外伝2-4
【7】
ゴンドラの上で二人が躍る。司祭第七形態と化した江の火力と速度は凄まじく、第四形態の竜胆では防ぐこともままならない。竜胆はその手にある二振りの銃で拳を弾くも、弾けなかった何発かによって打撃を受ける。
しかし、彼が獲得した耐性はそれを致命傷にならないよう軽減していた。
「どんどん弱ってるじゃねえかあッ!」
このままでは埒が明かないと江は判断し、大振りの拳を繰り出すも竜胆が躱す。その隙に懐に踏み込んだ彼は両手の銃を一斉に掃射し、弾丸を撃ち込み続けた。だが、何発かは体を貫通したもののすぐに再生されるだけに終わる。
江は後ろに下がりながら腕を振うと、弾き飛ばされた竜胆が吹き飛ばされた。短機関銃が地下に落ちていく中、彼は小銃だけを手にゴンドラの縁に掴まる。そのまま片手のみで上へと跳び上がるものの、その腹のど真ん中に拳が直撃する。
「ぐがあっ!?」
「もっ……おっ」
彼が再び吹き飛ぶかと思ったその時、竜胆が踏ん張るとそのまま耐える。今までは耐え切れずに吹き飛んでいた一撃に、遂に耐えてみせたのだ。竜胆が歯を食いしばりながら耐え、小銃を両手で握る。
「ぎっ……ぎぎっ!得たぞ耐性を!」
そのまま、小銃に付いている銃剣で江を斬る。今までは片手で握っていた為に力が出ていなかったが、両手で力を込め、江の概念防御に慣れた状況だからこそできた芸当だった。斬られた江にもう一度斬りかかるも、二度目は白刃取りされてしまう。
「(クソッ!速さだけはどうにも……!?)」
そのまま彼が投げ飛ばされる前にゼロ距離から発砲するも、その弾丸は傷を付けても貫きはしない。不意に江が銃から手を離し、竜胆は宙に投げ出された。彼は即座に江のやろうとしていることを察すると銃剣を振るう。そこに江の拳が叩き込まれ、空中で踏ん張れない彼は刃で受け止めつつ吹き飛ばされた。
竜胆がゴンドラ乗り場に突っ込む。
「があっ!ち、地上が近い!」
どういうわけか、正気を失った江は地上を目指している。ゴンドラの上に乗っている彼を止めなければ、非戦闘員の居るエリアを破壊されてしまう。竜胆としては、友の手をこれ以上汚させるわけにはいかない。
「(このままじゃ民間人に被害が……!)」
「下がって!ここからは我々が!」
その時、ゴンドラ乗り場に軍服を着た男達が現れる。その手に祭具を握った彼らは司祭であり、この基地の本来の守り手だった。しかし、この段階で来られてももう遅い。竜胆の脳内に最悪のシナリオが浮かぶ。
「総員、形態変化!殺害を許可!」
「了解!」
「待て!今の江はそんなんじゃ!?」
「司祭第三形態!」
一斉に全員が司祭第三形態に変化し、ゴンドラ乗り場に到着した江を包囲する。一人が祭具のパチンコを強く引いて弾丸を射出したのを合図に、彼らは動き出した。しかし、江は一歩も動かずにパチンコの弾を指で弾き返す。その弾は撃った司祭の頭を貫き、一撃で殺害して見せた。
怯まずに突っ込む司祭が江に触れると、彼は突然現れたギロチン台に拘束される。様々な権能を持つ司祭の中でも、彼の攻撃能力は高い部類なのだろう。ギロチンの刃が江の首に落ち、もう一人の司祭が祭具の電柱を駄目押しで叩き込む。
しかし、江はそれらを自分の力で全て押しのけ、一瞬で破壊すると二人の司祭を拳で破裂させた。余りにもあっけなく。
「社!沼野ォ!?」
「隊長!」
「ももちゃ……ぼーる投げるよ……」
その時、江の体を包む結晶が増幅し色が変化する。オレンジ色に輝いていた結晶は藍色に染まり、限界を超えた出力が更に上昇した。暴走した彼が止まることはない。司祭第八形態となった彼にはもう、人間性は少ししか残っていない。
江がボールを投げるように手を振うと、その衝撃波で基地が崩壊していく。衝撃波が掠った司祭は体がひしゃげて即死し、竜胆は隊長の男を庇って盾となる。権能で耐性はできていたものの、形態変化で出力が上がりダメージが蓄積していった。
「第八形態か!?」
「司祭四人が瞬殺だと!?」
「江はもう生存本能の怪物だ!攻撃は受けるな!」
「りょ、了解!」
