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11話 ツギハギの絆

「出てけ〜!!」


リュウの大きな声が響いてくる。


「だから、違うって!」


夜野道補佐官のヒステリックな声も。


「なんでこんなとこまで声が…ここ、防音…」


ナナミが目の前の建物を振り仰ぐ。


「あ…窓が。」


3階の窓が1つ開いている。もうお分かりだろう、この建物はNEVER日本支部の『ユーグレナ対策室』が入っている本館。ライト達との攻防を終え、一足先に戻ったリュウを除いたヒカリ、トワ、ナナミ、ルイの4人がNEVERのある丘の坂道を登りきったところに、リュウと補佐官の揉め声が降ってきたというわけだ。何を揉めているのかは、これまた、もうお分かりだろう。


「とにかく急ごう!」


正面玄関から入った4人が、エレベーターを待つよりは速い、と階段を駆け上がる。言い忘れていたが、支部には当然、エレベーターの他に階段もあり、出動の際は階段のほうがメインで使われている。


ウィ〜ン…


『ユーグレナ対策室』の自動ドアが開くと…


「キャッ!!」


ドシン!


夜野道補佐官が尻もちをついた…


「ちょっと!押すことないでしょ!」


「なんもしてねぇわ!そっちが勝手にドアにぶつかっただけだろ!」


ミノリをかばうように、リュウが仁王立ちしている。確かにリュウ、補佐官と向き合う位置に立ってはいるが、そこからいくら手を伸ばしたって、補佐官には届かないところにいる。どうやらリュウの勢いに補佐官がドアのほうへ後ずさったタイミングで4人が到着し、ドアが開いたために、あおりを食らって体勢を崩しただけのよう。ま、夜野道、じゃない、どの道補佐官がもう少し後ろに下がっていたら、結局ドアが開いて同じ結果になってはいただろうけど。


「ぶつかってないわよ、ドアが消えたの!もう!あの疫病神のみ…」


「まだ分かんねぇのか!その言葉、二度と口にすんじゃねぇ!」


「リュウ、落ち着いて。いったいどうしたのよ。」


補佐官の横をすり抜け、というほど狭くはないが、とにかくディレクションルームに飛び込んだナナミが、興奮状態のリュウの腕をつかむ。


「どうしたもこうしたもねぇわ!こいつ、副隊長だけじゃなく、ミノリまで侮辱しやがったんだ!」


まだ床に尻をついたままの補佐官をねめつけるリュウ。


「ミノリさんを?」


「違うの!その娘のことじゃない!知らなかった…」


「知らなかったですむか〜!お前、いつぞや自分はNEVER全体の上司だって豪語してたよな!それが部下のことちっとも把握してねぇってどーいうことだ!」


「そんなの、仕方ないでしょ!」


「仕方がねぇだと!?ふざけんな!大体な、知ってようが知らなかろうが、言わなきゃいいだけだろ!たく、親がいるのがそんなに威張れることなのかよ!お前みたいなろくでもない性格に育っといて!副隊長やミノリのほうが、よっぽどいい育ちしてるわ!」


「あ!」


そうだった!補佐官のトワへの暴言は、まんまミノリにも跳ね返ってしまうもの…それを知らなかった、仕方がないで済まそうとするとは、相変わらず面の皮の厚い奴だな。


「あんた、誰に向かってそんな口を!」


今度は権力をかざす、か。当然、リュウに通用するはずもない。ナナミも止める気をなくしたようで、こちらも刺すような視線を補佐官に向ける。


「てめぇしかいねぇだろ!んなことも分かんねぇのかよ!」


「て…てめぇですって!?あんた、補佐官の私に…」


「防衛省の回しもんで、ライセンスすら持ってねぇ奴が、えらそーにNEVERの補佐官を名乗るな〜!」


「え?な…なんであんたがそれを…」


「ちょっと、どいてくれない?入口がつかえてるんだけど。」


別に通れないわけでもないのだが、このままでは埒が明かないと思ったらしく、ヒカリが補佐官に声をかける。途端に、パアッと顔を輝かせる補佐官。ほんと、どういう神経をしているんだ。


「あ!隊長さ〜ん!無事…わっ!!」


ぱっと立ち上がり、ヒカリに抱きつこうとして、ペタッとカエルのように床に這いつくばる補佐官。まあ、当然だな。ヒカリが受け止めるはずもない。


「もう、隊長さん、なんで避けるんですか!」


「みんな、お疲れ。コーヒーでも飲む?」


補佐官の抗議の声にもまるで耳を貸さず、ヒカリが隊員達に声をかける。


「あ、はい。」


「まあ、うれし〜!隊長さんが私のためにコーヒー淹れてくれるなんて!」


もはやリュウも反応せず、隊員達は皆、それぞれの席に着くと、ヒカリを見習い、無視を決め込む。やがて、ヒカリがコーヒーカップを6つのせたお盆を手にする。得意満面、と言わんばかりのニタニタ笑いを浮かべて、手を伸ばす補佐官。


「あ、隊長さん、どうもありが…」


「はい、トワ。」


「ああ。」


「ちょっと!隊長さん!」


「ルイ、おつかれ。」


「はい、ありがとうございます。」


立ち塞がろうとする補佐官をさっとかわして、机を周るヒカリ。


「ミノリもお疲れだったね。」


「あ、はい。ありがとうございます。」


「あと、もうすぐトウヤ来るだろうから、このカップ渡してくれる?」


「はい。」


あ…カップが6つあったのは…


「どうぞ、ナナミ。」


「ありがとうございます。」


「リュウ、落ち着いた?」


「あ、はい、すみません。」


もう一度コーヒーメーカーを置いているところに行ったヒカリがお盆を置き、カップを1つ手に取ると…椅子に座った。自分のコーヒーか。。


「ちょっと、隊長さん!無視しないでよ、お客がいるってのに!」


「どこに?」


補佐官の顔を見ようともしないヒカリ。


「え?だから、私…」


「お客というのであれば、ちゃんとappointmentを取ってからにしていただけますか?まあ、取られたところで、うちの組織の人間を客とは見なしませんが。」


「え…アポイ…」


急に英語が混ざったからか、一瞬まごつく補佐官。珍しく余所余所しい言い方で補佐官に苦言を呈するヒカリ。


「それと、メールの確認ぐらいはしてください。うちの部署に新隊員が来た旨は、都度お知らせしているはずです。尤も、開いた形跡は一度もないと、秦野さんが言っていましたが。」


「それは…うっかり…」


「うっかりで全ての業務を放棄されては困ります。1か月前にお願いした報告書も出ていませんよ。今日中に提出していただけませんか?あと3時間半であなたが出来るとは到底思えませんが、毎度こちらに押し付けられるのも迷惑ですので。」


「まあ〜!隊長さんにこんなこと言わせるなんて!どこまで性悪なのよ、この小娘は!」


「だから、なんでそうなるのよ。全く辻褄が合ってないじゃない。」


呆れ顔のナナミを、キッと睨む補佐官。


「うるさいわね!私と隊長さんの仲を邪魔する極悪非道な小娘はここにいる資格ないのよ。さっさと出ていきなさい!」


「どっちが極悪非道だ!今度は犬飼を侮辱すんのか!いい加減にしろ〜!」


「え?あ、あんたまた勘違い…」


「お前が場違いなんだよ!てめぇに飲ませるコーヒーなんかここにはねぇから、てめぇこそとっとと出てけ〜!」


「なんですって!?」


リュウと補佐官の争い再燃か。とそこに、


「随分賑やかだと思ったら、ここだったとは。1階まで響いていますけど?」


自動ドアが開き、トウヤが入って来た。


「あ、トウヤ。」


「おはようございます、隊長。」


「おはよう。試験終わったばかりなのに悪いね。助かるよ。」


「いいえ。おかげで珍獣に会えましたから。」


「ぷっ…」


ちらりと補佐官を見て、真顔で言うトウヤに、思わず吹き出す隊員達。いい得て妙と言うべきか…


「な…なによ、私が珍獣だって言うの?初対面のくせに失礼な子ね!」


今度はトウヤを睨みつける補佐官だったが、トウヤもヒカリ同様、華麗に無視。


「この方は?」


「補佐官だよ。」


ルイがぶっきらぼうに答える。今回は色目を使う気はないらしい。確かに一度しか使えない手ではある。


「ああ、この人ですか。防衛省のマドンナと呼ばれている人は。」


「え?マドンナ?」


「ええ。この前話を聞いて調べてみたら、防衛省でそう呼ばれていたんです。」


今度は防衛省の内情を調べたと見える。


「これで?」


「もっとも、そう呼んでいるのは長官だけですが。」


「長官だけ?」


「長官には、この人は相当な美人に見えるそうです。で、この人なら隊長も、あわよくば総監も籠絡できるのではないかと考えてNEVERに送り込んだ、というのが真相のようです。」


「し…真相ってなによ!」


顔を真っ赤にして、トウヤに食ってかかる補佐官だが、思いっきり動揺しているのがバレバレ。一方のトウヤは表情1つ変えない。


「分かりませんか?NEVERが国際法違反の研究所の摘発に乗り出したことを知った長官が、その阻止のためにNEVERを色仕掛けで潰してやろうと目論んだのが、10年前にあなたがここに出向になった真相だってことです。そうでないと、入省して1年のあなたが、いきなり補佐官なんて役付になれるわけがありませんから。もっとも、10年もの間、空回っているだけですけどね。」


「ぷっ…」


「ち…違うわよ!そんなこと!」


「空回っているではないですか。全く目的を果たせていませんし。だから8年前にはシグマを創設して、NEVERへの攻撃を強めたわけですからね。」


「違うって!私はNEVERを潰そうなんてしていない!その証拠に、私はちゃんと適性試験を受けました!」


「受けてはいますね、送り込まれて早々に。結果、筆記13点、実技10点、面接0点と、散々な結果だったご様子ですが。」


「……」


リュウ、ナナミ、ルイ、ミノリの目に奇妙な色が浮かび、斜め上にそれたように見えたのは、気のせいだろうか…落ちたのは面接だけが原因ではなかったとは。しかし、トウヤの情報収集能力は本当に半端ないな。


「まあ、どうやら長官はトワさんを非常に警戒しているようでして。この人がトワさんを意味不明な理論で追い出そうとするのは、長官の意を汲んでのことのようですけど。」


「トワちゃんを?」


「い…意味不明ってなによ!ほんとろくでもない隊員ばっかり引っ張ってくる小娘ね!これだから親なし子は図々しいのよ!」


「また!」


「そのくらいにされたらどうですか?これ以上罪を重ねないほうが身のためですよ。」


言ってる側から意味不明なことを喚く補佐官に対し、あくまで淡々とした口調のトウヤ。


「罪って何よ!」


「はい。まず、トワさんへの名誉毀損。」


「は?私は事実を言っているだけよ!」


「あなたはその事実を、トワさんを貶めるという明確な悪意を持って言っていますから、十分名誉毀損にあたります。というか、あなたの勝手な妄想による誹謗中傷も多々見受けられますが?僕は別に、トワさんに引っ張られてここに入隊したわけではありませんし。」


「え…」


「それから、業務執行妨害。あなたが騒ぎ立てているせいで、皆仕事になっていませんから。」


「ど…どこが!コーヒー飲んでるだけじゃない!」


「そのコーヒーは隊長が淹れたんですよね。だったら隊長が許可した業務中の一時的な休憩であって、それを、あなたの業務とはまるで関係のない話で邪魔される筋合いはありません。そういえば、あなたは誰の許可でここで油を売っているんですか?任された仕事も他の部署の方々に押し付けているご様子ですし。職務怠慢、職務放棄、いいご身分ですね、これだけやってもクビにならない、公務員のあなたは。」


「うっ…」


「あと、先程から出ていくように言われているのに、依然居座られていますね。不退去罪ですよ。しつこいようなら警察を呼びますけど。」


「うぅ……」


目を白黒させている補佐官。よくもまあ立て板に水の如く、法律用語に皮肉まで交えて論破できるもんだ。しかも、トウヤはまだ高校生である。これが県内トップの進学校の生徒で、尚且つ優等生の実力か。それでも諦め悪く、反論する補佐官。


「不退去って…私は補佐官だから、NEVERのどこの部署も出入り自由なの!警察なんか呼んだって、無駄よ!」


「分かりました。なら、次は法廷でお会いしましょう。トワさんへの名誉毀損と誹謗中傷だけでも十分いけますから。証拠はここにしっかり残っていますので。」


トウヤが右手を高く上げる。その手には、銀色の小さな物体が。補佐官が今度は真っ青に…自覚はあったのか。


「あ!ちょっとそれ、よこしな…」


「無理矢理取り上げたら窃盗罪になりますよ。その際に僕の手をつかんだら暴行罪、ケガをしたら傷害罪。」


「くっ…あっそ。別にいいわよ。許可なく録音した物は証拠にはならないんだから!」


「そういう知識はお持ちなんですね。でも、ここには更に7人もの証人がいることをお忘れではないですか?証拠としては十分です。」


「も…もういいわよ!」


とうとう尻尾を巻いた補佐官がドアから飛び出し…


「いったー!」


「いたっ!」


廊下にいた男と正面衝突した。


「痛いじゃないか、君!」


「あんたがそんなとこいるからでしょ。誰よ…小堀〜!?」


「げっ…もう一人やな奴が来やがった…」


「どうかしたんですか?」


リュウ、ナナミ、ルイがうんざり顔になったのを、ミノリと、その間に席に着いたトウヤが不思議そうに見る。廊下では…


「おや、誰かと思えば役立たずさ〜ん。どうしました?」


「どっちがよ!あんたがまるであの小娘を連れ出せないのがいけないんでしょ!」


「あなただって、中卒隊長1人意のままにできていないじゃな〜い。しかも10年かかっても。長官が機嫌を損ねるはずだね〜。」


「うるさ〜い!あんただって、8年かかって小娘1人落とせないじゃない!」


五十歩百歩…お互いに責任転嫁で、みっともないことこの上ない。おまけに自動ドアの直ぐ側でやっているから、ドアが開きっぱなしで中に声が筒抜けているんだが。トウヤの情報の信憑性を高めてどうする。


「おやおや、意気消沈しているようだね。街を破壊したユーグレナを取り逃しちゃって。いつぞや私を散々罵倒しておいて、君達も大したことはないねぇ。」


補佐官とのやり合いを終えた小堀が、ニヤニヤ笑いながらディレクションルームに入ってくる。さては先程の攻防を聞きつけて、嫌味を言いに来たようだな。しかし、意気消沈というよりは、皆白けているのだが。小堀はその空気に気付いていない様子で、毎度のごとくトワに近寄ると、馴れ馴れしく肩に手を伸ばす。


