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ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
外伝3話『ウルベニウス』

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外伝3-1

【1】


 二千二十二年、この世のどこかにて。

「……ねむっ」

 少女が布団の中で目を覚ます。眠気がまだ残っている彼女は、ぼやけた視界の中で目の前の二段ベッドを見た。どうやら彼女の姉妹は全員起きているようで、室内が空であることを理解するとようやく起き上がる。

 軽い伸びをした後に、少女は窓のない寝室を歩いていった。

「腹減った……」

 無菌室のような白い天井、白い壁、白い床。何もかもが清潔なその場所は、彼女とその姉妹が何事もなく過ごすにはうってつけの環境だ。一切の窓がなく閉塞感に息が詰まりそうになることを除けば、この場所は快適だろう。

 少女は洗面所で歯磨きを終え、リビングへと向かって直進する。彼女が近付く度に喧騒の音は大きくなっていき、彼女の姉妹が今日も元気であることが分かった。

 そして扉が開かれる。

「あっ、ユリ起きたよ」

「おはよー……アサ」

「もうみんなご飯食べたよ。コンビーフだった」

 彼女と同じ顔をしたアサという少女が出迎える。ユリと呼ばれた女はあくびをしながら席に着くと、コンビーフのサンドイッチを食べ始めた。ユリは食事をしつつ音のする方を向くと、彼女の妹達がテレビの前で映画を見ている。

「うわあああ!」

「スミレ黙って!良いところなんだから」

「だってきゅっ、急に出てきたから!」

「ホラー映画なんだからジャンプスケアは基本でしょ!」

 怖がりながらも映画から目を離せずにいる四女のスミレと、集中力を削がれながらも映画を見ている三女のシラン。彼らもユリ達と同じ顔をしており、姉妹であることが見て取れる。とは言え、彼らの性格は違う。

 ユリは食事しながら口を挟む。

「朝からホラー映画観てんの?シラン」

「ユリお姉ちゃんが起きるのが遅いだけでしょ。もうお昼近いよ」

「あれ?……今十時じゃん!何で起こさなかったの!?」

「起こす必要なくない?実験の時に起こせばいいしさー」

 彼女の前に居るアサが気だるげに話す。マイペースな彼女からすれば午前中を惰眠に費やすことは問題ではないらしい。しかし、真面目な長女であるユリからすればそれは許せないことであった。

 彼女がサンドイッチを口に詰め込むと同時に、映画はエンドロールになる。

「あーもう実験まで一時間じゃん!勘弁してよ!」

「……それなりの映画だったわね」

「シランとスミレちゃんは何の映画を見てたの?」

「く、クローンが悪の研究所から脱走する映画だよ」

 アサが持っていた小説から目を離し、彼女らの方を向く。テレビ画面では黒い背景を背にスタッフのテロップが上っていった。

「でもちょっとイマイチだったわね」

「えっ?そ、そうかな……」

「私は見てなかったから何も言えないんだけどー」

「人体実験を受けてたクローンが社会に復讐するの」

 それは今から三十年近く前に撮られた古い洋画。今では少しチープな描写が目立つが、名作とされている懐かしい映画。人によってその作品の感じ方は様々だ。そして、観客にはどう感じても良い自由がある。

 三女のシランが感想を述べる。

「でもこれって、クローンを作ったことが悪いんじゃないわよね」

「そうなの?」

「人体実験と扱いの悪さが原因でしょ?脚本が問題をすり替えてるわ」

「でも……こっ根本にあるのはクローンの人権を認めてないことだよ」

 四女のスミレが口を挟む。確かに、この映画の構成は問題をすり替えている。問題はクローンを生み出したことよりも、彼らに酷い扱いをしたことにある筈だ。実際、その映画のクローンは自分達の扱いに怒っていた。

「人権……それって扱いの悪さの中に入らないの?」

「あっ……どうだろう」

「何にせよ、私達からすればしっくりこない話かな」

 長女のユリが話をまとめる。

「だって、クローンだし」

 そう、彼ら姉妹は全員がクローン。母親から順番に生まれた命ではなく、試験管と機械によって生み出された命。彼らは親を知らず、されど普通の人間との精神的な違いはない。顔と体が全員同じだけの四つ子である。

