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ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
赤の火鼠 第1話『噛み跡』

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1-5

【12】


祭具奉納さいぐほうのうゆるみちび蜘蛛くもの糸』

「いきなり切り札か……!」

 唄い始めた葛西かさいをよそにシルバー7は雪原を駆け、敵に向かって距離を詰めていく。葛西かさい祝詞のりとを唄うと彼女の周囲が仄かに光り、やがて彼女の手の中に鎖分銅が現れる。それこそが祭具さいぐ。神の道具。

咎糸巻とがのいとまき

「うおっ!?」

 あと少しで懐に入るというところでシルバー7は間に合わない。シルバー7の振った分銅は彼女に直撃するが、ただ直撃しただけでなく肉を抉る。高速振動したそれは圧倒的な殺意を持った兵器であり、人間の常識は通用しない。

 シルバー7が雪の中に落ちる。

「(祭具奉納さいぐほうのう……流石に権能けんのうありの司祭しさいは強いな!)」

 彼女がすぐさまその場から跳ぶと、さっきまで居た場所に鎖分銅が直撃した。雪煙が宙を舞う中、それを切り裂くように分銅が飛び回りシルバー7は回避に専念する。防戦一方になってしまう程、葛西かさいと彼女には実力差があった。

 飛来した分銅をシルバー7が蹴り飛ばすと、彼女のつま先が消し飛ぶ。

「(こいつの権能!物体の高速振動か!)」

 シルバー7は痛みを感じつつも直進し、鎖を躱して葛西を目指す。振り回された鎖はその高速振動から刃のようになり、雪の積もった木々を切断した。それこそが司祭。規格外の戦闘能力。

「(チェーンソーかよ!)」

 至近距離に入ればシルバー7にも分がある。すかさず彼女は打撃を加え、葛西の姿勢が崩れたところでラリアットを叩き込む。吹き飛ばされた葛西は鎖を振うが、シルバー7は咄嗟にそれを避けた。

「くっ!?」

「接近戦はこっちが!」

 シルバー7が思い切り殴ると葛西は両腕で受け止め、鎖分銅を手放すと空いた手で反撃する。だがシルバー7は腰を落として避けると、その腹に再び一撃をお見舞いした。吹き飛ぶ葛西だったが直前に彼女の手に触れており、高速振動したシルバー7の手は破裂するように出血する。

 着地した葛西は地面の雪に触れ、高速振動した雪が煙幕のように舞う。

「いづっ!?器用な女だ!」

 だが、シルバー7が気を取られた瞬間に葛西は雪煙の中から現われ、地面に落ちていた鎖分銅を拾い上げる。このままでは再び鎖分銅による攻撃を受けてしまうが、彼女は咄嗟に自分の靴を放り投げてぶつけ分銅の軌道を逸らす。

 シルバー7は身体能力が低くともセンスがある。

「しつこい女だ!」

「お互い様でしょ!」

 シルバー7は鎖分銅を跳んで躱しつつ後ろに下がる。雪煙が舞う中、葛西は兎を狩る猟師ように正確に追い詰めていく。状況は依然として悪いが、突如としてシルバー7の耳元にある無線から声が届いた。

 鎖分銅による破壊音が響く中、彼女が声に耳を傾ける。

「ん?……もういい?……分かった。下がるよ」

 そう言うと彼女は雪煙に身を隠し、懐から取り出した煙幕を焚くと放り投げる。視界不良になったところでシルバー7はその場を立ち去り、林の木々に隠れながら葛西から距離を取る。

 葛西は首を振って辺りを見渡すも標的を見つけられない。

「……逃げた?」

 これで、もう彼女のことを止められる者は居ない。




【13】


 巻いた鎖分銅を片手に、葛西かさいは携帯電話を取り出しながら雪道を歩く。シルバー7を撃退し、彼女はもう家に戻るだけ。帰路に就く葛西は携帯電話を耳に当て、繰り返されるコール音を聞き流していた。

 だが、不意にそれが途切れる。

「……シュネーフレッサー(雪喰らい)なのか?」

『自信がないのか?』

「掛けるのは初めてだからな……海外まで運んで欲しい」

 葛西を取り巻く状況は最悪だ。別の組織からの襲撃を受け、隠れ家である実家も割れている。逃亡の準備を整えたらすぐに脱出するしかない。そうなれば、彼女も奥の手に出るしかなかった。

