美しく残酷な世界に告ぐ
[君と僕の正義]
5XXX年
朝焼け空に、大きく鳴り響く大砲の音が耳に入り込む。かっちりとした服を身に纏い頭にはありきたりな学生帽を模した帽子。そして、腰にさしている軍刀。そこには金で名前が記されており、彼の軍刀には
「有楽」と書かれていた。
みんなの目に正義が宿っていた。そんな中僕の口角は勝手に上がった。
ことの始まりは数年前の大晦日。縁起の良いその日には正月飾りを飾ってはいけない。神に慌てて準備した印象を持たれるとか何とかで。だがその日は正月飾りを飾る暇もなかった。なんでかって? そんなの決まっているだろう。その日、日本は終わりを迎えた。
何があったか、大雑把に説明するととある神社には妖を封印していると言う噂があった。絶対に取ってはいけない札があった。ずっと近くに住んでいるが、禍々しいその札は触りたくもないほど不気味だった。なにより僕らはそれに触れることが恐ろしい。
だが、誰かが札を取った。満月が空高く昇り、クリスマスから正月に模様替えをし始めた頃の出来事だ。そして、十二月三一日から妖は世に出始めた。大きな足音を立てながら。俺たちはここだと主張するかのように。
それからの日々は地獄と称しても良いほどのものだった。
何処にでも出現する妖はいつでも人間を襲いその魂を食い散らかす。そんな妖に対抗する部隊『妖反連』だ。軍に属している。この部隊に入ることが一番の幸せであり、一番の世界への貢献。そして人間を守りながら死ぬのが世界一敬われる死に方。こんな意味のわからない世界。僕には理解が及ばない。
そんな時、僕達にとってに恐ろしいものが届いた。妖反連の軍刀。つまり部隊への招集だ。夜風が冷たく口の中の水分を奪っていった。
「何で、」僕の力無い声は、夜の闇に葬り去られた。
この世界は完璧に出来ている。
妖反連半分は立派な大きな建物だ。見た目は病院を想像させる。ここは妖も無闇に近づけない。何故かって世界最高峰の技術を使われた建物に、妖にも劣らないほど強い警備。なによりも正面しか入ることのできない徹底的な体制だ。ちなみにこの施設は日本にある。妖の口には日本人が一番合うのだ。勿論外国にも多少の数はいるが、日本ほどでは無い。
それからはよくわからない生活が続いた。
国の為、世界の為、家族の為……。沢山の理論を聞かされた。そんな事知ったこっちゃ無いのに。そしてきつく、厳しいとみんなが嘆く訓練は意外なことに直ぐに終わりを告げた。こんなで大丈夫か? と僕は疑問に思ったが、みんなは「終わったー」など呑気なことを言っていた。みんながそれでいいなら僕も止めようと思い腰を下ろした。
だが安堵したのも束の間直ぐにそのまま本格的に戦地への送り込みが始まったのだ。
初めから一方的に押される妖反連。
そして目の前に広がる絶望的状況に、妖反連は思い知らせる。妖と人間の圧倒的な差に。お前らは勝てないと。お前らは弱いのだと。何もできないまま沈んで行くのだと。
そんな絶望的な状況で震える手が握った軍刀は運良く妖の急所に直撃した。だが急所にあたったからと言って死ぬわけでもない。そこからが大事なのだ。体に刀を押し込み二つに割る。それが出来ない人間は地獄を見る事だろう。
そんな戦いでできた血の海に目もくれず僕は歩いていった。
月明かりがない、真っ暗な夜の出来事だった。
「まて……、うら、」と言う声は悲しく、血の海に沈んでいった。
僕は軍へ戻り服を着替えた。
逃げられないように、天窓しか無い廊下に足音が響く。ただの長い廊下。
聞こえるのは微かに話す人の声だけだった。
それからは妖反連は作戦を練り続けた。大きめな会議室にコの字型に机を置き、会議をする。ちなみに僕は新人代表として参加させてもらっている。自然的にそうなったのだ。
暫しの沈黙。
そしては会議が始まった。
そして、いつからか。僕の仲間はみんなの目は最初頃の目とは違い光失せた目をして、みんな話さなくなった。
絶望に勝てなかったのだ。人間とは本当に弱いものだ。必要な時に必要な力を出すこともできない。僕もそろそろ絶望しそうだ。この状況に。
消灯時間が過ぎた廊下にコツコツと音が聞こえる。床を踏み鳴らし、暗い廊下を進んでくる。鼻歌を歌うその姿はみんなとは違い最高と言わんばかりだった。
そして、ある場所で止まる。廊下の広間的場所だ。そこで彼はステップを踏み出した。踊っているように床を鳴らし、空いている天窓からその音は外に漏れた。月明かりに照らされながら踊る彼の姿は悪魔のようだった。
「以上だ」と言い彼は戻っていった。
机の上に乗ったサイドランプがある一室を照らしていた。
黒髪ロングの髪を高い所で一つに結った女性が椅子に座っている。キリッとした顔立ちに、スタイルが強調されるパンツスーツ。
彼女は指揮官兼作戦計画員の菊間 菜夜。彼女は険しい顔をしながら資料と睨めっこしている。
私は不思議に思っていた。
何故こんなに妖に負けるのか?
