顔が天の川のように輝いていて、いけないことをすると叱ってくれて……いつの間にかいなくなっていた人。

 思い出したことを口に出してみると、直文さんは「そっか」と言い、空をみた。

 

「……俺の母親は物心ついた時には居なかった」

「貴女も、お母さんが居なくなっていたのですか?」


 彼は頷いて、石畳の上に座る。


「俺は生まれたときから、朝廷に祀られた麒麟児(きりんじ)。……半分、麒麟(きりん)の血を引く半妖として、六つの頃まで祀られていた」

「麒麟って、あの麒麟ですか?」

「うん」


 この国では四神の中央に位置する神獣。仁のある王の元に来ると聞いたことがある。彼がそんな凄い血を引く存在だなんてびっくり。彼は話を続けた。


「麒麟は瑞獣(ずいじゅう)だ。俺は赤子の頃から人の手によって、母親から引き離されたらしい。俺は大きな寺の近くにある家で生まれた。生まれた姿は人の赤子ではなく、摩訶不思議(まかふしぎ)な獣の姿だった。

麒麟が生まれた。そう騒がれて、当時の天下人が俺を母親から引き離し、朝廷(ちょうてい)献上(けんじょう)。六つの頃まで、名もなく周囲に持て(はや)されるだけで、俺は何かもかもわからなかった。あの人の迎えが来るまで、俺は何をしていたのかわからないよ」

「名前が、なかった?」


 衝撃と引っ掛かりを感じた。直文さんは頷き、顔を俯かせる。

 

「あの人から、名を頂くまで俺はただの麒麟児だったってことだ。無表情なのは多分俺が(まつ)られていたからだと思う。人に会わず、丁重(ていちょう)に祀られていたせいで、交流が苦手でどうすればいいのかわからない。他者の気持ちも怖くて受け取れない。解らなくて、怖くて、心を無にして、無表情にしていた。

……現在はましになってきたけど、今でも仲間からもどう話せばいいのか、あぐねさせてしまう。……まだ、子供なんだ。俺は」

 

 声が苦しそうで、私は彼の手を両手で握った。直文さんは私の顔を見て驚く。

 目を丸くしていた。無表情だったものが、少しずつほぐれてきているような。冷たいけど、奥には暖かさがある。直文さんは驚くのをやめて、目を伏せる。

 

「多分、俺が君を気にしているのは、俺自身の過去もあってからだなんだ。名前がないのと、(まつ)られていたと言う点が似ているから優しくできるんだ。俺の勝手な同情で君を救おうとしてごめんね」


 同情から救おうとしているのがよくないと、彼自身もそう思っている。同情も場合によると思う。でも、絶対に違う。彼は優しいんだ。

 私は否定をした。


「違いますよ。貴方は元から優しいのです。そうでなきゃ、行動と態度で表しませんよ」

「違うよ。俺は」


 否定しようとする彼の口を閉じさせて、私は教えてあげた。


「直文さんは優しいですよ」

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