「ねぇ、トワちゃん。中卒隊長なんかと一緒にいるから失敗するんだよ。悪いこと言わないから、うちに…」


「今回のことは、副隊長の俺の油断が原因だ。隊長は関係ない。」


あと少しで肩をつかみそうになった小堀の手を振り払うトワ。


「おやおや、義理の父親だからと庇っちゃって〜。ほんとそういうところはかわいいんだから。」


「気色悪い…」


「今度は誰ですか?」


「シグマの隊長の小堀。」


ミノリに渡されたコーヒーを飲みながら聞いてきたトウヤに、またつっけんどんに答えるルイ。


「シグマの小堀さん?ああ、この人がですか。」


「知ってんのか。まあ、お前なら当然か。」


「ええ。うちの学校で一番有名な卒業生ですから。」


「え?」


「この人、春咲を出てるんです。」


「こいつが春咲卒!?」


仰天するルイ、リュウ、ナナミ。と、声を聞きつけたらしい小堀が、トウヤのほうを見るとニヤリとする。いいカモ見っけ、と言いたげな顔だが、トウヤに関わらないほうが小堀の身のためのような気がするが…


「おや、初めて見る顔だと思ったら、君、後輩なの?それがなんで中卒の下になんているのかな〜?」


「そんなの個人の自由でしょう。あなたにとやかく言われる筋合いはありません。」


そっけないトウヤ。どう見ても、先輩として敬っている態度ではない。


「強がらなくてもいいのに。君、私は春咲一有名だと言っていたじゃない。その有名人である私の下にいるほうが、君も鼻が高いってものだろう。その言い方だと、まだ在学中だね。大学卒業まで待ってあげるから、うちにおいで。」


「誰が好き好んで罰ゲームをすると思うんですか。お断りします。」


「罰ゲーム?こいつ、学校一の有名人なんだろ?」


ピシャリとはねつけるトウヤに、怪訝な顔をするルイ。


「ええ。代々語り継がれている卒業生です。5年間成績は1番。」


「高校の頃は優秀だったのか。」


「下から数えて。」


「下から1番…最下位じゃないか!」


「はい。5年間、定期試験は毎回赤点だらけで、主要5教科全て5回は再試になっていたそうです。」


「ちょ…ちょっと、君!」


焦る小堀。ほら、言わないことじゃない。そろそろ夏本番だからって、飛んで火に入る虫にならなくても…


「そんでもって、大学は名前さえ書けば合格すると言われている大学を補欠合格。」


「は?名前書けば合格する大学が補欠?」


「この人、『小堀』の『堀』は『つちへん』なのに、『てへん』の『掘』にする癖があるんです。だから、自分の名前さえ書けないんです。通るわけがありません。」


「俺だって、名字ぐらいは漢字で書けるのに。」


うっかりリュウが口をすべらせたが、誰も突っ込まない。どう聞いても『小堀』より『焔狐』のほうが複雑だもんな。


「そんな奴が、なんで有名なんだ?」


「だから、我が校始まって以来の最低最悪な生徒として、代々語り継がれているんです。そもそもが高校受験も替玉疑惑がありますから。夜霧出版社の当時の編集長が握りつぶしたご様子ですが。」


「で…でたらめを言うな、君!め…名誉毀損だぞ、訴えてやる!」


補佐官同様、顔を真っ赤にした小堀が、こちらは法を盾にすごんだが、トウヤはどこ吹く風。大体、嘘だと言うなら、なぜそんなにおどおどしているのだろう…


「でたらめなんて言ってませんよ。あなたが在学中の5年間は、夜霧出版社から相当圧力をかけられて地獄だったという話も、同時に言い伝えられていますから。なにしろ当時の編集長はあなたの祖父でしたからね。孫のためならそれくらいやるでしょう。」


「なんだって?あの出版社、昔っから小堀の一族が牛耳っていたのか!」


カチンと来た様子のルイ。


「ルイさん、ご存知だったんですか。」


「ああ、夜霧出版には、散々迷惑をかけられたんでね。」


「う…うるさい!そ…それでも、私は防衛省に入省したエリート…」


「それもあなたの祖父が裏取引したんですよね。官公庁の不正疑惑は全て目を瞑るという条件で。それでゴリ押し入省したものの、書類1つまともに作れないのにプライドだけはご覧の通りやたらと高くて、防衛省でも煙たがられていまして。あなたはシグマの初代隊長に抜擢されたといい気になっていらっしゃるご様子ですが、いわゆる位打ちで、実質干されていることにお気付きではないようですね。一応この人がいれば、マスコミは政府の味方ですし、官公庁の意のままに世論を誘導することも簡単ですから、いるだけでいいってわけです。」


「……」


部屋にいる全員の責めるような視線が突き刺さり、目を泳がせる小堀。全く、このトウヤ、敵にしても味方にしても厄介なものであるが、まだ味方のほうがましだな。敵に回すと恐ろしいことこの上ない…


「あっきれた。その程度でエリートだって、隊長のことバカにしてたの?」


軽蔑しているのを隠しもしないナナミ。


「全くだ。これじゃ隊長のほうがよっぽどかすげえや。」


「お…お前ら、また!中卒のそいつのほうが私より上とは、なんたる暴言…」


この期に及んでまだそんなことを言う小堀を、ジロリと見据えるリュウ。


「そんなに言うんなら、あんた、英語しゃべれるんだろうな。」


「え?」


「ちょっと、その話は!」


ヒカリが制止しようとしたが、リュウは構わず続ける。


「隊長は13歳で入隊してからずっと、通信を英語でこなしてたんだぞ。」


「な…なんだって!?」


「なに驚いてんだよ。中卒の隊長でできるんだから、大卒のあんたなら楽勝だろ。」


「それは…」


「それだけじゃないわよ。あんた、8年前に隊長になったみたいだけど、隊長は15歳で既に隊長になってるのよ。それも宇宙部隊の。ちゃーんと、実績もあるんだから。」


ナナミも加勢する。


「は?15?実績?そんなもんがこいつにあるわけ…」


「怪獣図鑑に載ってる怪獣の大部分は、隊長が名付けてんだが?隊長が初めて倒したってことでな。そんだけ命がけで地球守ってきた実績があるんだよ。その隊長をバカにするってことは、あんたにはそれ以上の実績があるんだろうな。言ってみろよ!」


「え…それはその…えっと…」


口ごもる小堀。完全に予想外だったらしい。


「言えねぇのかよ。ま、そうだろうなとは思ったが。おまけに、あんたのエリート経歴全部が実はじいさんのお膳立てときちゃ、救いようがねぇわ。」


「ほんと。そんなんで、今までよくもこっちを見下してくれたもんだわ。シグマじゃなくてNEVERをえらんで正解だった。」


「い…言わせておけば…おい!中卒隊長!このうるさい小僧ら、なんとかしろ!お前の部下だろうが!」


「……」


そんな権限はないのに、ヒカリに命令する小堀。当然ヒカリが聞くわけもなく、そっぽを向いている。


「おい!知らんぷりするな!とぼけたふりして、エリートの私を騙してきた埋め合わせを…」


「じゃかましいわ!」


突如、ヒカリがキレた…ミノリが、さすがにトウヤも、驚いた顔に。


「なんでてめえのような若造に、わしのこと、いちいち話さなきゃなんねえんだよ!エリートだかなんだか知らねえが、てめえには、なんも関係ねぇだろうが!」


「は!?」


「たく、防衛省じゃ誰も相手にしてくんねえからって、許可もしてねえのに、こっち来ちゃあ、グダグダくだ巻きやがって!何度言ってもうちの子につきまといやがるてめえのような奴なんか、騙す価値もねえわ!」


「隊長が壊れた…」


「いや、前も相当小堀相手にやらかしてたぞ。」


頭を抱えたトワを、リュウが不思議そうに見る。


「あれは通常…今は壊れてる…」


「違いが分からんが。」


「一人称が『わし』の時は壊れてる…」


「こまけ〜わ!」


「あ〜もう、てめえと話すだけ時間の無駄だ!邪魔だ、帰れ!帰らねぇんなら…」


まくし立てていたヒカリが引出しから何かを取り出すやいなや…


パシーン!


「うわっ!!」


小堀がひっくり返った…


「え!?」


これにはぎょっとする隊員達。ヒカリの動きが、銃を撃ったとしか見えなかったからだ。トワが慌ててヒカリの手を押さえる。とはいえ、もう遅い。


「おい、隊長!いくらなんでも銃は…あれ?」


「いった〜!いきなり何を…」


小堀が額をさすりながら起き上がってきた…


「死んでない…血も出てない…」


「小堀さん。さっき僕を訴えると言いましたが、こちらもあなたを訴えましょうか?どうも、不法侵入しているようですし。」


気を取り直したトウヤが、小堀に近づくと、また始める。


「不法侵入?君もおかしなことを言うね。ここも防衛省管轄だから、防衛省職員である私が来ても不法侵入にはならないんだよ。」


「形だけですよね、NEVERが管轄というのは。だったら来る場合はアポが必要でしょう。隊長も許可は出していないと言っていましたし、完全に不法侵入です。あ、そうだ、昨日また情報処理班の方とお会いした時に、シグマの隊長がトワさんにセクハラをしていると言っていましたが、これ、あなたのことですよね。それも訴えないと。」


「なんだと!貴様、先輩に向かってなんて無礼な…」


「隊長が帰れと言ったのに、まだ居座る気ですか?だったら不退去罪もプラスしましょう。言っておきますが、僕は先輩だからと忖度する気は微塵もありませんので、あしからず。あ、あなたの発言もここに。」


「うっ…お…覚えてろ!」


また銀色の物体を取り出したトウヤに、小堀も逃げ出していく。


「お前、どんだけ無双するんだ。」


「無双ってほどじゃありませんよ。情報を有効活用したまでです。」


立て続けの騒ぎにげんなりした様子のトワが言うも、すましているトウヤ。


「トウヤ。お前、ボイレコ持ち歩いてるのか?」


ルイが聞く。


「あ、これは音楽プレーヤーです。」


「おい!」


「でも、あんな人達が来るのなら、あったほうがいいですね。明日父の病院からかっぱらってきます。」


「お前が窃盗してどうする!」


「身内だから、事後報告すれば大丈夫です。それに100個以上ありますから、1つぐらい。」


「それでも窃盗は窃盗だ、やめろ!」


「トウヤ。そういうのは言って。予算出るから。」


こちらも、さっきのキレっぷりはどこへやらのヒカリが、おっとりと言う。


「買う気かい!」


「トウヤがいるんなら買うよ。」


「だったらNEVERにいる全隊員、全職員分お願いします。」


「調子に乗るな〜!」


遠慮がまるでないトウヤを叱りつけるトワ。


「冗談です。ところで隊長、さっきのは何だったんですか?」


「なんだ?これ。」


トワがヒカリの手から取り上げたのは…


「割り箸鉄砲!?」


あっけにとられる隊員達。


「割り箸鉄砲…てなんだ?」


初めて見た、という顔のトワ。物知りなトワにしては珍しい。


「ああ、トワには見せたことなかったね。昔のおもちゃだよ。ほら、こうやって輪ゴムを飛ばすんだ。」


ヒカリがトワの手から割り箸鉄砲を取ると、輪ゴムを引っ掛け、引き金部分を引く。飛んでいった輪ゴムが僅かに開いていた書類棚の扉に当たり、扉がカチャッと閉まった。腕の良さは分かるが、どういう使い方だ。


「なんでそんなもんがあるんだ?」


「なんか発注ミスしたらしくて、割り箸が大量に届いてたんだよ。食堂では使わないのに。かといって置いておくだけってのも、もったいないから作った。」


「だからって作るな。小堀も撃つな。あやつが本当に訴えてきたらどうする。」


「こないだ本2冊ぶつけたのに訴えられてないから、大丈夫でしょ。ね、リュウ。」


「ですね。ゴムのほうが本よりゃ痛くねぇし。ま、訴えてきたら訴え返すまでだろ、トウヤ。」


「お任せください。訴状ぐらい、いくらでも書きますから。」


「喧嘩買うやつが増えた…」


がっくりとうなだれるトワ。とはいえ、ようやく普段の雰囲気が戻ってきて、ほっと息をつく隊員達。


「まあいい。おい、仕事だ、仕事!」


「ルーガスト。」


トワの声に、皆が一斉に返事をすると、それぞれの端末に向かったのだが…


「なんか、いつもより暑いわね。」


ナナミが顔を上げる。


「あ、そういえば、なんで窓開いてるの?」


すっかり忘れていた!


「あ、いけない。」


ミノリが席を立つと、窓を閉める。


「どうしたの?」


「さっき、というか、いろいろあったから随分前になりますが、隊長がここから飛び出して。」


「隊長が飛び出した?」


「ええ。トワさんの髪が切れた途端。それでびっくりしてたら、あの補佐官って人が怒鳴り込んできて…」


「あの時?」


「窓からって、ここ3階…」


「どアホ〜!」


椅子から飛び上がったトワが、ヒカリの頭をパシッと引っぱたいた。


「いて…」


「おい!隊長を叩くって…」


「何やらかしてんだ!」


慌てる隊員達を尻目に、ヒカリを責め立てるトワ。ヒカリもケロッとしている。


「いや、階段下りるよりは速いと思って。」


「屁理屈言うな、屁理屈!」


「あ、そうか。シールドつけりゃ、別に問題ねぇのか。」


「あんたも何言ってんのよ。」


余計な一言を言うリュウに呆れるナナミ。当然、トワもムッとした顔に。


「だったら、リュウ。お前は今後、出動する時はそっから行け。」


「いや、遠慮しとく。」


「トワちゃんの髪…あ、隊長、さっきのライトってユーグレナ…」


「あ〜!!」


トワが机を力任せにぶん殴った。


バ〜ン!


