外伝3-2
【3】
「私達のオリジナルって、どんな奴なのかな」
ランニングマシンで走りながら、ユリはふとある疑問を口にする。彼女と並ぶ妹達も人間を超えた速度で走るが、末っ子のスミレだけは息も絶え絶えになっていた。トレーニング中の雑談である。
トレーニングルームの端で白岡が彼らを見守っていた。
「そんなの誰も知らないよー」
「はあはあ……キツイ……!」
「そういや……聞いたことないわね」
クローン四姉妹は彼らのオリジナル『粳部音夏』と会ったことがない。姉妹以外の家族を持たない彼らにとって、彼女の存在は親とも言える重要な立ち位置である。とは言え、会ったこともない女に大した感情は湧かない。顔も知らないのならなおさらだ。
「誰と性格が似てるのか気になるなあ。白岡先生!」
「んん?粳部女史か。強いて言うならスミレだな」
「ええースミレかー大したことなさそう」
「あ、アサ酷っ……うわっ!?」
次女を非難しようとしたところでスミレは脚がもつれ、ランニングマシンから転げ落ちる。姉妹の中で一番能力が低くどんくさい彼女は、驚いたことにオリジナルと一番似ていた。スミレが床にうずくまる。
「スミレちゃんドンマイ!」
「(やっぱ、能力に個体差があるな)」
本来、クローンの能力に有意な差が出ることはない。全く異なる環境に置いたのならまだしも、同じ研究施設で育てられた姉妹に激しい差は出ないのだ。だが、現に彼女らは倍以上の能力差があった。彼らを生み出した白岡にも理解できない現象である。
「(通常、こんなことは起こらねえ……分かんねえな)」
「あー私もギブ!もう法力が空だわ!」
「ハッ!今回は私の勝ちだよシラン!」
「(法術使いの兵を量産する計画で……ここまでランダムとは)」
粳部クローン計画は『最強』を複製するという単純な動機で行われた実験だった。全く倫理的でない動機ではあるが、これがなければ姉妹は生まれなかったのだ。そして、姉妹はオリジナルの性能には遠く及ばない。
走り続けるアサとユリの息が上がっていく。
「出力は負けても……はあっ……量なら私がっ!」
「はあはあっ……意地張ってもー……意味ないぞー」
「(でも、オリジナルには程遠い。計画は失敗か)」
白岡の上層部は粳部クローンの研究成果を用いて最強の兵隊を作るつもりだった。しかし、そう都合よく行かず失敗に終わる。何故粳部クローンだけ失敗したのか、四人はこれからどうなるのか。彼の疑問は二つだ。
長女のユリの方が先に限界に近付いていた。
「はあっ……はあっ」
「(仕組まれた命が……俺達に微笑む義理はないか)」
「はっ……あーもう無理ッ!」
「勝っちゃったー……ああでも私もっ」
ユリの離脱に続いてアサもランニングマシンから降りる。持久力についてはアサに軍配が上がり、またしても長女は長女としての威厳を逃す。常人ではあり得ない速度のマシンで長時間走り続けた彼らは、人間を超えはしていたがオリジナルほどではなかった。
「ちょっ……長女の威厳っ」
「そんなの元からないでしょう」
「はああーっ……んで、オリジナルの話は?健」
「せめてさんを付けろ」
白岡が大きめのタオルをアサに放り投げると、彼女は見事にキャッチする。走り続けた彼女らは大量に汗を掻いており、机の上に置かれたスポーツドリンクのボトルを開封した。
「そんなに重要なことか?オリジナルってさ」
「上の連中はそういうの気にするんじゃないのー?」
「お前らはお前らなんだから……まあ、俺には分からねえ話か」
「でも、あっある意味では親ですし……」
親が何だろうと自分は自分だ。親の罪を子が負うことがないように、彼女らは独立した人間だ。彼女らをただの人間だと思っている白岡からすれば不思議な話だろう。とは言え、誰にだって自分の親戚が気になる時期はある。
「俺は自分の親が嫌いだがな」
「それでいいの?先生は」
「自分を作ったからって偉くはないのさ。俺も同じようなもんだが」
「白岡先生は偉いですよ」
「褒めても褒美はねえぞ。さあ、シャワー浴びて来い」
彼女らを作った彼もまた、自分は尊敬に値しないと思っている。法的な問題とは無縁の立場だとしても、命をもてあそんでいることに変わりはない。口にも顔にもしないが、彼の罪悪感は腹の底に残っていた。
姉妹三人がシャワー室へ向かう中、スポーツドリンクを飲み終えたシランが遅れて姉妹を追いかける。
「おおシラン、タオル忘れてるぜ」
「あっ……ありがと、先生」
白岡がタオルを彼女に手渡す。シランはぎこちない動きでそれを受け取ると、少し顔を赤らめながら足早に立ち去った。白岡は何も気が付いていないが、少女達は日々変わり続けている。
時は遡る。白岡とドクターライが分厚いマジックミラー越しに、真っ白い部屋に居る四姉妹を眺めていた。それはまだ彼女らが生まれたばかりの頃。生まれたばかりと言っても、粳部クローンの身長は中高生と変わらない。
『……とても、生まれたばかりには見えないっすね』
『粳部クローンは成体になるまで急成長させてるからね』
今回の計画では赤ん坊をゆっくりと育てたわけではない。彼らはズルをして成体になるまで短期間で育て上げ、粳部クローン達は青春や社会について何も知識を持っていない。何も経験せず、ここまで育ってしまったのだ。
