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2話 影のNEVER

街外れのやや小高い丘の上。麓から徒歩で十分程度、舗装された緩やかな坂を上がったところにある高台に、それはあった。広々とした平地全面がフェンスで囲われ、そのフェンスに寄り添うように木々がぐるりと植えられている。折しも春の盛り。柔らかな朝の日差しの中を、桜の花びらが風に乗って舞っている。


坂を上がってすぐの門をくぐると、正面には4階建てのシックな薄いグレーの建物がある。さほど大きくはなく、決して華美でもなく、景観を損ねない洗練された雰囲気が漂っている。その入口には、『地球防衛隊ネバー日本支部』の文字。ここがネバーの基地というわけだ。


建物内に足を踏み入れると、そこは意外なほど明るく、そして整った空間が広がっていた。正面にはエレベーターホール、右手側には受付兼事務所、左手側にはオープンテラス付きの食堂があり、数名の職員や隊員達が朝食を摂っているのがガラス越しに見える。事務所と廊下を挟んだ右手奥には、ドアがいくつか並んでいる。と、その中の『医務室』の札が掛かったドアが開き、隊服姿のリュウの姿が現れた。そういえば、あのカマキリユーグレナの事件から一夜が明けている。どうやらその時に受けた傷を診てもらっていたようだ。入隊早々災難に見舞われたリュウだが、瓦礫に叩きつけられた割には足取りもしっかりしており、特に問題はなさそうだ。リュウはそのままホールに向かうとエレベーターに乗り込む。着いた先は3階。エレベーターを降りて右手に廊下をまっすぐ進んだ先にあるドアの前で足を止める。そのドアには『ユーグレナ対策室』の文字。言うまでもなく、ここがリュウの配属先である。


ウイーン


自動でドアが開く。


「おはようござ…あ!す、すみません!遅くなりました!」


部屋に1歩足を踏み入れたところで、既に神楽ヒカリと神楽トワが席にいることに気づいたリュウが、慌てて頭を下げる。


「気にしなくていい、リュウ。まだ8時半だよ。昨日の件でトワと話があったから早く来ているだけで、始業時間は9時半だから。」


穏やかに返すヒカリ。黙って軽く頷くトワ。


「あ…はい…あの…隊長。どうかされましたか?」


「なにが?」


「あの…顔色が…」


「見りゃわかるだろ。」


冴えない表情のヒカリに問うリュウに対し、相変わらず冷たい声で答えたトワが、顎でヒカリの机を指し示す。


「はあ…あれ?これって…」


ヒカリの机に積まれた封筒に気付き、一番上の封筒を手に取るリュウ。表書きに『退職願』とある…


「退職?」


「あいつらが置いてった。我々が来るより前に。それだけ置いて全員逃亡するとは、どこまでもダメな奴らだったな。」


「ぜ…全員!?た…確かに、昨日戻って来た時には、もう先輩方は…」


「辞めた奴らを先輩などと呼ぶな!」


「あ…はあ…すいません…」


怒号を飛ばすトワに、リュウが肩を竦める。まあ、昨日出現したユーグレナを倒し、このディレクションルームに戻って来たときには既に、ここはもぬけの殻ではあったのだが。しかし…


「でも…あの…どうするんですか?」


「どうもしない。クビにする手間がはぶけただけだ。」


フンッと鼻を鳴らし、どうでもよさそうなトワ。


「はぶけたって…」


「言っただろ。お前以外いらん。」


「いいんですか?」


「辞めたいというのを引き止める権限はこちらにはないからね。」


リュウが戻してきた封筒を受け取りながら、ヒカリが頷く。


「ただ、こういう場合は、1ヶ月前には意思表示するのが原則なのでね。そのあたりの処理が面倒で、気が重いんだよ。」


「それぐらいやれ、隊長。全く、事務作業となると嫌がるのだから。」


「手厳しいな、トワは。」


「どうとでもなるだろ、隊長なら。」


苦笑するヒカリに容赦のない言葉を浴びせるトワ。隊長に向かってずいぶんな物言いだが、ヒカリは気にも止めてないようだ。見た目の印象よりは随分年上の、42歳と聞いたが、その辺りは寛容…いや、そう言うレベルの意味はない。なんのことはない、トワはヒカリの養女だったのだ。苗字が同じなのも当然である。もちろん、職場である以上は親子と言えどたしなめるべきなのかもしれないが、ヒカリにその気が全くないのでは仕方ない。ちなみに、リュウは15歳なのだが、トワはリュウと1歳違いの16歳と聞かされて、リュウは仰天したのだが。


「しかし、ユーグレナの反乱が始まったというのに…」


「当面は我々3人でやっていくしかないね。それじゃ、退職金の手続きとかしないといけないから、ちょっと席を外すよ。」


ヒカリが椅子から立ち上がる。


「トワ。リュウに色々教えてやってくれ。」


「ケッ…クソ腹が立つ。」


「ほんと、口の悪い副隊長だな。」


「なんだ?」


じろりとリュウを見るトワ。ヒカリは平気なようだが、どこかしらいつも腹を立てている調子のトワの話し方は、リュウにはどうにも居心地悪い。


「いえ…なんでも…」


「まあまあ、トワ。新入隊員なんだから、お手柔らかにね。」


さりげなくトワを押さえ、ヒカリがディレクションルームから出ていく。なんとなく、気まずい空気が流れる二人…


「まあいい。来たんだったら仕事しろ。」


ややあって、トワがリュウを促す。


「仕事って?」


「昨日聞いただろう。」


「いえ…あの…せん…じゃない、あの人たちはここに仕事などないと…」


「そんなわけないだろ、全く!」


「はあ…」


そう怒られても…仏頂面をするリュウ。


「たく…さっさと端末立ち上げろ!」


「はあ…」


むくれたまま、それでもリュウは端末の電源ボタンを押す。


「あの…」


「なんだ?」


「パスワードを入力しろと出ましたが。」


「打てばいいだろ。」


「何と打てばいいんですか?」


トワがリュウを睨む。


「聞いてないのか。」


「いや、だから、せ…じゃない!あの人たちは何にも教えてくれなかったんだってば。」


「はあ〜、役立たず共めが!」


リュウが冗談で言っているわけではないことを察したトワが、ため息をついた…


「分かったよ。一度しか言わないから、よっく覚えとけ!」


「覚えるって、メモはダメという意味ですか?」


「好きにしろ!」


リュウも相当である…


「いいな。お前の端末パスワードは、88946だ。」


「8…8…4…?」


「はやくしろ!」


「いや…早くしろと言われても…」


「だから、お前のパスワードは、88946(はやくしろ)だ!」


「ゴロになってんのかよ!」


思わずつっこむリュウ。


「なんでそんなパスワードなんだ!」


「隊長の趣味だ。」


「隊長の?」


見た目はスレンダーで生真面目な印象のヒカリなのだが…意外とお茶目なのか?