江が彼らの下に駆け出す中、竜胆は両手で小銃を握り隊長は二人から距離を取る。竜胆は力で彼に劣るものの、その権能が戦えるだけの防御力を生み出していたのだ。激しい拳の打ち合いを行うものの、今度は江の速度に彼が対応できない。それでも、攻撃を受ける度に耐性が上がっていく。
隊長が江の背後に迫る。
「ぺっ!」
彼が口から飛ばしたガムが江の腕に付着した瞬間、江の腕がゴムのように柔らかくなり、関節を無視して曲がる。それにより彼のジャブが止まり、竜胆が小銃を彼の胸に突き刺すと弾丸を撃ち込んだ。江は片腕だけで竜胆と戦い続ける。
「(でも、江を止める決定打がない……!)」
江が動く度に衝撃波で基地の倒壊が進んでいき、隊長はもう一度ガムを放とうと次弾を噛み始める。破壊する権能でない為に彼の権能も幾分か通用しているものの、攻撃が一度でも掠れば彼は終わりだ。
そんな中、江が力を込めると柔らかくなった腕が震えて元の形状に戻る。隊長の権能が、概念防御によって無効化されたのだ。二人が目を見開く。
「(治った!?概念防御の強さで権能を無効化したのか!)」
それは司祭の中でも上位の者にしかできない離れ業。江は腕を治すと手を振って衝撃波を飛ばし、巻き込まれた隊長は一瞬だけ動きが止まる。そして、即座に二撃目が彼に直撃し即死した。これで、もう江を止められる者は竜胆しか居ない。
「……どうするよ」
【8】
「うぐぐぐぐ……!」
パニヤが自分を挟んでいる瓦礫を押し倒す。倒壊した建物の中に居る彼女は非常階段を用いて脱出を目指している最中に、江の攻撃を受けて足止めを食らっていた。人間の彼女は司祭と違い柔らかい。彼女は火事場の馬鹿力で瓦礫を押しのけ、足下にあった鞄を手に取ると自由になる。
「生き埋めなんて……冗談じゃない」
全身を打っているもののまだ走れる。パニヤは壁に描かれた道案内に従い、地上を目指して走り続けた。死ぬことは彼女の仕事ではない。戦闘の振動が響く中、今にも崩れそうな場所を進む。
「(こんな仕事になる筈はなかった……)」
パニヤの仕事は正しい手続きを経て実験を止めることだった。本来であれば電話一本で済むことが、様々な偶然が積み重なって失敗した。彼女が悪いわけではない。それでも、彼女は責任を感じている。
鞄を握る手の力が強まる。
「(私が……もっと早く来れていれば)」
蛍光灯が点滅する中、彼女は誰も居ない道を駆ける。脚が痛くなりつつも非常階段を駆け登り、建て付けの悪いドアをタックルで突破した。だが、抜けた先に広がるゴンドラ乗り場では死闘が繰り広げられていたのだ。
高速で駆け回る江の攻撃を竜胆が受け続けている。
「やばっ……!?」
今の江の速度は凄まじく、少し動くだけで吹く暴風を前にすれば立っていることもままならない。パニヤは即座にドアの影に隠れ、壁を掴んで風に耐える。鞄を必死に抱えて耐えるがもうこの場から逃げることは叶わない。
「(他に避難経路は!?外に出られない!)」
竜胆は遂に小銃を捨て、銃剣だけを取り外すと格闘戦を再開する。速度と火力のない彼は頼りの防御力を活かし、来る攻撃を受け止めて反撃に持っていっていた。だが、それは決定打にはならない。
竜胆の疲労は限界だった。
「……万事休すの、一つ前」
パニヤが鞄の中から角笛を取り出す。だが、それを使う勇気はない。
「(これを使えばまだ勝機はある……けど、私も死ぬかも)」
彼女が持つ角笛はただの楽器ではない。それを使えば状況を変えられる。だが、この暴風が吹き荒れる戦場でこれを用いることは困難だ。出れば吹き飛ばされてしまうのだから。それに、他にも問題がある。
パニヤは上司との会話を思い出す。
『ああ待てパニヤ!』
自分のオフィスを飛び出そうとしたパニヤを上司が呼び止める。彼女が振り向くと彼は机の上にあったスーツケースに向かい、鍵を開けて中身を開封する。その中には厳重に保管された一つの角笛があった。
『何です?それ』
『餞別だ。周辺地域が壊滅する危険がある場合のみ使用しろ』
『……これ、聖遺物ってやつですか!?司祭にも効くとか』
『一度だけ、前方の相手を十秒間だけ無条件で停止させる』