 葛西は通話相手のことをよく知らない様子だ。

「子供四人と大人一人。現在地は新潟だ」

『……葛西弓かさいゆみ、君は少し派手にやり過ぎた』

「どこでそれを……いや、金の話をしよう」

 葛西が玄関の扉を開ける。薄暗い廊下を歩き物置に入ると中身を物色し、彼女はガソリンとガムテープを片手に持った。残り時間が少ない中、逃亡の手筈が整うまでできることをするしかない。

『問題は金じゃない。リスクさ』

「追手なら撃退した。私は司祭だぞ!」

 態度の悪い通話相手に苛立ちを隠せなくなる葛西。彼女は子供達を監禁している地下室へと続く階段を下り、施錠を解くとドアノブに手を掛ける。

 通話相手の声が冷淡に響いた。

『君は恐らく、虎の尾を踏んだのさ』

「……シュネーフレッサー(雪喰らい)?」

『延焼はご免被る』

 それだけ言って通話が切れると同時に、葛西が地下室の扉を開く。そこにはもう染野そめのだけしか居らず、誘拐された子供達三人は姿を消していた。染野そめのを拘束していた筈の鎖は容易く引き千切られており、テレビだけは変わらずに電源の入ったままである。

 葛西は状況を理解できない。

「えっ……え?」

「お前がさらった三人は保護された……投降しろ」

「……何でっ……鎖が」

 司祭の染野が鉄製の鎖程度で止められる筈がない。そもそも葛西は彼が司祭しさいだと知らず、普通の人間だと思って接していた。彼から眼を逸らしてしまったことがそもそもの失敗だったのだ。

 彼女が現実を少しずつ理解し始める。

「……か、飾身かざみ君?」

「人身売買組織の情報を流したのはお前だな。何故?」

「嘘を吐いたのか?私に……」

 穏やかで不幸な身の上の少年だと葛西は思っていた。染野そめのをどこにでも居る不幸な子供だと思っていたのだ。それが、今では彼女の計画を全て壊した災厄そのもの。冷徹な組織の破壊装置。

 葛西の手からガソリンやガムテープが落ち、脇に挟んでいた鎖分銅を握る。

「あんな子供を売るようなクズ共……協力できるか」

「あんたも変わらないと思うが」

「違う!私は大切にしてる!だから奴らを切った!」

 組織の内通者は葛西だ。彼女は人身売買組織に属し子供を海外に売り飛ばしていたが、組織を裏切り情報を流した。共存できる存在ではなかった。

 葛西の錯乱が激しくなっていくも、染野の顔は変わらない。

「最初は……子供を好きにしていいからって話だったのに」

「……」

「子供を連れてきたら取り上げた!あんな雑に!」

「もういいだろ」

 染野が話を切り上げようとする。ボルテージの上がっていく葛西に付き合い切れなくなったのか、それとも醜態を晒す彼女を見ていられなくなったのか。真相は誰にも分からないが、事実として二人は決別した。

「先生……どうして、教師だけをやってくれなかったんだ」

「君も……私を裏切るのかあ!!」

 刹那、床を割る勢いで駆けた染野が飛び蹴りを葛西に叩き込む。反応が間に合わなかった彼女は弾き飛ばされ、一階に続く階段を転がって扉をぶち抜いた。雪に突っ込んで雪煙を上げたところでようやく葛西は止まる。

「な、何だっ!?」

祭具奉納さいぐほうのうすすささぐはつゆさかずき

 玄関ドアのあった場所から染野そめのが顔を出す。

「君も司祭かッ!?」

 染野の正体が司祭だとようやく気が付いた葛西は、起き上がると同時に鎖分銅を振るい襲い掛かる。同じ司祭であるならばその戦闘能力は一国を凌駕する。ならば、ここで始末するしかない。とはいえ、彼女の場合は自分の物にする為なのだろうが。