「いいから、とっとと入力しろ!」


「はあ…えっと…は…や……く……し……」


キーボードと画面を交互に見ながらポツポツと入力するリュウ。


「指一本で打つやつがあるか!」


「だって、俺、端末なんかさわったことねぇもん。」


トワに影響されたのか、リュウの言葉遣いもぞんざいになっていく。無意識に、同い年の気安さがあるのだろう。


「あきれた奴だな。ブラインドタッチぐらい、練習しておけ。」


「知らねぇよ!俺の家には、端末なんかなかったんだから!」


「はあ〜〜!」


大げさにがっくりするトワ。


「リュウ。ちゃんと、高校で情報処理勉強しろよ。」


「いや、俺、高校中退…」


「中退じゃなくて編入だろ。」


「編入?」


「それもあいつら、教えず辞めやがったのか!クソ腹が立つ!」


完全にブチギレているトワ。


「ここには、ネバー隊員専用の高校がある。お前はそこに編入だ。」


「そんなこと、聞いてない。そもそも、学費は!?」


「無料だ。隊長のはからいで。16から入隊可能だが、高卒資格は取っておくべきというのが隊長の考えだからな。」


「そうなのか…それはどうも。で…」


画面が立ち上がったのを確認したリュウが聞く。


「次は何を?」


「まずは…」


トワが言いかけた時だった。


「おやおや、相変わらずトワちゃんはご機嫌斜めだねぇ。」


ふいに自動ドアが開き、中年の男が一人入ってくる。


「おまえか。隊長なら今留守だ。帰れ。」


「ご挨拶だねぇ、トワちゃん。慰めにきてあげたっていうのに」


と言いつつ、男の顔は、にやついている。


「なにをだ」


「聞いたよ。隊員が全員辞めたって。大変なことになったねぇ。」


「別に。あんな役立たず、こっちからお払い箱にしただけだ。」


つっけんどんに、答えるトワ。


「負け惜しみを言うなよ、トワちゃん。なんならうちから何人かあげようか?色々大変だろうから。」


「いらんと言ってんだろ。余計なお世話だ。骨のある奴は残っているから問題ない。」


「それが君ってわけ?見たことないけど、新入隊員?」


男がリュウに視線を送ってくる。明らかに蔑んでいるような目だ。ネチネチとした話し方も相まって、あんまり気持ちのいいものではない。


「副隊長。こいつ、だれだ?」


気分を害したリュウが、これまた丁寧語のかけらもない口調でトワに聞く。


「シグマの隊長の小堀だ。」


「シグマ?それが何の用だ?」


シグマは防衛省管轄の、日本独自の地球防衛軍だ。ネバーも一応防衛省に属している地球防衛軍だが、総本部はニューヨークにある国際怪獣対策部隊だ。違いはそれだけではない。15歳から門戸を開いているネバーに対し、シグマは大卒以上が規定のエリート組織である。この小堀という男の表情も態度も、その誇りに満ち溢れている。だからといって、それを鼻にかけてこちらを見下す言動は、失礼過ぎるというもの。同じ隊長でも、ヒカリとは大違いだ。


「あらあら、新入隊員だというのに口が悪いねぇ、副隊長と一緒で。ネバーなんかにいたらそうなっちゃうか。」


「やかましいわ。お前だって、さっきから嫌味な言い方しかしてないじゃねぇか。」


小堀を睨みつけるリュウ。


「いいのかな、私にそんな態度をとって。せっかく君にはいい話を持ってきてあげたのに。」


「なにがだ?」


「聞いたよ。他の隊員が敵前逃亡したのに、君だけは立ち向かったってね。」


小堀がニヤリと笑う。


「それが何か?」


「うちも、そういうやる気ある隊員は大歓迎なんでね。どうだい、うちにこないか?」


「いやだね。」


にべもなくリュウがはねつける。


「おいおい。君だって、入って早々、周りが全員辞めるようなとこは嫌でしょ。うちに来たら歓迎するよ。」


「嘘つけ!あんたんとこは、俺みたいな中卒は採用しねぇじゃんか。」


あんたが上司なんて、ヒカリは言うに及ばず、トワよりもっと最悪…喉元まで出かかった本音を飲み込むリュウ。


「特例として認めてあげてもいいよ。敵前逃亡者続出のネバーよりましでしょ。なんたって、こっちはネバーより国民に人気あるし、エリート揃い…」


「うるせー!敵前逃亡どころか、昨日敵前に出て来もしなかった組織連中が、偉そうに言うな!」


「うっ…」


小堀が言葉につまる。そこに


ダーン!!


「わっ!!」


小堀が飛び上がる。小堀の耳を、飛んできたシャーペンがかすめたのだ。シャーペンはそのまま、男が立っていたところの後ろの壁に突き刺さった…


「副隊長!?」


「とっとと帰りやがれ!」


追い討ちをかけるトワ。


「わ…わかったよ…」


さすがに気圧されたようで、小堀が出ていった。


「たく…クソ腹が立つ。」


またそのワードを口走るトワ。口癖なのか。


「よかったんか?これで。」


「お前も結構言うな。」


「まあね。俺、あんな学歴でしか人見れねぇ奴、大っ嫌いなんでね。」


「そうか。まあ、隊長がいなくてよかった。」


「そうですね。」


なんだかんだで、息の合う二人のようだ。


「お待たせ。何かあった?さっき、小堀君とすれちがったんだけど」


入れ違いに、ヒカリが戻って来る。


「どーでもいい。あんな奴。」


「ははあ、また小堀君、トワ怒らせたね。シャーペン刺さってるから。」


まるて驚く様子のないヒカリ。日常茶飯事なのか。


「まあ、ほどほどにね。はい、シャーペン。」


「フンッ!」


「それで終わりかよ!」


さっさと壁からシャーペンを引き抜いてトワの机にポイっと投げ、後は素知らぬ顔のヒカリに、リュウは呆れ顔だ。


「さてと。ところで、リュウ。」


「はい。」


「まだ、これを支給していなかったね。はい。」


ヒカリが一台のスマホを渡してくる。


「スマホですか。」


「スマホ型の通信機兼、武器だ。」


「武器?」


「あれ?聞いてないの?」


「隊長。あいつら、リュウに何も教えずに辞めてやがった。ほんとクソ腹が立つ。」


横を向いたまま、トワが吐き捨てる。


「そうだったの。まあ、仕方ないね。リュウ。見ててご覧。」


ヒカリが自分の席に着き、何やら端末を操作する。と…


「うわっ!!」


その通信機から、スーッと剣が伸びてきた。同時に、通信機自体も剣の持ち手に組み込まれる。


「え!?」


「言っておくが、リュウ。お前が昨日撃っていた銃はユーグレナには通用しないぞ。」


衝撃の事実をサラッと言うトワ。


「んなこと知らね。そこの棚にあったから持ってっただけだ。あの人たちに武器の在り処聞いても震えてるだけだったから、しょうがないだろ。」


「あいつら、どこまで使えない奴らだったんだ!」


トワが憮然としている。


「こんな武器があるなんてことも、一言も…あれ?」


改めて通信機を見たリュウがギョッと目を見張った。


「あの…隊長…」


「ん?何か?」


「あの…これ、通信機だったんですか?」


「そうだけど。どうかしたの?」


「いえ…その…昨日先輩方が…」


「だから、辞めた奴らを先輩などと呼ぶな!」


またもや、トワが怒鳴る。


「あ…は…すみません…えっと…その…昨日…元…先輩達がこれでゲームして遊んでたから…」


「遊んでただと!!」


「確かに、スマホと同じ機能はあるから、アプリのダウンロードはできるが。武器に変形することは、彼らにも説明してあったんだけどな。」


首を傾げるヒカリ。


「でも…全く覚えてなかったみたいです。」


「たく…隊長も舐められたもんだな。」


横目でヒカリを見るトワ。


「仕方ないね。設立から10年、彼らが出なければいけないほどの事件は起きなかったからな。」


「出なければいけないほどって…出なくていいぐらいの事件は起きていたと言うことですか?」


リュウの言葉に、なぜかヒカリとトワが一瞬固まったように見え…


ダン!ダン!