 その時、玄関の扉が開くと白衣を着た男が入って来た。全員の視線が彼に向く。

「ようガキ共、一時間後に実験だぞ。支度しとけよ」

「おっす、けん

「大人を呼び捨てすんなアサ……」

「了解です!」

 けんと呼ばれた研究者の男に、アサは適当な返事をユリは丁寧な返事をする。彼らが居るのは普通の一軒家ではなく、ある基地の最奥部。窓のない研究室で彼らは隔離され育てられている。

白岡しらおか先生、今日の実験は何ですか……?」

「スミレ。今日は法力ほうりき出力のテストをする」

「前と変わってない気がするけどねえー」

「変わってないことも良いデータだ。全員体調は良いな?」

「はい!姉妹全員元気です」

 そうユリが答えると、白岡健しらおかけんはサムズアップをして部屋を立ち去る。




【2】


 男は棒付きキャンディーを舐めながらパソコンを眺めている。ガラスの向こう側の別室では白衣を着た年配の男と、ユリ達四姉妹が準備運動を行っていた。全てが白色の無機質な空間では、今にも実験が行われようとしている。

 部屋に白岡しらおかが入ってきた。

竜胆りんどうさん、準備できました?」

「おう白岡しらおか、全て計測できる状態だ」

「まあ、劇的には変わらないでしょうね」

「とは言えこれが仕事だ……ドクターライ!」

 竜胆りんどうと呼ばれた男がガラスの向こう側に居るドクターライに手を振る。彼こそが、クローンの少女達を主導して生み出した人物だ。ドクターライが竜胆と白岡しらおかの二人が揃っていることを確認すると、腕時計を見てから顔を上げる。

「よし、そろそろ始めよう」

「でー今日は全力出せば良いのドクターライ?」

「ああ、君達の法力ほうりき出力の限界を計測する。怪我しない程度でな」

「わ、私やっぱり法術ほうじゅつ苦手なんですけど……」

 一番端に居る四女のスミレが自信なさげに話す。彼女の言う法術ほうじゅつとは、人間の体に備わった法力ほうりきという力を使う技術のことである。言わばこのテストは、水道の蛇口をどれくらいまで捻れるかという話なのだ。

「そんな大した技術じゃないよーほら、湯沸かし器をイメージして」

「あ、アサは良いよね……出力高くて」

「スミレちゃん!法力ほうりきは生命力!法術ほうじゅつはそれをホースで出すの!」

「ゴミみたいな例えやめなさいよ」

 ユリの適当な例えに思わずシランが突っ込む。雑な説明ではあるものの、決して間違ったことを言っているわけではない。体内にある法力ほうりきという名の水を、法術ほうじゅつという名のホースで放水する。今回の実験ではそのホースの水圧を上げてどこまで出せるのか、という点が見られているのだ。

 ドクターライが咳ばらいをする。

「まあ、まずは末っ子のスミレから行こう」

「ああああ……もう駄目だ」

 どこまでもネガティブ思考な彼女が前に出ると、机の上に置かれた握力計のような装置を両手で握る。そして少しだけ股を開くと姿勢よく立ち動きを止めた。軽い深呼吸の後に落ち着き、そこから一気に力を込める。

「んんんんッ!!」

「そう!スミレちゃんその調子!お姉ちゃんの誇り!」

「お願いだから今は黙って!」

 ユリの応援虚しく、彼女がどんなに力を込めて法力出力を上げても大したことにはならない。竜胆りんどう白岡しらおかの見ているパソコンのモニターに結果が表記される。

「……スミレ、出力はDだな。前回と変化なし」

「ええっ!?変わらず!?」

「ふうん、まあいい次だ」

 ドクターライがそう言うと、様子を伺っていたユリが彼女の手にあった計測器を取る。今度は長女が妹達に手本を見せる時だ。

「次私がやります!お手本見せるから!」

「ああ、やってみてくれ」

「……嫌な予感しない?」

「まあー……いつも通りになるかなあー」

 アサとシランが何かを察する中、自信満々の表情で彼女が計測器を握る。彼女の法力ほうりき出力が跳ね上がり、迸るエネルギーが電流のようにユリの周りを流れる。スミレよりは遥かに上であることは誰の目にも明らかだった。

