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ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
ガランドゥ 3話 『雨音拾うスピーカー』

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3-3

【5】


「……私、今日訓練に来たんですよね」

「そうだな」

「何で食堂でご飯食べてるんですか……」

「俺もよく分からない」

 蓮向はすむかいの基地にある広い食堂、藍川あいかわ粳部うるべは向かい合って食事を摂っている。食べているのは粳部だけで、藍川はコップの水を飲んでいるだけなのだが。

 所用を終えて戻って来たラジオが粳部に手を振り、藍川の隣に座る。ラジオの前にはラザニアが乗ったトレーがあり、粳部の前には鮭の定食があった。

「お待たせしました。いやー連絡が長引いてしまって」

「私達、訓練に来たんですよね?何でご飯食べてるんすか?」

「そう言いつつも粳部さんだって食べてるじゃないですか」

「あなたがさっき持ってきたからでしょーが!」

 粳部達は閲覧できる情報に一通り目を通した後、一旦休憩しようということで飲み物を買いにこの食堂まで来ていた。粳部が飲み物を買って一度席を離れた時、戻ってくると勝手に食事が置かれていたのだ。

 知らん顔でラザニアを食べていたラジオ。

「鍛えるなら食事は必須ですよ。まあ、あなたが餓死するとは思えませんが」

「ちんたらしてられないんですけど……」

「焦ったってどうにもならないと思うがなあ」

「……鈴先輩は食べないんですか?」

 そう言われて彼は粳部が食べている物に一度目をやり、すぐに視線を外す。粳部はそれを見て食わず嫌いをする人だったかと考えるが、彼女の記憶のどこにもそんな記憶はなかった。

「別に何も食べなくても死にはしないからな」

「いや、いずれ死にますよ……」

「そうか?普通そうだな」

 相変わらずこの人は不思議な人だと粳部は笑みをこぼす。彼だけ何も食べずにいることが気になる粳部だが、今は早く食事を摂って訓練に望みたい。次の仕事がいつか分からない以上、鍛えられる内に鍛えておかなければならなかった。

 粳部がお米をかき込んで食べ終える。

「ごちそうさまでした。お金出しますよ、いくらですか?」

「奢りますよ。それ二百五十円ですから」

「それなら手持ちに……二百五十円ですか!?」

「職員なら安く食えるぞ。ちなみに、二十四時間営業だ」

 安さと二十四時間営業という文言に粳部は目を丸くする。人員を別の組織に逃がさない為に、蓮向かいはあらゆる手を尽くしている。この驚くほど白く、清潔で綺麗な基地の内装もその為だ。金と手間を惜しまずに使って組織を維持する。国がバックに居るからこそできる力技だ。

「赤字ですよこれじゃ!どう運営してんです!?」

「こうしないと組織を維持できないんですよ。パッと見は最高ですよここ」

「高い基本給に任務での報奨金。申請すれば基地内の居住スペースにも住める」

「……あっ!私ここに住みたいです!部屋に大穴空いてるんですよ!」

「あれまだ直ってませんでしたね……」

 彼女は自室の床に自分で大きな穴を開けていたが、穴の大きさから修理はまだ終わっていなかった。これから何回かの工事で元に戻すことになっているが、それがきっかけで粳部は実家に戻っていたのだ。自分が悪いと思っている彼女だが、力を把握していなかった以上は仕方のない面もある。

「風呂トイレ別で家賃二万円で清掃サービスも。私も住んでますよ」

「そ、それはちょっと興味あります!後で内見行きたいです!」

「……訓練に来たんじゃなかったのか」

「そうでした……内見は今度で」

 粳部の最優先事項はあくまで元の体に戻ることだ。その為に強くなる、昇格して上を目指す。個人的な興味を引っ込め粳部は苦笑いを浮かべた。

 ラジオがラザニアを口に運ぶ。

「しかし、金さえあれば人は補充できるわけか」

「こんな待遇で釣られない人なんて基本居ないって」

「司祭と研究職、事務や整備士はいいさ。それ以外は捨て駒同然だぞ」

「……司祭も捨て駒の一つでしょ」

 常に人手不足で戦力不足、子供であっても司祭ならば採用することを選んでしまう状態。蓮向かいは世界の治安を維持する為なら何でもやる。司祭であっても殉職する過酷な環境で、ただの人間の職員は消耗品のように消費されていた。

