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ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
赤の火鼠 第1話『噛み跡』

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1-6

【14】


 公園の空にシャボン玉が昇る。風に舞いプカプカと浮かび、淡く破裂するとそこには何も残らない。染野そめのは滑り台の上でそれをじっと眺め、地上のシルバー7は再びシャボン玉を吹く。そこに遅れてやって来た粳部うるべが滑り台の階段に座った。

 二人は背中合わせの形になる。

「……彼女にさらわれた三人は親に返すそうです」

ろくな親じゃなくてもか」

「き、規則ですから……」

 葛西かさいは弱者につけ込むことで対象を孤立させ、誘拐の為の手筈を整え実行した。その結果があの三人の子供であり、染野そめのが救出しなければあの地下室で一生を終えたことだろう。だが、彼らの帰る場所もまた地獄だ。

 春の陽気が空から降り注ぐ。

葛西弓かさいゆみは治療して拘束済みです。もう事件は起きません」

「……奴が最後に連絡していた相手は分かったか?」

「それが……情報が不足してまして」

「……まあ、ここからは別の管轄だ」

 葛西かさいが海外逃亡する為に用意した移動手段とは何だったのか。日本の税関をすり抜けて海外に逃げる為には入念に準備を行う必要があり、葛西かさいの単独では失敗することだろう。ならば、現場に残っていた携帯の履歴は何なのか。

「取り敢えず、解決ですか!」

「……」

 粳部うるべと相反するように染野そめのの表情は無表情だった。彼は常にポーカーフェイスを貫いているが、それでも考えている時といない時では違う目をしている。今回は前者で、彼は葛西かさいを倒した後の出来後を思い返していた。



『ふぅーここが人(さら)いの拠点かあ』

『シルバー7、葛西かさいの回収が完了した。引き上げるぞ』

『手際良いね。さて、帰るとするか』

 葛西かさいの実家内に玄関から吹雪が舞い込んでいる。染野そめのの蹴りで壊れてしまったそれを閉じる手段はない。誘拐された子供達は既に安全な場所まで運ばれ、もうここに悪魔は居ない。

 その時、廊下の奥からコートを着た職員が歩いて来る。

染野そめの司祭、これから被疑者の両親に事情聴取を伺います』

『そうか』

『監禁を黙認してたようです……娘に逆らえなかったとか』

 暗い表情の老夫婦が廊下の奥で待機している。彼らこそが葛西かさいの人生を壊した元凶であり、誘拐監禁を黙っていた共犯者。とはいえ司祭に力で敵う筈もなく、彼らが罪に問われる可能性は低いだろう。核兵器でさえ勝てないのだから。

 シルバー7があざ笑う。

『ハッ!大人になったら立場逆転ね。憐れなもんだ』

『司祭に力じゃ勝てない。合理的な判断、ってやつだ』

『虐待なんかしてるからこーなるっての』

 皮肉な話だ。子供に暴力を振るい、通報からたまたま逃げ延びただけの犯罪者は子供に逆らえなくなった。葛西かさいが彼らを自分の支配下に置いたのは両親への復讐心か、それとも他に理由があるのか。

 コートの職員が両親の下へ向かう。

『たまたま捕まらなかった犯罪者が野放しで……娘は投獄か』

『……』

『ひっどい時代だこと』



 葛西かさいはもう世間に戻らない。彼女を壊した人間は世間に戻る。だが、葛西かさいによって運ばれ海外に売られた子供は戻らない。過ぎたことをどう考えようと何も意味はないが、染野そめのはそれを考え続けてしまう。

 シルバー7がシャボン玉の容器をゴミ箱に捨てる。

こころ司祭しさい葛西かさいの心を読んだそうですが……」

「奴か」

「彼女の司祭しさいとしての弱点じゃくてんは、欲求が増幅し続けることだとか」

「ん?じゃあ、あの女は弱点の効果であの犯行を?」

 ゴミ箱から戻ってきたシルバー7が不思議そうな顔をする。

 司祭は必ず誰もが弱点を持っている。染野そめのが権能の反動を受けるのと同様に、葛西かさいもまた増幅し続ける欲求に抗うことができない。それはそこに居るシルバー7も同様である。

 粳部うるべがその問いに頷いた。

「でも、司祭じゃなくてもやった可能性はある」

「それは……ありますが、影響は事実です」

「まあ、我慢できた可能性もあるしね」

 結局のところは起きたことが全てだ。葛西弓かさいゆみは人身売買に関与し子供の誘拐を行っている。法はその事実だけを裁き他のことに触れることはない。事件は解決した。染野そめのが関わることはもうない。

