外伝3-4
【7】
「あー退屈!暇すぎるわ!」
「いっ、いっぱい遊べていいと思うけど……」
新しいテレビゲームを二人で遊ぶユリとスミレに対し、シランはソファに力なく横たわっていた。彼女らの部屋は今日も真っ白で無機質そのものであり、清掃の行き届いた空間で穏やかな日々を過ごしている。
机に本を山積みにしているアサの前で、白岡は腕組をしていた。
「健~そんな顔してたらシワできるぞー」
「……できても構わねえよ。こんな状況なんだ」
「ネガティブだねえ」
あれから、粳部クローン計画の凍結が関係者全員に通達された。全ての先行きが不明になったのだ。実験の再開は二度とないのか、彼女ら四姉妹はこれからどこに向かうのか。白岡の不安は消えない。
「計画が突然凍結するとは思わなかった。やられたよ」
「でも先生、私達まだ好き勝手してるけど」
「そーだよ。本とか好きに注文できるし」
「……そこら辺の予算は次の方針が決まるまでは今のままだと」
彼女らの待遇が悪くなることがないように、予算の都合はついている。ただでさえ閉じ込められている彼女らが不自由しないように、娯楽の類は充実していた。とは言え、人によってはいつか飽きるだろう。現にシランは飽きている。
「先が見えないのは嫌ね……私達どうなるんだか」
「……先か」
「まあ……流石にさっ、殺処分はないと思うけど」
「滅多なこと言わないでよ!スミレ」
「ごっ、ごめん……」
白岡には分かっていた。皆、口にはしないものの起こり得る最悪の可能性としてそれを考えていた。自分達を大切に扱ってくれる研究員や、快適に過ごせる環境を与えられている時点でその可能性は低い。しかし、それでも不安は消えない。
ユリがコントローラーを手放す。
「……何にせよ、今は待つしかないよ」
「待つか。それは諦めているってことか?」
「いえ、どうせ自分で決められないなら……良い結果を願うべきです」
「……流石長女ってところかしら」
最初から粳部クローン達に人生の選択権はなかった。彼女らは組織という大きすぎる『世界』に翻弄され、手のひらの上で踊らされている。だが、ユリは絶望してヤケになることはない。操作できないことにとやかく言わず、静かに待つのだ。
それを聞いて白岡がゆっくりと席から立ち上がる。
「……まあ、俺は大人だから待つ以外もできるんだ」
「ん?健、何するつもりー?」
部屋の出口に向かう白岡は振り返らず、扉の前に立つとアサの問いに対して返事をする。既に彼のやるべきことは決まっていた。長い無言の後に彼は答えた。
「ちょっと悪あがきをしに……なっ?」
そして彼は彼女らの部屋を後にすると、廊下を渡りクローン達の為の区画を出る。空の高いその場所は開けた空間ではあるが、結局は天井がある。遥か地下深くにある区画は息苦しく、開放感は気休め程度であった。
白岡が空を見上げる。
「……」
自分が自分のエゴにより彼女らに何をするか、どこまでできるか。白岡は善人ではないがその繊細な心に従って行動し続ける。彼一人の選択が全てを決める筈はないが、大人としての責任はどこまでも付きまとう。
その時、いつも通りの白衣を着たドクターライが遠くからやって来る。
「君も好きだな。不安なのかい」
「……ドクターライ」
彼が白岡の前で足を止める。白岡は本当に覚悟を決めたのか目を閉じ、息を吸う間もなく本題に出た。
「アイツらを社会に出してやりたいんです。地上に」
「……自由を与える、か」
「まあ勝手な話ですよ。都合で生み出して実験して、これですから」
組織は彼女らと出会いたい為に計画を進めたのではない。世界を守る為の兵力のテストとして生み出したのだ。そこに情はなく、彼女らの命は手のひらの上にある。強権的だが、組織の定めた法を破ってはいない。
「俺は別に同情してません。自分の好奇心とエゴを優先してる」
「君らしいな」
「そのエゴが、アイツらが外に出る可能性を望んでるんです」
あくまでそれはエゴだ。優しさとは口にせず、白岡は自分の都合で全てを振り回す。彼はそれを死ぬまで貫き、永遠にエゴに従い生きるのだろう。だが、その結果が他人の不幸とは限らない。
「この際、俺への組織の評価とかは無視します」
「……私に協力を求めても、できることは少ないよ?」
「でも、あなたは人の健康を心から願う人だ」