「うわっ!!」


リュウの机に二本のシャーペンが突き刺さった…


「な…何かいけないこと言った!?」


「お前、勘はするどいな。」


無表情ながら、トワが見直したとでも言いたげな目をしている。


「え?」


「そうだね。新入隊員のわりには、なかなかするどいね。」


顎を撫でながら、頷くヒカリ。


「え!?褒めてんの?てか、隊長もやるのかよ!」


「隊長がやるから、私もやってんだ。」


「はあ!?隊長!どういうしつけしてんだよ!娘に!」


「ほう。その程度の驚きようか。度胸も十分だね。」


感心しきりのヒカリ。


「言ってる場合かよ!どうすんだよ、机に穴が…あい…てない…」


シャーペンを引き抜いたリュウがあっけにとられている。


「大丈夫。立ってるだけだから。」


「逆にすげぇわ!じゃねぇ!もう脅かさないでくれ!」


ほっと息をつきながら、リュウがヒカリとトワにシャーペンを返す。


「ごめんごめん。」


「それで…この10年間も、異変自体はあったということですか?」


リュウが話を戻す。


「うん。まあ、ちょこちょことね。」


「そうなんですか…」


リュウがじっと考え込む。


「あ…そうだ。隊長。」


「ん?」


「聞き忘れていたのですが…」


「なにを?」


「あの…ここにはヘルメットないのですか?」


「お前なあ!!」


怒鳴るトワ。いや、これでは誰でも怒るか…


「お前!おかしいだろ!話の流れからしたら、ユーグレナのこと聞くだろうが、普通!」


「だって…10年前からユーグレナは反乱起こしてて、昨日の攻撃がいままでよりも大きかったってことだろ?」


「そうだが。」


「じゃ、あとはどうやっつけりゃいいかってことだけどさ。そうなったら、昨日ヘルメットなくて困ったから聞いたんだけど。」


「するどいんだか、抜けてんだか、どっちかにしろ!!」


「別にいいじゃんか!」


大喧嘩を始めるトワとリュウ。


「ククッ。これまた個性的な新入隊員が来たもんだね。」


1人、忍び笑いするヒカリであった。








「ごはんよ〜」


空き地に来た女性が呼びかける。


ニャーオ、ニャーオ!


どこからともなく、猫が集まってくる。10匹以上はいそうだ。


「は〜い、今入れるね。」


皿を並べ、キャットフードを入れる女性の腕には、『地域猫見守り隊』の腕章。猫達も女性の手や足に頭をすりつけ、ゴロゴロ喉を鳴らしている。ずいぶんと慣れたものだ。


「どうぞ。ゆっくり食べてね。」


少し離れたところにしゃがみ、皿に頭を突っ込んで食べ始める猫達を眺めながら、女性がふと首を傾げた。


「あら?初めて見る猫。どこから来たのかしら。」


見たことのない茶色い猫が一匹混ざっている。鼻周りだけが白い顔の大きさに似合わない大きな耳と、太い尾をしている。額には“小“の漢字に似た黒い三本の縦線。目はオレンジ色。


「耳はカットされてないから、地域猫じゃないみたい。でも、首輪…してるわね。人馴れしてるし。どこの飼猫かしら。」


猫の首に巻かれた赤い首輪に目を止めた女性が、首を傾げつつバッグを開け、何やら機器を取り出す。


「迷ったのかしら。マイクロチップは…」


猫の首筋にその機器をかざし、女性がますます眉をひそめた。


「入ってない。それじゃ、飼い主分からないじゃないの。」


顔を洗い始める茶猫。


「いやね、まさか捨てたんじゃ…」


フギャー!!


突然、その茶色い猫が女性に体当たりしてきた。


「キャー!!」


ひっくり返る女性。すかさず、猫が女性の上に乗り、その顔に鋭い爪を突き立てようと前足を…


「やめてー!!」


手で顔を覆う女性。そこに…


ギャー!!


他の猫たちが、一斉に茶猫に飛びかかり、女性から引きずり下ろすと押え込んだ。驚いたのか、猫がさっと姿を消す。


「な…なに!?」


ふにゃ~ん…


甘え声を出す猫達。


「びっくりした…あ…助けてくれたのね…ありがとう」


そっと猫達を撫でる女性。何事もなかったように、餌を頬張る猫達。


「でも…なんだったのかしら、あの猫…なんか…『捨てる』って言葉に反応したような…」


額に滲んだ汗をそっと拭いながら、女性がつぶやいた。






「じゃあ、このアイコンを押したら…」


「そう。頭だけじゃなくて、君の全身に自動でシールドが張られる。昨日みたいに瓦礫が飛んできたとしても、大丈夫だ。火や水の中でも身を守ることが可能だし、少々の攻撃なら跳ね返せる。だから、基本的にヘルメットは必要ない。」


ヒカリが、リュウの持つ通信機のパネルに表示されているアイコンを指さしながら、説明する。


「そうだったんだ…」


「それから、このアイコンを押すと、さっきの剣が出てくる。で、これは『ファタージ』。相手にとどめを刺すときに使う。これを押したら一分間、武器の力が倍増するんだ。まあ、その力に耐えられるよう、訓練は必要だけどね。」


「はい。」


「たく!無鉄砲にも程がある。生身をユーグレナにさらすとは!」


トワが渋い顔をしている。


「しょうがねぇだろ。あの人達がまるでやる気ねぇんだから。てか、シールドあるってのに、なんであんなに怯えてたんだ?」


「持って出ていたらの話だが。」


「あ…」


そうだった!昨日戻ってきたら、ゲーム機、じゃない、通信機は全部、この部屋の床に散らばっていた…


「しかし、10年って、そんなに何もかも忘れるほどの長さなのかよ。」


「そういうお前は、覚えたのか?」


トワがジロリとにらむ。


「え?えっと…これが剣を…」


「それはシールド。」


ヒカリが訂正する。


「え?あ…そうだった…」


「人のこと言えんじゃないか!」


「トワ、落ち着いて。一度聞いただけで、何もかも完璧にこなすのは無理だよ。」


ヒカリが取りなすように、トワをなだめる。


「しかしだな。そいつは物覚えが悪すぎる。さっきもパスワードを3回も言わされた。」


「悪かったな!2回は語呂言っただけじゃないか!」


リュウがむっとして言い返す。


「一度しか言わないと言ったはずだ。」


「副隊長が勝手に言っただけだろ!大体これだって、せめて、日本語にしてくれよ!なんで英語表記なんだ!」


アイコンを指さし、文句を言うリュウ。


「総本部がニューヨークなんだから、当たり前だ。お前、現役の高校生だろうが。英語ぐらい読め!」


「知るか!俺は英語が一番苦手なんだよ。」


「お前に得意教科などあるのか?」


「余計なお世話だ!」


「文句言ってないで、アイコン名変えるぐらい、自分でやれ!」


「変えていいんかい!」


厳しいのやら、優しいのやら…


「いいよ。私も変えているから。ほら。」


ヒカリが自分の通信機を取り出し、リュウに見せてくる。


「ほらって…隊長!全部カタカナ一文字って!」


「位置は全部覚えてるから。私は基本的にアイコンは見ないのでね。」


「すげ…」


「隊長は変える必要なかっただろ。英語ペラペラのくせに!」


「もっとすごかった…」


「まあ、リュウもいずれ、見なくても大丈夫になるよ。繰り返せば自然と身につくものだから。」


ヒカリが微笑む。


「あ…はい。」


「彼らも実際に使う機会さえあれば、忘れることはなかったと思うけどね。シミュレーションだけでは難しかっただろうな。」


「甘い!どうせ、はなからろくに聞いてなかったんだろ。シミュレーションだってやってたかどうか。」


「ほんとに容赦ないな、トワは。」


ヒカリはため息をつくが、昨日の元先輩達の言動を目の当たりにしているリュウは、何とも微妙な表情。


「そういえば、昨日のカマキリですが…」


「ん?」


「あのユーグレナはなんだったんですか?」


「ああ。実験体だろうね。」


「実験体?」


「カマキリの生態を調べるために作られたユーグレナってこと。」


「じゃあ…実験のために、わざわざカマキリを作ったんですか?」


「カマキリだけじゃないよ。ありとあらゆる生物のユーグレナが作られている。目的は様々だが。」


「そうなんですか…」


「お前、ユーグレナのこと、なんも知らないのか。」


トワがムッとした顔になる。。


「だって、俺、ユーグレナってテレビでしか見たことねぇし。その時見たのも、人間そっくりのユーグレナが工場で働いてるってやつだったから、カマキリまでいるとは思わなかったんだ。」