派手な音がディレクションルームに鳴り響いた…






「なんだって?」


ヒナタが細い目をめいいっぱい見開く。


「リーダーとお前らが潰した研究所は、40じゃなくて25?」


「知らなかったのか、ヒナタ。お前が去年俺達のとこに来た後も、1つ研究所が潰れたじゃないか。」


ミナトが不思議そうな目をヒナタに向ける。


「そう言われたら…でも、その時、俺来たばっかだったし、誘わなかったのかと。」


「そんなハネにするようなことはしないよ。」


「じゃあ、あとの15はいったい誰が?」


「分からん。俺達じゃないことだけは確かだ。前にも言っただろ、10年前にリーダーが消えた後、俺達は研究所を1つも潰せていないって。」


「そうそう。リーダーが消えてから、私達は研究所に手も足も出せなくなったのよ。あの黒マントと赤マントが暗躍し始めたから。」


ミナトに続き、ミコトが憤懣やる方ない顔で言う。黒マントの正体について、あーでもない、こーでもないとやっているうちに、いっぺん状況を整理してみようということになったのだが…


「消えたリーダーが単独でやってるとか?」


「いや、リーダーとはやり口が違うんだ。」


ライトが首を振る。


「やり口?」


「研究員共が消えるんだ。殺された形跡もないのに忽然と、な。」


「そんなバカな!」


「事実なんだよ。だからリーダーではない。頭領かとも思ったんだが、頭領の目的がはっきりした以上、それも違うだろうな。かといって、他のユーグレナがやってるとも聞かないし、人間の集団であるあの防衛隊はもっとやるわけがないし。結局誰がやっているのか、まるで分からないんだ。」


お手上げ、と言いたげなライト。まあ、ライト達の言葉を借りれば、やっているのは黒マントと赤マントなのだが、研究所を標的にしているライト達の妨害をしておいて、一方では研究所を潰しているなんて、国際法違反がどうこうなんて、確かに予想がつくわけもない。


「リーダーが消えてからか…なあ、ライト、俺思ったんだが…」


考え込んだヒナタが、なんとなく言いにくそうに口を開く。


「なんだ?」


「黒マントと赤マントはリーダーが消えてから現れるようになったと言ったよな。だったら、リーダーの失踪にもあの2人が関わっているんじゃ。」


「それはない。実はリーダーが消えた時、俺達はすぐ近くにいたんだ。建物が崩れて急いで駆けつけたんだが、建物からはリーダーだけではなく、誰一人出てこなかった。」


「なら、黒マントと赤マントのどっちかがリーダーってことは?あんだけ強いんだし、もしかしたら…」


「それも絶対にない。」


どちらも即座に否定するライト。


「なんでそう断言できるんだ?なんか、黒マントは人間離れしているとこがあるし、赤マントは、色は逆だがリーダーと髪型が似ているんだろ?」


「いや、リーダーとあの2人では体格が違いすぎる。」


「体格?」


「リーダーは実験の副作用とかで背が低かったんだ。120センチぐらいかな。あの2人は明らかにそれより大きいだろ。」


「先に言えよ!俺、こないだからそれとなく探していたんだが、結構大柄な奴を想定してたんだから!」


「言わなかったか?」


「はあ…また…」


相変わらずなライトに、ヒナタがため息をつく。


「それに、黒マントはともかく、赤マントは女だろ?あの押しかけ女が赤マントを女と言った時に、否定してなかったからな。俺達ユーグレナの性別は自認で決まるが、リーダーの性自認は男だった。」


「じゃあ、その線もなしか。そういや、なんであの防衛隊が俺達の邪魔してるって気付いたんだ?」


「街を怪獣型が襲い始めただろ?それを倒して回っている中に赤マントがいたからだ。だから、気付いたのは最近だ。」


「あ、そうか。あのマントは、見間違いようがないもんな。」


「あの防衛隊もよく分からん。大手のマスコミ連中は役立たずと非難しまくっているが、ネットでは称賛する声が増えてきている。いったいどちらが正しいのか…まあ、あの防衛隊がネロトって奴が送り込んだ怪獣型ユーグレナを退治しているのは事実だから、ネットの意見のほうが正解っぽいが。」


「情報がありすぎるってのも困りものね。正反対の意見出されたら、どっちが本当なのかさっぱりわかんないんだもん。」


迷惑そうなロベリア。


「全くだな。それで、黒マントと赤マントのことで、他に何か分かったことは?」


「他か。なんか、さっき俺に突っかかってきた奴が、黒マントを隊長と呼んでたような。」


「え〜?隊長って、テレビによく出てくる人でしょ。あんな顔だったっけ?」


「ロベリア。それはシグマとかいう防衛隊の隊長だ。黒マントではない。」


首を傾げるロベリアに、ライトが訂正する。


「え?他にも防衛隊あったの?」


「そうなんだ。これもなぜかは分からんが。とにかく、俺達の邪魔をしているのは、NEVERという防衛隊だ。」


「NEVER?それ、いつぞや俺が言った『NEVER研究所』となんか関係あるのか?」


「ヒナタ。もうちょっと考えて発言したら?その研究所は良心的って、ライトが言ったじゃない。名前が同じだからって、ユーグレナを倒す防衛隊と関係があるはずないわ。」


身を乗り出すヒナタを、呆れたように見るミコト。


「別にいいだろ。意外なところに繋がるってことはないわけじゃないんだから。言うだけならタダだ。」


「だからって、リーダーが黒マントか赤マントかもってのはおかしいでしょ。リーダーが私達を襲うわけないんだから。あんた、リーダーに会ったことないからって、失礼すぎ。」


「そこまで言うことないだろ。」


「ミコト。言い過ぎよ。」


それまでずっと黙っていたシエナがたしなめる。


「そういえば…さっきライトに突っかかってきた奴って、なんかライトに似てなかった?」


ロベリアが意味ありげな目をライトに向ける。


「どこがだ、ロベリア。俺はあんな無鉄砲ではない。」


「そうかしら。あのすぐ熱くなる感じ、そっくりじゃん。ねぇ、ミコト。」


「あ、確かに。赤マントのことからかったのに、自分のことみたいに怒っちゃって。ライトもそういうとこあるもんね。」


「やめろ。」


「おい、話がそれてる!今は黒マントと赤マントのことだ。」


「あの防衛隊の話だから、別に脱線してないでしょ、ヒナタ。」


「まあまあ。俺達が言い争っても仕方ないだろ。もう話はこれくらいにして…」


「カレーはいらん!」

「カレーはいらん!」

「カレーはいらない!」

「カレーはいらない!」

「カレーはいらない!」


「なんだよ、シエナまで!皆で口合わせることないだろ。」


5体の声が重なり、ふくれるミナト。というわけで、毎度おなじみの展開で終わるライト陣営であった…とはならなかった。


バターン!!


「なんだ?」


突然、大きな音が鳴り響いた。パッと音がした方を見る6体のユーグレナ。ドアがはずれて床に倒れている。


「なんでドアが…またあの猫か…」


「ここか。ずいぶんとぼろっちい部屋だな、ちょっと押しただけではずれるとは。レイの子分共も落ちぶれたものだ。」


倒れたドアを更に踏みつけながら、男がズカズカと部屋に入ってきた。ぽかんとするライト達。


「誰?」


「なんだなんだ、そのしけた顔は。この俺様がわざわざ来てやったというのに。もっとうれしそうな顔をしたらどうだ?」


紫色の目を光らせ、偉そうにふんぞり返ったその男が、ライト達の顔を順繰りに舐め回すように見てくる。展開についていけず、男を見つめたまま誰も言葉を発しないライト達。ま、ライト達は初対面だが、誰かは言うまでもないだろう。


「……」


「だんまりとはいい度胸だな。まあいい、初めてだから許してやる。せっかくだから名乗ってやるとしよう。よく聞けよ、俺様は頭領に一番信頼されている、泣く子も黙るネロト様だ。どうだ、すごいだろう。おい、皆のもの、頭が高い、ひかえよろ〜。そこになおってひれ伏して、俺様に敬意を示せ。」


「またわけのわからん奴が来やがった…」


いったいどこの時代劇を聞きかじったのやら。男の芝居がかった意味不明な口上に、我に返ったヒナタがうんざりした顔でつぶやいた…






「では、12年前に反乱を起こして、研究所を次々襲っていたのは、このライトというユーグレナを中心とした一派だということですか。」


トウヤが、モニターに映し出された映像を見ながら言う。


「そうなんだ。ただ、ここ10年は、私とトワで全て阻止してきたけどね。」


頷くヒカリ。こちらは『ユーグレナ対策室』。ライト達について、ヒカリが説明しているところだ。壁に映っているのは、先程の攻防を記録したアーカイブ。


「もっとも、この傘女は、私も今日初めて見たんだけど。」


「初めて?ということは、傘女は新たにライト一派に加わった仲間というわけですか?」


ナナミが聞く。あの女ユーグレナは『傘女』と呼ぶことになったようだ。


「どうなんだろう。そこはまだ何とも言えないな。私もライト達が現れるとは予想外だったから。」


首を振るヒカリ。ヒカリの左斜め前の席では、トワが苦い顔をしている。


「予想外?」


「うん。ライト達は一般市民や街には手を出したことがなかったんだ。彼らが標的としているのは、ユーグレナ研究所だけなんだよ。だから傘女と関係があるとは思わなかったんだが…」


「仲間…ではないかも…」


「なぜだ?ミノリ。」


ミノリのふとした呟きを、聞きもらさなかったトワ。はっとするミノリ。


「え…あ、その、なんというか…仲間が危ない目にあったら、もっと、こう、心配するとか慰めるとか、なんかアクションがあると思うんですけど、その映像を見る限り、誰も傘女にそんなことしていないから…あの白髪のユーグレナなどは、思いっきり横を向いて、嫌な顔をしていませんか?」


「なるほど。確かにヒナタはそっぽを向いているな。」


改めて映像を見たトワが、納得したように頷く。


「ヒナタ?」


「その白髪の奴の名だ。他は、つるはしを持っているのがミナト、リングを持っているのがミコト、ピンクの髪の奴がロベリア、ヒナタの後ろに隠れるように立っている緑髪の奴がシエナだ。」


さっさと名を告げるトワ。ライトだけではなく、全員を把握しているとはさすがだ。


「それならそれで、なんで助けに来たんだ?」


ルイが首をひねる。


「大方ちょっと知った顔だったか何かだろ。あのライトならやりかねん。あいつは基本お人好しだからな。困っている奴がいたら、顔見知り程度でも飛んでいくような奴だ。」


「なんか似てるわね、リュウに。」


「よせやい。」


ナナミにつつかれ、リュウがむくれる。


「研究所だけを、ですか。なぜ、と聞くほうがおかしいですね。ユーグレナが研究所を憎むのは必然でしょうから。」


トウヤが話を戻す。


「そうだね。ユーグレナが人間に奴隷のように扱われるようになったきっかけが、研究員達がユーグレナを生み出したからと考えれば。しかも、ライト達はヒナタ以外、かつては実験体だった。余計に憎んでも仕方がない。」


「実験体…」


嫌そうに眉をしかめるリュウ。カー子のことがあって、リュウにはこの言葉が鬼門のようだ。


「でも…隊長。」


伺うように、ミノリがヒカリを見る。


「先程の様子だと、隊長もトワさんも、ライト達とは戦う気がないのでは?」


「ミノリは察しが早いね。その通りだよ。私はライト達とは、なんとか話し合いに持ち込めないかと考えている。」


ヒカリの口元に、微かな笑みが浮かぶ。


「話し合い?」


「彼らはネロトとは違い、人間を滅ぼそうとまでは考えていない。もっと言えば、人間に憧れ、人間になりたいとまで思っている。」


「なぜですか?研究所で実験体として、散々な目にあったはずなのに。」


「ユーグレナは初めから、人間に悪感情を持っているわけではない。リュウ、ユーグレナにも幼少期がある話はもう聞いたかな。」


「はい。なんか出来てからの半年間を幼少期として、その間に人間のことを徹底的に教え込むって。それが終わるまでは売っても研究にも使っちゃいけねぇって話だったな。」


「そう。ユーグレナが初めて与えられる情報が人間のことだ。まあ、目的はユーグレナをひたすら人間に尽くす従順な存在にすることにあるから、人間の都合のいい情報ばかりが与えられるんだけどね。ともかく、その教育の結果、ユーグレナは、初めは人間を信頼できる憧れの存在と認識しているんだ。」


リュウが講義で聞いた話の補足をしつつ、ヒカリが説明を続ける。


「人間社会に出ていったユーグレナは、その与えられた情報を元に、自ら考えながら人間と接していくことになる。しかし、その後、ユーグレナが人間をどう思うようになるかは、それぞれ違っていくんだ。人間だって、情報の捉え方や置かれた環境、本人の気質などによって考え方に違いが生じるだろう?同じことがユーグレナにも起きるんだ。ナナミの子守のユイちゃんは人間を信頼しているし、ヒヨリ君は捨てられてもなお、人間を憎んでいなかったよね。」


「確かに。」


ナナミとミノリが頷く。


「ネロトは融合型の実験体として散々利用された結果、全ての人間を憎むようになってしまった例だ。要するに、人間がユーグレナとどう接するかも、ユーグレナの思考に影響を及ぼすということだ。」


「ライト達は?」


「ライト達は初めから実験体だったわけではなく、その前は何らかの役目を与えられて、人間と共に生活していた。そして、その頃は皆が皆、彼らに冷たかったわけではなかったようだ。その思い出があって、人間を信じる気持ちまでは失っていないんだよ。」


軽く息をついたヒカリが、コーヒーを口に含む。なんとも複雑な表情を浮かべる隊員達。ややあって、ナナミがヒカリに聞く。


「隊長。隊長は以前、ライト達の思惑はネロトとは違うと言っていましたが、それは?」


「ライト達はユーグレナを道具としてではなく、ユーグレナも人間と同等の存在として、人間と同じ権利を与えてほしいと望んでいるんだ。そうなれば、悲しい思いをするユーグレナはいなくなるだろうとね。」


「別に無茶な要求ってわけでもないな。そうなったって地球や人間が滅びるわけでもないし。まあ、研究所を襲うのだけはいただけないが。」


「そうなんだよ。そこでややこしいことになってしまったんだ。」


ルイに言われて、苦笑するヒカリ。


「ややこしいこと?」


「さっきも言ったが、私はライト達とは話し合いに持ち込みたいと思っている。ルイの言う通り、ライト達の要求自体は無茶なことを言っているわけではないし、ユーグレナが人間に憎しみを募らせている現状は何の益もないからね。だが…」


ヒカリの表情が曇る。


「だが問題は、ライト達がその要求を通すためには、研究所と研究員を排除しなくてはいけないと考えていることだ。一般市民には手を出さないが、研究員を殺すことにはなんの躊躇もない。それは人間側からしたら殺人に他ならないし、殺人を犯した者の要望に耳を傾ける人間はいないだろう。憎しみに囚われ、ライト達は自分で自分の首を絞めているんだよ。」


「あ…」


「今のところライト達のことは表沙汰になっていない。トウヤは気付いたようだが、2年間で25の研究所が襲われたことは、実は政府によって隠蔽されたんだ。裏で複数融合の研究が行われていたことが明るみに出たら、国際的にもとんでもないことになるからね。その政府の方針に逆行するNEVERが睨まれているわけだが…政府がそのつもりなら、こちらもその政府の弱みをついてライト達の要求を飲ませようかと、私も少々意地の悪いことを考えているんだよ。」