どんな相手でも、あらゆる条件、強さを無視して十秒間足止めする。科学とは異なる技術で作られた特別な道具、それが聖遺物。その価値は億を超え圧倒的な力を持つ。普通の職員には過ぎた玩具だ。
『本当に危険な時だけ使え!そいつは数億円の価値がある』
『す、数億!?』
『あと、使用者はランダムでその反動を受ける。最悪死ぬ』
余りにも希少価値が高く、使えば自分の身を滅ぼす可能性もある。それはパニヤの手に余る呪いの道具だ。それを渡して緊急時は使えと言われたところで、躊躇しない人間は居ない。自分の命が軽い奴以外には使えない。
パニヤが言葉を失う。
『……し、死ぬ?』
『これを失うわけにはいかない。使わない方向でいけよ』
「(私のせいだ……あの時、使っておけば……)」
しかし、それは結果論でしかない。自分より前に何人も居る状況で、暴走した江をまとめて十秒間止めたところで結果は知れている。そもそも、あの場には司祭第六形態の彼を殺せる相手は居ないのだから。
「……責任は果たします」
それでも、彼女は使うことを選ぶ。パニヤは角笛を強く握ると扉の外に飛び出す。そして即座に大きく息を吸うと、竜胆に向かって叫んだ。
「私の背後にッ!」
その言葉を聞いた竜胆は深く考えず、この状況でそう言ったということは何か意味があると判断する。そして、信頼を基にパニヤの背後に回った。吹き荒れる暴風によろけそうになる彼女だったが何とか持ちこたえると、即座に角笛を吹く。不思議な音色が響いた瞬間、江の動きが止まった。
同時に、パニヤが血を吹く。
「今でずッ!!」
「おうッ!」
十秒間、重症のパニヤと引き換えに江の動きが止まる。竜胆は何が起きているのかハッキリとは認識していなかったものの、今がチャンスと考えて走る。そして、彼の前で止まるとボルテージを上げた。
彼の概念防御の出力は最高潮に達する。
「概念防御……出力最大ッ!」
発する熱は地面を融かし、放たれる圧は暴風を生む。竜胆は自分の限界を超えて、与えられた十秒全てを使って力を貯める。不可能を可能に変える為に、先のことなど考えずに一瞬に賭ける。
「(俺の概念を無理に拡張し……あいつの防御に『適応』する!)」
それは普段の彼であれば実現できなかった離れ業。江の守りすらも破る究極の一撃が、江が動き出す直前に放たれた。
「貫けえええ!」
握られた銃剣が煌めいた瞬間、江の首が切断される。それは本来であれば絶対にできない逆転劇。第四形態の司祭が第八形態の司祭を破るなど前代未聞。正に奇跡が起き、司祭は倒されたのだ。
江の首が床に転がる中、竜胆はパニヤの下へ向かう。
「あんた!生きてるか!?」
「気管支と……何かが潰れた気がします。ゴホッ!」
「生きてれば万々歳だ」
パニヤが吐血しつつも危機は去ったかと思った矢先、崩れた建物に設置されていた警報装置が突然稼働する。かなりノイズの混じったチャイムだが、それを聞いた途端に竜胆の顔が青ざめた。
「……冗談だろ?」
「ひゅー……ひゅー……どうしました?」
「今のは……基地の自爆装置を作動する時の音だ」
「えっ?」
それは是非とも受け入れたい話ではない。一難去ってまた一難、司祭を倒しても基地が自爆してしまうのであれば生き延びた意味もない。
「この基地は!実験体が流出した際は核で自爆するんだ!」
「核兵器で!?で、でも司祭に核は効かないんじゃ!」
「対応プロトコルが旧式なんだ!更新されてない……」
司祭はその概念防御の力により文明の産物を拒絶する。核兵器も概念防御の壁を破ることは叶わず、その方法では司祭を倒すことはできないだろう。しかし、帝国陸軍の対応プロトコルはそれを踏まえたものではない。
「ここには日本の核の四分の一、十メガトンがあるんだぞ!?」
「周辺住人を皆殺しにして……止めるなんて」
「確かに十メガトンの核を司祭に使った記録はないが……」
馬鹿げている。竜胆がそう言おうとした時、虫の知らせを感じた彼が動けないパニヤを抱きしめる。刹那、全てが光と熱に包まれた。何もかもを燃やし、圧倒的な熱量と衝撃波が香川県の四割を消し飛ばすことになる。




