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私って悪役令嬢だったみたい。落ちこぼれ令嬢を磨いていたら、ポジションが入れ替わってました

作者: にふゆ

「エミリー、今日お前を呼んだのは他でもない。俺との婚約破棄をしてもらうためだ」


私はエミリー・ランブルーヌ。ランブルーヌ公爵家の娘で、第一王子のラウル王子に嫁ぐ予定だった。……だった、というのはたった今婚約破棄されたから。

私が婚約破棄されたのはきっと彼女のせい。呼び出された学院の応接室で、私の対面、王子の隣に座りうつむくミシェル・サリー伯爵令嬢だろう。彼女は私と王子が通う貴族向け学院の後輩だ。そして、王子の秘密の恋人である。

王子もミシェルも学園の生徒の一人とはいえ、彼女と王子はかなり親密で、何度もこそこそと密会をしているのが目撃されている。男女が二人きりで会うことがただならぬ仲とイコールされるこの貴族社会に置いて、彼らは明らかに先輩後輩の仲を逸脱していた。

確かに、ミシェルは金髪碧眼の花のように愛らしく守ってあげたくなるような儚げな容姿をしている。対して私は黒いストレートロングの髪と美人だがつり目で気が強そうな顔を持った、花は花でも毒かトゲを搭載しているタイプの花だ。触れたら絶対に怪我しそうな雰囲気をびんびんに放っている。

私だって、自分が男だったらミシェルの方がいい。王子もそうだったに違いない。気持ちはわかる。

おそらく私は邪魔物で、私が彼女をいびりまくったという事実は婚約破棄するにおいて渡りに船な話題だったのだと思う。

けれど、いびったというのは語弊がある。私は彼女をしごいたのだ。一人前の淑女となるべく、それはもうビシバシと教育的指導をした。


私にはいわゆる前世というものがある。


前世の私は現代日本で数多のアイドルを世に送り出した名プロデューサーだった。だから、磨けば光りそうなものがある子を見つけると、つい磨きたくなってしまうというか。ある意味職業病なのかもしれない。

しかし今生にはアイドルなんという職業はない。だから、完璧な淑女を作り上げることが目的になっていたのだが、ちょうどいいことに将来王妃になる予定だった私は幼い頃からありとあらゆるマナーを習得させられていた。

貴族社会での武器となり、逆に覚えていないと恥となるそれら。覚えておいても、彼女らにとって損はなかっただろうに思う。

あと、単純に見ていられなかったのもある。

この学園、たいていは貴族が通っていて、あらかじめ家の方で基本的な教育はされているはずなのだけど、愛人の子どもで最近まで平民として暮らしていたのに急に貴族の家に引き取られただとか、反対に甘やかされて何にも覚えてこなかった、なんていうのがごく少数ながらも存在する。

ミシェルもおそらくそれに該当した。

食事のマナーは唯一及第点だが、カテーシーをはじめとする礼儀作法に、ダンスと身のこなしが全体的になんともぎこちない。見ているこちらが思わずハラハラしてしまうそれらに、どうしても放っていられなかった。

サリー伯爵家は昨年学院を卒業した息子がいたのみで、娘はいなかったはずだ。

きっと、どこぞの貴族と繋がりを持ちたくて市井で暮らしていた彼女を家に招き入れたのだろう。ミシェルはたいへん可愛らしい容姿に優れていたからそういった面では十分戦力だ。

まさか、こんな大物を釣るだなんて誰も、それこそ私も思わなかったけれど。


「殿下、婚約破棄とは簡単におっしゃいますのね。陛下はこの事をご存じですの?」

「問題ない。父上も承諾してくださっている」

「手回し済みかよ……」

「何か言ったか?」

「何も言っておりませんわ」


伯爵ならそこまで位が低いわけでもない。

そもそも、サリー伯爵家は現王の生母である前王妃、つまりはラウル王子の祖母の生家であり、優秀な文官や学者を多く輩出している名家である。うちと比べても見劣りしない家だ。

前例と実績があるだけに、文句も出づらいと思われる。

……私は敵に塩をせっせと送っていたというわけね。

とはいうものの、私も別にラウル王子にそこまでそこまで執心していたわけじゃあない。いい人だとは思うけど、そこまで。

なんたって、バリッバリの政略婚だ。貴族の家に生まれた宿命みたいなものだし、好かれようというよりは嫌われないように当たり障りなく接してきた。恋だの愛だの生まれなくとも当然だとは思う。

