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ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
赤の火鼠 第1話『噛み跡』

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1-4

【10】


「……微妙な映画だったな」

「そうですか?普通の映画だと思いましたけど」

 映画館の出口で葛西かさいがようやく口を開く。映画が終わり閑散とした出口で、日が高い中、染野そめの葛西かさいは穏やかに休日を過ごしていた。郊外の町にある古い映画館は小さく、今では珍しく入口にチケットの券売機が置かれている。

 当然、ここは客が座席を指定しない古いスタイルだ。

「いやあ、主人公が戦闘中に歌い出すのが変すぎて……」

「あんまりないんですか?そういう展開」

「いやないだろ。そうないよ……まあ、楽しめたのならいいが」

「楽しかったですけどね」

 感想を交わして二人は歩き出す。当然ではあるが、染野そめのに映画の知識はない。恐らく、映画館で実際に映画を観たのはこれが初めてか二回目くらいなのだろう。そもそも、本当に面白いと思っているかも謎だ。

 彼らは横断歩道を渡り、遠くに見える駐車場を目指す。

「……すっかり春の陽気だ」

「山菜が増えて良い時期ですよね」

「まさかとは思うが、この土手の植物を食べてるのか君は?」

「まあ……家に何もない時はたまに」

 隣の土手を指差していた葛西かさいが頭を抱える。野生児のような生態の彼を現代人の彼女が見れば頭を抱えたくもなるだろう。彼を止めない環境も、それを何とも思わない染野そめのを想えばそうなるのも当然だ。

 清らかな川からはそよ風が吹いている。そんな中、ふと眼下の川を見つめていた染野そめのが土手を降りていく。寄り道をして川の流れを観察し、染野そめのが岩を持ち上げた。

「どうした急に……」

「おお……見てください。デカいザリガニです」

「うわあ」

「それなりに身の入りが良いですね。それなりに食べ応えがある」

「魚屋みたいな目線で語らないでくれ……」

 アメリカザリガニは下処理さえすれば食材として優秀だ。煮込んでダシを取ればその高級な味わいと香りが脳に届くことだろう。とはいえ、泥臭さを取り除く為に処理をする手間は、慣れない人からすれば面倒でしかない。

「この辺りは水質が良いから、香りが良さそうですね」

「ほ、本気で食べる気か?マジで?」

「えっ?食べませんか?」

「こんなのがスーパーに並んでるもんか!」

 そんな時代は永遠に来ない。普通の人間として生きるにはあまりにも無知な染野そめのは、葛西かさいからすれば相当な天然か、または憐れな犠牲者か。彼女の反応を見ていた染野そめのは岩を元の場所に戻す。

飾身かざみ君の生活が未だに想像できないよ……」

「そんなに変ですかね?」

「……そうしなければ生きていけなかったのか?」

「それしか知らない……だけかもしれない」

 彼は知らないことが多い。そして、知っていることだけでやりくりしている。それでもその選択の中に彼が望んでしたことがあるのかもしれないが、彼が無知であることに変わりない。

 葛西かさいは水面に映る自分を見つめている。

「子供が見る世界は広いようで……狭いからな」

「……」

「でも、あの頃は確かに広かった。そう思ってたことに嘘はない」

「先生は昔に戻りたい?」

 その沈黙は酷く重い。彼女は無言で揺れる水面を見つめながら、波間に映る何かを探して沈黙を守っている。そこにあるのは答えか、それともその場しのぎの言葉か。染野そめのは彼女の回答を待っている。

 暫くして葛西かさいが口を開く。

「いや……戻りたくない。何があっても」

「だから、自分みたいな子に色々してるんですか?」

「どうだろうな……半分は自分の為かもしれない」

「でも、もう半分は誰かの為だ」

「……はは、そう願うよ」

 葛西かさいはそう言って笑うと、川辺を離れて土手の上に向かう。往来の少ない通りに車の走行音はなく、辺りを満たすのは川の流れる音だけ。

 彼女が離れたところで、染野そめのはPHSを取り出すと誰かに電話を掛ける。

「シルバー7、直江津なおえつ港の捜査の進捗はどうだ?」

『隊長、希代きだいの奴から連絡があった。ビンゴだって』

 電話に出たのは彼の部下のシルバー7。葛西かさいの通話を盗聴して得た『直江津なおえつ港』という単語。そこを調べれば何かが出ると踏んでいた彼らだったが、どうやら成果があったようだ。

 少年の顔つきが仕事用に切り替わる。

『制圧した結果、ホシへの送金履歴と被害者のDNAがあったって』

「そうか。被害者の居場所については?」

『それは分かんない。ただ、ホシの関与は確実だってさ』

 これでハッキリした。ホシこと葛西かさいは人身売買組織と関与している。報酬として海外口座に送金が行われており、盗聴の音声などは彼女と組織の関与を証明していた。染野そめのにこれといったリアクションはない。

『それと……この女、経歴が妙だよ』

「経歴が?」

『幼少期に虐待の疑いありだって。通報が記録されてる』

「それで?」

『警察や児童相談所への通報が全六十一回。でも認定はされてない』

 六十一回というと異常なように思えるが、それらの組織が機能しないことについては当然の話であり特におかしなことではない。どこにでもある当たり前の話だ。

「何で放置されてる?少し多いぞ」

『あー親の権利やら……証拠不十分やら……そんな感じ?』

『……了解。後は手筈通りに』

 それだけ言うと染野そめのは通話を切りPHSをポケットに戻すと、早歩きで土手を登って駐車場に向かう。既に葛西かさいは自分の車の下に戻っており、染野そめのは助手席に座ると車のエンジンが動き出した。