ヒカリには似合わない、皮肉めいた色がヒカリの口の端に登ったが、すぐさまその色は消え、再び陰鬱な影が浮かぶ。


「とはいえ、表向きは穏便に事を運びたいから、そのためにもこれ以上ライト達に罪を犯させてはいけないと、彼らの動きを私とトワで阻止してきたんだ。しかし、これもライト達からしたら自分達の妨害をされているとしか見えないわけで、私達も敵認定されてしまったんだよ。」


やれやれである。ヒカリの真意をライト達も政府も知る術がないことが、こうもこじれにこじれを生んでいるというわけか。まあ、争いというのはこういうちょっとしたボタンの掛け違いから生じてしまうものなのだろう。


「まあ、ライト達の思惑は別として、複数融合の研究は防衛上、政府がどう言おうと、NEVERとしては容認できないんでね。ライト達の動きは牽制しつつ、研究所はこちらが摘発しているというわけだ。証拠を掴んでからでないと動けないから、なかなか進まないけど。」


「研究所を潰した後はどうしているんですか?」


「それは、国際法違反だからね。研究員は全員逮捕して、NEVERニューヨーク本部に送っている。本部が一括して、国際司法裁判所に訴状を提出しているんだ。日本の司法では裁いていないし、これまた政府がこちらの動きを隠蔽しているから、一般的には知られていないんだよ。」


なんだ、忽然と消えるとは、単に逮捕連行していただけだったのか。こんな単純な話も、情報操作されてしまえば誰にも分からなくなってしまうわけだ。


「そういえば、この間、テレビで複数融合研究をほのめかしていたところがありましたね。」


トウヤが思い出したように言う。


「私にも情報処理班から連絡が来たよ。裏取りをしたが、間違いなさそうだ。近々摘発に行く予定だよ。」


「それ、俺達も行く!」


「だめだ。特にリュウはな。」


勢い込むリュウを、即座に拒否するトワ。


「だから、なんでだよ!」


「前にも言っただろ。お前は絶対に泣く。」


「だから、意味分かんねぇんだよ!」


「その時は僕も行かせてください!」


トウヤが目を輝かせている。


「トウヤまで、何を言い出す。」


「僕、ユーグレナのことを、ずっと研究したいと思ってたんです!研究所なら、色んな資料があるでしょ。」


「来てもお前は銃で威嚇することぐらいしかできんだろ。足手まといだ。」


「銃?銃って、なんのことですか?」


トワに言われて、きょとんとするトウヤ。


「は?だから、お前とミノリは護身用の銃しか持ってないだろうが!」


「護身用?ミノリさん、持ってますか?」


「いえ、銃なんてもらってませんけど。」


「隊長?」


2人の困惑した様子に、トワがジロリとヒカリを睨む。


「あ…そうだった。」


「は?」


「オペレーター組にはいざって時のために銃を持たせようと決めたの、忘れてた。」


「隊長!」


「今渡しておくよ。」


ヒカリが壁際の戸棚から銃を2丁、ホルダーを2つ取り出すと、トウヤとミノリの机に1セットずつ置く。


「でも、その銃はユーグレナに効かねぇんだろ?」


リュウが聞く。


「効かないというか、このままでは怪獣やユーグレナを倒せるほどの威力がないんだよ。日本支部は銃の使用に消極的で、開発も強化もしてこなかったんでね。宇宙部隊が隕石上で戦う時のための、対怪獣用ライフル銃ならってところだが、あれも通用するのはせいぜい10m級以下の小型怪獣までだし、無重力空間用だから地上では使えない。トウヤとミノリに渡すのも、あくまで護身のためだ。」


「なんで使いたがらないんだ?」


「日本は他の国より銃の使用に寛容ではないんだよ。防衛のためであっても適正使用だったかどうか、問題視されることが多くて。それが面倒で、使わなくなったようだ。」


「じゃあ、あん時俺が撃ったの、まずかったんじゃ…」


リュウが不安気な顔になる。


「さすがに異常事態過ぎて、うやむやになった。怪獣が頻繁に侵入していた頃はそこまで非難はされていなかったようだし。今の状況下では使用しても大丈夫だとは思うけどね。」


「大丈夫って言われても、威力が弱いんじゃ、使ってもなあ。」


「弱くもないけど。」


「え?弱くない?」


「いや…なんでもない。」


なんだか妙な言い方のヒカリ。おまけにヒカリがさらっと言ったせいで皆スルーしているが、宇宙部隊って、怪獣と肉弾戦をやることもあるのか!しかも、10m級の怪獣を小型と…どうりでヒカリが地上戦でもやたらと強いわけだ。


「話がそれたけど、ライト達のことについては、皆これで大丈夫かな?」


「はい。」


「けど、また連中が出てきたらどうすりゃいいんだ?隊長がそのつもりなら倒すわけいかねぇし。かといって、逃がしてるのがバレたら…」


「今更だ。NEVERの評判などとっくに地に落ちている。バレたところでこれ以上悪くなりようもない。」


「それもそっか。」


とんでもないことをあっさり言うトワもトワだが、それで納得するリュウもリュウだ。


「それより、隊長。さっきの通信はなんだ。」


またヒカリを睨むトワ。


「何が?」


「あの傘女をはめるために、俺がかわいいとか、でたらめ言いやがって。リュウまでそれに乗りやがるし。全く、クソ腹が立つ。」


「いや、本心だけど。」


けろりと、ヒカリが言った…


「は?」


「初めて見た時、かわいいと思ったから、養子にしたんだけど。」


「おい!」


「俺だって別に嘘は言ってねぇし。」


リュウもヒカリに同調する。


「は?」


「あの女のぶりっ子よりゃ、副隊長のからっとした性格のほうがよっぽどいいや。見た目だってどう見ても数段上じゃん。な、犬飼。犬飼も前そう言ってたもんな。」


「あ、確かにトワちゃん、いい顔してるもんね。」


「……」


うつむいて、珍しく二の句が継げないトワ。耳まで真っ赤になっている。


「なんかトワちゃん、照れたみたい。」


「やめろ…それより、これで話は終わりだ。仕事…」


キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン…


「あ、もう6時半か。お疲れ様。」


「あ〜!!」


バーン!


ヒカリ以外の6人が、なぜか一斉に机をぶん殴った…


「どうしたの?」


「結局なんも仕事できてねぇ!」


「ほんと。日勤報告出しただけになったじゃないの!補佐官と小堀が来たせいで!」


「私も。」


「僕は3時に来たから、隊長の話聞いただけですよ。」


「お前、あのババアと小堀と滅茶苦茶やり合ってたじゃないか!それより、俺、明日から5日間、撮影やら舞台練習やらで来れないってのに!」


口々に不平を鳴らす隊員達。


「出動があったから、仕事はしたでしょ。トウヤも気にしないで。続きは明日で。ルイは次来た時にね。」


「次って…俺、こないだ急に撮影入って早退した時の分も残ってるんだけど。隊長、残業させてください!」


「しても、私はいないよ。」


「え?」


「シグレ君から連絡が入ってね。今から宇宙行ってくる。それじゃまたねー。」


ルイも、他の隊員達もぽかんとしている間に、ヘルメットを抱えたヒカリがさっさと行ってしまった…


「宇宙行くからまたねって…隣の家じゃねぇんだが。」


「というか、今から行くって、普通に隊長は残業…」


「それで、俺達には帰れと…」


「トワさん、どうしましょう。」


「どうしたもこうしたも、もう終業だ。お前らは帰れ。」


「トワさんは?」


「俺は夜勤だ。ルイ。今日分以外のたまってる仕事はよこせ。やっておく。」


無表情にキーボードを叩き始めたトワになす術なく、皆腑に落ちない表情でなんとなく礼をすると、ディレクションルームを出て行った…






白々と明けていく空に、その黒い影は浮かんでいた。といっても、地上からはいくら目を凝らしても肉眼では確認できない、世界最高峰のチョモランマすら見下ろす、高度にして1万メートル程の上空に。これは鳥?いや…


「フフフ…」


くぐもった含み笑いが、その影から漏れている。顔をのぞかせたばかりだというのに既に熱を帯び、ジリジリと焼き付ける日の光が、グレーの背広を着た男の姿を背後から炙り出す。こんな場所に、人間?


「ハハハ。ユーグレナの体とは便利なものだ。ネットワークさえ張り巡らせてあれば、こんな場所にも簡単に来れるのだからな。」


辺りを満足気に見渡しているその男の緑色の目が、怪しく光っている。この目、そして声…紛れもなく頭領。


「しかも、この体は永久に滅びることはない。地球が私の手に落ちた暁には、全てが永遠に私の思うがままとなるとは、フフ、我ながらうまいことを考えたものだ。」


気味の悪い笑みを浮かべ、自画自賛の頭領であったが、俄にその口元が憎々しげに歪む。


「それにしても、あの防衛隊とやら、よくも私の作戦をあっさりかわしてくれたものだ。まさかあの状況でライトを全く攻撃しないとは。そのせいで359号を失うはめになった。全く忌々しい奴らだ。」


何を言ってんだか、傘女は自分で始末しておいて。人間を滅ぼし、全てを自らの思うがままにしたいなどと願う奴の思考は、やはり身勝手なものだ。


「まあ、余裕をかましていられるのも今のうちだ。私の駒はユーグレナ共だけではない。使えるものは使う、それが私のスタンスだ。そして、私にはそれができる力と頭脳があるのだ。」


延々と独り言を繰り広げていた頭領が、上着のポケットをさぐると、何かを取り出した。頭領の指の間で鈍い銀色の光を放つそれは…ホイッスル?


「これさえあれば、宇宙怪獣とて私の意のままとなる。開発には足かけ8年かかったが、これでこの世界だけではなく全宇宙も支配できるのなら安いというもの。もっとも、この間は試作品で適当にやったから、一番弱いソギアを引いてしまったが。今度はよく見定めるとしよう。」


男が頭をもたげ、更に上空を見上げた。頭領の鋭い視線が、舐めるようにゆっくりと左右に動き、やがて、一点に止まる。


「あれは…運よく使えそうな奴がいた。ソギアは群れを呼んだにもかかわらず1体しか入らなかったが、あれなら確実に複数体地球に入る上に空中戦となる。連中の飛び道具は弓矢のみ。多少跳ぶ奴はいるようだが、少数精鋭を気取っている奴らだ。そうなれば対処できまい。なにより聴覚を奪われてまともに戦えるはずもない。どこまで耐えられるか、とくと見てやるとしよう。待ってろよ、NEVERの者共。」


頭領がホイッスルを口にくわえると、吸い込んだ息を勢いよく吐き出した。何の音も出ない。が、その代わり、頭領の周りの薄い空気が僅かにビリビリと震えた。その振動が次第に一筋の線状にまとまっていくと、次の瞬間、矢のごとく一気に空の彼方へ、大気圏すら貫いていった…






「ねぇ、ライト。あいつ、いつまで居座る気なのかしら。」


なぜか部屋の片隅で所在なげにしているミコトが、いつもシエナが座っている席のほうをちらちら見ながら、こちらもなぜかミコトと同じ場所にいるライトに小声で聞く。珍しく姉妹で仲違いでもしたのか、と思いきや、その席でふんぞり返っているのは、ネロト。


「さあ。だいたい、何しに来たんだか。名乗っただけで用件を言わないから、さっぱり分からんのだが。」


苦い顔で首を振るライト。どうやら、やって来たネロトが、そのままライト達が集う廃墟に居座ってしまったらしい。しかも、ミコトとライトの言い方からして、ネロトは何も話していない様子。こんなの、ライト達ならずとも戸惑って当然だ。


「ネロトって、街破壊してる奴でしょ。そんなのに居座られちゃ、迷惑なんだけど。」


しかめっ面をしているのは、ロベリア。


「ほんとだよ。あんな奴と同類に見られたくないんだが。」


「全くだ。あの女だけでも厄介だったのに、もっと面倒な奴が来るなんてな。」


同調するミナトとヒナタも渋い顔。言い忘れていたが、ミコトとライトだけではなく、ロベリア、ミナト、ヒナタもそこにいる。要するに、椅子に座っているネロトとは距離を置いて、ライト陣営は全員、部屋の隅で固まっているという構図。いや、シエナの姿だけは見えないが、どうしたのだろう。


「それだけじゃないわよ。なんか姉さんを気に入ったらしくて、やたらと姉さんにベタベタしてきて。気持ち悪いったらないわ。」


「ねぇ。そのせいでシーちゃん、すっかり怯えちゃってさ。あんなセクハラ野郎、早いとこ出てってほしいんだけど。」


「シッ!奴に聞こえるぞ。」


やや声が大きくなったミコトとロベリアを、ヒナタが慌てて制したが、その声が聞こえたのかどうなのか、


「おい。そこで何こそこそ話してる。」


ジロリと、ネロトの紫色の目が睨んでくる。


「いや、なんでも…」


「ここに座っていたあの緑髪の奴はどこ行った。俺の世話をしろと言いつけただろ。早く出せ。」


偉そうに命令するネロト。この横柄な態度と物言い…ネロトのほうはとっくにライト達を手下にしたつもりのよう。随分と都合のいい思い込みだな。


「出せって言われても、シエナはあいつを嫌がって出てこないんだが…」


「任せて。」


ミコトが目で頷くと、スタスタとネロトのところに行き、腰に手を当て、お返しとばかりにネロトをジロジロ眺める。


「なんだ?お前。」


「そっちが呼んだんでしょ、緑髪の奴って。」


「お前じゃない。」


「どっちでもいいでしょ。姉妹なんだから。」


臆することなく、ネロトに言い返すミコト。


「俺は気の強い奴は嫌いだ。お前はいらん。妹を寄越せ。」


「だから、妹が来てるじゃないの。」


「嘘つけ。お前が姉だろ。」


「決めつけないで。そもそもあんた、何しに来たのよ。」


「ええい、うるさい!この俺様を誰だと心得る!天下のネロト様に気安く声をかけるでない!無礼者!」


「また始まった…」


辟易したヒナタが、ため息をつきながら自分の席に向かうと、机の下を覗き込み声をかける。


「なあ。」


「ひっ…」


短い悲鳴が上がった。そこにいたのは、シエナ。身を小さく縮めて、がたがた震えている。そんなところに隠れていたのか。


「シエナ、出てきてくれよ。」


「やだ…怖い…嫌…」


激しく首を横に振るシエナ。気の弱いシエナのこと。ネロトを怖がるのも無理はない。


「頼むよ。お前じゃないと話が進みそうにないんだ。あいつがなにしに来たのかだけでも、聞き出してくれよ、お願いだ。」


ヒナタの懇願に、嫌々ながら這い出してきたシエナが、そろそろとネロトの方に、というか、まだネロトと言い争っているミコトの方へと歩いていく。


「ちょっと…」


気付いたミコトが咎めるような視線をヒナタに向けたが、ヒナタがすまなそうな顔で両手を合わせたのを見て、ぐっとこらえる。ミコトの肩越しに顔を半分ネロトのほうに覗かせたシエナが、おどおどと口を開く。


