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ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
ガランドゥ 4話 『拒食の女王』

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4-2

【3】


 粳部は瞬時に海坊主を出現させると腕を伸ばして男に突撃する。まずは小手調べの一撃、これで敵の出方を窺うというのが粳部がここ数日で学んだやり方。

 その時、男が祝詞を唄う。

祭具奉納さいぐほうのう、曲がり偽り裏返り』

 海坊主が男に激突するのが先か祝詞を唄い終えるのが先か。答えは出ていた。

反根花はんこんか

 男の目に眼帯の祭具が現れた瞬間、何もないところで海坊主の腕が激突したかと思うと反射して弾かれてしまう。何が起きたのか分からない粳部だったが、彼女らへ走り出した男を止める為に再び海坊主を動かす。概怪と戦った時のように海坊主の全身から針を出して足止めを試みた。

 だが、男が近付いた瞬間に針は折れ曲がり海坊主自身に突き刺さる。

「そんなっ!?」

「何となく分かった」

 グラスが壁を片手で砕いて掴み、男に向かって投擲するとそれはぶつかる直前に跳ね返った。グラスは彼女の下に戻って来た破片を弾くと、後ろに下がって距離を置く。同じく有効打を与えられなかった粳部も下がる。粳部は何故攻撃が通らないのかが分からなかったが、グラスには察しが付いていた。

 男の拳を躱しながらグラスも祝詞を唄い始める。

祭具奉納さいぐほうのう、底なし沼にただ一人』

 途端にグラスの周囲が輝き始め、彼女の首にチョーカーが現れた瞬間にもう止められないと察した男が後ろに下がる。

「そちらも来るか!」

井戸底知いどそこしらず

 彼女がそう呟いた途端に大気が震えるような感覚が粳部を襲い、男に向かう拳は顔に直撃する。海坊主の腕や壁の破片は当たらなかったというのに、それは見えない壁を突き破ったのだ。男は怯まずに腰を落として足払いをするも、一瞬で消えたグラスが横から跳び蹴りを直撃させる。

 壁を突き破って飛んでいく男を見て、粳部は自分が出る幕ではないと感じた。

「ど、どうなって……!」

「奴の権能は大方、攻撃の反射だ。弾いたのはそのせいだ」

「じゃ、じゃあ何で今……」

 男が立ち上がり、追撃の為にグラスも駆け出す。粳部ですら目で追うのが精一杯の速度。男は彼女の拳を躱すも回し蹴りを受けて姿勢を崩す。彼はよろけつつもラリアットで反撃するが、片手で受け止められると顔に拳を受けて怯んだ。

 粳部はそれを好機と見て駆け出し、男の足を払って援護しようと試みる。

「(今っ!)」

 だがしかし、滑り込んだ粳部が足を振った瞬間、何もない場所で足が弾かれ彼女はどこかに飛んでいく。相当の速度を出した為に強く跳ね返り、壁を二枚も突き破ると廊下に転がった。内臓が損傷し骨が折れるもすぐに治る。

「粳部!」

「わ、私は大丈……前!?」

 グラスが粳部の方を向いた瞬間、隙を逃さず彼がいくつもジャブを放つ。しかし、彼女はそれを見ることもなく片腕で弾くと、振り返った瞬間にラリアットを叩き込んだ。

 再び吹き飛ばされる男は空中で姿勢を変えると何とか着地する。そして、既に駆け出していたグラスの下へ向かうも、今にも彼女を殴るという直前で突然姿勢を落とした。フェイントだ。

「ぐっ!」

 男はタックルでグラスに突撃すると地面に彼女を叩き付け、足を掴んで再び叩き付けてから大きく投げ飛ばした。グラスも規格外の司祭ではあったが、相手の司祭も相当な手馴れだと粳部は理解する。

 粳部は黙って見ていられず、反射を破る方法が分からないまま駆け出す。出せる手のない彼女ではあったが、何もせずにグラスに任せるだけの女ではない。彼女は海坊主を呼び出すと、逃走しようとした男に駆け出す。

「せめて時間を!」

「ええい……!」

 どうにかして動きを止めようと海坊主の腕を伸ばすと、男の周囲を取り囲んで一気に締め上げようとする。しかし、またしても何もないところでそれは弾かれて無意味に終わる。海坊主は弾けて消えてしまい、やけになった粳部が彼に思い切り殴りかかった。

 その拳は、当たった。

「あれっ!?」

「ぐっ!?」

 当たった男も当てた粳部にも予想外。やけになった一撃は有効打の為ではなく苦し紛れにやっただけなのだ。だというのに、その拳は男の胸に当たった。

 よろける男に追撃しようとする粳部だが躱され、脇腹にチョップを受けるとその隙にタックルを受けて吹き飛ぶ。衝撃で腹の中が破裂しながら壁を突き破る粳部。体を再生して起き上がると、先程まで居た場所には煙が充満していた。

