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ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
ガランドゥ 3話 『雨音拾うスピーカー』

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13/220

3-1

【1】


 ため息ですら空まで昇りそうな、そんな空の高い日。

 この学校の校舎は空調設備の多さ故に、同時に多数の冷房が稼働すると性能が低下する欠陥がある。その為、冷房を使って良い教室と駄目な教室に別れていたが、藍川あいかわ粳部うるべはそれを無視している。暑さで判断力が低下した高校生にそんな理屈は通用しない。イマイチぬるい風だが、粳部はそれでも喜んでいた。

「鈴先輩、夏っていいっすよね」

「そりゃ冷房が効いてるから言えることだ」

 まだこの集まりは同好会だというのに、電気代など気にせず冷房を使っている。温暖化云々が気がかりな粳部だったが、そんなことを気にしたところで暑さはどうにもならない。熱中症になるよりは地球がいくらか温まる方がいい。

 故にこうなる。

「えー仕方がないですよ。それが前提です」

「……そういや、二年生は体育祭の練習じゃないのか?」

「あんなもんサボってなんぼですよ」

「悪い生徒だな」

 全ては自分の責任だ。これから自分がどうなるのか分かっている以上、藍川が口うるさく言う必要はない。この部室は平和だ。放課後、冷房を効かせて同好会の活動と称した趣味に没頭する二人。彼らにとって、この瞬間は永遠だった。

「基本的に世間常識は正しい。疑う必要もない程に」

「誰の言葉っすか?」

「俺の言葉だ。

 暫く粳部が考えた後、読んでいた雑誌を彼へと向ける。

「それより見てくださいよこれ」

「何だ?……街灯の怪物?」

「点滅する街灯の下に居て、照らすと消えるそうですよ」

「お前こういう雑誌好きだよな」

 一般人からすれば信憑性のないオカルト雑誌。居ないか居るかは五分五分だが、面白そうなので四分六であって欲しいと粳部は無邪気に願う。都市伝説やら心霊やらを追っている彼らだが、それらしいものには辿り着けていない。

 ふと粳部は目撃現場が隣の区だと気が付く。

「俺としては、未解決事件の方が嬉しいがな」

「えー……何でです?」

「そりゃ、『正体』が分かっているからだ」

「正体って?」

「相手が人間だと、安心できるじゃないか」

 安心、そんな言葉に違和感を覚えさせるのが彼という人間だと、粳部は常々思っていた。彼は時々そういう面を見せるのだ。まるで戦い慣れているような、荒んだ瞳をちらりと見せる。

 その意味を彼女はまだ知らない。

「相手が何でも、殺せば安心できるぞ」

 その時、粳部の耳元に誰かが囁く。唐突なことと耳がこそばゆかったことから驚き、粳部が振り返る。

「うわっ、お姉ちゃん」

「何だ来春こはる、来たのか。てっきり帰ったかと」

「僕は二人が居る時は極力行くつもりだ」

「週に一回がせいぜいだろ」

「同好会の活動日は週に三回だろう?なら良い方だ」

 言い訳をしながらコツコツと歩く粳部来春(こはる)。彼女が扉を開けていたことで流れてきた温風が粳部の気分を害する。来春の手が彼女の首筋に触れ、撫でるような艶めかしい手つきでゆっくりと触れていた。

「なあ音夏、姉に見えない所でその彼氏と何してたんだ?」

「ねーやめてよ、色恋関係の話嫌い」

 自分の姉が、誰かと付き合っている話など粳部は聞きたくなかった。恋愛とは程遠い人生を送る彼女にとってそれは眩し過ぎて目がくらむ。小っ恥ずかしいだけでなく、何だか心がスッキリしない気分になる。

 または相手が藍川だからなのか、この場に一人取り残されることが怖いのか。

「おや、街灯の怪物か。僕の予想は外れだな」

「えっ?何で分かったの?」




【2】


「……鈴先輩、夏っていつ終わるんすかね」

「駄々こねるなよ。誰の目にも触れない、壊しても問題ない場所はここだけだ」

「涼しくない夏は嫌いです」

「司祭には分からないですね、夏の暑さとか」

 現在地は藍川の家のある地区の隣。自然公園のフェンスの向こう側、誰も訪れることのない廃れた神社。藍川に訓練をすると言われ、ここまで着いて来た粳部だったが、その付き添いで来たある人物に粳部は慣れていなかった。

 ブロンドの髪がたなびく。この場所は風の音以外は静かだ。

「ほ、ホントにこの人がラジオなんすよね」

「美人でスタイル良くて声も良いんだから、決まりじゃないですか」

「証明になってませんよ……というか自分で美人って言うんですか」

 絶滅危惧種の金髪でその上美女と来た。音が出る機械であれば自身の制御下に置けるラジオは、その気になればあらゆるプライバシーを侵害できる。そんな恐ろしい力を持った相手が、こんな容姿をしているなど彼女は考えもしなかった。

 目の保養にはなるがそれよりも、粳部にとっては藍川との関係等の方が気になっていた。ラジオは粳部よりも圧倒的に、距離を詰めるのが上手い。

「自信があるのは良いことですよ。ほら粳部さんも自信持って!」

「にっ……苦手なタイプかも」

「引きこもりが顔を出すなんて珍しいこともあるな、ラジオ」

「流石に、自分の部隊の新メンバーなんだから顔合わせくらいはさ」

 馴れ馴れしさに鬱々とする粳部だが、自分の部隊という単語が引っかかる。

「自分の部隊?」

「ああ、教えてませんでしたね。入隊おめでとう、この部隊の隊長は私です」

「メンバーは俺と谷口と粳部、トップにこいつってわけだ」

「そ、そんなに凄い人なんですか……」

「等級はγなので粳部さん以外には勝ち目ないですけどね……」

 γというと、以前に粳部が会ったγ+の染野の一つ下にということなる。相手の肉を噛み千切る権能と音が出る機械を操る権能では、どちらも方向性は違うものの凶悪であることには変わりない。蓮向かいの評価方式を理解していない粳部にとって、どちらも恐ろしい司祭でしかなかった。