「あ…あの…」


「おうおう、待ってたぞ。」


途端に相好を崩したネロトが、ニタニタ笑いながらシエナに手を伸ばす。


「あ!ちょっと、姉さんに触らないで!」


「うるさい!あっち行け!」


「あ…」


立ち塞がるミコトを乱暴に押しのけ、ネロトがシエナの腕を掴み、引き寄せると、膝に乗せ、がっしりと抱き込んでしまった。って、これじゃ文字通り、セクハラ…ミコトとロベリアが嫌悪していたのは、これか。


「おい!やめろ!」


「ほんと、かわいいなあ。ユーグレナにしてはきれいな髪だ。」


ライト、ミナト、ロベリア、ヒナタも駆けより、止めようとするも、ネロトは完全無視、シエナの髪を撫で回しながらデレデレしている。全く、どこまでも…シエナのほうは顔面蒼白、今にも卒倒しそうになっている。


「そうビクビクすんなって。俺様の言う通りにしてりゃ、悪いようにはしないからさ。」


「……」


「そういや、お前、なんて名だ?」


「え…えと…その…あ…あなたは…な…なんで…ここに…」


ネロトの問いには答えず、なんとか蚊の鳴くような声を絞り出すシエナ。


「なんで?ああ、そうだったそうだった。頭領は全てを俺に任せたから、なんも聞いてないのか。これは失敬。」


シエナを抱いたまま、顔を上げたネロトが、ニヤけた表情を改めようとして失敗した、気味の悪い笑みを浮かべた顔をライト達に向けると、勿体ぶった口調で言い渡す。


「お前らは俺様の手下にする。ありがたく思え。」


「は?」


「なんだなんだ、その顔は。レイが消えて行き場のないお前らを、この俺様が丸ごと抱えてやると言っているのだぞ。もっと喜ばんか。」


ぽかんとするライト達に、不機嫌な声で苦言を呈するネロト。これは…どうやらネロト、頭領の嘘くさいおべっかを真に受けて、自分が顔を出せばライト達が平身低頭して喜ぶと、本気で信じ込んでいたらしいな。


「お前の手下にだと?」


ライトが眉間に皺を寄せる。


「お前とはなんだ。これからはネロト様と呼べ。」


「なぜだ。」


「は?手下のお前らが親分の俺様をそう呼ぶのは当然だろうが。」


「だから、なぜお前の手下にならないといけないんだ?」


ますますしかめっ面になるライト。


「なんでもなにも、頭領がそうお決めになられたのだ。黙って従え。」


「断る。」


ずばっと、ライトが突っぱねた。そんなど直球に…案の定、ネロトの顔がみるみる真っ赤に…


「なにい!」


パッと立ち上がり、ライトを睨みつけるネロト。が、幸運にもその瞬間、ネロトの腕が緩んだらしい。ネロトの膝から滑り落ち、ぼんやりしているシエナを、すかさずミコトとロベリアが引っ張り、ネロトから引き離す。ネロトの意識は完全にライトの方に向かっていたため、そのことにまるで気づいていない。


「断るだと!?」


「お前のことは聞いている。人間を滅ぼそうとしているそうだな。そんな奴につく気はない。帰ってくれ。」


いきり立つネロトに、そっけなく返すライト。


「何を言うか!これは頭領がお決めになられたことだぞ!お前らに断る権利はない!」


「頭領の名を出しても無駄だ。俺達は頭領に勝手に引き込まれただけだからな。頭領もお前と同じ穴のムジナだと知って、むしろ迷惑している。従う義務はない。」


「おい!ユーグレナの父とも言うべきお方になんたる暴言!消されても知らんぞ、バカ者が!」


え?ユーグレナの父?言われてみれば、ライト達が距離を置きつつも、レイとやらがいた頃から10年以上も頭領と繋がっていて、未だ積極的には袂を分かとうとはしないというのは、やはり不自然だ。単に力が足りないというだけではない、それ以上の理由があるのだとしたら…そう言えばあの傘女、頭領をパパと…実の親子には到底見えなかったから、ふざけてそう呼ばせていたのかと思っていたが、まさか、あの言葉にも何か深い意味が隠れていたのか?いったい、あの頭領は何者なのだろう。


「別に構わん。消したければ消せばいい。」


淡々としているライト。


「は?」


「俺が目指しているのは、全てのユーグレナが奴隷としてではなく、人間と対等に共存する世界だ。その実現のためなら、俺自身はどうなってもいい。捨て石になる覚悟はできている。」


「ユーグレナと人間が共存?何甘っちょろいことを!そんなの、人間が認めるわけないわ。人間がいる限り、ユーグレナはお先真っ暗だ。人間など滅ぼし、頭領が地球を支配する。それこそが、ユーグレナのためだ!」


「本当にそう思うのか?」


ライトの水色の目が、冷ややかにネロトを見る。


「どういう意味だ?」


「今ですら俺達を意のままに操ろうとしている頭領が支配者になったところで、今とどう変わると言うんだ。人間に代わって頭領がユーグレナを奴隷として扱うオチしか見えん。」


「何を言う!頭領はそんなお方ではない!あの方こそ、地球の支配者にふさわしいお方だ!」


「なぜそう言い切れる。」


「なぜも何もない!考えるだけ無駄だ!頭領は素晴らしいお方だ!疑問を持つお前がおかしいだけだ!」


「要するに、お前の思考の限界はそこまでということだな。だったらお前はそうやって、いつまでも頭領を盲信し続けていればいい。それを止めるつもりはない。しかし、そこに俺達まで巻き込むな。」


「ええい!ごちゃごちゃうるさい!つべこべ言わずに、頭領の思し召しにしたが…」


「ごちゃごちゃうるさいのはお前だろーが!」


「へ?」


呆気にとられるネロト。何が起きたか分からないという表情…


「こっちが断ると言ってんだから、はい分かりましたで、さっさと引き下がれってんだ!それを延々と引っ張りやがって!しつけーんだよ!」


なんと、怒鳴り散らしているのはライト…


「は?」


「おまけにうちの女子陣にセクハラかましやがって!そんな奴がここにいるってだけで虫唾が走るわ!とっとと出てけ〜!」


「な!お前、誰に向かって…」


「てめえしかいないだろ!そんなことも分からんのか!」


おい!ライトって、抜けたところはあっても、割と物静かなイメージ…いや、なぜかミナト、ロベリア、ヒナタ、ミコト、シエナすら、あ〜あ、やっちゃった、と言いたげな顔をしているのはどういうことだ?しかも、その言い回し、どっかで…と考えるまでもなく、リュウにそっくり。


「てめえだと?お前、頭領に1番信頼されている俺様に向かって!」


「そんな安っぽいおだてでいい気になってるような奴、てめえで十分だ!」


「安っぽいだと?お前、どこまで頭領を!」


「ほんとのこと言って何が悪い!そのセリフ、俺も散々、ああ、てめえに言っても無駄か。とにかく、てめえなんかと手は組まん!出てけ!二度とその面見せんな!」


「おのれ!こんな馬鹿なユーグレナ、このままにしておいたら、頭領の御為にならん!そこになおれ!叩き切ってやる!」


また時代劇風の口上をわめいたネロトが鎌を出したが、次の瞬間ぎょっと…


「お…お前ら、何を…」


ライトの手には剣が。ライトだけではない。ミナトはつるはし、ミコトは例のリング、そしてヒナタが刀、ロベリアは巨大なハンマー、シエナの手にも槍が!多勢に無勢、さすがに怯むネロト。


「貴様ら、同じユーグレナの俺様を倒す気か!」


「そっちが先に俺達を倒す気だったじゃないか!都合よくねじ曲げるな!」


「そうよ!勝手に来て勝手なことばっか言って!誰があんたの手下になんか、なるもんですか!」


「頭領頭領、うるさいったらないわ!それで私達が言う事聞くと思ったら、大間違いよ!」


「頭領の威を借る狐など、この妖刀の相手としては不足だらけだが、望むとあらば仕方がない!受けて立ってやる!」


ミナトもミコトも、ロベリアもヒナタも、我慢の限界だった様子。


「ま…待て!俺はお前らのために…」


「気持ち悪いのよ、最初から!もう二度と私に触らないで!」


「うわっ!え!?なんで!?」


真っ先に槍が迫ってきて、茫然とするネロト。あらま、シエナは武器を持つと豹変するタイプだったのか…それを皮切りに、次々とネロトに襲いかかるライト達。


「お…お前ら、落ち着け!」


「おまえに言われたくない!」

「あんたに言われたくない!」


ドーン!ガーン!


机が倒れ、椅子が吹っ飛ぶ。やがて…部屋の床や壁のあちこちに亀裂が入り、天井から大量の白い粉がザーッと降り注いできた…






「隊長。」


隣接しているビルとビルの間の、路地とも言えない細い隙間に入り込んでいるルイが、通信機に呼びかける。なんでそんなところにいるのだろう。


「なんだ?ルイ。お前、撮影中じゃなかったのか?」


通信機からヒカリの声が、いや、これはトワだ。


「えっと、隊長は?」


「隣にいる。他の連中は昼メシ食いに行っている。」


「あ、そうですか。はい、今撮影現場の近くです。」


「お前、NEVERにいることは秘密だろ。通信なんかしてきていいのか?」


なぜかずっと、トワがしゃべっている。


「大丈夫です。今撮影中断しているので、俺の近くには誰もいませんから。」


一応撮影陣やスタッフなどに気付かれないように、ビルの間に身を潜めていたようだ。


「なら、いい。」


「なにかあったの?」


ようやく、ヒカリが出てくる。


「それが、撮影中に近くにあった建物が突然倒壊しまして。今、警察が現場検証しているんです。」


「ふ〜ん。」


なんだ?このヒカリの反応は…


「驚かれないんですか?」


「よくあることだから。君が今いるところの近くは空き家が結構あるからね。どうせ野良ユーグレナが喧嘩したんでしょ。」


「え?ええ、まあ。って、俺、どこで撮影してるか、言いましたっけ?」


「GPSで分かるよ。君が通信機の電源を入れたか  ら。」


「あ、そっか。」


ルイも呑気なもの。なんだか、ヒカリの反応もおかしいが、ルイも直ぐ側で建物が倒壊したという割には、さほど緊迫感がない。どういうことだ?


「ただ、連絡したのはそれだけでは。」


ルイの声に、やっと深刻そうな響きが混ざる。


「なにか?」


「確かに倒壊する直前に、逃げていくユーグレナは見ました。けど、それがネロトとライトとその仲間だったんです。」


「ネロトとライト達が?」


「はい、間違いないです。どうしましょう。」


「そういや、ライト達の隠れ家、その辺だった…うん、ほっとこう。」


あのなあ…


「いいんですか?」


「君達を襲ってきたんなら出動理由になるけど、何もしていないのに戦端を開けば、NEVERがユーグレナを全部倒す方針だなんて話の信憑性を高めることになりかねないからね。向こうの策略にNEVER自ら乗る必要もないでしょ。」


もう!いい加減と思わせて、その裏ではしっかり考えを巡らせているんだから!気にしていないようで、ヒカリもマスコミというか、マスコミを小堀を使って操っている政府への警戒を怠ってはいないわけだ。


「でも、ネロトとライト達はどちらも同一組織にいるんですよね。もしかしたら考えを変えて手を組んだのでは?だとしたら、放っておくのはまずいかと。」


「大丈夫でしょ。」


「なぜですか?」


「手を組んだのに建物が倒壊しないでしょ。喧嘩になったってことは、お互い譲らずに揉めたんじゃないの?」


「そう言われたら…」


なんだかんだで核心をつくヒカリ。ほんと食えない。


「近隣の人も喜んでいるだろうし、今は手を出さないほうがいいよ。」


「はあ、分かりました。あと、この間の傘女はいませんでした。どうしたんですかね。」


「へぇ。トワ、どう思う?」


「消されたんじゃないのか?」


「だって。二度と出てこないと思うよ。」


「は…はあ。」


「それじゃ、撮影頑張ってね。」


終始軽い調子で、あっさりと通信が切れる。しばし、ぼんやりと通信機を眺めるルイ。


「いいのかな、本当に…」


「ついにあの空き家も倒壊したか。よかった、よかった。」


「ほんとほんと。お化け屋敷みたいで気味悪いから早く取り壊して欲しかったのに、予算がないって市もほったらかしでさ。」


「なら、野良ユーグレナが住み着いてくれないかな、と思ってたら、ほんとに住んでたとはね。助かったぜ。」


立ち尽くしているルイの前を、話しながら通り過ぎていく3人の男性。


「そうそう。こういう時は野良ユーグレナ様々だ。」


「縄張り意識が強いからな。それで住処の取り合いになって大喧嘩、はずみで家までぶっ壊して。ほんと、おもしろいよな。」


…よくあることって、そういう意味だったのか…


「こっちからしたら、空き家問題解決で万々歳。無料の解体業者ってとこだ。」


「全くだ。さて、跡地は何ができるかな。」


「さあ。俺はイノシシ肉専門店だな。結構好きなんだよ。」


「それ、できて喜ぶの、お前だけだろ。」


笑い声を上げる3人組を見送り、ルイがつぶやく。


「まあ、隊長が言ってる通りみたいだし、いっか。」


「カイさん!雪月カイさん!どこですか?撮影再開です!」


マネージャーの声が聞こえてくる。


「今行く。」


通信機の電源を切り、ルイが声の方へ走り出した。






しんと静まり返った、群青色とも紫色ともつかぬ不思議な色に染まった宇宙空間で、鮮やかに青く輝く惑星。言うまでもなく地球だが、その地球を取り囲むように、球体に昔のテレビアンテナ状ものが3本取り付けられた銀色に輝く物体がいくつも漂っている。地球の大きさに比べるとピンポン玉ぐらいの大きさに見えるが、実際はガスタンクの2倍以上の大きさがあるその銀色の球体は、NEVERが地球防衛のために宇宙に配備した無人探査衛星である。宇宙怪獣に対する備えとしてはこれまで、宇宙部隊の名が度々登場していたが、無限に広がる宇宙にどのくらい生息しているのか定かではない宇宙怪獣に、それだけで対応しきれるものではない。そこで、怪獣の地球への侵入を阻む最後の砦としてNEVERが総力を挙げて開発したのが、この無人探査衛星だ。総本部に置かれている、NEVERスペーシーズの24時間体制のコンピュータ管理によって、地球の軌道を巡りながら半径1000kmの範囲に異常がないかを常に監視している。それだけではなく、緊急の場合には自動で攻撃する機能も備えているという優れものだ。この、NEVERのたゆまぬ努力の結果、地球に暮らす命は先日のソギア侵入まで、つかの間平穏を楽しめていたのだ。40年がつかの間かどうかは、地球の歴史で見るか、人類の寿命で見るかで、また、変わってくるであろうが…


キ〜〜〜〜イ!!!