『粳部司祭!敵が外に飛び降りて……!』

「マズい!」

 粳部の耳元の無線から職員が連絡する。彼女は起き上がって駆け出すも、辺りをいくら見渡そうと男は影も形もない。グラスが腕を振ると煙が吹き飛び、辺りの静寂は敵が既に脱出したことを示していた。勝ち目がないことを悟ったのだ。

 グラスが耳元の無線に手を当てる。

「まだ追える距離の筈だ。特に、ただの人間の方は」

「し、司祭でしたね敵……」

「ああいう傭兵はよく居る。手馴れだろう」

 ずっと無線を耳に押し当てているグラスだったが、数秒経っても何の音もしないことに違和感を覚える。一方、粳部は反射の権能を持つ司祭に自分の攻撃が当たった理由が気になっていた。

「……おかしい。外の職員と繋がらない」

「えっ?でもさっきは……」

『すまん、司祭が居て手間取った。そっちはどうだ?』

 グラスの耳元に藍川の声が届く。

「四人捕まえたが司祭一人と何人か逃した。外の職員と連絡が付かない」

『了解。接触してくれ』

「……粳部は中で敵の残りを探してくれ」

 それを聞くとグラスは駆け出して窓を開け、飛び降りて塀に着地する。そこから直進し、数分前まで自分とやり取りをしていた職員の居る場所へと向かった。

 しかし、塀から飛び降りる上空で既にグラスは見つけてしまった。地面に転がる、さっきまで生きていた職員の死体。無線ごと壊れた頭部。着地したグラスは怒りにも悲しみにも似た表情で自分の無線に触れる。

「藍川、医療班を呼ぶ」

『負傷か?』

「……一応はそうだ。あと……」

 無造作に転がったハンバーガーの紙袋が揺れている。グラスが職員に渡した紙袋のゴミ、後で捨てに行くつもりだったゴミ。それが無遠慮な風に揺れている。

 そして、藍川に囁くグラスの声は低かった。

「大至急で飯屋に向かう。活動限界だ」




【5】


「えーっと……何で私達ご飯食べてるんですかね」

「食べてるのはお前とグラスだけだろ」

 戦闘のあった翌日、まだ朝になったばかりの六時に三人は中華料理屋に入っていた。蓮向かいの職員が経営している店の為に店内は貸し切りにされ、テーブル一杯の食事は殆どがグラスの腹の中に吸い込まれていった。

 グラスはほぼ噛まずに飲み込む。

「んぐっ……逃してしまったのは仕方がない」

「ちゃんと噛みましたか今……?飲んでません?」

「次の潜伏地を絞り込めたぞ」

「まあ、何人か逮捕できたからな」

 食事を止めないグラス。空いた皿を店員が次々と回収し、次の料理を隙を埋めるように置いていく。情報共有と段取りの為に来た粳部だったが、今はグラスの異常な量の食事の方が気になっている。既に軽く一キロ以上は食べていた。

 驚きから口を大きく開く粳部。

「藍川が居ると捜査が進む。心を読めると尋問の手間が省け……んぐっ」

「使いたくないんだがな。で、敵の動きは?」

「潜伏先の候補で目撃されたが、監視を察知し別の場所に移動した」

「そう簡単にはいかな……食べ過ぎですよ!?」

 やけに大きい北京ダックにグラスがかぶりつく。何かに取り憑かれたように無心で食べる彼女は、粳部には酷く不気味に見えた。口周りが汚れることも気にせずに、グラスは一心不乱に目の前の料理を食べていたのだ。

 店員は忙しく厨房と席を行ったり来たりする。

「店長どうなってるんですか!あの人変ですよ!」

「俺が聞きてえよ!この調子じゃ食材が切れちまう!」

「先輩、この後休業ですねこの店は……」

 明らかに人が食べる量を超えている。既に二キロ以上を流し込んで食べており、この早さでは消化器に大きな負担が掛かってしまう。彼女は追い詰められたような表情でただひたすらに食べ、料理の供給が追い付かなくなってしまった。

 粳部が不安な表情でグラスと皿を交互に見る中、グラスが手を上げた。

「水餃子を六人前頼む」

「むちゃくちゃだこの人……」

「残ったテロリストは人間が四人、司祭が一人だ」

「攻撃を反射する司祭か……相当な手馴れみたいだな」

 もう大食いに驚くこともせず藍川が反応する。先日に逃してしまった強力な司祭、粳部の攻撃を全て反射しグラスの徒手空拳を受けながら逃げ延びた強者。藍川さえいれば取り逃すことはなかっただろう。