何故こんなに読まれているのか? 内通者がいると考えもしたが、ここは完全閉鎖空間で、戦闘中は全員戦っている。何故だろう。私が見ていない……、つまり新人のところで何かあったのか。だがあそこには有楽がいる。『カチッ』時計の針が十一の文字を指した。私は部屋の電気を静かに落とした。
次の日
私はいつも通りの時刻に起床した。
「おはようございます。菜夜指揮官」
「あぁ、昨日も変わりないか。有楽」
「はいっ」という感じの敬礼は何故かいつも行われている。いつも会うからなのか。
だが、私に取ってはあいつは捨て駒の一つに過ぎない。使いやすい駒だ。
私は朝食をとり、新人の部屋へと向かう。その途中私はある違和感を覚えた。恐ろしいほど廊下が静かなのだ。
人影どころか、人の声一つもしない。明らかにおかしい。私は嫌な予感がして、先ほどよりも少し早足で一年の部屋へと向かった。その時、肩を叩かれた。私は後ろに振り向いた。そこに居たのは……、
「菜夜指揮官、何をやっているのですか?」
「有楽……。」彼の気配は先ほどまではなかった。いつもより神経を張っている状態でも分からなかった。こいつは何者だ?
「新人の様子を見に行こうと」
「そうですか」手に汗が止まらない。ドクドクと心臓が大きな脈を打つ。彼の笑顔は怖かった。有無を言わさないあの顔は。
「いってらっしゃいませ」
「そっ、」私の身体に言葉にならない程の激痛が走る。そして、
「Go to hell」と言う彼の顔はニコニコしており、私の記憶の最後はその顔で終了した。
「僕、ずっと貴方のこと殺したかったんですよ。」
「そう言う仕事だったし」僕は魂を取り出し、「もう食べれないや」と呟いた。
新人の部屋には誰もいない。最初の戦地で全員僕が討伐んだもの。目に光がなくなり喋らなくなった者の魂はみんな僕の腹の中だ。
人間が絶望を与えられるときの、あの顔は世界一美しい。
僕は妖だ。
人間の正義は妖反連で妖の正義は僕だ。
本当の正義なんてありゃしない。見る人によって正義の形は変わり、正義と正義がぶつかった時初めて互いの正義の重さが比べられる。正しいなんて言葉は無いんだよ。正しいは人間の綺麗事で、上辺だけの言葉だ。だって正しいの基準は君たち人間が決めているのだから。
人間の反乱は人間にとっては正義でも僕たちからしたら、家畜が暴れているような不快感を感じるものだからね。
「いつでも自分が正しいと思わないでね」
「あぁ、神よ。残酷に美しい世界を作り上げたものですね」と彼は三日月を見ながらそう呟いた。
その時の有楽は美しくあの日のように悪魔のようであった。あのダンス……、いやモールス信号で外にいる仲間に作戦を伝えていた時の彼のように不敵に笑った。
「まて……、裏切り者」
こちらで、『美しく残酷な世界に告ぐ』完結になります。読んでくださりありがとうございました。
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