1 直文
まだ江戸は徳川幕府により治められている。流石豊臣よりも土台がしっかりしているな。
遠くから声をかけて、彼女を呼び寄せた。光があればどこでも俺は伝達ができる。階段を上って、懸命に上ってきている白い巫女の少女。あの子が俺の仕事の相手か。頑張って神社まで戻ってきたようだ。目を瞑って息を荒くして顔を俯かせている。労いの声はかけておこう。
「お疲れ様」
彼女は顔をあげて、目を丸くしていた。見惚れているのだろうか。よく同僚からお前の容姿は整っていると言われる。女を落とすのにいいなと言われるが、俺は口説きは得意ではない。
表情に感情が出ないからだ。能面の直文と言われているほど、感情が表情に出ない。何故なのかは、自分がよく知っている。
俺は挨拶と自己紹介をして、彼女に色々尋ねた。
わからない。自分の名前もわからないときた。これには俺も驚く。顔には出ていないだろうが、驚いている。俺は彼女に記憶の喪失の旨を教えると傷ついた顔をした。
わかっていたのか、わからなかったのか。俺はわからない。喪失の要因をあげていくけれど、彼女は困った顔をする。
「直文さんは、何者なのでしょうか」
何者か、か。彼女はとっくに死んでいるのだ。明かしてしまおう。
「俺は貴女を救い守る者だ」
「えっ」
赤い顔になる。どうしたのだろう。
「仕事の一貫で貴女を救いに来た……って、項垂れてどうしました?」
急に項垂れてしまった。何処か悪いのだろうか。
「何処か痛いのですか? さっきまで顔が赤かったのはどこか調子でも悪いのですか?」
「大丈夫……自分の単純さに呆れただけです」
大丈夫ならよかった。でも、何故単純さに呆れるのだろう。不思議に思うと彼女が聞いてきた。
ここはどこなのかと。本題だ。記憶を失っているなら、教えてあげるべきだろう。
富与佐津村。昔は沢山の作物に恵まれていた村。彼女がいた富与佐津神社は山の神を祀ったものだ。この神社と彼女に用があって俺はきたのだ。ああ、ここに三百年間いたとは哀れだ。
話終えると、彼女は三百年前のことを不思議そうに聞いてくる。
「貴女は三百年前に人として亡くなった者です」
「……えっ」
目を丸くする。ああ、この表現はよくなかったな。
「失敬。貴女は死者ではありますが、中途半端な存在なんです。俺は貴女を成仏させる為遣わされました。しかし、ここまで曖昧なものとは」
そうだ。まさか、幽霊と妖怪に近い状態だとは思わない。これは、一体。彼女は気が動転して俺に食いついて聞いてくる。
「……私はどういう状態なのですか!?」
「死んでいますが存続している。俺にもわからない中途半端な存在なんです」
申し訳ないがこういうしかない。
これは、簡単に成仏できない案件だ。俺はあの人に命じられて、この村にきたが厄介な問題にぶち当たる。情報も見てきたが、彼女がここまで酷い状態だとは思わない。これは組織に助けを呼ぶしかないか。
声が聞こえた。
嗚咽を噛み締める声。顔を向けると、目からボロボロと涙が出てきている。俺は驚愕してしまった。泣いている女性を励ますなんてあまりしたことない。彼女は膝をついて、泣き顔を両手で隠す。
「うっ……ひっぐ……!」
なんで泣いているのかはわかる。俺の配慮が足りなかった。この子は自分が何者なのかわからない。名前すらも忘れて、家族すらも忘れているのだ。
そして──。脳裏に思い出した情報が過り、拳を握りしめる。彼女に近づいてしゃがむ。背中を優しく撫でてあげた。
「……ごめんなさい。傷付けてしまってすみません」
彼女は俺をみる。顔に出てないだろう。自嘲を込めて自分の顔をさわった。
「気を悪くさせて、すみません。俺、感情が顔に出ないんです。……声色では気持ちは出せるようになったのですが、何故か顔には出なく能面のようだと言われ。……そのせいで、人との交流がうまくできなく、こういう物言いをしてしまいます。……申し訳、ありません」
言い訳がましく聞こえて嫌になる。けど、傷つけた分、優しくしたい。出来ることやれることをしてあげたい。
「できることはします。俺が嫌なら代わりの者を呼びに行きます。……泣き止めとは言いません。俺が泣かせてしまった責任はとらせてください。……どうか、貴女を救わせてください」
彼女は黙る。嫌だっただろうか。不安になっていると、彼女は泣きながら口を開く。
「お願いです。どうか、私を救ってください」
驚いた。嫌じゃなかったのようだ。ああ、よかった。言われて、俺は心の中で頷く。
助けるよ、俺は貴女を。
「……ありがとうございます。誠心誠意貴女をお救いします」
俺は跪いて頭を下げた。
──彼女を落ち着かせたあと、俺は話せる範囲を話した。俺の属している組織と役目を。平安時代の四天王のように思えるだろう。彼女は凄く楽しそうに聞いていたけど、次第に表情を曇らせる。
「直文さん。私は成仏できますか?」
「貴女を三途へ導くのが俺の役目です。してみせます」
それが俺の役割であり、今回与えられた仕事だ。……いや、仕事だからやるんじゃないな。俺の意志でこれをやりとげたいと思っている。彼女から声がかかった。
「あの、直文さん。素の口調で話していただけませんか?」
……出会って間もないし、失礼にならないか? 聞いてみよう。
「何故ですか? 貴女は俺より年上なのです。年上は敬い丁寧に接しないといけないでしょう?」
