外伝2-5
【9】
「ぐっ……!」
激しい閃光と熱に焼かれながら、パニヤと竜胆はただ耐えている。十メガトン相当の核が爆発する中、彼は自分の概念防御でパニヤをも守っていた。司祭に核兵器は通用しない。けれども、これだけの規模の核兵器が司祭に使われるのは初めてだった。
最大規模の火力であっても、概念防御が司祭を守っている。
「大丈夫だ!概念防御がある!」
数千万度規模の高温、極端な高圧、強烈な衝撃波があっても二人は無傷だ。失明するほどの凄まじい光も概念防御が軽減させていた。だがしかし、爆発の起きている香川県は耐えられない。二人を光が包む中、香川県の地表が衝撃波によって洗い流されていく。生活の痕跡が熱で滅却される。
暫く経って、光が消えるとドロドロに融けた大地に二人が立つ。
「……終わっ」
激しい光に目が眩んでいた彼らは、次第に視界が元に戻っていく。瞬きする度に視界は鮮明になり、光を放ちながら融けている大地が目に入る。彼らは地下に居た筈だというのに地上に立っており、パニヤは燃えるような温度の大気で呼吸をする。むせるような温度だが、竜胆の概念防御が死なない程度に軽減していた。
「ゴホッゴホッ!」
「……これが……基地なのか!?」
何もない、何もかもが消し飛んだ跡地。溶岩の海の中心で彼は佇み、彼女を小脇に抱えて絶望している。栄えていた都市は消え、そこに居た人々はどこにも居ない。民間人の司祭は生きているだろうが、彼らも家や何かを失ったのだ。
竜胆は溶岩に沈まないように藻搔くが、パニヤは自分の行為の結果から目を逸らせない。
「もっと早く……来ていればっ……!」
「……」
「私がっ……これをっ……」
彼女はできることをやった。例え担当者が彼女でなくてもこうなっていた。あらゆる不幸と問題が積み重なった結果、インシデントは発生する。とは言え、どうしようもない状況を押し付けられた責任感の強い彼女に、この結果は酷だった。
「みんなっ……」
パニヤの脳内に九年前の惨劇が浮かび上がる。自分の育った故郷が消し飛び、ただの瓦礫の山と化した時の記憶が蘇る。そこは既に爆風で全て崩れ去り、彼女の足下にはかつての生活の証が粉々になっていた。
『私の街がっ……全部がっ』
瓦礫で転びそうになりながらもパニヤは歩き、自分の思い出の場所を探す。崩れた瓦礫が積もり覆い隠しているものの、埋もれている残骸から現在地を特定する。故郷の記憶に沿って、彼女は歩く。
『ちょっと……離れただけで……こんっ……!?』
彼女が見覚えのある場所に辿り着く。そこはかつて彼女が住んでいた家のあった場所であり、彼女の日常の象徴であった。何もかもが核の衝撃波で消し飛んでいる。そして、もう取り戻すことはできない。
『家……私の家っ……』
彼女は核に翻弄され続ける運命にあるのかもしれない。アメリカに留学中、故郷は戦争により核で消し飛び、今度はこうして任務を果たせず核で多くの人々を消し飛ばされた。彼女の心はもう限界だった。
「また核で滅茶苦茶だっ……全部っ!」
だが、状況は彼女の心情に寄り添ってはくれない。二人から少し離れた場所にある溶岩が吹き飛ぶと、そこから頭のない江が現れる。
「江!?」
「なっ、何で生きて!?」
司祭は第六形態を超えると再生能力を獲得する。死を概念防御で拒絶することで、元の形に戻ろうとして肉体を再生するのだ。故に、行き着いた司祭は死から遠ざかる。最終的には死ぬことのできない怪物になる。
ゾンビのように歩く江の首の断面が膨れ上がり、自然と頭部が再生した。
「死の概念を拒絶しつつある!もう首を切っても死なない!」
「じゃあ……もう殺せないんですか!?」
「まだ全身を消し飛ばせば可能性はあるが、実現不可能だ!」
今の司祭第八形態となった江を殺すことは現実的ではない。だが、時間が経つごとに状況は悪化していく。このまま人外と化していく江を放置するわけにはいかない。それでも、竜胆には手がない。