「怪物ばかりが集まってて肩身が狭いですよ」

「俺と谷口はカタログスペックで判断されてるだけだぞ」

「でも私勝ち目ないんだけどなあ」

「……ところで、谷口さんの下の名前って何なんすか?」

 ずっと気になっていたことを口にする。彼は谷口とだけ呼ばれ下の名前が分からず、おまけに仮面で情報が何もない。権能も弱点も不明、祭具がホイッスルであるという情報以外は詳細不明。同じ部隊でも何も知らない。

「その時々で変えてるぞ、偽名だからな」

「えっ、本名じゃないんですか!?」

「私みたいに適当に付けてる人が多いですよ。便利ですし」

「調べたければ昇進しろ。等級が上がれば調べられることも増える」

 蓮向かいはそういうシステムだ。組織内での信頼と実績を積み上げて等級を上げ、それに応じて情報を開示し組織内で重要な立場になっていく。まだ等級がαの粳部では個人情報などを閲覧することはできないものの、γやΩとなれば国の情報までもが閲覧可能になっていくのだ。

 不意にあることが粳部の脳裏にチラつく。

「……鈴先輩は本名ですよね?」

「……さあな、俺も正直曖昧だよ」

 彼は少し自信なさげな目をする。それは単にはぐらかしているというわけではない。まだ等級がαの彼女には誰の個人情報も閲覧する権利がない。高校時代からの先輩で今は共に戦う関係だが、彼の本当の名前も粳部は知らないのだ。

 ラジオが咳払いをしてしんみりとした空気を切り替える。

「さて、訓練の予定でしたがその前に、粳部さんに情報提供です!」

「情報提供って……何の情報です?」

「あなたの現在の状態について。あなたの等級で開示できる範囲で教えます」

「何か分かったんですか!?」

 例えミンチになろうと完全に再生する体、自由に形を変え命令に従い逆らう怪物。使役している粳部でさえその正体と理屈が分からないが、組織が保有する情報である程度の推測ができる。謎に、ようやく粳部は近付き始めた。

 ラジオが手招きし社に向かう。

「一度基地まで行きますよ。付いて来てくださいね」

「……じゃあ最初から基地で良かったんじゃねえか?」

「そうですよね。訓練後回しなら先に来なくても良かったんじゃ」

「……細かいことは気にしちゃダメよ?」

「この人大丈夫かな……」

 ラジオが社の障子を開けて土足で上がる。少し罰当たりのような気がする粳部だったが、廃墟だからと考えてその後を付いて行く。並んで歩く藍川はまるで何も気にしていない。不意に彼女の脳内に、藍川が言った司祭は神に祈らないという言葉が過ぎる。そう、司祭は神仏を恐れない。

 ラジオが床下収納の扉を開ける。そこには、どこまで続いているのかが分からない暗い穴が広がっていた。

「直通の出入り口があるので行きますよー!」

「……これいっつも思うけどどうなってるんです!?」

「法術で空間と空間を繋げてるらしいな。基地に居る腕利きの仕事だよ」

「先に行きますねー」

 そう言うとラジオは穴に飛び込み、やがて落ちていくその姿は小さくなって遠くに消えていく。無限に広がっていそうな空間に音は反響し続け、ラジオが向こうに到着したかどうか彼女には分からなかった。

「これ……足壊れませんよね?」

「お前再生するから別にいいだろ」

「人間扱いしてください!痛いことは痛いんです!」

「頭から行けば痛くないかもな」

「そりゃ脳破壊されてますからね!」

 不意に、粳部は彼に背中を押されて穴に落ちる。藍川は床下収納の扉を閉めながら穴に飛び込み、悲鳴を上げながら落ちていく彼女の後を追う。この距離を落ち続けるのかと粳部が絶望したその時、突然彼女の足下に地面が現れる。

「あれっ!?もう地面!?」

「言い忘れてたな。長いように見えるが一瞬で着く」

「先に言ってください!」

 先に着いていたラジオと合流し、白い無機質な廊下を三人で歩く。エスカレーターに乗って数十分間進み、いくつもの検問を越えてラジオがある部屋の前で足を止めた。

「ここです!」

 監視カメラが顔認証を行った後に自動ドアが開き、二人はラジオに続いて部屋に入る。そこには何台ものパソコンと仕切りが陳列され、パソコンの冷却ファンの音だけが静かに響いていた。

 ラジオは適当にパソコンを選ぶと、懐から一枚のカードを取り出す。

「これ、完成した粳部さんのカードです。なくしちゃ駄目ですよ」

「どうも……ここ、どういう部屋なんです?」

「蓮向かいのデータベースにアクセスできる場所だ。カードが鍵だな」

 一般人のプライベートな情報まで保管する火薬庫の蓋、それがそのカード。持ち主の等級によって開示される情報を制限し、知識欲の尽きない者の前に餌をぶら下げる。世界を知る為には昇格しなければならない。アイドルの個人情報から軍が秘密裏に行った実験の記録まで、ここには全てがあるのだから。

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