賽の河原の老婆と老爺 その正体
もしや、この婆あは噂に聞く、奪衣婆!?
相模の脳裏に、ある噂話が過ぎった。
奪衣婆とは、死者の衣服を剥ぎ取る十王の配下の物である。
その奪衣婆は、きぇっへへ!と笑いながら、相模の死に装束を握り締め、脱がそうとしていた。
と言う事は、あのクソ爺は、懸衣翁か!!
死に装束を脱がされまいと歯を喰いしばり、相模は、懸衣翁を睨んだ。
すると、懸衣翁は目尻を下げ微笑んで、相模に、ひらひらと手招きしてきた。
懸衣翁とは、奪衣婆が死者から剥ぎ取った衣服を衣領樹の枝に掛ける老爺である。
そして懸衣翁は衣領樹の枝の垂れ下がり具合により、死者の生前の罪の重さを計ると言われている。
相模は自分が善人であるので、これも何かの間違いであると思った。
だが、この奪衣婆と懸衣翁は、自分の死に装束を脱がし、
悪人という濡れ衣を着せようとしている。
相模は、そう直観した。
そして、
「このクソ婆あが!! 人違いだ!! 放しやがれ!!」
と、叫び、相模は全身全霊を賭け、奪衣婆を突き飛ばした。
すると、奪衣婆は転がるように相模から離れた。
「ぐえーー!?」
「ば、婆さんや!? 大丈夫かえ?」
今だ!
相模は、また全身全霊を賭け、猛ダッシュで逃げた。
勿論、先程とは違う方向にだ。
「ま、待つんじゃぁーーー!!」
「逃がさんぞ!! 婆さんや、早う、起き上がるんじゃ!!」
「分かっとる! 爺さんや!!」
奪衣婆達は相模を老人とは思えない速さで追い掛けて来た。
だが、今の相模は若かりし姿。
奪衣婆達は、相模の足の速さに一向に追い付けない。
しかも、相模は息一つ乱す事なく走り続ける事が出来たのだ。
やはり、僕の日頃の行いが善かったんだ!
そう感動しながら、相模は走り続けた。
目に光るものを宿らせて。
そして、川の流れが穏やかな所にまで来ると、足を止めた。