「(放射線と熱が酷い……俺の傍に居ないと嬢ちゃんが死ぬ!)」
そう、竜胆はこれから片腕を使えなくなるというハンデを抱えたのだ。パニヤを置いて戦えば、即座に彼女は全身が焼けショック死するだろう。故に片時も離すことはできない。だが、江は片手で戦える相手ではない。
追い詰められ苦虫を噛んだような表情をする彼だったが、不意に空から聞こえた謎の音に気が付く。江も音のする方を見上げた。
「何だ!?」
「……あのミサイルは……まさか!?」
パニヤが反応を示した瞬間、ミサイルが分解すると同時に白衣を着た男が中から飛び出す。それはどう考えても常人ではない。男は降下しながら三人のことを確認すると、彼らの間に着地する。
「全く……荷が重いんじゃないか。こういうのは」
「(誰だ……?)」
「あれは……ドクターライ!?」
「そう呼ぶということは、君が私の仲間ということか」
ドクターライと呼ばれたメスを持つ男。江は予備動作もなく加速すると一瞬で彼に迫り、仕留めようと拳を放つ。しかし、ドクターライはそれを軽く躱すとメスで腕を切り裂き、中に腕を突っ込んで弄った後に針で傷を縫う。行動の意味はサッパリ分からないが、彼は江の追撃を受け流すと竜胆の隣に立った。
ドクターライはすれ違い様に彼の傷口を縫い、何度も注射を行う。あまりの速度に竜胆は遅れて恐怖するが、自分の傷が治っていることに気が付き更に混乱する。
「はっ……傷が治って!?」
「彼はドクターライ!傷を治す医師の司祭です!」
「無免許だぞ。緊急事態にて派遣された。手伝おう」
医師免許はないものの、ドクターライはその権能により人を治す。それは単純な言葉の通りの『治す』ではない。彼はあらゆるモノを治す権能を与えられた司祭であり、パニヤの組織の最高戦力の一人でもある。
「(Ω+級の司祭が派遣!?まさかこんなことが……)」
「……あいつは死の概念を拒絶しかけてる!殺すなら全身を吹き飛ばせ!」
「殺す必要はない。治療の前に、今は麻酔が必要だ」
「ももちゃ……散歩は……おっ……おしまい!」
未だ幻の中に居る江が彼らの方に駆け出すが、ドクターライに縫われた腕が動いていないことに気が付く。江は不思議そうな反応をした後にその腕を折って再生し、元の動く腕に戻す。しかし、その隙に迫った竜胆が銃剣で彼の肩を切り裂き、追い打ちの突きを何度も繰り出した。
「江!戻ってこいよ!現実に!」
「おっ……オレハ……遊ブンだ」
「もう……彼の意識は……」
「治せばいいのさ!」
江の背後に現れたドクターライが蹴りを繰り出す。しかし、彼はそれを見切ると逆にドクターライを蹴り飛ばす。宙を舞う彼に追撃をしようと江が迫る中、パニヤを抱えて動きに制限が掛かった彼は銃剣を投げた。それでも、銃剣は江の後頭部に刺さっただけで止まらない。
「ドクター!?」
「なあに!」
江の蹴りが彼の頭に直撃する。だが、ドクターライは痛がりつつも自分を蹴った彼の脚にメスを入れ、目にも留まらぬ速さで施術を終えると縫合し距離を取る。その瞬間、施術された脚が動かなくなった江が思い切り転んだのだ。
ドクターライは自分の傷を一瞬で治し、更に自分の両腕に注射を行うと同時に、皮膚や筋肉の張替えを行い作り変える。まるで神の御業のような技こそ、彼の権能なのだ。
「整形すれば脚も棒切れと大差ないね。どちらも動かない」
「こっ……!」
江は片足が動かなくなったことを認識すると、両手を使って大きく跳ねドクターライに奇襲を仕掛ける。彼は逃げずに迎え撃つと、今度は江よりも早く拳を顔に撃ち込み彼の攻撃を受け流す。彼の腕力は先程までの比ではない。自分の腕を作り変え、対抗できるレベルに仕上げたのだ。
江は自分の背後に迫る竜胆を察知し振り向くと、クロスカウンターを狙って殴り掛かる。だが、間に合わず拳が交差し互いの頭に当たって終わった。衝撃波が近くのパニヤに伝わり彼女は気絶する。
