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【6】
「あんた話と違うじゃないか。性能は折り紙付きだって?」
『どうやら、相手の性能の方が上だったようだ』
もう誰も人が来ないような寂れた駐車場の二階。二人の男と一人の司祭が佇み、リーダーが誰かと連絡を取っている。辺りは周期的な水音だけが響き渡り、追手や人の気配はなかった。テロリストにはいい隠れ場所だ。
PHSを握り、感情を抑えたリーダーの声が響く。
「借りた司祭、足止めして負けたぞ。そもそも敵は公安じゃないのか」
『敵が想定を超えただけだ。そもそも、あの司祭は体験版だからね』
「……何を考えてる。司祭をタダで貸し出すなんて」
本来であれば彼らはそんな手には出なかった。ケツに火が付いたことで半ばやけくそになり、電話の相手と契約を結ぶことにしたのだ。司祭をタダで貸し出す、そんな罠としか思えない契約内容でも彼らにそれ以外の選択肢はない。
加工された電子音の声が電話から響く。
『なに、慈善事業みたいなものさ。こっちは死体が欲しいだけなんだ』
「……まあいい。俺たちはもう三人の人間と二人の司祭しかない。限界だ」
『随分減ったね。残った司祭は?』
「反射と複製の司祭だ。司祭がもう一人居ることは俺とこいつしか知らない」
そう、この場に居るのは一人の人間と二人の司祭だ。情報が絞られていた為に藍川が心を読んでも見抜けなかったが、残っている司祭は二人だ。別行動中の二人を合わせて人間は三人、司祭は二人。これだけあっても状況は芳しくない。
『それなら、追加で司祭を貸し出そう』
「……正気か?」
『君たちは今、逃走の為に騒ぎを起こそうとしている。だろ?』
「ああ、そうだ」
『それなら戦力は必要だろう。司祭が三人も増えれば十分じゃないかい?』
そう電話の主が言った瞬間、駐車場の柱の影から三人の男が現れる。急な出来事に驚く人間二人だったが、電話の主は何も気にせずに話を続けた。
『追加の司祭三人、確かに送ったよ』
「……何が目的だ。落ち目のテロリストには過剰なサービスだぞ」
『死体を作ってくれればそれでいいんだよ。せっせと回収するからさ』
「……そうか」
『安心してくれ。逃走用のボートは紹介する』
電話の主が何を目的としているのかは彼らには分からない。司祭をタダで貸し出せるほどの戦力があり、突然三人の司祭を送り付けられるような謎の力まで持っている。そして、いつも見返りに死体を要求する。
何もかもが分からない。
『それじゃあ花火、期待してるよ』
それだけ言い残すと電話が切れ、柱の影に居た三人の司祭がリーダーに近付いた。これで戦力は人間三人と司祭五人。一見すれば過剰戦力だがリーダーからすれば、自分たちのアジトを襲撃した敵と戦うにはギリギリだった。
まだ、戦える。ずっと黙っていた部下の男が口を開いた。
「リーダーどうします」
「どうもこうも。戦力が倍増したんだ、逃げられる見込みはある」
「……手筈通り、二人が貧民街で足を確保してます。二日はかからないかと」
「ならいい。で、複製はできたか?」
この場に居るのは補充された三人の司祭と、反射の司祭と複製の司祭。大抵の物を複製することのできる複製の司祭は、リーダーに言われると懐から小型の爆弾を取り出して見せた。
「もちろん。爆弾計四百十三基、複製してある」
「今回は以前のように手加減しなくていい。本気でやるぞ」
「ああ、これだけあれば敵の気をそらせる」
そう言って遠くの自動車を見る司祭。後部座席には爆弾の積まれたダンボールが置かれており、既に大体の準備が整っていた。後はこれをばら撒けるだけの足を手に入れられれば全てが終わる。時間を稼ぎ逃走し、敵の足止めは補充した司祭達に任せる。
実に単純な計画だ。
「お前、今度は仕留めろよ。命に関わるんだ」
リーダーが反射の司祭に呼びかける。しかし、彼は死んだ目のままうつむくだけで何も反応を示さない。だが彼は死んでいるわけではなく、聞いていながら答える必要がないと判断しているだけなのだ。大柄でいかにも強そうな男だが、その行動からは強さを感じられない。
複製の司祭が彼を見る。
「……聞いてるのかこいつ」
「いやまあ、聞いてはいるんでしょうけど。反応がない奴なんですよ」
「司祭ってのはこういう奴が多いのか?」
「まさか、殆どが普通の奴ですよ」