「やれやれ…」


「ユーグレナは大きく分けてツーパターンある。怪獣型と人型だ。」


ヒカリが説明を続ける。


「怪獣型と人型?じゃあ、昨日のは人型ですか?」


「いや、昨日のは怪獣型だね。」


「え?でも、二足歩行してたけど。」


「ああ、そういう意味じゃなくて、見た目。人間の形をしているか、そうじゃないかってこと。昨日のユーグレナが二足歩行していたのは、暴走のせいだよ。」


「そうなんだ…」


「怪獣型はさっきも言った通り、主に実験に使われている。生物を研究に使うと、どうしても命を奪うことになるからね。その点、ユーグレナは機械だから、思い切ったことができる。」


「思い切ったことって…そんなことして壊れたら、おんなじじゃん。ひでぇ話だな。」


「お前、面白い発想するな。命を奪うこととユーグレナが壊れることが一緒だと?研究者連中は壊れたらまた同じもの作りゃいいと考えて、やりたい放題してるってのに。」


眉間に皺を寄せたリュウに、不思議そうな視線を送るトワ。


「見た目おんなじ物作ったって、前のユーグレナとは別物だろ。そういう物を大事にしない考えって、なんかやだな、俺は。」


「珍しいな、そんな風に思うやつがいるとは。」


なんとなく、トワの視線が和らいだような。


「でも、なんで怪獣型と言うんですか?」


「当然、怪獣も作られてるから。研究のためにね。」


「え?怪獣なんてもういないのに?」


「まだいるよ。宇宙に。」


「え?」


サラッとヒカリに言われて驚くリュウ。


「そっか。怪獣が地球に現れなくなって、40年は経つからね。君の年齢だと知らなくて当然か。でも、実際に怪獣はいるんだ。だから、その対策のための研究は続いている。」


「知らなかった…」


「それから、君がテレビで見たのが人型だ。人型には色々ある。単に人間の能力を組み込んだ単体型、実在の人間のデータを組み込んだ憑依型、人間と他の生物のデータを組み合わせた融合型。主なものはその3つかな。」


「融合?なんで、そんなことを?」


「ユーグレナは労働力でもある。例えば怪獣のデータと人間のデータを組み合わせたら、怪獣の強大な力を持った人型ユーグレナを作ることができる。そしたら、力仕事させると効率があがるとか、まあ、人間都合だね。」


「ふうん…」


「お前、理解できてんのか?」


リュウがどこか困惑しているのを察したのか、トワの声がまたとがる。


「なんとなく…じゃあ、怪獣型に人間のデータを入れることもあるってことですか?」


「理論上は可能だけど、やっているとは聞かないな。」


ヒカリが首を振る。


「なんで?」


「なんでって、お前、怪獣型が話をしても無駄だろうが。」


トワが呆れたように言う。


「無駄?」


「無駄だろ。さっき、隊長が、怪獣型は実験用だと言ったじゃないか。話をして何になる。」


「変なの。話せたほうが、怪獣やら生き物やらが考えてることが分かるから、研究も楽になんねぇか?」


「楽って…お前、怪獣に何聞きたいんだ?地球を襲う理由でも聞く気か?」


「別に。ただ、カラスにだって、しゃべる奴いるんだから、しゃべる怪獣いたっていいだろと思っただけだ。」


「お前、なんでここで急にカラスが出てくる!」


また突拍子もないことを言い出したリュウに、うんざり顔で怒鳴りつけるトワ。だったが…


「いや、俺、しゃべるカラスとよく遊んでたからさ。」


「は?」


「4歳ぐらいの時にさ。遊んでたらカラスが飛んできて、腹減ったって言うからお菓子やったら懐かれて。そっからしょっちゅうそいつと遊んでたんだよ。あの柿は渋柿だから食べるんじゃないぞとか、あそこのレストランの残飯はまずかったとか、いろんなことベラベラしゃべる奴でさ。ほんとおもしろい奴だった。」


何でもない思い出話のように語るリュウに、トワが固まった。


「お前…そのカラスに首輪か足輪、ついてなかったか?」


「へ?あ…ああ、足に緑の輪っかついてたな、確か。」


「それ、思いっきり、どっかの研究施設から逃げ出したユーグレナじゃないか!しかも、その施設、怪獣型に人間のデータ組み込む実験してやがったな!」


「は!?カー子がユーグレナ!?まさか!」


目を丸くするリュウ。


「まさかではない!ユーグレナには必ず首輪か足輪がついている。それがユーグレナの生命線だ。色は様々だが。」


「嘘だろ!あのひょうきんなカー子が!?ここ二年ぐらいは見てないが、十年来の付き合いだぜ!」


「じゅ…十年!?そんだけ付き合って、なんで気付かないんだ!おかしいだろうが!そんなにベラベラしゃべるカラスなど!」


「え…で…でも、テレビによく、歌歌ったり昔話したりするインコ、出てくるし、九官鳥だって人の言葉しゃべるじゃん!だったらしゃべるカラスいてもおかしくねぇだろ!」


「隊長〜!こいつどーなってるんだ!話通じねー!!」


トワがヒカリに泣きつく。


「ハハハ。トワが言い負かされるとはね。」


「笑い事じゃない!なんでこんな奴、採用したんだ!」


「おや、トワも、リュウだけ残せと言ってたじゃない。」


楽しそうに、それでいて痛いところをつくヒカリ。


「確かに言ったが、ここまでズレた奴とは思わなかったんだ!」


「まあ、へたに偏見があるよりはいいんじゃないの?偏見が憎しみに繋がることだってあるし。」


「う…」


なぜか、ギクリとした様子で黙り込むトワ。


「それで…なんでユーグレナは暴走し始めたんですか?」


「急に話を元に戻すな〜!!」


トワが、天井を見上げて、わめいた…







「キャー!!」


「うわっ!!痛!!」


街のあちこちで声や悲鳴が上がり、顔や腕を押さえた人々が、次々とうずくまっていく。


「うわ〜ん!!猫にかまれた〜!!」


泣き叫んでいるのは、学校帰りらしい少年少女たち。ランドセルが開き、筆箱や教科書、ノートが歩道に散らばっている。


「だから、追い詰めちゃだめって言ったのに。『窮鼠猫を噛む』って言うのにさ。」


ピンクのランドセルを背負った少女が、呆れたように見下ろしている。この子は無傷のよう。


「猫がかんだのに、『猫を噛む』ってなんだよ!」


少年の一人が、むっとして言い返す。


「ことわざだよ。今の場合はあんたたちが猫で、猫がネズミなの。」


「また、ことわざ!意味分かんないこと言って、煙に巻くなよ!」


「あんたも言ってるじゃん!『煙に巻く』もことわざよ。」


「痛い!やめて!!」


ガルルル!!!


またしても悲鳴が。地面に転がった女性が叫んでいる。その女性の胸の上で歯をむき出し、唸り声を上げているのは…あの、公園にいた茶色の猫。いや、公園にいた時よりは3倍に膨れ上がっているような…


「誰か!!助けて!!」


「そこか!おい!このどら猫!どけ!」


女性の元に駆けつけた男性が、手に持つ棒を猫に向けて突き出す。


「大人しくし…」


ギャオー!!