「……えっ、直文さん。何歳なのですか?」
驚かれる。ああ、なるほど。俺をまだ人間だと思っているのか。半妖の見た目の年齢なんてあてにならない。霊体である彼女は死んだ時の年齢で止まっている。そうか、俺より若く死んだのか。……一応打ち明けてはおくか。
「俺は百五十歳の若造です」
「……ええっ!? 百五十歳!? 何処が若造なの。お爺ちゃんじゃあない!」
おっ、お爺ちゃん……。半妖の中では若い方だけど、人としては寿命を余裕に越えている。でも、三百年もここにいる人にお爺ちゃんと言われたくはない。
「……普通俺がただの人なわけありません。それに、人のこと言えないでしょう」
顔に出ないのに、分かりやすく拗ねてしまった。大人気ない。彼女は謝ってきた。
「ごめんなさい。直文さん。私が死んだのはたぶんまだ若いときだと思うのです。ですので、私を年下扱いして素の口調で話してくれませんか?」
……もう若くして死んだと理解しているのか。彼女は頭がいいようだ。彼女の記憶が戻らない限り、成仏は難しい。思い出すためにも、精神的な幇助も必要か。あまり思い出していいものでもないとは思うけれど、彼女の為にも必要か。
息を吐く。
「……わかった。君の要求は飲もう」
俺の口調が砕けると、彼女の雰囲気が明るくなる。顔にも出ている。そんなに嬉しかったのかな。彼女はおずおずと言葉を向けてくる。
「私も出来る限りお手伝いはします。それまで、名前を忘れた幽霊と仲良くしてくれますか?」
瞬きをする。今、この子は何て言ったの? 俺と仲良く。えっ。
「……えっ、仲良く? 君と俺が?」
彼女は明るい笑顔で頷いた。その笑顔は江戸の花火の明るさがあって、眩しさを感じる。幽霊のような存在なのに、この子は前を向こうとしていた。それに、無表情な俺とも仲良くしようとしている。
顔に熱さを感じる。高揚していて、胸が踊った。嬉しい。笑えないけど、言葉にありったけの思いを込める。
「うん、よろしく頼むよ」
彼女はまた微笑んでくれた。他意もなく笑ってくれるこの子に何が出来るだろうか。少しでも彼女を救ってやりたいと思った。
一旦本部に戻って状態を報告した後、本部にある書庫に向かう。
俺がいる場所は、大きな日本の武家屋敷が多くある。たくさんの半妖が住んでいる場所だ。時が過ぎれば、また本部全体建て直すかもしれない。
いや、そんなのはどうでもいい。棚には幾つかの紙の本があり、富与佐津村についての情報をまとめたものを出した。
行く前に見たとはいえ、確認しておきたい。調べるのに時間がかかるだろう。自室に向かって机の前に正座をして、分厚い本を開いた。
資料として、いくつかの紙を紐でまとめられたもの。
富与佐津村──いや、本当の名前は頓を与えて殺すと書いて頓与殺村。
あそこは農作物が豊富にあったから、あの名がついたと思うだろう。
実際は違う。あそこの土地は農作物が育たない。人の手を何十年何百年とかけて、まともな土地となる場所だ。
粗悪な土地であったことから、頓与殺村と名付けられていあ。
頓は【苦しむ。困り果てる】意味を持つ。与は与える。殺は殺す。苦しみ与えて殺す村。名の通り、頓与殺村。その村名では良くないと考え、文字を変えたのか。頓与殺から富与佐津と。
「とみよさつ、頓与殺、とみよさつ、富与佐津。……なるほど」
言霊か。言葉に力があり、魂が宿ると考えられる。俺達半妖は言霊を使わないと力が使えない。厄介ではあるが慣れている。
……あそこには神社がある。富与佐津神社。豊穣の神を奉っているとされている。しかし、頓与殺村の神社の本当の祭神は豊穣の神ではないだろう。
行く前に、いくつか神社に赴いて聞いてみた。
富与佐津村の祭神は知らない。だが、頓与殺村の神は知っている。あそこの山の神は悪食だと皆が言っていた。また中にはあれは神ではないと言われている。
悪食とは、神ではないとは。
そこの疑問を辿るには、村の始まりに遡る。
同じ半妖の安倍晴明先生が活躍していた時代。あの村は一人の男が作ったとされている。
一人は山から湧き水を見つけてそこに神社をたて、村人を呼び寄せて村を作った。巫女と言う役職は神社が作られて、すぐのようだ。
……富与佐津と変えたのは男が亡くなった後だ。何故、悪い名をつけたのか。気にはなるが、まだわかっていないこともある。
まず、巫女について見直そう。頓与殺の巫女は。
「なーおくーん。考え事ー?」
背後から聞こえた声。俺は驚いて振り返る。無邪気を満たした笑顔があった。そいつの目には俺の驚いた顔はない。けれど、俺の心の臓はばくばくしている。
「驚いた」
「相変わらず、そんな顔しているようには見えないよ。直文」
長い濃い茶髪で童顔でにこにことしている。俺と同い年の同僚の茂吉だ。暖色系の柄がある着物を着ている。動きやすい着物の着方をしており、意外と伊達男なのだ。
興味津々に俺の隣に座る。
「ほんとー性格も相変わらず真面目だねぇ」
「……今回の任務について見直したいことができたから」
俺の読んでいるものをみて、茂吉は納得した。
「ああ、なるほどね。いつもより直文が真面目になるわけだ。この任務。俺も手伝ってあげる」
「ありがとう」
感謝をすると、こいつは可愛いげのある微笑みを作る。……明るい顔をしているくせに、抜け目ない奴。何処で俺の任務の報告を聞いていたんだよ。