表情を少しも変えない反射の司祭。まるで魂が抜けた人形のようだが、それでもたまに喋ることはある。しかし、それは傍から見れば意味のない言葉でしかない。彼が何を考えているかを理解することはできないのだ。
唯一それができるのは、心の司祭一人だろう。
「司祭は神に祈れないそうだが、これを見てると自ずと頷けるな」
「そうですかね?祈れないのは生理的嫌悪みたいなものですけど」
「でもよ、あの真っ黒な目を見て思わないか?」
濁った瞳を覗き込む複製の司祭。そこには何も映っておらず、ただがらんどうの黒が広がっている。
「こいつは心底神を信じていない目だよ」
【7】
早朝のホテルを粳部は歩く。昨日は部屋に籠もって一般の職員からの情報を受け取り、整理しながら頭に入れていた。グラスは担当の事件である為にすぐに理解できたが、頭の回転が速い方である粳部でもすぐにはできなかった。徹夜してようやく理解できたものの、睡眠不足であまりしゃっきりしていない。不死身である為に体調は万全だが、精神的には眠いという奇妙な状況だった。
粳部はグラスが部屋に居なかったことから長い朝食中だろうと思い、ホテル一階のレストランに向かう。すると、予想通りに異常な量の皿を使う女が見えた。
「おはようございます……グラスさん」
「ほはほう……粳部」
「食べながら言わないでくださいよ……」
ビュッフェで皿に盛られた大量の食事を、グラスは無理に体に流し込んでいる。それは食事などではなく、車にガソリンを給油するような機械的なものだった。苦しいくらいの食事を摂った経験は、粳部にはない。
偏った量のスクランブルエッグを皿に乗せ、グラスの向かい側の席に着く。
「あれから職員から連絡はあったか?」
「いえ、異常なしとのことで」
「そうか。今日はこの後……んむっ……藍川と合流して報告を受ける」
食事中に話すのはマナー違反だと言いたくなった粳部だが、彼女が好きでそうしているわけではないと思い出し留まった。彼女は好きでそのあり方を望んだわけではなく、ある日突然そうさせられたのだ。権能の対価として弱点を背負わされ、人間の食事量を超えた食事を摂らなければ死ぬ体になってしまった。
粳部は悲しい瞳で彼女を見つめる。
「その……いつからなっちゃったんですか?司祭」
「およそ四年前だ」
「……それはその……耐え難いですね。四年もなんて」
不意にグラスが持っていたフォークを皿に置く。粳部の言うことに殆ど反応を示さなかった彼女が突然動き、粳部は彼女の細かな動作に注目した。グラスは腹に食べ物を詰め込み吐き気をこらえて苦しんでいる。
それでも生きたいのだ。
「これから先もだ。司祭は自分の意志で辞められない」
「……じゃあ、死ぬまでですか?」
「そういうことになる。最も、私の心が先に折れるだろうがな」
「そういう人には……見えませんけど」
自害する司祭は年間に数年居る。背負った弱点の苦痛から限界を迎え、司祭の力を手放す為に自分の命も捨てようとする。そして、粳部からすれば彼女はその選択肢を選ぶような人間には見えなかった。
グラスが食事を再開する。
「……昔から食事が嫌いだった。母乳も飲まなかったそうだ」
「拒食症……ってやつですか」
「味が、喉を食事が通る感覚が、胃腸に何かがあるのが嫌だった」
食事が好きな粳部からすれば楽しみがそんな感覚になることはないが、何となくそれを想像してみる。全ての食べ物が嫌いな物のような、体調不良の時の食欲減退を混ぜて倍にしたような感覚。グラスの感じる苦痛には決して届いていないが、近い物でいえばそれだろう。
グラスは何枚も重ねたハムを口にねじ込む。
「だから栄養失調で死にかけてた。限界で、よく病院に点滴に行った」
「……」
「生まれつきのものはどうにもならない。司祭にでもならない限り」
奇跡は起きた。誰も願っていない奇跡が起きた。グラスは四年前に司祭になってしまい、何が何でも食事を摂らなければならなくなった。生まれついての拒食症で苦しむ彼女に、生きたいのなら食べろと無理難題を押し付けたのだ。司祭になる人物を決める神様は酷く残酷だ。
「それで……生き地獄が」
「ある日、お前は司祭だと囁き声が聞こえた。食べなければならなくなった」
「……」
「病院の食事を食い尽くしたよ。泣きながら、こらえて食い尽くした」
司祭は単独で国を滅ぼせる性能を持つ。それは概念防御という鉄壁と、与えられた権能の力は通常兵器では突破できないからだ。どうあっても勝つのは司祭、だがそれは彼らが無敵であるという証明にはならない。司祭それぞれ弱点が与えられ皆が皆完璧ではない。不完全であるように調整がされている。