突如、静寂が破られた。空気のない宇宙空間が、なぜか音に包まれたのだ。と、探査衛星の一つに、動きがあった。くるりと横に半回転した衛星の胴体部分の表面が1箇所、四角く切り取ったように開く。同時に、サアーッと、そこから青白い光がこちらは音もなく放たれた。光は太い線となって宇宙空間を一直線に貫いていく。1本だけではない。その衛星からは立て続けに、更には近くの他の衛星からも次々と同様の光が飛び出し、どの光の線も同じ方向へと伸びていく。


キ〜〜〜〜イ!!!


しかし、音は一向に止む気配がない。どころか、だんだんと大きくなっていき、やがて…その音を発する黒い巨大な塊が姿を現した。やや斜めに傾いた楕円形の小さな赤い光が、その塊の中で点々と、100以上も不気味に輝いていた。







「神楽隊長〜!」


「今度はなんだ、シグレ。チャットでいいと言われているだろ。」


また泣くような声を上げて駆け込んできたシグレに、むすっとするトワ。


「す…すみません!それが…あれ?皆さんは?」


「時間を見ろ。終業時刻をとうに過ぎてるわ。」


ディレクションルームにいるのはヒカリとトワだけ。この時期だからまだ明るいが、時刻は18時40分。他の隊員達はとっくに帰っている。


「あ、ほんとだ。」


「シグレ君、どうしたの?」


「そ…そうでした、ごめんなさい!また私の力不足で!」


ヒカリにすがりつくシグレ。シグレがやってくると、この流れが定番化しつつある。毎回ろくな話にならないが。


「だから、どうしたの。」


「それが…」


「神楽隊長。」


いつの間にか、壁にモニターが現れ、総監代理が映っている。こちらのほうが、シグレより話が早く進みそうだ。


「秦野さん。何かありましたか?」


「はい。怪獣キードラスの群れの襲来です。只今、無人探査衛星からの攻撃によって食い止めているところですが、ソギアに破壊された防衛システムの修復がまだ完了していない現段階では、地球への侵入は、それも日本への侵入は免れないかと思われます。」


「無人探査衛星が?シグレ君、第一部隊…聞くまでもないな。また副隊長が君の言うことに逆らったのか。」


ヒカリが眉を寄せてシグレを見る。


「は…はい、あの、それが…副隊長がリーダー格さえ倒せばいいと…端にいた1体だけを追い立てて行ってしまって…」


「それはスドラキーの群れの撃退法じゃないか!」


へ?キードラス?スドラキー?なんだ?そのアナグラムみたいな怪獣名は…


「何をやっているんだ!キードラスの撃退法も、スドラキーの撃退法も、宇宙部隊に配属されたら真っ先に教えられる基本中の基本知識!それを間違えるとは何事だ!」


「わ…分かっています…私もそれはスドラキーの撃退法で、キードラスには通用しないと…けど、副隊長は私が間違ってると…名前が似てるから逆に覚えていると…」


珍しく声を荒げたヒカリに、申し訳なさそうに肩をすくめるシグレ。


「シグレ君!君はそれで引き下がったのか!」


「いいえ!いくら名が似ていても、翼竜のキードラスと、首長竜のスドラキーは間違えるわけがない、そもそも鳴き声が…というか、今は張り合ってる場合じゃない、地球が危ないんだと何度も言ったんですが…でも、鼻で笑われて…」


「そこまで言われても、自分のくだらない嫉妬心を優先したのか!どこまでも!防衛隊員が地球の危機を、市民の命を軽視するなど言語道断!自分のしていることがどれだけ愚かで恥ずべき行為であるのか、なぜ分からんのだ!」


ドンッと、拳で激しく机を殴るヒカリ。尋常にないヒカリの様子に、不安気な視線を向けるトワ。確かに、ヒカリがここまで怒りをあらわにするのはおかしい。何か理由がありそうだ。それも恐ろしい理由が…


「申し訳ありません、神楽隊長。そんなこんなで第一部隊は地球から遠く離れてしまって…今は無人探査衛星がキードラスを撃退してくれることを祈るしか…」


シグレが力なく言う。首を振るヒカリ。


「無理だ。無人探査衛星だけでは、広範囲を飛び回るキードラス、残り99体の殲滅はできるわけがない。」


「99!?なんだ、その数は!」


2人の話にトワが目を剥く。明らかに驚いている。


「ああ。キードラスは100体で群れる怪獣だ。いや、群れとは言えない。ただの烏合の衆だ。」


「どういう意味だ?」


「単に集団で同じ方向に向かっているだけなんだ。1体1体が仲間意識もなく、てんでばらばらの動きをしているから、数体倒しただけでは撃退できない。100体全てを殲滅しないと、地球への侵入は阻めない。それも複数体侵入するのは確実だ。ヨーロッパには過去、一度に37体のキードラスが襲来したとの記録が残っている。」


「なんだと!?」


「しかも、キードラスは翼竜、自由自在に空を飛び、地表に降りることは決してない。侵入されたら、空中戦は必至だ。」


「火は?」


「当然吐く。」


「こっちは4人、いや、今日はルイが出れんから、3人だぞ!大量に侵入するかもしれんのに、その上、空中戦に火を吐く?そんなの対応しきれんわ!」


これは…やはり理由があったか!こんな事態を故意に引き起こされたら、ヒカリが感情むき出しに激怒するのも無理はない。相手をよく知っている分、余計に…


「分かっている。ここまであの子に自分が何をしているのかの自覚がないとは、思わなかった…」


「たく、そんな紛らわしい名をつけるから、あやつに利用されるんだろ。もっとよく考えて名付けろ、隊長!」


「いや、キードラスもスドラキーも、私はつけていない。私が入隊した時には、既にそう呼ばれていた。」


「どいつもこいつもふざけてんのか!その尻拭いはこっちに押し付けやがって!いい加減にしやがれ!」


ヒカリが乗り移ったか、とうとうトワもブチギレ。まあ、こっちは正常運転か。


「それだけではない。キードラスにはもう一つ厄介なことが。」


「まだあるだと!?なんだ、それは。」


「それは…」


「神楽隊長!」


モニターから、今度は総監代理の切羽詰まった声が飛び出してきた。一気に緊張が走るディレクションルーム。


「先程キードラスが無人探査衛星の攻撃をかわして大気圏に突入したとの情報が入りました!現時点で、侵入したのは13体です!」


「ついにか。予想到達地点と時間は?」


「このまま降下するなら、G918地点の上空に現れると推測されます。こちらの装備で対応できる高度50m以内に達するのは、今から約30分後かと。」


「ルーガスト。秦野さん!念のため、緊急避難命令メールが届く区域外の住民にも避難命令を!どれだけの範囲に被害が及ぶか、予想がつかない。急いでくれ!」


「ルーガスト!」


「トワ!すぐ出動だ!」


「ルーガスト!」


椅子を立ったトワが、通信機のアイコンを押し、怒鳴る。


「リュウ!ナナミ!トウヤ!ミノリ!怪獣が侵入した!時間がない!リュウとナナミはそのまま、G918地点に急行しろ!」


「ルーガスト!」

「ルーガスト!」

「ルーガスト!」

「ルーガスト!」

「ルーガスト!」


「トワ…」


ヒカリが変な顔をしている。


「なんだ?隊長。」


「ルイまで呼び出してるよ。休みだってトワが自分で言ったばかりなのに。」


「あ…呼び出し使ったの初めてだから、間違えた。」


相変わらずのポーカーフェイスだが、こりゃトワも相当焦っているみたいだな。


「使ったことはあるでしょ。こういう時は全体呼び出しじゃなくて、個別呼び出ししないと。」


「アイコンが紛らわしいんだよ!もういい、出る!」


憤然としたトワが、さっさと出て行く。


「あの…神楽隊長。」


恐る恐る声をかけてきたのは、シグレ。


「どうした?シグレ君。」

 

「トワさんにはこれを渡したほうがよかったのでは…」


シグレの手には、マイク付きのヘッドホン…


「早く言いなさい!トワ!戻れ…」


キ〜〜〜〜イ!!!


「うわっ!!」


金属音ともつかぬ、なんとも形容しがたい大きな凄まじい音が部屋中に充満した。思わず声を上げてうずくまり、耳を押さえるシグレ。この音は…あの宇宙空間に響いていた音!?


「トワ!一旦戻れ!帰ってこい!トワ!」


「なに言ってんだ?隊長。モグラとカエルがどうした!」


ヒカリのほうはたじろぐことなく叫んだが、通信機からはトワの意味不明な返事が。それすらバックの音のせいで切れ切れ状態で、はっきりと聞こえたわけではない。通信を切ったヒカリが頭を抱える。


「遅かった…もうキードラスの声が…あの声の中では、その特殊集音マイク付ヘッドホンを使わないと、会話が噛み合わなくなることを忘れていた。」


あの音はキードラスの鳴き声だったのか。しかし、会話が噛み合わないとは?


「無理もありません、神楽隊長は使われたことがないですから。私や他の隊員達はこれがないと何一つ聞こえませんが。」


「いや、いつもなら聞こえるのだが、この通信機は性能が良すぎてやたらと雑音が入ってしまう…これでは私も完全には聞き取れない。トワならと思ったが、さっきの様子ではやはり無理か…」


聞こえない?それって、現場と通信ができないということ、つまりはヒカリの指示が仰げないということでは…なんだか、事態は悪化の一途をたどっていないか?


「神楽隊長…どうしましょう。」


すっかり意気消沈しているシグレ。どうするも何も、これはさすがにヒカリもお手上げ…と思われた次の瞬間、顔を上げたヒカリの目には、鋭い光が!


「シグレ君!第二から第十の中で、今地球に1番近いところにいる部隊はどこだ!」


「え?あ、はい、その中で今もっとも近い地点にいるのは、第七部隊になりますが。」


「第七?好都合だ!至急、第七部隊に、残りのキードラス殲滅指令を出せ。これ以上地球に侵入させなければ、まだ活路はある!」


ええっ!?一瞬の弱気が嘘のような、なんの迷いもない、凛としたヒカリの声に、戸惑うシグレ。


「第七部隊に、ですか?第七部隊は補給専門の…戦闘部隊ではありませんが。」


「第七部隊の副隊長は私のかつての部下だ。キードラスと戦った経験もある。補給と言っても機体は戦闘機、装備も戦闘部隊と大差ない。あの子なら大丈夫だ。」


「でも、第一部隊を差し置いて…総司令がなんと言うか…」


「余計な気を回すな!あいつなど、大事の前の小事に過ぎん。地球を守り抜くためにはどうすべきか、それだけを考えろ!心配はいらん。全ての責任は、私が負う!」


肩書からすれば隊長のヒカリより上の宇宙総司令すらあいつ呼ばわりの小物扱い…まあ、元々ヒカリが打診されていた地位であるから、力関係はヒカリのほうが上なのかもしれないが、それにしても、この危機的状況でここまで強く言い切れるとは…気圧されたように、うなずくシグレ。


「時間がない!シグレ君、急げ!」


「ルーガスト!」


シグレが駆け出す。引き出しを開け、銃をつかんだヒカリが、すぐさまその後を追って部屋を出て行った。







急ぎNEVER日本支部の建物を出たトワだったのだが…


キ〜〜〜〜イ!!


「なんだ?この音は…」


ありとあらゆる音を飲み込み、支配していく勢いで響き渡る轟音に、眉をしかめるトワ。そのトワの呟きも、なんと言ったのか自分でも分からなくなるほどに、言った先からかき消されていく。単に大きいというだけではない。まるで研ぎ澄ましたナイフのような鋭さをも合わせ持ち、それが頭の芯どころか足先までの、全ての神経に奥深く突き刺さってくるため、油断すれば意識をも手放してしまいそうだ。


「これは…奴らが発しているのか?」


振り仰ぐトワ。第一報が入った時にはまだ明るかった空は、不気味な鉛色に染まっている。侵入したキードラスによって日の光が遮られたためと思われるが、それらしき姿はまだ見当たらない。にもかかわらず、


キ〜〜〜〜イ!!


