賽の河原の老婆と老爺 逃亡と観察
走り続けていた相模は足を止めた。
そこは先程と同じ川とは思えない穏やかな川の流れで、透き通った水からは川底を見る事が出来た。
こんな所じゃ、橋も、船もいらないじゃないか!
ここを渡れば、僕は天国にいけるんだ……。
相模が目を細め頷くと、奪衣婆達が叫びながら追い付いて来た。
「ま、待つんじゃあーーーー!!
はあ、はぁ、はぁ……、そこを渡ってはならん!!」
「はあ、はぁ、はあ……、爺さんの言う通りじゃ!!」
相模は息を切らした二人の戯言に耳を貸さなかった。
何故なら、走っている時に相模は観察していたのだ。
三途の川を多くの死者が渡ろうとしていた事を。
その間、流れが速い川を渡れた者は、誰一人いなかった。
皆、流され、その姿は川の底へ消えたのである。
何処からか流れてきた岩に激突し、跡形もなく消えた死者もいた。
そして、流れが穏やかな所でも深さがあり、沈んだ死者もいた。
上手く渡れた死者でも反対側に行けば他の奪衣婆達が死に装束を脱がし、裁きを行い、
その死者は哀れな姿で川に突き落とされていたのだ。
だが、相模は見逃さなかった。
川の向こうに渡れた死者の中に、死に装束が全く濡れていない者がいた事を。
その死者達は奪衣婆に死に装束を脱がされ、
懸衣翁により衣領樹の枝に死に装束を掛けられても、その枝が垂れる事はなかった。
そして、その死者達は光る世界へと旅立っていったのである。
正に自分はこうであるはずだ!
相模には、自分が光の世界へ旅立つ未来が見えた。
ここを渡れば、自分もその世界へ旅立てる。
奪衣婆達の態度からしても、そうに決まっている!
相模はそう確信した。
その相模が三途の川を渡ろうとした時、相模は聞き覚えのある声から大声で名を呼ばれた。