「ワッ!!」


猫がパッと飛び上がり、男性に体当たりしてくる。勢い余ってひっくり返る男性。そのままさっと、猫が走り去る。


「え?」


やっとこ体を起こした男性が呆然とする。持っていた棒がぽっきりと二つに折れている。


「なんてやつ…あれ?あの猫、どこ行った!?」


「分からない。急に襲われたから!というか、あれ、猫?なんか大きくない?」


ブルブルと震えている女性。腕からは血が流れている…


「畜生!」


「なんとかしないと!けが人が増えるだけよ!」


「そうだけど…どうしたら…」


「キャー!!」


「まただ!」


再び響き渡る悲鳴に、男性がはっとなる。しかし、折れた棒では対抗の仕様が…


「このままじゃ…とにかく、助けを呼ばないと…どこに言えばいいんだ?警察?」


「そんな、猫が暴れてるで、警察来るか?」


「じゃあ、保健所?」


「保健所は、今は猫は引き取らないって。」


「なら、どこに?」


大人達が集まって、言い合いを始める。


「そうだ!シグマ!」


「え?シグマ?あれは地球防衛軍だぞ。」


「でも、あれだけマスコミがほめてるところよ。きっとなんとかしてくれるわ!」


「確かに。」


「え〜?なら、ネバーのほうがいいんじゃない?」


口を挟んできたのは…あのピンクのランドセルを背負っている少女。


「ネバー?あそこはダメだ。昨日の夕霧市のユーグレナ暴走事件で、まるで使い物にならなかったって、ニュースで言ってただろ。」


「あのニュース、おかしいよ。」


顔をしかめる少女。


「おかしい?」


「あたしのにいにさ、昨日夕霧市に遊びに行ってたんだよ。そしたら、あの騒ぎに巻き込まれてさ。」


「それで、あのユーグレナは自爆して終わったんだろ。ネバーの連中はさっさと逃げたって。」


どういうことだ?確かに逃げた隊員はいるが、カマキリユーグレナは完全にトワが倒したはず。それなのに、なぜそんなニュースに…


「違うよ。」


少女が首を振る。


「違うって?」


「にいにが言ってた。あのユーグレナは、ネバーがやっつけたんだって。それに、避難誘導もしてくれたって。」


「なんだって?」


「ほんとうか?」


疑い深そうな目を少女に向ける大人達。いや、明らかに疑っている。


「ほんとだってば!にいに、怒ってたもん!テレビが言ってること、全部嘘だって!」


「馬鹿な!マスコミが嘘言うはずないだろ!」


「にいには嘘つかないよ!ネットニュースに、一個だけほんとのニュースがあったって!そっちが正しいって!」


「こんな、子どもの言ってること、信用できるか?」


「できるわけないだろ。これまで一度として防衛隊らしきことしなかったネバーだぞ。あり得ない!」


「それ言ったら、シグマだってなんもしてないじゃん。昨日のニュースにはシグマ出てきてないし。テレビがほめてるのって、武器新しくしたとか、建物が立派とか、隊服がおしゃれとかばっかじゃん。」


まるで耳を貸さない大人達に、少女がむっとした顔で言い返す。


「ちょ!子どもが口出すことじゃない!とにかく、シグマに通報だ!」


「そうね。早くシグマに!」


「知らないよ、どうなっても。」


スマホを取り出し、電話をかけ始める大人達を見ながら、少女がぼそっとつぶやいた。






「そういうことをうちに言ってこられても困ります!」


オフィス街にある、7階建ての全面ガラス張りの洒落たビルの一室から、声が響いてくる。


「だから!うちは地球防衛軍だと言っているでしょう!そういうことは、保健所に言ってください!え?受け付けてくれない?知りませんよ!うちとは関係ありません!」


がちゃりと受話器を置く職員。


「全く…さっきから何件も…なんでそんなことシグマに。」


「どうかしたのかね、君。」


ぶつぶつ言っている職員に、新聞片手にコーヒーを飲みながら声を掛ける小堀。ここはシグマの司令室。ネバーのユーグレナ対策室の3倍はありそうな大部屋に、デスクが20個ぐらい配置された広々としたオフィスだが、皆出払っているようで、部屋にいるのは小堀とその通信担当の事務職員二人だけ。


「あ、小堀隊長。いえ、それが、通報が来まして。」


「通報?どんな内容だ?」


新聞から目を離さず、小堀が聞く。ネバーに悪態をついた割には、小堀が読んでいるのは競馬新聞。時計の針はまもなく15時を指す頃だというのに、呑気なものだ。


「それが、しょうもない話でして。うちが出ないといけない話ではありません。」


「だから、どんな?」


「ええ、猫が暴れているからなんとかしろと。」


「ぶーっ!」


小堀がコーヒーを吹き出した。茶色に染まる新聞。


「隊長?どうかしましたか?」


「どうかしましたか、ではない!もう忘れたのか?それで、昨日大変なことになったばかりではないか!」


「え?何がですか?」


怪訝な顔をする職員。


「お前、昨日の通報を覚えていないのか?」


「昨日は私は非番でしたので。何かあったのですか?」


「大有りだ!非番でも、昨日のユーグレナの反乱のニュースぐらいは見ただろう!」


隊服にも散ったようで、手で服を払うという無駄な仕草をしながら、小堀がわめく。


「ええ、知っていますが。」


「あれ、最初はうちに通報が来たんだ。」


「え?」


「その通報を昨日受けた者が、今の君と同じようにはねつけたせいで、街が一つ壊滅したんだ。」


衝撃の事実…


「なんで、そんなことに?」


「カマキリが暴れていると言われて、そいつが冗談だと思って、上に報告もしなかったからだ。」


「……」


そんな通報じゃ仕方ないでしょ、とでも言いたげな表情の職員。


「そしたらネバーの連中が倒しやがったんだ!どうやら、サーチシステムを持っていたらしい。さっきネバーに行ったら、この私が連中に散々コケにされたんだぞ!」


「ネバーが、ですか?」


「そうだ。あの、低能集団が、だ!あそこでまあまあましなのは、あの女副隊長ぐらいだからな。」


「でも、ニュースでは、ユーグレナは勝手に自爆して、ネバーは敵前逃亡したと言っておりましたが。」


職員が首をかしげる。


「大手マスコミ連中は我々の味方だからな。そのくらいの情報操作は私には簡単だ。ネバーにいい顔をさせてたまるか。ま、敵前逃亡は事実だから、問題ないってことよ。」


あのニュースはこいつの…小堀の仕業だったのか!!


「はあ…」


「しかし、雑誌社のうちの一つが、ネバー隊員が住民を無傷で逃がした上に、たった3人でユーグレナを倒したと、事実をネット記事に流していやがった。零細の、そこまでアクセス数がある社ではないから今のところ広まっていないが、バレたら非常にまずい。」


敵前逃亡も、倒したのも事実?どういうことだ?混乱する職員。


「ですが…どちらにせよ、うちとは関係ないのではありませんか?今暴れている猫がユーグレナとはかぎりませんし、たとえユーグレナだとしても、専門部隊はネバーのほうですから。」


「君にはエリートの誇りというものはないのかね。」


急にもったいぶった言い方をする小堀。


「そう言われましても…」


「ネバーが手柄を立てれば、うちが困ることになるんだぞ。」


「どうしてですか?」


「防衛隊らしき活動をしていないのは、うちもだからだ。」


「……」


「それを、ネバーをスケープゴートにして隠していたんだが、ネバーが大っぴらに活動を始めれば、今度はうちが槍玉に上げられるかもしれんぞ。マスコミだって、いつまで騙せるか。」