「うっ……!?」
「嬢ちゃ……江!戻れよ人間にッ!」
二人の殴り合いが始まる。拳が直撃する度に竜胆の適応が進み耐性が上がっていくが、片手が塞がっていることや速度の差が彼を追い詰めていく。だが、ドクターライが殴り合いに加わり、江の動きが鈍る。
「おっおっ……」
「(俺達……何してるんだろうな……こんな場所で)」
『祭具奉納、猛る』
「(こうならない為にも……研究の道に行った筈なのに)」
江が立ち止まり祝詞を唱える。それは司祭が自らの権能を使う為の儀式。ドクターライは危険を察知し即座に止めようと動くが、彼は一瞬でしゃがみ懐に迫ると拳を突き上げる。見事なアッパーが彼の頭蓋を揺らし蹴飛ばすと、江の背後に祭具である仏閣が落ちてきた。
『大幣ノ大天宮』
刹那、江の周囲が花畑に変わり香りが三人を包む。ドクターライは自分で自分を治療して作り変えているが、竜胆の方は次第にフリーズしてしまい、ピクリとも動かなくなってしまった。
「(祭具奉納!これが奴の沼地を花畑に変える権能!)」
融けた溶岩だらけだった空間がいつの間にか花畑になっている。熱気から花が枯れるものの即座に花が再生し、その庭園は永続的に咲き誇る。ドクターライは固まっている竜胆のことに気が付く。
「(変だ……何故彼が止まってる?それにここは沼地では……)」
「うううああ!」
間髪入れずに江が彼を襲う。ドクターライはギリギリでそれを躱すと自分の脚にメスを入れて弄くり、速度を上げると加速する江に合わせて逃げる。花びらが風で散る中、ドクターライは必死に状況を分析していた。
「(発動条件と権能が変わっている……?これは……)」
「あっ……あれ?」
気絶していたパニヤが起きる。彼女を抱えている竜胆は依然として意識を失ったままであり、目の前に広がる花畑に困惑していた。それを見てドクターライは全ての現象の理由を理解する。
「(概念防御が強過ぎて、沼地の解釈を拡大したな!)」
「竜胆さん!おっ起きてください!」
「(そして花粉だ!吸うと意識が遠のく!奴は変態してるのか!)」
逃げるのを止めて彼を迎え撃とうするドクターライだが、成長を続ける江の速度と膂力には敵わない。ジャブと同時に江の腕を作り変えて弱体化させるものの、このままでは長期戦は確実であった。
「(気絶してた彼女と鼻を作り変えた私に花粉は効かない!)」
「竜胆さんッ!」
「りっ……りんどー……」
パニヤの叫びを聞いた江が突然思い出したかのように反応し、拳を振り上げながら彼らの方に突っ込んでいく。ドクターライは運悪く自分の体を作り変えている真っ最中であり、竜胆は吸い込んだ花粉で意識が戻らない。
このままでは死ぬ。
「一度だけ動いて!」
「リンドウッ!」
だがこのままではない。竜胆は彼女の呼びかけで目を覚ますと、江の拳を受け流して彼の背後に回る。そしてタックルで彼の姿勢を崩すと、江を押し倒し片腕を引っ張って身動きを封じた。
この機を逃さずドクターライが駆ける。
「今だ!」
「チクッとするぞ!」
起き上がろうとする江をドクターライが押さえ付け、何本も注射を打ち込むと同時に彼の頭に腕を突っ込む。何故か血が出ることはなく、ドクターライが頭の中で何らかの施術をすると江の動きが止まる。そのまま彼は腕を引き抜くと輸液を手の中に作り出し、江の腕に点滴した。
「人間に戻すには時間が掛かる!だが今は動きだけ止める!」
抵抗しようと震える江にドクターライは施術を続ける。全身を弄り続けたことで次第に震えは収まっていき、仮面越しに光っていた目が暗くなる。眠りについた江はもう誰も殺さない。
ドクターライが手を止めた。
「……ひとまず、終了だ」
【10】
全てが消え去った不毛の大地にて、二人が佇んでいる。電話をしようにも香川県の四割が消し飛んだ以上は基地局もなく、その声が誰かに届くことはない。熱気を発していた溶岩は冷え固まり、今はガラス化して放射線を出しているだけである。