 染野そめのが滑り台を降りる。

「……染野そめのさんから見て、あの人はどうでしたか?」

「子供みたいな女だった……」

「……悪くは言わないんですね」

 シルバー7が公園を去る。もう重要な話は終えていた。

「こういう時、悪く言った方が普通なのか?」

「……あなたが思ったことを貫いてください」

「……そうか、そうする」

 彼に『普通』という言葉は通じない。この世で最も曖昧な言葉が不器用な彼に分かる筈がなく、誰かが教えなければ世間から感覚が乖離かいりしたままである。だが、かと言って彼に指示をしたところでそれは命令でしかない。

「ところで、もう引っ越すんですか?仕事は終わりですし」

 この町に居る必要はもうなくなった。染野そめの葛西かさいと接触する為だけにここに来た。これ以上ここに留まる必要はない。次の仕事場まで引っ越すのが定石だ。

 だが、彼は一度躊躇(ちゅうちょ)してから答える。

「……いや、当分は……ここに住む」

「えっ?」

「生憎、家に荷物が多過ぎる」

 染野そめのが滑り台から立ち上がると公園の出口へ向かう。春風が彼の背に追い風を吹かせる中、彼が人通りのない歩道を進むとふと見覚えのある人物と出会う。

「あっ……前に先生の家で」

「……ああ、会ったな」

 葛西かさいからカナちゃんと言われていた少女。彼女に救われたという少女。もう葛西かさいは間に居ないが、二人は再び出会った。

「ねえ、先生見てない?最近、全然会えないの」

「……さあ、会ってないな」

 当分会うことはない。目の前の少女に至っては永遠に。葛西かさいが彼女をターゲットにしていたのかはもう誰にも分からないが、葛西かさいの働き掛けがあって少女を取り巻く状況は変化した。

 それだけは事実だ。

「どうしよう……先生に会いたいって子が来てるんだけど」

「……もう戻らないさ」

「えっ?」

 それだけ言い残すと、彼は横を通り過ぎて立ち去る。




【15】


『えー急ですが……葛西かさい先生が退職されました』

 教室の教壇で女性教師が話を始め、日折ひおりは柄にもなく目を丸くする。彼女はここ数日の出来事を知らず、自分達の担任である葛西かさいが何故消えたのかも理解できない。普通、こういった出来事は起きないものだ。

 生徒達が騒ぎ始める。

『えっ?……えっ?』

『先生が!?えええ!』

『静かに!詳しい話は後日ですが、当分このクラスの担任は私が……』

 教師の話は日折ひおりの頭に入らない。染野そめの葛西かさいが一緒に居るところを目撃している。二人には何か関係がある。彼ならばもしかすると今回の出来事について知っているかもしれない。

 社会人が、教師が突然辞めるなどあり得ないことだ。

『何これ……』



 そして日が傾き、時間は十六時を過ぎた頃合い。日折ひおりは学生鞄を提げながら自分のアパートの階段を上る。学校で聞かされた葛西かさいが学校を辞めたという話が脳裏を過ぎる中、彼女は自宅の扉を開けて中に入る。

 そこには、何かを茹でる染野そめのの姿があった。

「……ただいま」

「おかえり」

 室内には海老の香りが漂っている。染野そめのが見ている鍋は沸騰し泡立っていることで中身がよく見えない。日折ひおりは靴を脱いで上がると、家具が少しだけ増えた居間に学生鞄を置く。

 生活感のなかった部屋も少しだけ進歩があった。日折ひおりのおかげだが。

「……ウチの担任、今日突然辞めたって」

「……そうか」

葛西かさい先生と何があったの?飾身かざみは何をしてるの?」

 染野そめのは答えない。組織の人間ではない彼女が真実を知ることはなく、家族であっても明かせない。この調子で染野そめのはいつまでも彼女の追求を躱すつもりだ。

「いや、何も」

「……答えてくれないんだ」

「そういう仕事だって、知ってるだろ」

 日折ひおりは口を閉ざす。彼に何を言おうと自分の知りたい答えは得られない。彼の頑固さはここ数日で思い知り、どうにもならないことを思い知った。だが、それでも彼が人間らしく生きる為に、日折ひおりは黙るわけにはいかない。

 彼女は中古の冷蔵庫からお茶を取り出しコップに注ぐ。

「……私は、二人で普通に生きたいだけ」

「だから俺が稼いでる。もう会うべきじゃなかった」

「だから勝手に全寮制の学校に入れたの?家から消えたの?」

 彼女はお茶をあおる。

 何の相談もなく染野そめのは消えた。日折ひおりは今通っている学校に入学し、二人を繋ぐものは金だけになっていた。それが今では再会を果たし同じ屋根の下。そして、彼はそれを望んでいない。

「……誰かの願いを叶えることって、人間らしいんだろ?」

 それは、本当に正しいことなのか。

 日折ひおりは何も言わずによそを向く。鍋の中で煮立つザリガニはあかく、あかい色をしていた。夕焼けよりもあかく。

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