僕は心のための眼鏡
窓の外では春風が庭の木々を揺らし、音を奏でる。
人々は雲の色を見て天気を知る。
子どもたちは空き地を無邪気に駆け回り、大人たちは錆びの回った列車に乗り込み、ため息とともにそれぞれの目的地へと向かう。
どれも先輩が言っていた話だ。
僕には木の葉が擦れる音を聞く耳がない。
僕には天を見るための目がない。
僕には駆け回れる足も、憂鬱も、目的地もない。
僕らはただ、
ただここで、
人に"死"を売る――。
僕らの使命は人に"死"を与えることなのだと、ある男は言った。
僕が初めてここに来た日から二度と姿を見せないその男は、僕らの生きる意味であり、目的だ。
その男にとっても、また、僕らにとっても、僕らの価値とはそれだけだ。
「あ、あのぉ......」
人は次々に訪ねてくる。
もちろん、その声も、姿も、僕には聞こえないし、見ることも出来ない。
「はい!なんでしょうか!」
僕の接客は元気がいいと、評判なんだそうだ。
前に先輩たちに言われたときは、ほんのちょっぴり誇らしかった。
「その...ちょっと疲れちゃって......」
目が悪くなると、人は眼鏡をかける。
足が悪くなると、人は杖を買う。
皮膚が悪くなると、人は病院というところに行って眠るそうだ。
どうしてだろう。
内臓が悪くなると、人は絶望するらしい。
どうしてだろう。
そして、心が悪くなると、
人は心が悪くなると、喜ぶらしい。
そうしてなにやら誇らしげな表情で僕らの元へやって来る。
「お疲れさまでした...」
元気が取り柄の僕でも、きちんと場は弁えられるんだ。
今日僕を訪ねて来た若い女の子は、体中に傷があったけれど、骨が浮き出るくらいに痩せ細っていたけれど、どこか諦めたような悲しい作り笑顔を浮かべていたけれど。
僕の元へ来てからは、清々しい、晴れやかな顔で、お礼を言ってくれたんだ。
「ごめんね...」
「それはあなたが今、一番言いたいことですか?」
「......ありがとうっ!」
「はいっ!」
僕の仕事は人を導くことだ。
目でも耳でも足でもない、心を悪くした人たちのためにいる。
僕の名前は"死"だ――。