削身噛身切そぎみかみきり

 しかし、一瞬だけ染野の方が速かった。彼の手に白い手袋の祭具が嵌められると同時に、飛来する鎖を目視する。その瞬間、鎖の表面が謎の力で砕けると、脆くなったところで彼がそれを殴り飛ばす。鎖の高速振動で彼の手が傷付くものの、鎖はそこで破断した。

「鎖が……!?」

 彼が葛西を捕捉する。すると再び謎の力が働き、葛西の頬や腕が浅く裂けた。彼女は何が起きているのかを理解できていなかったものの、鎖を振り回して染野を襲う。雪道でも彼の速度は衰えず、鎖の包囲を軽く躱して葛西に迫る。

 突然、彼の腕や腹が裂ける。彼の『削身噛身切そぎみかみきり』は使えば使うだけ、彼の体にその反動が返ってくるのだ。

「ッ……!?」

 染野が彼女の懐に潜り、腰を落とすとがら空きの腹に拳を三度打ちこむ。葛西は持っていた鎖分銅を手放すと彼に直接触れようとするが、彼はそれを察すると雪の塊を拾ってその手に投げる。触れられて高速振動した雪は雪煙となり、視界の悪くなった彼らは距離を取った。

 葛西はいつの間にか鎖を拾っていたらしい。

「君の権能は肉を切り裂くんだな!そして弱点は反動を君が受ける!」

「……それが?」

「私の物になれ!この調子じゃ君が死ぬぞお!」

 そんな脅しを受けようと彼の調子は変わらない。染野の権能が分かったところで対処の仕様がなく、同様に葛西の高速振動の権能も対処の仕様がない。どちらも、くらったところで重症だ。

 二人が林に向かって走り出す。

「(奴の読みには間違いがある)」

「(木々で視界を遮れば!彼は権能を使えない!)」

 木々の合間を縫って鎖で攻撃する葛西だが、染野はそれを華麗に躱し木々の中に消えていく。彼の相手をするには、前回のように木々をなぎ倒して戦うことは得策ではない。木々で彼の視界を遮り、鎖で遠距離からダメージを与える。

 それが一番だ。

「(この状況では私が有利だ!)」

 染野は彼女を目で追いながら鎖を躱し続ける。次第に彼の対応が追い付かなくなり、間一髪という回避が増えていく。追い詰められているように見える少年に葛西は徐々に迫る。この状況でもまだ、彼を捕まえる気なのだ。

「(もう一度……私の物にする!)」

 その時だ。突然、いくつもの木の幹が謎の力で消し飛ぶ。幹の中心部である髄だけは残っているものの、もう木々は葛西のことを隠し切ることができない。染野の削身噛身切そぎみかみきりは人間にしか使えない権能ではないのだ。

 葛西が目を見開く。

「(骨に当たる部位を破壊できないが、肉に該当する部位は破壊できる)」

 染野の目はしっかりと葛西を捉えている。咄嗟に逃げ出そうとする彼女だが、完全に不意を突かれもう間に合わない。葛西の読みは半分正解で半分間違いだった。染野の権能は生物以外にも使えるのだ。

「しまっ……!?」

 その瞬間、染野の権能が発動し葛西の胸から腹にかけてが裂けた。その出血と痛みに彼女の脚が一瞬止まるが、その隙を逃さずに染野は血だらけのまま彼女へ直進する。彼も反動で体の一部が裂けたもののそれは止まる理由にはならない。

 葛西が振り向いた途端に彼の回し蹴りが頭に直撃した。

「ごっ!?」

 染野は止まらずに拳を何度も打ち込み、反撃しようとする葛西の拳を避けつつ攻撃の手を緩めない。戦闘訓練を受けた熟練の戦闘員である染野を相手に、ほぼ素人の彼女では勝ち目がなかったのだ。

 トドメの一撃で葛西が倒れた。もう抵抗の意思はない。

「……私の時は……」

「……」

「助けて……くれなかったのに……」

 ほんの少しの涙を流しながら、葛西は気を失った。これにて司祭は逮捕され人身売買組織の事件はひとまず解決となる。もうこれ以上の犠牲者は出ない。

 染野は女を見下ろしながら、ほんの少し憐れみを秘めた目をした。

「さよなら、先生」

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