音だけは既に目前に迫っているかのごとく、四方八方からトワを包み込んでくる。あまりの異様な雰囲気に、この時期だというのに氷のような冷気を感じて身震いするトワ。


「とにかく、急がねば!」


なんとか気持ちを奮い立たせ、トワが音の中を突き進む。程なく見えてきたG918地点には既に、隊服姿のルイが佇んでいた。ルイの家の方が現場に近かったようだ。あ、言い忘れていたが、ソギアの件からユーグレナだけではなく宇宙怪獣にも対処せざるを得ない可能性が否定できず、それが今回のように業務時間外という事態も充分考えられるため、直接現場にとなった場合も対応できるよう、寮住まいではないナナミとルイは予備の隊服を自宅にも置いておくことになっている。


「ルイ!来て大丈夫だったのか?練習があったんだろ?」


そうだった、ルイはトワが間違えて呼び出したのだった…今日ルイが休んでいたのは、舞台練習のためのよう。まあ、現場にいるということは問題ないからだろうし、人員に欠けがないのはありがたいことだし、こんな時ながらやや安堵したトワが、念のためにそう尋ねたのだが…


「……」


当のルイは返事をしない。のみならず、トワのほうを見もしない。


「おい、ル…」


訝しげにルイを見たトワが口を噤む。ルイは両耳を手で塞いでいたのだ。この騒々しい音の中では、そうしてしまうのも無理はないが、これじゃ聞こえるわけがない。


「やれやれ。世話が焼ける…」


「あ!おい、ナナミ、しっかりしろ!目を開けろ〜!」


ルイに近づき、肩を叩こうとしたトワの背後から、今度はリュウの声が。この状況下でのようやくの聞き慣れた声は、本来ならほっとするものだろうが、そのセリフは決して穏やかなものではない。さっとリュウのほうを振り返ったトワの顔がこわばる。


「リュウ!?」


「あ、副隊長!大変だ!犬飼が!」


駆け寄るトワ。気配は感じたのか、たまたまこちらを見たのか、ルイもやってきて、心配そうな顔で覗き込む。リュウの腕には、ぐったりとしたナナミが…顔色も青ざめ、生気がない。


「どうした!何があった!」


「途中で犬飼と落ち合ったんだが、その時にはもうフラフラしてたんだ。多分この音のせいだろう。その状態で1人で帰らすわけにもいかねぇから、支えてなんとかここまでは来たんだが、とうとう倒れちまって!」


「倒れただと?おい、ナナミ!大丈夫か!?」


「ナナミ!?どうしたんだ?」


トワとルイが交互に声をかけるも、ナナミはピクリともしない。ナナミにはこの音は耐えきれなかったのだろう、完全に意識を失っている…


「だめだ。なんの反応もねぇ。」


「まずいことになった。今回は空中戦だというのに…」


「空中戦!?」


ぎょっとした顔でトワを見るリュウ。直接現場に呼び出されたリュウ・ナナミ・ルイは、ヒカリの話を何も聞いていない。つまり、この場で侵入した怪獣について知っているのは、トワだけ。


「キードラスとかいう空飛ぶ怪獣らしい。俺が聞いた時点では、侵入したのは13体ということだったが、もっと増えるかも知れん。最悪99体になる可能性がある。」


しかしながら、トワも、ヒカリとシグレが次の手に打って出たことを知らないのだ。情報不足にも程がある…


「はあ!?そんなの、犬飼がいてもどうかってレベルじゃん!大体、この音はなんなんだ!」

 

「わからん。隊長が言いかけた気はするが。おい、隊長!この音はなんだ!」


通信機の向こうのヒカリに聞くトワ。しかし…


「トワ?なんか言った?」


ヒカリにはやはり、ろくに聞こえていないらしい。そして、トワも。


「隊長、さっきからなんなんだ?今度はナマコ?」


「やっぱり雑音が酷いな。トワ、少し大きな声で言ってくれないか?」


「は?大きなコアラ?」


「え?何?起きて来い?」


「鯉じゃない!キードラスだろ!」


当人達は至って真面目なのに、全く噛み合わない。


「え?トワ、もう1回言って!」


「だから!イカじゃないだろ!」


「すみません、神楽隊長!ちょっと!」


「シグレ君!どうした!」


「は?時雨煮?隊長、何言って…切れた…」


ヒカリはシグレに呼ばれて、通信を切ってしまった…ということは、文字起こししているから分かるわけで、トワには何が何だか、である。


「もう、訳わからんことばっか言いやがって!どう戦えと…そうだ、トウヤ!もう来てるはず!」


急いでトウヤの通信機に繋げるトワ。しかし…


「トウヤ!」


「うわっ!!」


何やら叫び声が…


「ん?おい、どうした、トウヤ!」


「びっくりした…トウヤさん、大丈夫ですか?」


「大丈夫です。今、受話音量を下げましたので。」


まあ、ディレクションルームで何が起きたのかは想像はつく。ただトウヤ、受話音量を下げたら、通信機の意味がないのでは?


「誰からですか?」


「トワさんからですね。でも、何も言いませんね。」


やっぱり…また、それを知らずに叫ぶトワ。


「おい、トウヤ!ミノリでもいい!俺だ!返事しろ〜!」


「どうやら、音の原因は、その怪獣ですね。」


「トウヤさん、これは?」


「それは、怪音怪獣キードラスです。」


「カイオン?」


「音は空気の振動によって聞こえるものですよね。でも、キードラスの声は特殊で、空気のない宇宙空間でも聞こえるんです。なぜかは未だに解明されていませんが。だから、怪しい音を出す怪獣ということで。」


「ああ、怪音ですか。」


「そうです。しかも、声の大きさも桁違いで。常に100体で群れているんですが、それが一斉に鳴いたら推定800デシベル以上になると言われています。」


「トウヤもミノリも、なにぶつぶつ言ってんだ?」


くどいようだが、文字にすれば、モニターには既にキードラスの姿が映し出されていて、それを見ながらトウヤがミノリに解説をしている場面であることは一目瞭然なのであるが…トウヤとミノリは通信が繋がっていることに全く気づいていないし、トワのほうは2人が何を話しているのか分からない、という悪循環。


「800デシベルって、そんな音の大きさ、聞いたことないですけど。」


「そうでしょうね。150デシベルを超えると鼓膜が破れると言われていますから。ヨーロッパには、キードラス37体が地球に侵入した際、半径20万km内にいた全員が耳に異常をきたしたという記録が残っているぐらいです。」


「そんなに?」


「今、地球に侵入しているのは13体ということなので、先程通信機から聞こえた音は単純計算で100デシベルといったところでしょうが、70デシベル以上が騒音レベルなので、それでも相当な大きさです。」


「おい!トウヤ!ミノリ!答えろ〜!」


「そんな中で戦うなんて、トワさん、リュウさん達、大丈夫でしょうか?」


「隊長が何か対処されたとは思いますが、今いらっしゃらないから確認のしようがないですね。ミノリさんは?」


「さあ。私が来た時にもいらっしゃいませんでしたので。これ以上の侵入を食い止めるために、宇宙に行かれたのかも。」


「もういい…」


うんざり顔で、通信を切るトワ。


「はあ…あいつら、全然話にならん…」


「副隊長。それ、隊長もトウヤもミノリも、副隊長が言ってること、聞こえてねぇんじゃないか?こんだけ周りがうるさかったら、仕方ないんじゃね?」


ため息をついたトワに、リュウが言う。


「それじゃ、指示がなんも聞けんじゃないか!たく、クソ腹が立つ。隊長が言いかけた、厄介なことってこれか!」


「厄介どころじゃねぇ。俺、なんも聞いてないから、どんな怪獣でどう戦やいいかも分かんねぇんだが。」


「俺も後から聞きゃいいと思ったから、そのへんのことはなんも知らん。どうすりゃ…ん?おい、リュウ!そう言いながら、お前はなんで俺が言ってること分かるんだ?」


「そういう副隊長だって、俺とはずっとしゃべってるじゃん。」


あれ?確か、シグレが持っていた特殊集音マイク付ヘッドホンがないと、キードラスの声がする中では何も聞こえない、みたいなことをヒカリもシグレも言ってなかったっけ?尤も、ヒカリは通信越しでなければ分かるっぽかったが、なんでトワとリュウまで?


「お前とは話せるが、通信になるとまるでダメだ。どういうことだ、これは!」


「側にいるからじゃね?こんだけ近けりゃ、聞こえてもおかしくねぇだろ。な、ルイ。」


隣にいるルイに同意を求めるリュウ。しかし…


「ナナミ。どうしたんだよ!」


「あれ?ルイ?」


「しっかりしろよ!ナナミらしくないぞ!」


少し慣れたのか、耳こそ今は塞いでいないが、ルイはリュウの問いかけには答えず、ナナミに声をかけ続けているだけ。たまらず、ナナミを抱えていないほうの手でルイの肩を掴み、揺さぶるリュウ。


「おい、ルイ!返事しろ!ルイ〜!」


「うわっ!なんだよ、リュウ!急に揺するな!」


ムッとした顔になるルイ。


「ルイが返事しねぇからだろ!呼んでんのに!」


「なに遊んでるんだ?口だけパクパクして。」


「遊んでねぇ!ちゃんとしゃべってるわ〜!」


「だから、揺するなって!」


リュウはルイが何と言っているのか分かるのに、ルイは全然分かっていない…


「どうなってるんだよ、これは!」


「そういやさっき、俺が声かけた時も、ルイは答えんかったな。諦めろ。どうやら俺とリュウしか、ここでは話ができんようだ。」


その様子を見ていたトワが断じる。


「は?副隊長と俺だけ?なんでだよ!」


「そんなこと分かるか〜!しかし、これじゃ2人でキードラスとやるしかないな。」


「2人で?そんな無茶な!」


目を丸くするリュウ。無理もない、たとえナナミが動けたとしてもどうかという話なのに、その半分以下の戦力で、となれば…ヒカリはここまでの事態を予想できているのだろうか。なんか勝算はあるとは言っていたが…


「仕方ないだろ。連携取れるのは俺とリュウだけなんだから。」


「んなこと言われても、どんだけいるかも分かんねぇのに、たった2人で靴だけで空中戦しろって?しかも隊長の指示がないってのに!?」


「やるしかない。それが仕事だ。つべこべ言うな!」


と…鉛色の空が分厚い雲に覆われたように、一層暗さを増した。音に紛れて、バサバサという羽音もするような…近づいている!


「いかん!もうすぐ30分だ!」


「30分?」


「間もなく、奴らが高度50m地点に到達する!」


「先に言ってくれよ!」


「早くしろ!」


リュウの抗議に耳を貸さず、通信機から斧を出すトワ。


「はあ…なら副隊長、足場貸してくれ。」


「やだ。隊長と違って、お前は疲れる。」


「え?疲れる?」


「相手は空飛ぶ奴で、大量にいるんだぞ。留まってたらかえって危険だ。今回は俺も使わ…」


ド〜ン!ド〜ン!ド〜ン!


「うわっ!」


「ルイ!伏せろ!」


「わっ、トワちゃん、なにごと?」


リュウがナナミを庇うように、トワがルイに覆いかぶさるように、身を伏せる。あちこちに火の手が上がり、近くにあった街路樹が一気に燃え上がった…


「なんだ?」


「忘れてた!奴らは火も吹く!」


「だから、先に言ってくれ、もう!こんなとこに、犬飼置いとけんわ!ルイ!犬飼を…つっても聞こえねぇのか。しょうがねぇな。えっと…メモのアイコン…」


通信機を取り出したリュウが、剣を…出さずに、何やら画面をぽつぽつとタップし始める。


「何してる!」


「聞こえねぇんなら、ルイには字で見せるしかねぇだろ!」


緊急事態になると、知恵が回ることで…


「字?その手があったか!って、お前が打つんじゃ遅いわ!貸せ!」


さっとリュウの通信機をひったくるトワ。


「ちょっと!」


「『ナナミを避難させてから、攻撃に加わわ…』やめとこ。こいつに空中でぶつかられたら面倒だ。」


「その前に、ルイはまだ靴使えねぇ。こないだ訓練中に落っこちてた。」


「はあ、呼び出した意味がない…『ナナミと一緒に安全なところに避難してろ』」


ぐいっと、画面をルイの目の前に突き出すトワ。いきなりのことに、びくっと身を引いたルイだったが、それを読んでOKサインを指で作ると、リュウの腕からナナミを抱え上げ、走って行く。それを見届け、通信機をリュウに返すトワ。


「行くぞ!」


「ルーガスト!」


トワが地面を蹴る。剣を出したリュウも、すぐさま地面を蹴り、浮上する。そこに…


キ〜〜〜〜イ!!


キードラスの顔がもろ目の前に…鋭いくちばしを半開きにして、嘲笑うように声を上げるキードラスの真っ黒な身体に、トランプのダイヤの形をした赤い両目がらんらんと光っている。


「わっ!」


声を上げつつも、剣を振るリュウ。トワも同じく、目の前のキードラス目掛けて斧を振り下ろす。2人の武器が、キードラスの羽をかすめる。


キ〜〜〜〜イ!!


すーっと、高く舞い上がる2体のキードラス。その姿は…ヒカリとシグレが翼竜と漏らしていた通り、なんと、恐竜プテラノドンの想像図にそっくり。翼を広げた大きさは7メートルはあるだろうか。まあ、50メートル級のソギアの後では、随分と小さく感じる…からと安心できないのが、この怪獣なわけで…


「リュウ!火が!」


「あ!」


火球が迫ってくる。なんとか剣で受け止め、振り払ったリュウが一旦地上に降りる。そこに…


キ〜〜〜〜イ!!


「リュウ!後ろ!上からも!」


「え?わっ!」


リュウの背後から、地面すれすれまで突っ込んできたキードラスが…急いで降りてきたトワが斧で斬りかかり、そのキードラスは上空に去ったものの、すぐさま他のキードラスが次々と2人に…そう、足場を使わない以上、トワとリュウは地上に降りては跳び上がるを何度も繰り返すことになる。対するキードラスは空中のみならず、地上にいる2人にも、縦横無尽に襲いかかってくる。しかも大量…これでは息つく暇もない。


「リュウ!大丈夫か!」


「ああ!」


上空へ散ったキードラスを追って、また浮上していく2人。そこから反撃…といきたいところだったが、実際のところはほぼ防戦一方。手応えはあるからダメージ自体はは与えられているはずだが、キードラスの勢いは一向に衰えない。そもそもが数が多くて、どのキードラスにどれだけこちらの攻撃が当たっているのか、さっぱり分からない。加えての上昇と下降の連続に、いつも以上に疲弊する2人。


「やっぱ、ファタージじゃねぇと、とどめさせねぇ!副隊長!なんとか隊長と連絡とれねぇか?」


たまらず、トワに訴えるリュウ。


「とれるならとっくにやっている!一応、危機的状態では無許可でファタージやっていいという特例はあるが。しかし、使ったところで、俺とお前じゃ、1体ずつしかやれん。ナナミとルイがいれば、8体一気にいけたが。」


「犬飼はともかく、ルイは副隊長が追っ払ったんだろ!地上スレスレに来た奴は、ルイにもやれたんじゃねぇか?」


「今更言われても!くそっ!このままじゃ…」


「副隊長!危ない!」


「うわっ!って、リュウ!お前も!」


「また!」


キ〜〜〜〜イ!!


その時…


バン!バン!


いきなり、破裂音が響いた。黄色い光線が二筋伸びてくると、トワとリュウの目前に迫っていた2体のキードラスの体を貫いた。途端に声を失い、地面に向かって真っ逆さまに落ちていく2体。


「え?」


「なんだ?」


「トワ!リュウ!大丈夫か!」


この声は…


「隊長!?」


地上を見下ろした2人の目に写ったのは、黒いマントをなびかせたヒカリの姿…急いでヒカリの側に降りる2人。


「隊長!!」


「来たのか!」


「聞こえるようだな、君達も。」


うなずくヒカリはヘッドホンをしていない。でも、この言い方は…


「隊長も聞こえるのか!」


「けど、通信…」


「その話は後だ。トワ!リュウ!ファタージ解禁!」


間髪いれないヒカリの指示。


「解禁したところで、俺とリュウで2体しかやれんぞ!」


「大丈夫だ。侵入したのは13体のみ。あと11体しかいない。」


「え?しか?」


「9体は私が倒す!」


「隊長が!?」


「それは…そうか!まだ切り札があった!」


珍しく声を弾ませるトワ。対して、リュウは戸惑い顔。ヒカリが手に持っているのは、あのレーザー銃。え?銃!?