騙したのが悪いんじゃん!口にこそ出さないが、職員の顔には、はっきりと、嫌悪感が漂っている。


「とにかくだ!その猫をネバーよりうちが先に倒せば、昨日のことはごまかせる!」


「しかし、聞くところによると、ネバーには対ユーグレナ特化型の装備があるそうです。もしユーグレナだったら、我々の装備では…」


「うちの装備を甘く見ちゃ困るよ。皆、最新鋭のものばかりだからな。ネバーの低能連中が独自に開発した装備に負けはしないさ。」


「……」


「急ぎ、隊員達に召集をかけろ。というか、どこに行った?昼飯食べに出ていってから見てないが。」


「訓練場じゃないでしょうか。」


ほんとはどこへ行っているのだか。また胸の内でつぶやく職員。どうやら、隊員達が厭戦気分なのは、ネバーもシグマも大差なかったらしい。


「早く呼べ!出動するぞ!」


「分かりました。」


ふんぞりかえって出ていく小堀を見送りつつ、職員がそっとため息をついた。


「やれやれ…確かに俺も大卒だが、学歴だけで敵が倒せるわけでもないだろうに…適材適所でいいじゃないか。」


ひとりごちる職員。どうやら、彼にはそこまで学歴を鼻にかける気も、ネバーを見下す気もないらしい。


「公務員だからとここに入ったが…就職先間違ったかな。」


言いつつ、呼び出しボタンを押す職員。


「出動要請が入りました。至急一階待機所に集合してください。」


特に緊迫感のない声で、職員が告げた。






「猫?」


「はい。猫のユーグレナです。」


モニター越しに、総監代理がうなずく。


「それで、なぜ、シグマから応援要請が?」


ヒカリが尋ねる。


「はい。通報がシグマの方に入ったとのことです。なんでも、あちこちで猫が大人や子供を引っ掻いて暴れている、程度の話で、ユーグレナだとは思わなかったそうです。」


「その程度の通報で、シグマがわざわざ出ていったと?」


腑に落ちない、という表情のヒカリ。確かに、不自然だ。


「はい。」


「どうせ、ネバーに張り合おうとでもしたんだろ。リュウに今朝あおられたとこだしな。」


トワがチラッとリュウを見る。


「けど…それで…なんでこんなことになってんだ!?おおごとになってるじゃねぇか!」


呆然とリュウが見つめているモニターに映し出されているのは…昨日のカマキリユーグレナに襲われた夕霧市並に壊れた街と、荒れ狂う2メートル級のネコユーグレナの姿。禍々しいとしか言いようのないオレンジ色の目が、ランランと光っている。昨日のカマキリユーグレナの目を思い出し、ゾッとするリュウ。


「それが、出動したシグマが猫をおびき出したところ、巨大化して暴れ始めたと。」


「なにやったんだよ…」


「はい、猫だからとマタタビを撒いたら、豹変したそうです。」


「ぶっ…」


思わず、リュウが吹き出した。


「ま…マタタビ!?」


「はい。猫をおびき出すならマタタビだと。それにマタタビで酔わせれば簡単に倒せるから一石二鳥だと、安易な考えで撒いたようです。」


これを、にこりともせずにすまして言う総監代理も、只者ではない。


「そしたら…」


「ご覧の通りです。」


「というか、これは猫じゃない!カラカルじゃないか!」


トワが叫ぶ。


「カラカラ?」


「馬鹿!カラカ“ル“だ!」


じろっとリュウを見るトワ。


「カラカ…ル…にマタタビやったら、こんなことになるのか?」


「ネコ科の動物は皆反応するとは聞くけど。カラカルもネコ科だから。しかし…」


さすがに、ヒカリも、困惑の表情。


「しかし、だからといって、本当にマタタビを撒くとは。」


「バカヤロー!!完全に怒らせやがって!」


トワがドン!とこぶしで机を殴る。


「それで、手に負えなくなって、うちに応援要請というわけですか。」


「応援というより、後始末押し付けてきただけだろ!余計なことしやがって!」


「とにかく、こうなっては仕方がありません。住民の安全を考えて、至急出動してください。健闘を祈ります。」


総監代理が促す。


「分かりました。」


ヒカリがうなずきながら、立ち上がる。


「トワ。リュウ。出動だ!」


「隊長は来るな。」


トワがつっけんどんに言う。


「副隊長?」


「シグマが出てるなら、小堀の奴も当然いるだろうからな。」


「それがどうかしたのか?」


「あやつと隊長が顔を合わせたら、ろくなことにならん。それに、もう一人うるせー奴がいるしな。」


「だから、どういう意味だ?」


「とにかく、隊長はここで指揮してろ。」


リュウの質問には答えず、トワがヒカリに冷たく言い放つ。


「副隊長が隊長に命令かよ。」


「分かったよ。トワがそう言うなら。」


「いいんかい!」


「今回は君達二人に任せる。」


あっさり、ヒカリがうなずく。


「任せるって…俺、まだ何の訓練もしてない…」


結局、昨日元先輩達から何も聞いていないせいで、リュウは今の今まで、ヒカリから色んな説明を受けまくっていたのだ。


「構わん!とどめは俺がさす!お前は援護してりゃいい!」


「お…俺!?」


トワの言い方に、目を丸くするリュウ。


「行くぞ!隊長!」


「ああ、トワ!リュウ!出動!」


「ルーガスト!」


「りょう…じゃない…る…ルーガスト!」


「遅い!リュウ!」


「わっ!ちょっと、副隊長!」


トワに腕を掴まれ、引きずられるように、リュウがディレクションルームを後にした。






「たく…せめてそんぐらいはやっとけってんだ!」


瓦礫が飛び散る中を走りながら、リュウがつぶやく。そりゃ、言いたくもなるだろう。現場となっている街に到着してみれば、昨日と同様に、逃げ場を失った住民たちが、右往左往しているとなれば。しかも…


「無駄に被害を大きくするわ。嫌味言ってきたわりにゃ、大差ないじゃねぇか!」


チラリとリュウが睨んだ先には…デザインだけはシャレた隊服を着たシグマの隊員達が、固まって突っ立っている。トワとリュウが住民の誘導で駆け回っているというのに、ただただぼんやり見ているだけ。シールドがあるから昨日よりは誘導もやりやすくはあるが、それでも瓦礫が降り注ぐ中を行くのは決して楽ではない。にもかかわらず、シグマの隊員たちは動こうともしないのだ。元先輩達も頼りにならなかったが、一応避難誘導はしたというのに。現場を離れなければいいとでも言いたいのだろうか。


「リュウ!そっちは!」


トワが駆けてくる。


「こっちも、避難完了!」


「よし!行くぞ!」


トワがさっと斧を出現させ、カラカルユーグレナに飛びかかって行く。


「了…ルーガスト!」


急いで通信機を取り出すリュウ。


「えっと…剣のアイコンは…」


「おやおや、こんな状況でスマホ遊びかい。呑気だねぇ。」


この言い方は!というか、こんな状況にしたのは誰だよ!そう言いたいところだが、しかし、シグマ相手に揉め事を起こすのも面倒だし、なにより、今はそれどころじゃない!ぐっと言葉を飲み込み、画面を探るリュウ。


「あ!あった!」


パネルをタップするリュウ。スーッと刃先が伸びてきて、通信機が剣に変形する。


「えっ…プッ!剣とはまた古典的な!やっぱりネバーの低能連中は考えることが幼稚だねぇ。」


一瞬驚いたくせに!目の前に立っている小堀をキッと睨み、リュウが怒鳴る。


「なんも知らねぇ奴が、口出すんじゃねぇ!」


「どうだか。ほんとは怖くて行きたくないんでしょ。そんな武器じゃ、あのユーグレナの近くに行かなきゃいけないし。」


ニヤニヤ笑いを浮かべる小堀。一体何しに出てきたのやら。


「お前と一緒にすんな!」


「と言いながら、まだここにいるじゃな〜い。」


「お前が前に立ってるからだろ!どけよ!」


「あ〜、それはごめ〜んね。」


煽るような言い方が、リュウを苛つかせる。おまけに…


「おい!何で俺が行こうとする方に動いてくるんだ!邪魔だ!」


横をすり抜けようとするリュウに合わせて、左右に動く小堀。これじゃ、遮っているとしか思えない、いや、明らかに、行かせまいとしているような。


「私のせいにしないでくれる?臆病新入隊員君。」


「実質、お前のせいじゃねぇか!」


「ほんとに行きたきゃ、行けるでしょ〜。私に構ってないでさ。」


「そうかい!じゃ、そうするわ!」


ついにブチギレたリュウが、やおら小堀の右手首を左手で掴むと、思いっきり振り回した。


「ワッ!!」


あっさり後方に吹っ飛び、転がる小堀。


「おい!私のようなエリートにそんな乱暴していいと…」


ドーン!!