その調整がどこの誰のどの視点で行われているかは誰にも分からないが。
「それで組織にスカウトされた。食事代を全て彼らが持つ代わりに戦うと」
「……ここの司祭はみんなそうなんですか?」
「傾向としては多い。自分の弱点に狂わされるのはよくある話だ」
「何でそんな理不尽な目に……自分で望んだわけでもないのに」
自分で望んで見た地獄ならまだしろ、望んでいないというのに押し付けられ、その上で目を逸らすことも許さないというのは理不尽だ。理不尽なことの方が多いのが人生だと言われたらおしまいだが、それでもこれは群を抜いて理不尽だ。恨もうにも、何が司祭にさせるのかハッキリしていないのだから。
「私は……罪を犯したからだと思う」
「罪?……誰が何の罪をやったんです?」
「これは私の仮説だが、私達は間違った力の代償を支払わされてるのかもしれない」
粳部が顔を上げて驚いたような表情を見せる。グラスの言っていることは、イコールで藍川やラジオにも刺さりかねないのだ。
「力に善性も悪性もないですよ!間違ってるだなんて……」
「……そうだな、君の言うことも一理ある」
「それに……例えそれが罪なら、償わせないのは傲慢ですよ」
「償い……ね」
伏し目がちなグラスは食事を摂る手を止めていた。粳部が言った言葉を何度も頭の中で繰り返し、納得がいくような返答を考えていた。やがて曖昧だったものが形になり答えらしい答えを返せると思うと、グラスは沈黙を破って回答した。
「司祭は神に祈れない」
「……そういえば、そんなこと言ってましたけど……」
「司祭は生理的な嫌悪感で神に祈ることができない」
手を合わせることも組むこともできず、祈ろうとすれば宗教行事で嫌悪感や激しい苦痛に襲われてしまう。それが司祭。そこに抜け道はなく、どう願おうと何を願おうとそれは苦痛となって司祭を苦しめる。ただひたすらに。
「……私達は、神に見捨てられたのかもしれないな」
「……」
「お前の罪は死でなければ償えないと、見放されたのさ」
【8】
「……逃げるにしては悠長なんですけどね」
人が溢れる夜の繁華街を、粳部は一般の職員と共に歩く。今回の目的は敵の尾行、ようやく尻尾を出したテロリストの潜伏先を調べることが粳部の任務。目撃された二人の居場所はようやく掴んだものの、司祭を含む三人の居場所は判明していなかった。ここで逃がしては国外逃亡されてもおかしくはない。
粳部の頭には、彼らに司祭を貸し出した謎の存在についての懸念もあった。
「(拠点の痕跡から、連中は爆弾を持ってる筈……)」
敵が拠点から逃亡した後に調べたところ、薬品の反応や部品の破片等から爆弾を作った可能性が浮上した。空港の手荷物検査でテロリストの容疑者がプリペイド携帯を三つ持ち込んでいた記録があったが、彼らが過去に使用した爆弾もプリペイド携帯が使用されている。ならば、作っていてもおかしくはない。
粳部は普段であれば近寄らないような繁華街を進む。落ち着かないが、それを尾行している相手に悟られぬようにしなければ任務は失敗だ。別行動中の藍川とグラスのことが恋しくなる。
小声で職員に話しかける。
「報告と同じ場所に向かってますね。あのダンボール何でしょうか」
「分かんないんすけど……直接確かめちゃ駄目ですよね」
テロリストが押している荷車にある謎のダンボール箱。今までの報告にはなかった未知の物体。嫌な予感を覚えた粳部は今すぐ中身を確認したかったが、そんなことをすれば起爆されてしまうかもしれない。酷くもどかしいものだった。
その時、突然二人の耳元の無線機にノイズが入り、グラスの声が聞こえる。
『車のレンタル業者を洗ったら見つけたぞ。連中、トラックを借りてる』
「トラックですか?じゃあ、それに乗って逃げると……」
『可能性はあるがどうだろうな。トラックを二台借りていた』
軽自動車ではなくトラックで。そうなると、荷物の中に人を紛れさせて運ぶのが目的なのではないかと粳部は疑う。今こうして治安の悪い繁華街に居るのも先日に貧民街を歩いていたのも、トラックを運転する運転手が欲しいからなのか。
テロリストを追って、粳部は曲がり角に入り路地を進む。
『距離的に君達の方がトラックに近い。一般職員は車を追跡しろ』
「了解です。それではお任せします」
『私は一旦粳部と合流する』
「わ、分かりました」