「俺は地下で厄介な司祭と戦ってたからな……面目ない」

「構わない。奴は反射の権能と高い身体能力を持ったγ+相当の司祭だ」

「そうです、めっちゃ強かったんですよ」

 戦闘経験の浅い粳部だったが、攻撃を反射するというのがなおのこと相性が悪い。反射を貫通する術を持たない彼女は一発だけしか攻撃を当てられなかった。しかし、その一発も理由が分かっていない。

 グラスは苦しそうに食べながら話を聞く。

「で、何でグラスさんの攻撃だけ当たったんです?」

「私の権能は過剰出力。貯めたエネルギーを消費し、概念防御を強化する」

 概念防御を破ることができるのは概念防御。司祭と司祭がぶつかった時、勝つのはより強い概念防御を持った相手だ。概念防御は強ければ強いほど他の概念を弾き、時には司祭の権能すらも弾く。

「過剰な出力で反射を貫通したが、エネルギーが切れた。面目ない」

「エネルギー切れって……そんなロボみたいな」

「ロボ……?緊急出動だったからな。敵の司祭についても想定外だった」

 粳部が納得する。Ω−という並の司祭と一線を画す存在にしては彼女はあまり強くなかった。取り逃した後にすぐ食事に行ってしまったことに呆れていた彼女だったが、これで理解が進んだ。

 大きな肉まんを一口で食べ、グラスは飲み込む。

「藍川、敵は何故司祭を雇えた?」

「普通は雇えないんですか?」

「ギャラが数百から数千万だぞ。貧乏テロリストに雇う金はない」

「……変ですね」

 蓮向かいが司祭などの優秀な人材に高給を支払っているのはテロリストに奪われない為の戦略だ。圧倒的な資本力で支配下に置けば敵に流出することは減る。実際問題、支払いが良い為に蓮向かいに所属しているだけの人間も多い。

「心を読んだ感じでは、あの司祭は貸与されていた。仲介役が貸したんだ」

「司祭を貸与?……そんな規模の組織が存在するのか」

「問題は何故かそれが無償だったことだ」

「……ただでくれるんですか!?」

 体験版にしては大盤振る舞い過ぎる。司祭を傭兵にするという考えは、司祭の存在を蓮向かいの前身となる組織が認めた時から危惧していたことだ。単独で国を滅ぼせる存在であれば雇う為にも相当なコストがかかる。それを二人も貸し出してくれるのだから粳部達が驚くのも納得だろう。

「目的は分からん。だが、落ち目のテロリストに司祭なんて正気じゃない」

「商売にならないっすよね……じゃあ、どうするつもりなんです?」

「そいつは電話で連絡をしていた。捜査中だが、これは俺達の担当じゃない」

「んぐっ……そうか……んむっ」

 グラスは未だ、藍川の話を聞きながら運ばれてくる食事を口に運び続けていた。彼女の食事はまだまだ終わらない。注文を全て食べ尽くすその時まで。

 粳部は空の食器を見つめ敵について考える。資料から考えるに、国内に集まった彼らは爆弾によるテロを行うだけの一般的なテロリストだ。だが、司祭を貸与してくれる相手との繋がりを持ち、実際に二人を貸し出してもらっている。

 国際指名手配された落ち目のテロリストに、どういう期待をしているのか。

「あの、敵の現在の状況って他にないですか?」

 粳部の声に反応し店員が彼女の下へ駆け寄る。蓮向かいの職員が経営している店の為、当然その店員も蓮向かいの諜報員というわけだ。

「対象は移動後に別行動を取ってます。潜伏先は不明でバラバラです」

「組織が瓦解したんすかね……何か目立つ行動は?」

 店員は他のテーブルに置かれていた書類を粳部に手渡す。それを藍川が覗き込む中、店員が説明を始めた。

「貧民街でホームレスと会話していた目撃証言があります。詳細は不明です」

「潜伏の算段でも練っているように見えるが、まあ違うだろうな」

「そうなんすか?」

「私もそう思う。奴らは捕まるなら自爆を選ぶ執念を持ってる。何かやるな」

 敵が日本に移動した為に手空きの粳部と藍川が駆り出されたが、本来担当していた彼女も敵を追って日本にやって来た。数ヶ月に渡り捜査を行ってきたグラスの勘がそう囁いている。彼らの犯行を何度も見てきた彼女が確信しているのだ。