「ワ―ッ!!」


横で何かが爆発して、小堀が耳を押さえ、身を縮める。煙が立ち込め、バラバラとアスファルトのかけらが降り注いでくる。


「うわっ!ちょっと君!!私が攻撃されてるんだから、助けてよ〜!」


やっとこ体を起こした小堀がわめいた時には…そこに、リュウの姿は既になかった。


「副隊長!」


「波動光に気をつけろ!」


機敏にカラカルユーグレナの周りを駆け回り、攻撃しながら、トワが叫ぶ。


「ハドウコウ?」


ガルルル!


ちょうどその時、唸り声を上げたカラカルが、爪を出した前足を、空気を切り裂くようにシュッと斜めに振り降ろした。バチバチッと、黄色い稲妻のような閃光が走り、リュウをめがけて飛んでくる。


「うわっ!」


間一髪避けるリュウ。光はそのまま地面に突き刺さり、ドーンという音と共にアスファルトがえぐれる。さっき小堀の近くで爆発したのはこれか。


「リュウ!波動は剣で受け止めろ!これ以上、街を破壊させるな!」


続けざまに放たれた波動光を、トワが巧みに斧で受け止めている。パーンと光が弾け、キラキラと粒になって消えていく。


「分かった!」


飛んできた波動光に向けて、リュウも必死に剣を振る。といっても、これまで剣など握ったことのないリュウだ。おまけに、ぶっつけ本番。傍目にはめちゃめちゃに振り回しているようにしか見えない。それでも何とか攻撃を食い止めていく。


「リュウ!そのまま援護してろ!」


トワが斧を握り直すと、どうやったのか、ちょうど向かってきた波動光を打ち返した。光の矢が向きを変えると、カラカルユーグレナにぶち当たる。


ギャー!!


悲鳴と共に吹っ飛び、仰向けに倒れるカラカル。しかし、すぐさま跳ね起き、四つ足で立つと、ブルブルっと体を震わせる。全身の毛が逆立ち、尾がブワッと膨れている。そのまま後ろ足で立ち上がったカラカルが、ジロリとトワを睨んだ。その目がキラリと赤色に…リュウがはっと息を呑む。


「あの目は!?」


とっさに、持ち手の通信機のアイコンをタップするリュウ。と、リュウの剣が金色に輝き始めた。


「は!?おい!リュウ!やめろ!!」


それを見たトワが慌てて怒鳴った時には…リュウは地面を蹴り、上空に飛び上がっていた…


「ワ―ッ!!」


そのままカラカルに迫ったリュウが、カラカルの頭上から地面に向けて剣を振り下ろした。真っ二つになって弾き飛ぶカラカル。そして…


ドーン!!


二か所で爆発音が同時に上がった。カラカルユーグレナがその姿を消す…


「いった〜!!」


着地したリュウが悲鳴を上げて地面にひっくり返る。文字通り、悶絶している。昨日瓦礫に叩きつけられた時以上の衝撃で体全体がしびれ、すぐには動けそうもない。


「バカ〜!!」


怒鳴りつけるトワ。


「とどめは俺が刺すと言っただろうが!誰が訓練もなしにファタージ使うんだ!しかも、隊長に許可も取らずに!」


「え?許可?許可いんの?」


トワを見て呆然とするリュウ。


「当たり前だ!威力倍増すると言ってただろ!まともに反動食らったら、あちこちの骨がボロボロになるんだぞ!無鉄砲にも程がある!」


「は…はあ…」


「たく…何してんだ!」


「だ…だって…目が赤くなったから…」


「は?目?」


「き…昨日のカマキリ…目が赤くなった途端に、カマが4本に…」


「お前なあ。全部のユーグレナがそうだってわけじゃないんだぞ。あいつは単に焦っただけだ。」


トワがうんざりした顔になっている。


「そ…そうなのか?」


「大体、あのカラカルのどこが増えると思った!」


「え…それは…しっぽ…」


「はあ…何処まで馬鹿だ…あいつが攻撃で使ってたのは爪だろ。尾が増えたところで、どうなるってんだ!」


「は…はあ…すみません…」


「ハハハ。トワちゃ〜ん。だから言ったでしょ。」


「またお前か。」


本当にまたか、だ。何で一々出てくるのか、この小堀は…


「トワちゃん、こ〜んな馬鹿のお守り、これからもするつもり〜?今からでも遅くないって。うちの隊におい…」


「断る。」


最後まで言わせず、冷たく言い捨てたトワが、何とか立ち上がろうとするリュウを支える。何だかんだでリュウを気遣っているようだ。


「そう言わず…」


「いやだっつってんだろ。しつこい!」


トワは見向きもしない。


「釣れないなあ。まあ、そこがトワちゃんのいいとこなんだけどねぇ。低学歴連中の中に置いとくにはもったいないってのにさ。」


「おねえちゃん!おにいちゃん!」


パタパタと足音が響いてくる。7・8歳くらいの少年少女達が、10人ぐらい駆けてくるのが見える。


「やあ、坊やたち。お礼言いに来てくれたのかな。どうもどう…」


にこやかに笑ったつもりで失敗している顔をそちらに向けた小堀が、もったいぶった言い方で子ども達に声をかけたが…


「あれ?」


すーっと小堀の前を通り過ぎた子ども達が、トワとリュウを取り囲む。


「ネバーのおにいちゃん!おねえちゃん!すご〜い!」


「おねえちゃん!とってもかっこよかった〜!」


「おにいちゃん、大丈夫?けんで切ったとこ、すごかったよ!」


口々に二人を称える子ども達。


「み…見てたのかよ…」


「ぼくたち、あそこのビルに避難してたから、窓から見えた!」


やや離れたところにある、攻撃を免れたらしい、そのままの形を保っているビルを指差す少年。


「あ…あそう…けがなかったか?」


「うん!ないよ!お兄ちゃん!ありがと!」


「おねえちゃん!ありがとう! 」


「ああ。」


「ど…どうも。」


「フン!」


憎々しげに、小堀が鼻を鳴らす。


「ケッ!中卒の熱血バカが、いい気になりやがって!」


「うっせぇ!ただのバカ野郎が!」


もう遠慮しない、とばかりにリュウが怒鳴りつける。


「な…なんだと!私になんて口をきく!」


「だってそうだろうが!マタタビなんか撒きやがって!」


「何言ってんの。隠れていた猫を見つけたのはうちだよ。手間が省けたんだから、感謝してもらいたいもんだね。」


どういう理屈だ?


「誰が、そんなこと頼んだ!てか、猫じゃねぇし!」


「え?」


「カラカルだよ!カラカル!」


「カラカラ?」


「おい…副隊長。こいつ、ほんとにエリートか?俺とおんなじこと言ってっけど。」


「さあな。」


フンッとそっぽを向くトワ。


「あのねぇ、君みたいな中卒と一緒にしないでくれるかな。カラカラだろうがなんだろうが、それでおびき出せたんだから。うちの手柄だよ。」


「ふざけんな!結果、余計怒らせて、こんなことになったんじゃねぇか!その後始末はこっちに押し付けやがって!エリートが聞いて呆れるわ!」


「なにを〜!」


「そうそう!おじちゃん、そういうの、『バカの一つ覚え』って言うんだよ!」


「は?」


一人の少女に言われて、ポカンとする小堀。


「お前、よく知ってんな。」


「うん!ことわざじてんにのってたの!『愚かな人は、何か一つ覚えたら得意になって、そればっかり繰り返す』って。おじちゃん、今度かしたげようか?」


「うっ…」


「プッ…子どもは容赦ないな。」


思わず吹き出すリュウ。あれ?ことわざというと、この少女は…むろん、トワもリュウも、知る由もないが…


「ちっ、生意気なガキが。」


「言われてもしかたがないのでは?」


「なに?」


新たな声がして、そちらに顔を向ける小堀。


「隊長!」


「おい、なんで出てきた!」


ヒカリが立っている。


「色々後処理があるからね。リュウ。見事だった。」


「あ…ありがとうございます。」


「なんだ?ネバーの隊長ごときが。」


今度はヒカリに噛み付く小堀。どこまでも懲りない奴だ。


「神楽。お前が私にえらそうに言える立場か?」


「勇み足で飛び出した挙げ句、街にこれだけの被害を出し、そのうえ、住民を避難させることにすら、頭が回らないようでは、弁解の余地もないでしょう。入隊直後のリュウにすら遠く及ばない。エリート意識に凝り固まっていないで、少しは自分を顧みられたらよろしいのでは?」