「切り札って…銃が?」


「リュウ!心配いらない!任せろ!」


「ルーガスト!」


ヒカリの確信に満ちた声に促され、跳び上がるトワとリュウ。ヒカリはその場で銃から何かを引き抜き、また差し込む仕草をすると、地面を軽く蹴り、2人に続く。浮上したヒカリが、素早くトワ、リュウ、キードラスの位置を確認するように視線を走らせると、右手を伸ばして銃を構え、引き金を引いた!


ダ〜ン!!


先程の破裂音よりも大きな音と共に、銃口から金色の光が太い線状に飛び出した。その光がなんと9つに割れると、その1本1本が9体のキードラスに突き刺さった。切り札とはこのことだったのか!後の2体は、トワとリュウが。11体のキードラスの黒い体が金色に光る。そして…


ドガ〜〜ン!!


大爆発が起こった。バラバラの破片となり、花火の名残りのように地上に降っていく11体のキードラス。その瞬間、あれほど響き渡っていた奇怪な音が一気に消えた。しんと静まり返る現場。鉛色だった空は、一転、日暮れ間近のうっすらとした柔らかな灰色に。あまりに唐突な変化に、かえって茫然となるトワとリュウ。


「シグレ君!そっち状況は?」


地上に降り立ったヒカリの、通信機に呼びかける声だけが響く。いや、それに答えるシグレの声も。


「第七部隊より、今、殲滅完了の連絡が入りました!こちらは大丈夫です!」


「こっちも全て片付いた。よくやった!シグレ君、第七部隊にねぎらいの言葉を!私も後で、礼を言っておく!」


「ルーガスト!」


「隊長…」


ヒカリに駆け寄るトワとリュウ。


「お疲れ。怪我はない?」


何事もなかったように、穏やかに微笑むヒカリ。


「あ、はい。」


「ああ…そうだ。ルイ、ナナミ。怪獣は全て倒した。出て来い。」


「ルーガスト。」


トワの通信に、今度はルイからしっかりとした返事が。しばらくして…


「隊長、いらしてたんですか。」


「隊長…トワちゃん…リュウ…」


ルイとナナミがやってくる。ナナミの顔色はまだすぐれないが、ルイに支えられながらも歩いている。意識は取り戻した様子。


「ナナミ。大丈夫か?」


「まだクラクラするけど、なんとか…ごめんなさい、トワちゃん、リュウ…」


「すみません。来たのに全くお役に立てずに…」


申し訳なさそうなナナミとルイ。


「いい。無事なら。」


「気にすんな。あれじゃ仕方ねぇわ。てか、隊長。それ…」


リュウがヒカリの手元を見つめる。


「ん?ああ、銃だけど。」


「いや、銃は分かってるが、その銃は使えねぇって言ってたよな。それなのに、なんで怪獣倒せたんだ?」


「え?銃で怪獣が?」


「え?どういうこと?」


「お前ら、ちゃんと話聞いてたか?『このままでは』と隊長は言ってただろ。」


腑に落ちない表情の3人に、トワがムスッとした顔で言う。


「このまま?」


「あれ?伝わってなかった?私は何もしないままでは威力が弱いと言ったつもりだったんだけど。」


ヒカリが首を傾げているが、そうだっけ?いやに持って回った言い方をしていた気はするが…


「意味分かんねぇんだが…」


「こういうこと。」


ヒカリがレーザー銃の背面、銃口とは反対側に当たる部分を3人に見せる。そこには細い長方形の空洞が。その空洞に、ヒカリが通信機を差し込んだ。この仕草は…


「通信機を?」


「そう。この通信機はカセットにもなるんだ。これを入れれば銃の威力が増して、怪獣も倒せるってわけ。当然ユーグレナもね。」


「ユーグレナも?そういや、カマキリユーグレナの時、バンバンッて音がして腕が…あれ、副隊長じゃなかったのか…」


「今頃気付いたのか。奴の腕を吹っ飛ばしたのは隊長だ。銃でな。」


「気付くわけねぇだろ!副隊長も、銃はユーグレナに効かねぇって!」


「あの時『お前が撃った』銃と言ったはずだが?」


呆れ顔のトワだが、うーん…ヒカリもトワも、言い方がややこしすぎるような…


「なら、銃も使える…だったら俺、剣より銃がいい!」


「俺も!刀より飛び道具のほうが、断然やりやすいもん!」


「言うと思った。やめとけ。」


リュウだけでなく、ルイまで目を輝かせて名乗りを上げたところに、あっさり水を差すトワ。


「なんでだよ。」


「無理だからだ。それにルイ。お前はリュウ以上に無理だ。」


「そんなことないって。俺、今日戦ってないから、力有り余ってるし!」


そういう問題か?ルイ。


「はあ、使わんほうが身のためなのに。なあ、隊長。」


「じゃ、試しにやってみる?一応予備で持ってきたのがあるから。」


「隊長!やめろ!」


「百聞は一見にしかず、だよ。」


トワを制したヒカリが、ホルダーからもう一丁銃を取り出す。


「やった!犬飼もやるか?」


「やめとく。」


リュウに誘われるも、こちらは首を振るナナミ。


「どうして?」


「なんか嫌な予感がするから。」


「通信機は自分のを使ってね。それで、このアイコンを押してカセット機能に…それから練習モードに…そう、それでレーザーは出ない。あ、一応シールドも。それを銃に差し込む。」


「OK!」


ヒカリに渡された銃に、言われた通りに操作した通信機を差し込んだリュウとルイが、ためらいもなく引き金を引いた。


バ〜ン!


「やっぱり…やらなくて正解だった。」


…声を上げる間もなく後ろに吹っ飛び、地面に叩きつけられたリュウとルイを見て、ぼそっと呟くナナミ…


「いった〜!なんだ、これ…」


「言わんこっちゃない。せっかく隊長が曖昧に濁してたのに。」


なんとか体を起こし、銃をまじまじと見ているリュウを、無表情に見下ろすトワ。


「なんで…」


「銃は今のところ一番威力が強い。お前の剣と比較したら、威力は3倍だ。」


「3倍?ファタージが?」


「違う。さっき隊長がファタージ使う前に2体を先に落としただろ。あれが通常モードだ。」


「通常モードで怪獣が!?」


「ええ!?」


衝撃を受けるリュウとナナミ…


「当たり前だ、2倍のファタージで倒せるんだから。当然、ユーグレナのコアも通常モードで破壊できる。」


「ユーグレナも通常モードで…って、カマキリは隊長、倒してねぇじゃん!」


「やっていたらリュウも巻き添え食らってたよ、あんな至近距離にいたら。だから腕だけにしといた。」


さらっと恐ろしいことを言うヒカリだが、あの時、カマキリの腕も相当リュウに接近していたような…それをリュウは無傷で、腕だけ吹っ飛ばしたヒカリの腕前って、どんだけ…


「げっ…そんなにすげぇのか、3倍の威力って…」


「だからルイ、伸びたのか。」


横目でちらりとルイを見たナナミが、肩をすくめる。


「え?」


「また気絶してる。」


いつぞやと同じく、地面に大の字になって転がったままのルイ。これ、今日出動してきた意味ある?


「やれやれ…ファタージもまだ完全には使えてねぇのに、無茶するから…」


「ファタージ使ったばっかでやって、ペラペラしゃべってるあんたはなんなのよ。」


「うっ…やめろ、体はしびれてんだから…」


ナナミにつつかれて、眉をしかめるリュウ。


「通常モードで3倍ということは…なら、ファタージ使ったらその倍、6倍になるってことですか?」


ナナミが聞く。


「いや、銃の場合は更に3倍になる。通常モードの威力が強い分、相乗効果でね。」


「てことは、9倍…」


「だからさっき、9体一気に…」


「いや、それは関係ない。ナナミの弓と一緒だよ。レーザーは1本から9本まで思い通りに変えられるから。」


「へぇ…」


「違うだろ、隊長。ナナミの矢は3本より1本の方が威力は強くなるが、レーザーは本数が増えても1本1本の威力は変わらん。9本も出したら、トータルで81倍になるわ。」


「81倍!?」


「それで隊長、平気なのかよ!」


桁違いの数値がトワの口から飛び出し、仰天するしかないナナミとリュウ。というか、ヒカリはさっき、通常モードで2発撃ったあとにファタージを使っているが。しかも、ファタージは宙に浮いた状態で…それで何事もなく、けろりとしているって…


「もしかして…隊長にしかできないことって、それ?」


「いや、トワも使えるよ。なんなら私以上に。」


「ええ?」


「いらんこと言うな、隊長。」


もっと驚く2人に、渋い顔のトワ。


「使えるんなら、なんで副隊長は斧なんだ?」


「使えはするが、ファタージ起動するのにいちいち抜き差しせんといかん。面倒くさいからやらん。」


「私も、今回みたいな事態じゃないと使わないな。手間どるし、通信機の充電もかなり減るから。私はここに来る前に満充電にしていたが、今15%しか残っていない。リュウのも危ないんじゃないの?」


「え?…うわっ!3%になってる!」


銃から引き抜いた通信機を見て、またびっくりするリュウ。


「そう。だからそう安々とは使えない。」


「けど…有利じゃん!遠距離攻撃できて、威力もそんなにあるんなら!俺、絶対使えるようになってやる!」


意気込むリュウだが、おいおい、3倍で吹っ飛んどいて、何を無鉄砲なこと言ってんだか…


「やめとけ。体への負担は半端ないんだぞ。あきらめろ。」


「いいや!副隊長でできるんなら、俺だって!」


…まあ、リュウより小柄なトワが使えるとなれば、そう言うのも無理は…なくない!


「もう、言い出したら聞かん奴だな。隊長、どうする?」


「まあ、今開発中の物も、いずれ使えるようにならないといけないからね。挑戦しといて損はないんじゃないの?」


「それはそうだが…」


「あの…隊長、トワちゃん、さっきから何を?」


何やらこそこそ話しているヒカリとトワに、不思議そうなナナミ。


「なんでもない。そういや隊長、出てきて大丈夫なのか?またあいつが怒鳴り込みに来てたらどうする!」


「ババアさんなら、今来たところでトウヤがいるから、なんとかなるでしょ。」


「プッ…」

「ブハッ…」


ヒカリの返答に、思わず吹き出すナナミとリュウ。


「なんだ?その言い方。」


トワはニコリともしない。


「なにが?」


「だから、ババアさんってなんだ!」


「え?あの人の名前、そうじゃなかったっけ。」


「夜野道だろ!」


「君達がババアって呼ぶから、てっきりそんな名前かと。」


「なわけあるか〜!」


あ〜あ…この調子のヒカリ相手に、ここから挽回できるのか?あの補佐官…


「たく、しっかりしやがれ。それに、また窓から出てきてないだろうな。」


「ないよ。ちゃんとドアを出て、屋上から来たから。」


「ならいい…よくない!」


「階段降りるより早いからいいでしょ。」


「いい加減にしろ〜!!」


「おっと。鬼さん、こっちらっと!」


飛びかかってきたトワをヒラリとかわして逃げ出すヒカリ。もう、この42歳児、何とかしてくれ。戦いに臨んでいる時とのギャップが激しすぎる…そして、トワも…


「誰が鬼だ〜!じゃんけんしてからだろ!待て、隊長〜!」


「や〜だね!ほら、手っのなっるほうへ!」


「鳴らしてないくせに言うな〜!」


「おい!ルイはどうすんだよ!」


本当に鬼ごっこを始めてしまった2人に、慌てるリュウ。


「お前が医務室に送り込んどけ!」


「また!って、俺、まだ体がだるいんだが。」


「引きずってけ。」


「一応こいつ、俳優だぞ!」


「知らん!隊長!どこだ〜!」


「そっちじゃないよ〜!」


「ずるいぞ!黒いマントなんかつけやがって!」


いつしか空には星が輝き、キードラスの残骸を回収する後処理班が付けている明かりが街を照らす中、声だけ残して走り去ってしまったヒカリとトワに、リュウとナナミがなんとなく顔を見合わせると、はあっと息をついた…






「しぶといNEVERの連中が!あくまで私に逆らう気か!」


あの緑色の空間で、黒革の肘掛け椅子に腰掛けた頭領が、いら立ちを隠しきれない様子でくやしがっている。ネロト達ユーグレナ相手には、恐ろしいほど感情の振れ幅を見せないこの男が…


「よくもこの私を見事に騙してくれたな。堕落しているだの役立たずだの、悪評を垂れ流しておきながら、今日の今日まで裏では銃を隠し持っていたとは!」


騙すも何も…悪評は事実半分、デマ半分ってとこだし、NEVERの装備なんて、一々この男に知らせなきゃいけない話でもないし…まあ、この男の身勝手な思考は今に始まったことではないが。


「忌々しい。あの弓使いの小娘がうまい具合に倒れて、思惑通りに事が運んでいたというのに!勝利の女神は私に微笑んだと思った矢先に!私の足かけ8年をあっさりとコケにしおって!」


どうやらこの男、『ユーグレナ対策室』の面々がキードラスを撃退したことを憤っているようだ。しかし、言わばNEVER宇宙部隊の内紛による失態を、なぜさも自分の計画であったかのように…ん?足かけ8年?どこかで聞いたようなセリフ…そういえば、いつぞやこの男が呟いていたこと…キードラスの特徴そのもの…まさか、あのホイッスル…怪獣の地球侵入には、この男が1枚噛んでいるというのか!?


「フン。まあいい。最後に笑うのは私と決まっているのだから。ユーグレナの父たる私の頭脳に、連中がいつまでも叶うわけがない。せいぜい顔を洗って待っているがいい、滅びの運命をな。」


それを言うなら、『首を洗って待つ』では?ま、それはともかく、ひとしきり怒りをぶちまけたあと、俄に鼻を鳴らし、いつもの冷ややかな笑みに口元を歪ませた頭領だったが、ふと、真顔になる。


「それにしても、誰だ?あの時、銃を撃ったのは。キードラスとやり合っていたのは2人しかいなかったはず。あの2人が持っていたのは斧と剣。銃を撃った形跡はまるでなかったのだが。」


以前、ネロトとネロトにくっついていた白衣の男も、誰かを認識していないようなことを言っていた…いや、ここまでくれば疑いようがない。彼らにはヒカリが見えていない。ライト達にも、ヒカリは見えたり見えなかったりしているようだし、一体これはどういうことだ?


「ユーグレナとなり、この世に存在するあらゆる生物の、一番優れたデータをこの体にインプットした、宇宙の果てすら見通せる私の目をごまかせる者が、この世に存在するわけがないはずなのだが。」


肘掛け椅子の背もたれに深く体を沈め、身じろぎもせず考え込む頭領の姿が、緑色の妖しい光を強めた空間に、彫像のような重々しい黒い影を張り付けていた…


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