「くっぐっ……!おおおっ!」

「すっ、凄いお姉ちゃん……!」

「ユリの出力はC、前回よりも六%上昇」

「ええ!?たった六パー!?」

 これだけやっても前回との差は六%しか付いていない。それを最初から察していたアサとシランは顔を背け、思った通りにならず落ち込んだユリは計測器を机に置いて離れた。次はアサがそれを手に取る。

「んじゃーさっさとやって終わらせよー」

「……コツ掴んだと思ったのに」

「あーあ、またユリがいじけてるわね」

「こっ……こうなると長いよね」

 いじけたユリを放ったまま、アサは涼しい顔をして力を込める。彼女もユリと同様に高まった法力ほうりきが電流のように迸っていた。だが、その気迫と圧は彼女の姉よりも格上だ。計測はすぐに終わる。

「出力はBだ。前回と変化なし」

「びっ、B!?」

「まーこんなもんだよねえ」

「はいアタシアタシ!王者の実力見せたげる!」

 ユリが膝から崩れ落ちる中、三女のシランがアサから計測器を奪い取るとすぐに力を込める。すると先程までとは次元の違う圧が放たれ、迸るエネルギーで近くに居た長女が吹き飛ばされると地面に伸びた。

 シランの自信に偽りはない。

「ハハハハハ!」

「やるじゃないか。だがそこまでだよ、計測器が壊れる」

 ドクターライが静止する。シランは出力を上げるのを止め、ヒビの入った計測器を机の上に戻す。床に転がったユリが顔を上げた。

「出力はA!前回から五%上昇だな」

「自分の才能が怖いわ」

「ごっ五パ!?あっ……がっ……」

「ああ……お姉ちゃんが死んだ」

 自尊心を傷付けられたユリが項垂れる。姉妹の視線が彼女に向かい囲う中、ドクターライは白岡しらおか竜胆りんどうの居る別室へと向かう。研究者三人が部屋に集まり、クローン四姉妹を放置して話し始めた。

「で、君達はどう思う?粳部うるべクローンの成績を」

「俺としては予想通りだった。かなりバラツキがある」

「想定外ですよ……全員、同じ粳部音夏うるべおとかのクローンなのに」

 彼ら三人はクローン姉妹を作った創造主だ。言わば神であり親でもある存在だが、そんな彼らにも分からないことがある。彼女達がどう育ち何を考えるのかは、男達からすれば謎に包まれている。

「全員がオリジナルの一%にも満たないなんて……」

「2号機ユリ、3号機アサ、4号機シラン、5号機スミレ」

「六人のクローンは、全員がオリジナルにも他にも似てねえ」

 彼ら『六人』はある一人の人間を完全に複製できるかという研究の中で生み出された存在だ。寸分違わぬ精度で作られ完全に同一の存在であるにも関わらず、彼らは異なる才能と心を持ちオリジナルとも異なっていた。

「一卵性双生児でも軽度な差が出る……でも不思議な違いだね」

「シランでもオリジナルとは程遠い……正に怪物です」

「普通の人間のクローン実験では、有意な差は認められなかったよな?」

「ああ竜胆りんどう君、いくつも論文が出てるよ。能力と法力に差はない」

「……粳部うるべクローンだけは例外、か」

 遺伝子とは設計図だ。人間がどう育ちどういう物を持つかをある程度決める設計図。とは言え、一卵性双生児も差が出る上に通常のクローンでも同じ結果になる。だがしかし、それは有意な差と認められる程ではない。

「世間では天才レベルの法術ほうじゅつの才能……でも、オリジナルに届かない」

「ドクターライ、やっぱり粳部音夏うるべおとかがいかれてるんだ」

「……そんなことだろうとは思っていたがね」

 姉妹の原型である『粳部音夏うるべおとか』という怪物。人の形をした嵐であり、人類の歴史を覆した『星の怪物』だ。それを模倣しようということに無理があった。

 竜胆りんどうがキャンディーの棒を捨てると新しい飴の包み紙を開く。

「にしてもウチの組織の幹部にしては、安易な計画だな」

「最強の粳部音夏うるべおとかを増やせたらなんて、子供でも考えますね」

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