竜胆は形態変化を解除していたが、パニヤの傍に立って彼女を放射線から守っていた。彼がいなければここは地獄だ。
「……ここに、人が住んでたんですよ」
「でも今は居ない。もう気にするな」
失った命は戻って来ない。だが、彼らは最悪の状況でベストを尽くした。責める者はどこにも居ない。事情を知らない者以外は。
遠くまで歩いていたドクターライが彼らの下に戻りつつ手を振る。
「少なくとも近くに死体はない。全部消し飛んでいたよ」
「……そうか」
「死体があればまだ何とかなったが、流石に私でも無理だ」
死にたてほやほやの死体があればまだドクターライに治せたかもしれないが、ないのであれば治しようがない。彼はそこにある者を治すことはできても、そこにないモノを治すことはできない。
地面では江が司祭第八形態のまま眠りに就いている。
「私がもっと早く……あの角笛を吹くべきでした」
「いや、それは無理だ」
「……」
「あの時の俺には江を殺す覚悟がなかった」
あの実験場に第六形態の江を殺せる者は居らず、何の覚悟もない竜胆では咄嗟に動き殺すことはできない。パニヤの言葉は間違った結果論であり、自身を苦しめる以外の意味はなかった。
平らな岩石の大地の先で、地平線が燃えている。
「不幸が重なり過ぎた……それだけの話さ」
これは誰か一人を責めて終わる話ではない。
ドクターライが彼らの隣に辿り着くと、不意に遠くの空からプロペラの音を聞く。彼らが向いた先では三機のヘリコプターが飛んでおり、空中で待機すると扉が開き何人かが降下して来た。中には縄を使わずに降下する者も居り、それが司祭だということが分かる。
「救助が……!」
「……どこの所属だ?」
「ホモルカさん、ドクターライですね。よくぞご無事で」
放射線対策の装備を身に着けた職員が彼女の前に立つ。他の何人かの職員はヘリから持ち込んだ道具の組み立てを行っており、見るからに軽装の人物は周囲を歩き回っている。
竜胆は見覚えのないヘリと部隊に不信感を覚えていた。
「ホモルカです。救助ありがとうございます」
「現時点から、あの吸収の司祭が放射能を吸って除染します」
「あれが……」
「他にも除染用の細菌を使用しますので、ヘリで本部にお戻りを!」
核の影響は余りにも甚大だ。パニヤの所属する蓮向かいはその対処を迅速に行わなければならない。ここまで事態が悪化すれば対処にも本腰を入れなければならない。彼女と話していた職員は除染を行う吸収の司祭の方へ向かう。
「……嬢ちゃん何者だ?あいつら、国連の連中とは違うぞ」
「……」
彼女は暫く考え込んだ後、顔を上げて自分がすべきことを決断する。竜胆に何を言うべきなのかを考える。
「今回のことは全て隠されます……事件の全てが」
「……かん口令か」
「私達の仲間になりませんか?あなたならできる筈です」
蓮向かいはまた全てを隠蔽する。あらゆる手段やメディアを使い、知らなくていいことをなかったことにする。当然、当事者の一人である竜胆には監視などが付けられてしまうだろう。そうならない為にはこれが最善だ。
彼が何かを察する。
「嬢ちゃん……国連の人間じゃないのか!」
「私達は『蓮向かい』……国連の上ですから嘘は言ってません」
「そいつはちと苦しい言い訳だな」
「……どうします?」
今度は竜胆の方が考える。今の自分にできること、親友が人を辞め人を殺めた現実をどう受け止めるのか。江の方を向くと何人かの職員がドクターライの指示で拘束を行い、彼を搬送する為に準備をしている。
「……あいつ、人に戻れるのか?」
「失った概念を取り戻せるかは分かりませんが……ドクター次第です」
ただただ考える。彼のすべきことを。
「……今度は、俺があいつと同じ道……かあ」
「……ん?」
「乗るぜ。生きて最後まで見届けなきゃな」
これが香川県が地上から消えた事件の全貌であり、これがその結末。