白岡のその言葉を聞いた瞬間、ドクターライはこらえきれずに笑い声を漏らす。それは嘲笑の笑いではなく、喜びの意味合いを持つ笑いであった。彼はずっとそれを求めていたのだ。
「ははは!それはその通りさ」
「ドクター?」
「元からそのつもりさ。社会に放ち、真に健康的な生活を贈る」
ドクターライが関わった時点で、彼の手が届く範囲では不健康なことはさせない。ドクターライは自分を医者ではないと主張しているが、彼は誰かの生命に危害を及ばないように最善を尽くす存在だ。
彼が粳部クローンを守らない筈がなかった。
「関係者全員が賛同するだろう。それに……」
「ん?」
「『彼女』も協力してくれそうだしな」
【8】
「そんな体になってまで……地位にしがみ付くんですか」
「地位にではなく『希望』にだな。粳部音夏」
クローン四姉妹と全く同じ顔と背格好の女が、老人と話をしている。どう見ても友人とは程遠い雰囲気の彼らは向かい合い、明かりの殆どない廊下で佇んでいた。漂う緊張感はまるで大気を凍らせるようだ。
彼女こそ、オリジナルの粳部音夏なのである。
「いえ……それより意外でした。クローンに自由を与えるなんて」
「計画は凍結された。殺すより、生かした方が価値がある」
「……まあ、あなた達はそういう人ですよね。一号」
彼女に一号と呼ばれた老人は人間の見た目から離れている。人型ではあるものの、機械や別のパーツによって組み替えられた彼はまともな人間とは言えない。しかし、未だに個を保ち存在している。
粳部は苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
「何故、私の複製を止めたんですか?」
「コピー不可だからだ。人間のお前しか作れないと分かった」
「……?」
「お前の強さは遺伝子だけではない、ということだ」
粳部クローンがオリジナルに及ばなかったのは、その性能が低い上に安定しないことにあった。彼女らを数百、数千人集めたところでオリジナルには敵わない。故に計画は凍結された。
幹部の老人は語る。
「宇宙の産んだ『星の怪物』であるお前は、宇宙からのバックアップがある」
「……ああ、分析の司祭が結論を出したんですね」
「覚醒した今のお前は、その補正込みで最強なのだ」
「ただの人間じゃ駄目と……」
人間をコピーしたところで、特別な補正が掛けられた『星の怪物』をコピーすることはできない。粳部クローンは『人間』としての粳部音夏の複製でしかなく、星の怪物の複製品ではないのだ。その補正なしでは、優秀な法術使い程度の評価に終わる。
「計画は別の方法で、より人権に配慮した形に変更される」
「それが分かれば、あの子達はお払い箱ですか」
「彼女らは外部の養護施設に移し、社会に適応する訓練を行う」
世界を知らない彼女らをいきなり世界に法流することはできない。外の世界で適応する為の訓練を長期間行い、慣れたところで段階的に自立させていく。両親を持たず学校に通った経験のない彼らの為のシステムだ。
「彼女らの開発者全員と、君からの提案通りさ」
「……次は何をしでかすつもりです?」
「より良いやり方を」
その時、静寂を切り裂くように硬質な足音が響く。唐突に現れた第三者の足音に反応して粳部が振り向くと、そこには両手をポケットに突っ込んだドクターライが居た。組織の中でトップクラスの実力者が、今揃ったのだ。
「ドクターライ……」
「嘆願書の時はどうも、粳部君。見送りに来たのさ」
「その次の計画とやらは私も知りたいね。聞かせてくれ」
それを聞いて一号は素直に従ったのか、彼の目がほんのりと発光して機械音が鳴る。その直後、ドクターライの持つ携帯電話から着信音が鳴った。彼は計画の内容が送られてきたのだと察し、携帯を取り出すと確認する。
「……ん?」
「まだあくまで計画段階だ」
「いや……これは」
「……どうしました?」
内容を読み込んでいく内に彼の顔色が青ざめていく。粳部は彼の後ろから覗き込んで内容を確認していくが、彼女も同様に青ざめていった。それは到底認められるものではない。
「倫理的な問題はクリアしてる」
「冗談じゃありませんよ!あなたは人の命を……!」
「6号機の研究データは貴重だった。謎を解明してくれた」
「……君達は常にギリギリを攻めるね」
ドクターライが困惑し粳部が怒る。それでも老人はその張り付けたような表情を変えることをしない。行方知れずの粳部クローン6号機を用いた研究により、組織の計画は新たな段階へと進もうとしていた。
