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【9】
粳部はテロリストを見失わないように慌てて追いかける。迷路のように続く路地裏の道を進み続け、周囲は次第に寂れた古い町並みへと変わっていく。シャッターだらけのコンクリートジャングルに囲まれ不安になる彼女だったが、テロリストが背中で道を示していた。
「治安悪いなあ……」
人気のない路地裏には日が差し込まず、粳部は薄暗い日陰をただ進む。不死身の体でも不安になることはある。相手に気が付かれぬように足音を殺しながら、彼女は細心の注意を払って前へと進んだ。
粳部が暫く歩き続けると例の男が角を曲がり、覗き込んだ先で数人程のホームレスと男を確認する。どう考えてもここが彼の目的地だ。彼女が様子を伺っていると、男はダンボール箱を開けて中の物を取り出した。
それは紙袋だった。
「これを町中に設置しろ。何度も言うが中身は見るな」
「ホントに一つで二千円くれるんだな?」
ホームレス達は紙袋を受け取るとそそくさと立ち去り、町のどこかへ消えていく。どうやら、ここ数日の行動の目的は彼らにそれを手渡すことにあったらしい。粳部にはそれが何かは分からなかったが、碌でもないことは確かだった。
男が次のダンボール箱を開いている間に粳部は無線を使う。
「あの……ダンボール箱の中身をホームレスに配ってます」
『中身は何だか分かるか?』
「紙袋なので中までは……隙を見て確認しに行きます」
「んむっ……それなら私も同行しよう」
「うえっ!?」
背後からの声で驚愕し振り返る粳部。無線の向こうに居た筈のグラスがそこに居り、吞気に咥えていたホットスナックを飲み込んでいた。司祭のスピードであれば、ゆっくりと足音を殺して歩く粳部にも追いつける。
そして、驚いた粳部の声により相手に気が付かれるわけだ。
「何だ?」
「しまっ……」
粳部に反応した相手は追手だと理解し、ダンボール箱を抱えて走り出す。気が付かれないようにして動向を追うことが粳部達の任務だったが、こうなってしまってはもう捕まえる他はない。駆け出す相手を追う粳部。その横を猛スピードのグラスが追い抜いていく。
「早っ!?」
煙幕もなしに、人間の何倍も速い司祭から逃れられる筈がない。それも、十分に食事を摂って万全に近い状態になっているグラスを相手に。そんなことができるのは世界でも谷口くらいだろう。
男が投げつけるダンボール箱をグラスが受け止めると、彼の首を掴んでコンクリートの壁に叩きつけた。男の頭が赤べこのように揺れる。
「知っていること全て話せ」
「どこの組織の人間だ……公安じゃないだろ」
「さっさと話せ。粳部、ダンボールの中身を」
「わ、分かりました」
その時、首を絞められていた男はポケットからライターを取り出すと、グラスが持っていたダンボールに火を点ける。粳部は最初にそれに気が付くと即座に反応し、ダンボールを手で弾き飛ばしてから鎮火する。
証拠隠滅を図ろうとしたように見えた男が持っていた、謎のダンボール箱の中身は何か。グラスはそれを察し男の首を締め上げると、無理やり知っていることを吐かせようとする。
「貴様!中身はあれなのか!」
「ぐえっ!……ま、待てっ」
「一体何が入って……うえっ!?」
粳部が紙袋の中身を取り出すと、そこにあった物は小型の爆弾だった。昨夜に目を通した資料にあったサンプルとよく似た形状をしており、明らかにこれは彼らが作った物だ。
グラスの表情は更に険しくなり、首を絞める力も強まる。
「爆弾じゃないですか!?ど、どうしよ……どうすれば」
「連中に運ばせた物も同じだな!どこで量産した!誰が後ろ盾だ!」
粳部は自分が持っている物の恐ろしさにあたふたし、メモ帳を捲って解決法を探すもすぐには見つからない。。
「分からん……リーダーからの手紙に従っただけだ。暫く会ってない」
「クソっ!粳部、他の職員を集めてホームレスを追わせろ!撒かれるぞ!」
「りょ、了解です!」
【10】
大きな肉まんを一口で食べ、喉に押し込むようにして口に入れるとついで程度に咀嚼するグラス。そして、彼女はそれを一気に飲み込むと他の食材に箸を伸ばす。それを見ながらラーメンを啜っていた粳部は次第に食欲を失い、食べるスピードが落ちていった。
前にも訪れた中華料理店、今日も店を蓮向かいが貸し切って食材を全て持っていく。勿論、これは経費で落ちる。
「……食べないなら私が食べるが」