ガラスの向こうでは姉妹達が談笑している。
『言語や基本的な学問は睡眠学習でインプットしてるが……』
『見た感じではちゃんと会話できてるみたいですね』
『未完成の人工子宮でも、何とかなったな』
まだ、人間を人間以外を使って作ることは技術的に難しい。人体の神秘は全てが解明できたわけではなく、出来の悪い人工子宮を用いて六人の姉妹は生み出された。だが、彼らの能力がオリジナルと異なることはそれが理由ではない。
『ドクターライが居なかったら、途中で死んでましたけどね……』
『白岡君達はやることをやっていたさ』
『……この子達は、自分の人生をどう思うんでしょうか』
『何だ。今更そんなことを考えるのかね』
既にその段階を飛び越えていたドクターライと対照的に、白岡はそんなことを考えていた。彼らは自分達よりも上の存在の指示に従って計画を遂行している。しかし、部品だとしても考えることはあるのだ。
『この子達が基準を満たした場合、兵器になるんですか?』
『いいや、彼らはデータを取る目的だ。兵器にはならんよ』
『……終わったら処分ですかね』
『どうかな。そんな無意味なことをするとは思えんが』
途方もない予算を掛けて生み出された彼らを、計画が終わった後にどうするのかは分かっていない。未来のことが分かっていれば四姉妹への接し方も決められるのだろうが、こんな状況ではどうにもならない。
彼はまだ、重さに耐えられないのだ。
『もし廃棄するなら、雑に扱うのかい?』
『いえ……自分がどこまで落ちるのか知りたいだけです』
『……実験体というだけで、彼らは人と何も変わらないよ』
ドクターライのその言葉は彼を責めるものではない。白岡達はただ人間を生み出しただけであり、実験動物を作り出したわけではないのだ。白岡はガラスに手で触れる。その向こう側に居る少女達に彼らは見えない。
『……俺は自分のエゴに従う人間です。善人じゃない』
『……』
『でも、それでも最善は尽くします』
彼はできない約束はしない。自身の矜持に従い、最善を尽くしてベストを尽くす。それこそが彼の精一杯の誠意だ。自分が間違っていることが分かった上で、彼女達にできることをする。それだけの話。
『ところで、1号機と6号機はどこに行ったんですかね?』
『1号機は受精卵の段階で、6号機は成長中に移送。今も詳細は不明だ』
『生きてはいるんでしょうけど……一体何してんだか』
現在に戻る。誰も居ない真っ白なトレーニングルームで、白岡は一人昔のことを考えていた。昔と言っても去年の出来事でしかないが、彼にとってあれは大きな出会いであったのだ。
「……あれからもう一年か」
既に一年の観察が続いた。何日も顔を合わせて話をし、彼女らが努力する様を近くで見てきたのだ。もうただの顔見知りでもなければ実験動物でもない。彼女らに不愛想な態度をとる彼にもそれは分かっていた。
「俺も……丸くなったもんだ」
【4】
「ああっ……終わったわ」
「おもしろー」
この世の終わりのような表情をしたシランと、笑みの止まらないアサがリビングに入ってくる。室内では既に長女と末っ子が休んでおり、スミレの方はテレビでゲームを遊んでいた。机で紅茶を飲むユリが彼女らに反応する。
「お帰り二人共」
「……ただいま」
「シラン元気なさそうだけど、何かあった?」
「こいつさーひひっ、超面白かったよー」
アサが嘲笑う中、力の抜けたシランがソファに身を投げ込む。彼女に寄りかかられたスミレが倒れ掛かるが、特に気にしている様子はなさそうだ。疲れ切った様子の彼女が大きなため息を吐く。普段の自信家な彼女とは大きな差だった。
「駄目だった……」
「シランがさー健に求婚して失敗したんだよねー盛大に!」
「ゲホッゲホッ!マジ!?」
丁度紅茶を飲んでいたユリがあまりの衝撃にむせる。
「いっ……いけると思ったのよ……」
「シラン……こ、これで何回目?失恋したの」
「……七回目とかじゃないの?」
「あんたの惚れっぽさは致命的ね……」
自分に自信があり自分こそが頂点だと思っているシランにとって、この敗北は衝撃であった。持久力こそないものの短期間であれば姉妹最強のシラン。故に、長期間の恋の駆け引きは苦手とする項目。連戦連敗である。
「何が駄目なのか分からない……私こんなに可愛いのに!」
「自信があってけっこーでも私達全員同じ顔だよ」
「そうでした!……じゃないって!」
「シランはさ、いい加減この組織の人に惚れるの止めた方が良いよ」
ユリがアドバイスをする。正解とは言え、彼ら姉妹全員に恋愛経験はない。初心者のアドバイスなどあまり参考にならない話ではあるが、彼らにも自分達では駄目だという自覚はあった。無知の知である。
「私達、実験体みたいなものなんだからさ」
「異議ありー私達にも人権は認められるべきだと思うなー」
「……まあ、分かる話ではあるけども」
「わ、私はアサに賛成……だけど」
姉妹の意見はそれぞれが微妙に異なるものの、おおむね二つに分かれている。自分達の境遇に納得しているか、それとも納得していないか。
ユリが提案する。
「じゃあ話し合う?私達について」