受け入れられるかは別の話だ。
「君はホモサピエンスと遺伝子が異なる。世界で一人の新種だ」
突然変異とも人は言うが、神が必要に応じて創ったとも言える。突然変異であるが故に高い法術の才能を持ち、世界の頂上に君臨していた。この二つの要素を持つが故に粳部音夏は最強なのだ。
「高い法術の才能と生殖能力、免疫……どれも優秀だ」
「答えになってませんよ!」
「そして、一番の特徴は代を経る毎に強くなること」
世代を経る度にその力は強まっていく。子は親を超え、その子供は親を飛び越えて変化していく。粳部音夏だけは特別な補正が掛かっている為にそう簡単には超えられないが、長期的に見ればそれは驚異だ。
「四人のクローンは野に放たれる。ネズミ算で増えるぞ」
「それも見越して解放を……」
「飽き足らずこんな計画まで!」
「仮称ウルベニウスは、子供が確実にウルベニウスになるんだ」
それを一体どういう手段で突き止めたのか。それはさておき、組織はクローンを社会に放つことによって人間という種を塗り替えようとしている。上位互換の種を放つことにより、歴史の転換点を作ろうとしているのだ。
「新しい時代が来るぞ。全ての人々が、より良い力を手に入れる」
「問題は計画の方さ一号。これは酷だ」
「分かっている。意見は聞くさ」
捨て台詞のようにそう言うと、老人は柱の影に沈んで消えていく。それがどういう原理の技なのかは誰にも分からないが、彼は話を終えてその場を立ち去った。二人のやるせなさだけをそこに残して。
彼らが無言で立ち尽くしていると、廊下の奥から四人分の足音が響く。
「あーあーのんびり遊べるのも今日で最後かー」
「外に出てもどうせゆっくりしてるでしょ」
「スミレちゃん、忘れ物してないよね?」
「なっ、何度聞いても忘れてないよ……」
地下生活最後の日でも、粳部クローン四姉妹はいつもと変わらず談笑していた。最悪の結末を回避して自由を得た彼らは、希望の光の差しこむ外へと向かう。全てはこれから、彼女らの選択次第だ。
四人が歩いて行くと、ドクターライに気が付いて表情が明るくなる。
「ライ先生!最後に会えましたね!」
「外は寒いがそんな薄着でいいのかね?」
「地下に居ると室温が一定だからさー」
「白岡君には挨拶したかい?」
「は、はい……素っ気なかったですけど」
素直な男ではない白岡は、別れの時ですら気難しいままだった。だが、それはそれで彼らしい選択なのかもしれない。彼は自分のエゴに従い続ける。これもまた、彼のエゴがそうさせたのだ。
粳部がソワソワと落ち着かない様子でいる。憐れみを秘めた瞳を逸らしている。
「まあ、それも彼らしいか」
「……あれ?その人……」
「えっ?……私達と同じ顔!?」
「あっいや……その……私は」
遂に粳部がクローン達に見つかる。彼女らと顔を合わせるつもりのなかった粳部は慌てふためき、何を話せばいいかと困り果てる。しかし、四姉妹は遠慮せずに彼女に迫り至近距離から観察する。何から何まで彼女らは同じだ。
「オリジナルだわ!私達の原型!」
「ああっ……えっと……えっと」
「君ーハッキリしない子だねー」
「コミュニケーション苦手なの?」
苦手である。最強の法術使いと言われる粳部音夏の唯一の弱点は、人見知りが強く会話が苦手なことにあった。あわあわとしたままの彼女に対し、四姉妹は一方的に話を進めていく。
ユリが高らかに宣言した。
「決めた!あなた私の妹にするわ!末っ子よ」
「はいっ!?」
「や、やった……末っ子卒業……」
「年上の妹って何さー……」
「もう決めたの!これからは五姉妹よ!」
こうして、四姉妹に新たな末っ子として粳部音夏が加えられた。まあ、彼女らが勝手に主張しているだけだが。彼女らは粳部から離れると、遠くにある光が差し込む場所へと走り出していく。そこは外への出口だ。
「でも話はまた今度ね!私達これからやること一杯あるの!」
「そんじゃばいばーい」
四人が光に包まれ地上へと向かう。これから先、彼女らがどういう人生を辿るかは彼女ら次第だ。組織は自立の為のお膳立てをし支えてくれるものの、人生の全てを保証してくれるわけではない。未来は自分の手で掴むしかないのだ。
だが、四人は絶望せずに明日に進んでいる。その背中を、二人はジッと見つめていた。きっと幸せになることを祈って。