「そんな意地汚いこと言わないでくださいよ……この後来るでしょ」
「そうか……美味いか?」
粳部は困ったような表情をする。食べたくないのに食べなければいけない弱点を持つ彼女を前に、どう答えればいいのかを考えていた。何か言葉を選ばなければいけないということは分かっていたが、それが何なのかは分からなかった。
粳部が止めていた箸を置く。
「すまない……困らせるつもりはなかったんだ」
「ああっ、いえ気にしないでください!」
「……君には苦労させてる。燃料切れで敵を逃がして、今日は困らせてる」
「それは私が弱いからで……ホント気にしないでいいですから」
とても繊細な彼女にどう言葉をかければ良いのか、粳部は考え続けている。背負いたくもない弱点を背負わされ、生きる為に無感情で食事を詰め込まなければならない彼女。拒食症故に食事を苦痛とするグラスからすれば、食事など苦痛以上の意味を持たない筈だ。憎んですらいる筈だ。
しかし、粳部にはグラスの声色は羨ましさがあるようにも聞こえた。
「君についての資料は読んだが、元の体に戻りたいとか」
「まあ、そうですね……普通の方がいいじゃないですか」
「……私も元の体に戻ることが目的だ。叶いそうにないがな」
「司祭って確か、死ぬまで戻れないんじゃ……」
遠い目のグラス。司祭から人に戻る技術は未だ確立していない。過去に二例だけ司祭から人に戻ることができた例があったものの、それらに共通点はなく再現性もない。辞められるのであれば辞めたいという人間は大勢居るだろう。権能によって闇の組織に狙われることもある。力あって損がないということは、ない。
グラスは大きな角煮を飲むようにして食べる。やはり、あまり咀嚼はしていない。味わうことよりも多く食べることを優先している。
「ああ、死ぬまで食わ続けるんだ。それは普通の人間も同じか」
「……生きる為では同じですけど、全く違いますよ」
「そうだな。羨ましいよ本当に」
その時、貸切だった店の扉が開かれて藍川が入ってくる。これでようやく三人が揃ったわけだ。
「待たせた。連中の話をしよう」
「了解っす」
席を引く藍川。店員が寄って来て注文を尋ねるが、手を振って拒否し椅子に座る。粳部からすれば彼の様子は奇妙に見えたが、任務についての情報共有の場でガッツリと食事をしている方がおかしいのである。
「敵はトラックを二台借りてる。恐らく、後述する爆弾を運搬する用途だ」
「連中、仕事があるって人を集めて爆弾を運ばせてましたよ」
「件の小型爆弾だな。逃亡の為に騒ぎを起こすつもりだ」
「……だが、問題は数だ」
あれからホームレス達を呼び戻して爆弾を全て回収し、テロリストを逮捕して護送した。爆弾の無力化後に部品を確認したところ、確かに彼らが作った物だと確認された。しかし、材料的に彼らが爆弾十数基分を作れる筈はない。拠点に残っていた物から考えて一つが限界だっただろうに、何故か増えているのだ。
一体どこから火薬が湧き出たのか。
「十数基分の火薬があるなんて……花火師にでも頼んだんですかね」
「連中の支援団体も洗い直したが、提供の可能性はほぼない……」
「それだが、俺も連中の一人を尾行して分かったことがある」
「……心を読んだんですか?」
「ああ。奴らは逃亡の為に、爆弾を載せたトラックで時間稼ぎをするつもりだ」
心を読めば相手に気が付かれることもなく調査が可能だ。どこからか湧き出た爆弾を載せたトラックを走らせ、騒ぎになりやすい場所で起爆させる。テロリストらしいお得意の、いつも通りの基本的なやり方。その結果で何人巻き込まれようと気にしないのが連中だ。
「爆弾だが、捕まった奴も俺が追った奴も知らなかった。尋問対策だな」
「対策ですか?」
「そもそも知らなければ何も吐けないだろ?」
「無い物は吐けませんからね……でも私何も食べてない時も吐きますね」
「そりゃ吐いてるのは胃液だ馬鹿……」
いくら藍川の権能でも知らない物を知ることはできない。誰もが世界の果てを知らない以上、藍川は誰からも世界の果てについて知ることができない。そうなると、もう爆弾が増えていることに関しては仮定しか出すことができなくなる。しかし、どうせ捕まえた時に答えは明らかになるだろう。
「話を戻すが、職員が連中がトラックで向かった場所を特定した」
「私が追わせたやつだな」
「網を張ったところ、二台のトラックが二十分前に出た。積み荷は不明だ」
積み荷については確認するまで内容物は分からない。しかし、一つだけ分かっていることがある。