「これだけするから死んでくれって、お上は言ってるのさ」

「いいんじゃない?それでもさ。皆がそれを選んだんだから」

「嘘だ。自分が明日死ぬ側の人間だなんて、こいつらは夢にも思っちゃいない」

「それでも先輩は……ここに居ることを選んだんですね」

 藍川はここに居ることを選んだ。険しい顔つきで椅子の背もたれに寄りかかり、睨むように天井を見上げ無言で答える。組織を維持する為にはとにかく人員が必要だ。優秀な人材が犯罪者の側に行くことのないように、高給と好待遇で繋ぎ止めようとしている。

「まだやらなきゃいけないことが……山ほどあるからな」

「司祭は一人で国を滅ぼせる。特にあなたは一生辞められないだろうね」

「……そんなにブラックなんですかね、この組織」

「死の危険がある仕事では最高ですよ。生きるか死ぬかは自分次第ですが」

 粳部はあのおぞましい概怪と戦い、何回か死にながらそれを打ち倒した。故にその恐ろしさと強さを知っている。司祭の強さを知り共に戦い、その存在が世界に与える影響を分かり始めている。だが、納得しているかどうかは別だ。

 ラジオが空になったトレーを持って椅子を引く。

「それに世界を守るんです。それも藍川さんが辞めない理由じゃないですかね」

「……心を読めない奴がよく言うよ」

「どうなんですか先輩?実際のところ」

「ノーコメントだ。訓練に行くぞ」

 藍川がコップを持つと立ち上がり、それを見た粳部も慌ててトレーを持って立ち上がる。長い準備はこれにておしまい。体が悲鳴を上げるような、文字通り壊れるような訓練が幕を開けようとしているが、粳部はまだそれを知らない。

「ところで、これからどんな訓練するんです?」

「ああ、ラジオとあの森で戦ってもらう」

「……あの人ホントに戦えるんですか!?」




【6】


「……ラジオさんって本当に戦えるんすね」

「バックアップがメインだから戦えないと思いましたか?」

 木々が鬱蒼とする林の中で粳部とラジオは向かい合う。朽ちた神社の御前で二人は構え、藍川は階段に腰掛けて彼らを眺める。今回の粳部の対戦相手はラジオ、今まであらゆる情報をスピーカーから抜き取っていた情報収集のプロ。

 しかし、粳部の脳内では彼女が戦う光景を想像することはできなかった。

「でも半年は戦ってないですからね……好きじゃないですし」

「怪我人よりはマシさ。年中引きこもってたら体力余ってるだろ」

「好きで引きこもってるわけじゃないけどね」

「引きこってるって……?」

 粳部は藍川の言っていた引きこもっているという単語が気になる。γという高い等級でありこの部隊の隊長を務めるラジオ。音が出る機械であれば盗聴することが可能という無法な権能を持つ彼女が、何故引きこもりなのか。

「私の権能の有効範囲、どれくらいだと思いますか?」

「……多く見積もって……直径百キロ!」

「惜しい、直径七百十二キロです」

「何も惜しくないですよ!?」

 権能の有効範囲は直径七百十二キロ、それはこの場所から秋田県ほどの距離。甘い物が苦手になるという軽い弱点でありながら圧倒的な権能を手にするラジオは、γという等級を与えられるに相応しい司祭だ。諜報機関の面を持つ蓮向かいでは有用過ぎる権能である。

 しかし、その有効範囲はいいことばかりではない。

「有効範囲内で聞こえる音、全部聞いたらどうなると思います?」

「えっ……何言ってるか分からないんじゃ」

「脳が処理し切れずにパンクします。司祭になった頃は死にかけてました」

 広すぎる有効範囲の中にある機器から聞こえる全ての音。くだらないテレビ番組から家庭の喧騒、学校の授業の音。全ての情報が権能によってラジオの頭に流し込まれるのだ。自分の権能の扱い方を学ぶ前に自害する者の方が多いだろうが、ラジオはそれに耐えた。

「お、オンオフできないんですか?」

「祭具をしまえばオフになりますよ。でも、その前に意識飛びますから」

「り、リスキル……い、嫌な力ですね」

 ラジオが不思議そうな顔をする。

「そうですか?私は便利で強いと思いますよ」

「……へっ?」

 常人ではとてもではないが耐えられない力。そういう点では藍川の力とも似ているかもしれないと、粳部は思っていた。こんな力だというのにラジオは嫌な顔をせず、便利で強いと言ったのだ。誰よりもその力に苦しめられたというのに。