 粳部はグラスの様子を伺うように見つめる。

「君、証言した人物は覚えてるね。俺が直接会って心を読もう」

「えっ、どうするんです?」

「過去の記憶を漁れば顔が分かる。ホームレスを探せば何か分かる筈だ」

 正に反則染みたやり方。入力は容易でも出力は難しい曖昧な人の脳内、彼はそれを無理やりこじ開ける権能を持っている。その分、その反動が自分に返るという恐ろしい弱点があるが、彼が強力であることには変わりない。

「昔から思うが、便利だな藍川」

「簡単に聞こえるかもしれんが、その実悲惨だぞグラス」

 こなれた会話をする二人が気になって交互に見る粳部だったが、藍川は水を飲み干して机にコップを置く。彼はもう目撃証言をした人物の下に向かうつもりで、そそくさと店を出ようとしていた。

「もう行く。粳部はグラスと一緒に連中の動向を調べてくれ」

「りょ、了解っすけど……」

 その時、グラスが手を上げて店員を呼んだ。

「おえっ……八宝菜と回鍋肉を三人前ずつ頼む」

「ええ!?か、かしこまりました……店長ー!」

「思ったんですが……司祭ってみんな大食いなんですか?」

「なわけないだろ。おい、お前のせいだぞグラス」

 苦しそうな表情で粳部達の方を見たグラス。無理をしてまで食事を摂るような彼女の考えていることは分かりにくく、こうして見つめられても粳部にはイマイチ感情が読めなかった。

「司祭は食事を取らない者の方が多い」

「……そういえば、鈴先輩何も食べませんでしたね」

「別に、食わなくたって生きていけるからな」

「駄目ですよご飯は食べなきゃ」

 エネルギーを取らなければ生き物は死ぬ。ずっと稼働し続けられる炉心を持った生き物はこの世に存在しないのだ。いつの時代も食べることは生きること。

 しかし、それは司祭がこの世に生まれるまでの話でしかない。

「粳部、司祭はな……人によっては食事が要らないんだ」

「えっ餓死しますよねそれ」

「司祭は概念防御を強固にする中で不要な概念を捨てる」

「……」

「食事や味覚の概念は優先して捨てられる」

 故に、行き着いた司祭は食事を必要としない。最前線で戦う者ほどその傾向があり、概念防御を強固にするほど自分の大切なモノを切り捨てていく。強力な司祭の大半は睡眠や食事、呼吸や理性、果てには『死』すらも拒絶してしまう。

 それが司祭だ。

「強力な司祭ほど食事しない。俺も味覚が弱いしな」

「えっ……じゃあ、前に食べてなかったのは」

 粳部はふと、数日前の食堂での出来事を思い出す。食事を摂るラジオと水だけを飲む藍川。後方支援がメインのラジオは何かを捨ててまで強くなる必要がない。だが、前線で戦う藍川は強くなければならない。自分の中の大切なものを薪にくべて捨て去り、自身の、概念防御という炎を燃やさなければならない。

 何年も戦い続けて来た藍川の味覚は既に弱まり、食事を殆ど摂らなくても稼働できるようになっている。

「興味ないんだ。あまりな」

「……羨ましいよ、本当に」

 不意に、黙っていたグラスが口を開く。無表情を貫いていた彼女が目を伏せ、持っていた箸を皿に置いた。

「う、羨ましくはないですよ!人生の半分損してますって!」

「……私の弱点は、大量の食事を摂らなければ死に至ること」

 そして、グラスは食事を再開し、再び大きな水餃子を飲み込んだ。もう何キロも食べたというのに食事を止めず、何かに憑りつかれたかのように胃の中に物を詰め込んで押し込んでいる。それは正に、彼女の弱点だ。

「私は食事が嫌いだ。でも、詰め込まなければ生きていけない」

「司祭にはそういう弱点の奴も居る。比べれば、ラジオはまだマシな方だよ」

「そんな……そんな苦しいこと」

 続けなければ生きていけない。彼女は生きる為に食事を摂っているが、それは常人の理由とは大きくかけ離れている。弱点で死なない為だけに、彼女は食事を詰め込んでいるのだ。ただひたすらに死なない為だけに詰め込んでいる。

 世界には食事に興味を持たない人間の方が多い。三大欲求に食欲が含まれているが、実際のところは二大欲求なのだ。食事の味など感じない人間の方が割合としては多い。グラスがいい例だ。

「止められるのなら止めたい。私にとって食べ物は不快でしかない」

「……美味しくないんですか?」

「……吐しゃ物を口に詰めたいか?君は」

 全ての料理を冒涜するような女は、運ばれてきた新しい食事に手を付けた。嗚咽が止まらないというのに。

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