 もう言うことはない。

「さて、もう帰ろうか」

「はい」

「……ん?」

 その時、ハンドルを握った葛西かさいが何かに気が付く。視線の先、建物の影に隠れる男とバス停で待つ男が彼女を見つめていた。誰にも気が付かれないようにひっそりと、見ていない風を装っている。

 違和感を覚えた葛西かさいが黙り込む。

「……」

「先生、どうしたんですか?」

「……いや、何か変だ」

 自分が監視されていることに気が付いた葛西かさいは考え込み、次の手を思案し始める。自分を監視する理由やこれから起きる出来事は何か、短時間で答えを出す。

 そして、葛西かさいは思い切りアクセルを踏み急発進した。

「えっ?」

「すまない!掴まってくれ!」

 急発進する車を見た二人の男は、懐から消音器サイレンサー付きの拳銃を取り出し車に向けて発砲する。何発かは車に当たらずどこかに飛び、いくつかの弾は車体をかすり二発は車体を貫通した。しかし、それでも運転は止まらない。

 葛西かさいの車は男達から離れていく。

「本当にどうしたんですか!?」

「敵に見つかった!悪いが後で説明する!」

 消音器サイレンサーで軽減された銃声が遠くから聞こえる中、姿勢を低くした葛西かさい染野そめのは道路を疾走する。葛西かさいの運転技術はそれなりであるものの事故を起こすことはなく、追手を逃れて遠くへ向かう。生き延びる為に。




【11】


 日が傾き世界が橙に染まり始めた頃、染野そめの葛西かさいは車を乗り換えて国道の外れを進んでいた。既に逃走を始めて四時間以上が経過しているが、彼らは新潟県のどこかへ向かっている。

 助手席の染野が不安そうに聞く。

「先生、どこでこの車を?」

「事前に私が用意してた……とはいえ、こんなことに使うとは」

 現在の新潟は寒く、三月でも当たり前に雪が降る。路面と木々は雪を被り、オレンジ色の光を反射させて輝いていた。だが、そんな光を感じられるのはこの場の二人だけ。車の前方にも後方にも誰も居ない。

 つまり、孤立無援。

「……どこまで行きます?」

「安全な所だ……国外に行く前に準備する」

「……そうですか」

 葛西の考えとしては、一旦自分の拠点に戻って安全を確保することが最優先なのだろう。そこで体制を整えて国外に逃げ延びる。準備の良い彼女であれば不可能な話ではない。

「巻き込んですまない……でも私だけは信じて欲しい」

「いいですよ……別に行く場所もないですし」

「……私は嘘だらけだ。でも、君を救いたいことだけは事実なんだ」

 葛西が話していないことは多い。染野は彼女の全てを知らない。しかし、それでも事実は存在する。嘘だらけの現実にも、砂塵舞う砂漠の砂の中にも、幾ばくかの真実という名の砂金が紛れているものだ。

 だが、同時に嘘が溢れていることも事実だ。

「だから……私には嘘を吐かなくていいんだ」

「……生きていく上で……嘘は便利ですよ」

「そうだね……でも、私は嫌いだ」

「何故?」

 重い沈黙の後に葛西は答える。

「私を見捨てた大人は、全部噓吐きだからさ」

 その時、林の中にある民家の前で車が停まる。それなりの大きさの民家で、建て替えられてからまだ数年なのか綺麗な外壁をしていた。周辺には隣家が影も形もなく、ここで何があっても誰も気が付かなさそうだ。

 エンジンが止まり、二人が車から出る。

「……ここは?」

「まあ、私の実家だ」

 染野が表札を確認する。そこには武田たけだと書かれており、葛西かさいが養子縁組を行って名前を変えていることがよく分かる。だが、自分を苦しめた両親の居る実家が拠点というのは何故なのか。染野にはそれが分からない。

 彼がそんなことを考えていた時、レンチを持った葛西が彼の後頭部を殴る。染野は雪の中に倒れ、そのまま何も言わずに黙り込んでしまう。気絶した様子の彼を担ぎ上げると、葛西は扉の鍵を解き中に入る。

「……すまない」

 それだけ言って廊下を進み、彼女は階段を下ると地下室へ向かう。明かりの点いていない隠された階段は暗く、足下も曖昧なほどであるが彼女は淡々と下る。そして、南京錠の付いた扉を開いた。

「ただいま」

 その地下室の中では、三人の少年少女が鎖に繋がれている。怯えた瞳をして口を閉じた三人は、その場から一切動かないものの目を彼女から離さない。部屋の端にあるテレビはお昼の情報番組を流しており、電気ヒーターも置かれ生活感がある。だが、監禁している事実は変わらない。

 葛西がしゃがむと、意識を失ったままの染野の足首を鎖で拘束する。

「ちょっと待っててくれ。すぐ終わるから」

 淡々と言うと彼女は立ち上がり、地下室に再び鍵を掛けて外に出た。今は捕まえた子供達とじゃれ合っている場合ではない。追い詰められつつある彼女が逃げ延びる為には、降り掛かる火の粉を払わなければならない。

 葛西が家の外に出ると、後ろ手に扉を閉めた。

「……」

 雪道を歩き真っ直ぐに林の中へ入っていく。そして不意に足を止めると、長い沈黙の果てに持っていたレンチを雪の中に投擲する。だが、雪の中から出てきた腕がそれを弾き飛ばし、一人の女が立ち上がる。

 それは、あのシルバー7だ。

「あーあ、余計なことしなきゃいいのに」

「……どんなに長い夜も、必ず朝は来る」

「ヴィクトル・ユーゴー……少しは蘊蓄うんちくがあると」

 葛西が両手を強く握る。

「邪魔をするな……!」

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