「だが、運転席の人物はテロリストの容疑者だ。つまり黒に近い」
「じゃあ追いましょうよ!」
「ああ!二手に分かれる。グラス、職員に連中が潜伏してた拠点に入る許可を」
「了解した」
藍川が立ち上がると店から出ていく。その様子から粳部は二手というのは藍川と、グラスと粳部のコンビということだと理解する。とうとう事態が終結に向かいつつあり、粳部にとって初の概怪が絡まない任務が終わろうとしている。
粳部が立ち上がるが、グラスはまだ食事を摂っていた。
「私達も行きま……まだ食べてるんですか!」
「すまない……んぐっ……万全を期して補充しなければ」
「……苦しそうですよ」
その表情は明らかに無理をしていた。もう既に昨日の量を超えてお腹が出るくらいの量を食べているというのに、グラスはまだ腹に詰め込もうとしていた。そうしてはいけないと思っても、やはり粳部は彼女を憐れんでしまう。無理をして自分から地獄を見ているグラスに救いがあって欲しいと祈ってしまう。
しかし彼女は救われない。祈ることのできない司祭に、救いはない。
「おえっ……正直きつい。でもっ……こうしなければ戦えない」
「ッ……!そんな無理をしても……生きたいんですか」
「当たり前だ」
グラスは大皿の回鍋肉を一気に口へかきこみ、空の大皿を机に置いた。
「例え死ななければ解放されないとしても、人は生きたがるものだ」
ハッとした表情を浮かべる粳部。グラスが席から立ち上がった。
「それを神は昔、原罪と呼んだ。神への不従順をね」
粳部は思った、もしこの世界に神に相当する存在が居るとすればそれはとても残酷な存在だと。死んで全てを手放さなければ許されない罪。死ぬことが償いになるとは思えない粳部にとって、神が突き付けた選択は悪魔の所業だった。
粳部がふと、気が付いたことを口にする。
「もしかして、逆なんじゃないですか?」
「……逆だって?」
「妄言ですけど、弱点があっても生きたがったから……司祭になったのかも」
「……」
「なーんて、めちゃくちゃですよね。自殺してる司祭も居るのに……」
だが、何かを悟ったグラスはふと考え込み、少ししてから笑みを浮かべた。
「案外、そうなのかもしれないな」
「……えっ?」
【10】
「……ここか」
作戦が開始し、藍川は一台のトラックを尾行して地下駐車場まで来た。柱に隠れて様子を伺う彼だったがトラックの中から誰かが出てくることはなく、辺りは車の音すらもない無音の空間だった。人を一度も確認していない為に藍川の権能は使えず、相手がどうなっているのか彼には分からない。
耳元の無線に触れる。
「相手に動きがない。粳部、そっちはどうだ」
『こっちも動いてないです。警戒してるんですかね?』
「……少し待ってから突入する」
どういう手段を用いて爆弾を増やしたのか、それは分からない。だが、彼らがそれを使用して状況をかき乱そうとしていることは確かだった。トラックのどちらかが爆弾の運搬用で、どちらかが逃走用。その為に藍川は彼と粳部の二手に分かれて行動し、逃走用の可能性が高い方を選んでここまでやって来たのだ。
藍川が粳部に爆弾の方を任せたのは、彼女を仕事に慣れさせたかったからというのもある。だが、大きな理由は人の相手よりも爆弾処理をさせた方が彼女の精神衛生上良かったからだ。彼女に、人の悪意を見せたくはない。
様子を伺う彼の下に一般職員からの通信が入る。
『藍川司祭。連中の潜伏先でトラックのタイヤ痕を発見』
「やはりか」
『例のトラックなのですが……実は、痕跡が二台ではなく数台分あるんです』
「……何だって?」
それは辻褄の合わない話だ。確かに彼らが調達したトラックは二台で、それに関しては職員が確認している。しかし、二台しかない筈だというのに数台分のタイヤ痕が存在している。トラックが走り、その痕跡が確かに残っているのだ。
藍川が考えを巡らせる。
『六台、いや七台はトラックがあると思われるのですが……』
「……担当者にNシステムの情報をチェックさせろ。ナンバーを追え」
『了解』
そう言って通信が切れる。トラックが自然増殖するとは思えないが、確かにタイヤ痕があるのであればその車は実在する。どこの誰が何の為にそれを用意したのか。車のナンバーを記録するNシステムであれば何かが分かる筈だ。
彼がトラックを注視していたその時、藍川の耳にかすかな音が入る。それは足音を殺した歩き方。
「……来たか」