ただ再三のこととなるが、これは政略婚。私のせいで破談となったら、両親からとんでもないお叱りを受けることが想像できる。その後は新しい嫁ぎ先へ向かわされるか、悪くて勘当。

人生二週目の精神はもうとっくに成熟しているので、そう悲観的になることはないが、ただただ面倒である。レールの敷かれた人生の楽さを享受していたので、ひたすらに憂鬱でしかない。

しかし、嫌だと思っても私にできることはもうなかろう。人生諦めが肝心なのである。これも二週目ゆえの達観だ。


「……わかりました。申し訳ないけれど、気分が優れないのでこれで失礼してもよろしいかしら」

「ま、待ってください!」

「まだなにか?」


これからの戦略をたてるため一秒でも時間が惜しい。そんな私を呼び止めたのは突如立ち上がったミシェルだ。

婚約破棄を言い渡された惨めな女にこれ以上なんの用があるというのか。

嫌みのひとつでも言いたいのかと思ったが、その様子もなく。ただ彼女はまごまごとしていて、なにやら言い淀んでいるのを、隣のラウル王子が背中を叩いた。


「わ、私、エミリー様をお慕いしています……!」

「あら、どうもありがとう」


嫌味か。ここで下手な反応を見せたら喜ばせてしまいそうだし、笑顔で返す。しかし、ミシェルにガッカリした様子はなく。

もしかしたら、本当に婚約破棄された私に対して心痛めているのかもしれない。こんなことになってしまったが、私の指導にも食らいついてくる頑張り屋で、素直な心優しい子ではあったから。


「エミリー様は優しくて、綺麗で、家庭の事情で学院の勉強についていけない生徒のことも気にかけてくださる素晴らしいお方でした」


そう思うなら人の婚約者をとるな。恩を仇で返すんじゃない。


「……過分すぎるお言葉ですわ」

「いいえ、いいえ!足らないくらいです!僕、近くであなたを見ていてとっても好きになってしまいました!」


……僕?

ミシェルの背後、一瞬目があったラウル王子が気まずそうな顔ですぐに視線を逸らした。


「エミリー様は落ちこぼれの女子生徒を陰で苛めているという噂がありましたから、兄上の婚約者がいったいどんな振る舞いをしているのか、僕、自分の目で確かめにいったんです」


……兄上?

ラウル王子が顔ごと向きを変えて私の視線から逃れようとしている。


「噂はまったく違っていました。貴女こそ未来の王妃に相応しい」


ラウル?おい。おいラウル、ちょっとこっち向け。

首の可動域限界まで後ろを向くラウル王子はもはや後ろめたいことがあると言っているも同然だ。


「それでですね、兄上は隣国の王女と懇意にしているようなんです。彼女と文通されていますし、うちの国いらっしゃった際にはそれはもう楽しそうにエスコートしていますよ」


おまっ……、浮気はしっかりしとったんかい。ラウルはもうぴくりとも動かない。もしかして死んでる?


「そしてその王女は僕の婚約者です」


ラウル!!!弟の婚約者を略奪とかちょっと死んだ方がいいかもしれない!


「……で、思ったんです。僕ら、入れ代われば全部丸く収まるんじゃって。僕としても王女は政略婚の相手であって、特別な感情はありませんでしたし」

「え、ええと?」

「貴女もそうおっしゃってましたよね」


ラウル王子と目だけで彼を責め立てる私の間に立つ可憐な美少女。その強い眼差しはもう、慣れぬ生活に戸惑っていた落ちこぼれの女子生徒とは重ならない。

騎士の礼をする姿はずいぶんと様になっていた。


「騙していてごめんなさい。ミシェル ・サリーという少女はいません。おばあ様に口添えいただいて名前を借りていました。……改めて、僕はレイモンド、この国の第二王子。どうか僕と結婚してくださいませんか」


そういえば直接お会いしたことはなかったけれど、学院入学前の第二王子がいたはずだ。その本人だと言うスカート姿の男の子が私を見つめるその向こう、ラウル王子がひとつしっかりと頷いていた。

……婚約破棄されたけど私、予定どおり王妃になれるみたいです。

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