 ラジオが刀の祭具を鞘から引き抜く。

「処理に脳の容量をどう割くか選べるようになって、意識飛ばなくなりました」

「でも……きついのはきついんじゃ」

「毎日パソコンに作業はきついですね。二十時間労働ですし」

 権能で収集した情報を蓮向かいのデータベースに記録し、任務のサポートも行う。深夜から昼まで仕事をし仮眠を取ってギリギリで生きる。ラジオはその休憩時間ですら権能をオフにはせず、処理に使う脳の容量を減らして緊急事態に備えているのだ。死の淵で掴んだ思考を分割する方法はラジオを超人に変えた。

「情報全部記録するので、部屋を出る暇ないんですよね」

「……ラジオさんは……そんなに昇進したいんですか?」

 ラジオが目を見開く。いつも貼り付けた笑みを浮かべる彼女は、そのお面の裏にある本心を見抜かれると思っていなかった。常に明るい声色でスピーカー越しに人と接し、本音と嘘が混じる彼女の言葉が粳部は気掛かりだったのだ。

 直接その声を聞き、粳部は確信へと至った。

「給料も知識も増えて良い事づくめですよ?」

「知りたいことって何ですか?そこまでやる理由って……」

「……それは……私に勝ったら少しだけ。ねっ?」

 ラジオが刀を片手で持つ。会話の時間が終わり、ここからは血生臭い訓練が始まる。彼女がずっと求めていた訓練、ラジオと同様に上の地位を目指す彼女からすればやりたくて仕方がなかった訓練。誰だって弱いままではいられない。

「ルールは簡単。十分間、私の攻撃に当たらないように逃げてください」

「……毎度思うんですけど、死なないからって扱い酷くないですか!?」

「あんまり痛くないように斬りますよ」

「人は斬られたら痛いんですよ!」

 ルールは非常にシンプル。しかし、それ故に今回の課題が浮き彫りになる。それは十分間ラジオの攻撃を避け続けるのは困難だということ。粳部の訓練になるように、簡単に突破できないようになっていること。

 準備運動を始める粳部。

「でも逃げるんですか?それだけでいいんですか?」

「ええ、でも斬られたらそこからまた十分ですよ」

「いいですよ。やってみせます」

 やる気は十分。粳部が準備運動を終えて腰を落とす。彼女は視界の端で逃走ルートを構築するが、ラジオの方は適当に刀をぶんぶんと振る。

「同じ昇進目的同士、仲良くしましょ?」

「それなら昇進の根回ししてくれません?流石にαからは過酷で……」

「そこは自力で頑張って。じゃあ、始めますよー」

 ラジオが腕時計のボタンを押して計測を始める。ここから十分間逃げられればいいわけだ。何とかなりそうだと粳部は高を括る。普段は引きこもって後方支援を行う彼女が相手ならば逃げられる自信があった。

 ラジオが手を叩いた瞬間、粳部が反対に走り出す。

「じゃあ、当てますねー」

「流石に十分は早いんじゃないですかねー!」

「そうでもないよ」

 全速力で走る粳部は自分の足に何かが絡みついたことに気が付く。

結鎖けっさ

 だが既に遅く、足を縛る光の鎖が粳部を振り回すと投げ飛ばした。粳部は飛ばされる刹那、見覚えのある光の鎖が法術だということを思い出す。突然の襲撃に驚愕する彼女だったが、林の木々の中に見覚えのある姿を捉える。ラジオだ。

「なっ!?」

「はい、おしまい」

 すれ違いざまに粳部の腕が刀で切断される。圧倒的な速度と切れ味、どこかに腕が飛んでいくと次の腕が生えてきた。だが、痛みに悶える粳部は地面に転がりのたうち回る。そんな彼女の下にラジオは近付くとしゃがみ込んで見下ろした。

「私、戦えないなんて言ってませんよ?」

「卑怯じゃないですかあ!ほ、法術ってやつですよねこれっ……」

「また一分も経ってませんよ?振り出しですね」

 痛みがなくなったことに気が付いた粳部が立ち上がると、再びラジオから逃げようと走り出す。それ以外に逃げ延びる手段はない。追いかけっこだけを気にしていればいいと思いきや、自分にはない超常の力である法術にも気を付けなければならないというのは、戦闘経験の浅い粳部には酷な話だった。

 ラジオが追いかけ始める。

「さあここから十分ですよ!」

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