「なっ…」


「今後、通報は全て、ネバーに入るようにしていただきましたので。ユーグレナかどうかの精査もこちらがいたします。無用な手出しはお控えください。」


穏やかな物言いだが、有無を言わせぬすごみがそこにある。小堀よりも10歳以上は若く見えるのに、この堂々とした風格はさすがとしか言いようがない。悔しそうな顔になる小堀。


「くそっ…」


「小堀隊長。お疲れ様です。いや〜、大活躍でしたね。」


「え?あ…ああ、そうだな。今回は我々の力で――」


とたんに顔をニヤけさせた小堀が、声をかけてきた男たちの集団の方へと向かう。カメラやメモらしき紙を持った男たちが、小堀を取り囲んでワイワイ盛り上がり始める。


「なんだ?あいつら。」


「太鼓持ちのマスコミ連中だ。真偽問わずシグマの味方して、うちを叩きまくりやがる。」


眉を寄せて呟いたリュウに答えるトワ。トワの表情も憮然としている。


「そういえば…昨日のニュース…」


どうやら、リュウも知っていた様子。


「見たのか。あれもあいつらの情報操作さ。そもそも、あいつらは知らないだろうが、地球に怪獣が来なくなっているのは、ネバー宇宙部隊が全部宇宙でぶっ倒してるからなんだぞ。」


「そうだったのか…というか、隊長!なんで言われっぱなしにしてるんですか!昨日のだって、フェイクニュースにもほどがあるってのに、抗議もしないなんて!」


「別に褒められたくてやってるわけじゃないからね。そもそも、防衛隊が目立つ時というのは、市民に危機が迫っている時だ。そんなことは、そうそうないほうがいい。防衛隊など、影の存在で十分だ。」


「かっけえ〜…」


まるで意に介していないヒカリには、感心するしかない。


「たく…悠長なんだから。」


「大丈夫よ、お姉ちゃん。」


ため息をついたトワに、先程の少女が声をかける。


「何がだ。」


「あたしのにいにがよく言ってるの。人の言う事を鵜呑みにしてたら、いつか痛い目をみるって。ほんとかどうかは自分で調べろ、って。」


「お前、ほんと、難しい言葉よく知ってんな。」


「うん!ことわざ辞典に、慣用句ものってるから!」


ケロリと言う少女。


「それもか。」


「でさあ、おねえちゃん。」


「なんだ?」


「ああいうおじさんを、なんて言うか知ってる?」


少女が無遠慮に、小堀たちを指差す。


「さあ。」


「ああいうのをね、『人の褌で相撲を取る』って言うんだよ!」


「ぶっ……おい!ガキ!お前、それ、意味分かって言ってんのか!?」


真っ赤になるトワ。珍しく焦っている。


「知ってるよ。ことわざ辞典にのってたもん。『人の手柄を横取りすること』って!」


「…合ってる…」


「ところで、おねえちゃん。」


「まだなんかあるのか。」


「うん。ふんどしってなあに?」


「そっちは知らないのか!」


「だって、おすもうさんがしてるのは『まわし』なのに、ことわざは『ふんどし』になってんだもん。なんで?」


「う…まだ知らなくていい!」


「そう…じゃ、今度にいにの広辞苑で調べてみる!」


「絶対に調べるな!」


さすがのトワもタジタジだ。本当に、子どもは容赦ない。


「なんで?」


「なんでもだ!」


「じゃ、家庭の医学!」


「のってないわ!」


「あ!にいにが呼んでる!じゃ、またね!お姉ちゃん!お兄ちゃん!」


取り出したスマホを見た少女が、あっさりと手を振って走りだす。


「あ、待ってよ!」


「それじゃ、僕も!またね!!」


釣られるように帰っていく他の少年少女たちを見送り、リュウがつぶやく。


「最近の小学生はスマホ持ってんのか…」


「トワ。ご苦労さん。」


「やかましいわ!」


労うヒカリを突き放すトワ。


「おい!隊長に向かって!」


「いいんだよ、リュウ。それぐらいじゃないと、戦いの中に身を置くなんて、きついものだからね。」


「どんだけ、心が広いんだよ…」


「呑気なこと言いやがって。大体、隊長、こいつ褒めていいんか?隊長の許可なくファタージ使ったんだぞ。」


トワがチラッとリュウに視線を送る。


「ああ、仕方ないよ、言ってないから。」


「おい!隊長!怠慢だぞ!」


「いや、訓練が必要とは言ったから大丈夫かと。まさかいきなり使うとは思わなかった。」


「こいつに、そんな遠回しで通じるわけないだろ。」


「まあ、訓練なしに使って、その程度のダメージなら、大丈夫でしょ。」


いいのか?それで…


「は、はあ…」


「ま、念のために、帰ったら医務室で診てもらっとこうね。本当はファタージぐらい、現場の判断で使って欲しいんだけど。」


「だったら、隊長権限で変えとけ。」


「それが、強硬に反対する人がいてねぇ。」


トワに言われて、困った表情をするヒカリ。


「あのババアか。」


「こらこら。気持ちは分かるが、あの人まだ三十代だよ。」


「分かるのかよ。」


突っ込むリュウ。さらりと毒を吐く人だ。


「あの人、トワと顔合わせたら毎回嫌み三昧なんでねぇ。なんでかは知らないけど。そりゃ、トワもたまったもんじゃないでしょ。」


「そんな奴がネバーにいるのか…」


「それより、報告書どうすんだ。」


「適当でいいよ。トワが書いといて。」


「はあ〜!また押し付けるのかよ!」


うんざり顔のトワ。


「とにかく、おつかれ。さ、帰ろ。」


「はい!」


「ルーガストだ。いい加減すっと言えるようになれ!」


「いたっ…そう言われても…」


トワにつつかれたリュウが顔をしかめる。やっぱり相当体にきている様子。


「てか…そもそも、どういう意味だよ!」


「別に意味はないよ。」


「は?」


「なんとなく、かっこいいでしょ。」


「何だよ、それ!」


とうとう、ヒカリに対してまで、言葉遣いがぞんざいになるリュウ。それを咎めもしないヒカリ。


「私のオリジナルってわけじゃないから。ネバーの前身の地球防衛チームの誰かが言い出したんでね。かっこいいだろって。それを引き継いでいるだけ。」


「はあ…」


「いらんこと言ってると、置いてくぞ、隊長。」


「ワッ!ちょっと、副隊長!何すんだよ!」


いきなり、トワに抱えあげられたリュウがわめく。そりゃ、当然か…


「決まってんだろ。医務室に直行だ!」


「いや、俺歩けるから!一人で行けるって!降ろしてくれ!」


「無理は禁物だ!たく!2日続けて無茶しやがって!熱血バカもほどほどにしろ!」


「それより、降ろせって!」


「ダメだ!」


構わず、リュウを抱えたままスタスタ歩いていくトワ。


「フフッ。何だかんだで、いいコンビになりそうだな。」


楽しそうに呟いたヒカリが、ゆっくりと歩き出した。

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