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10話 負の連鎖

「つまり、そのネロトって奴が、今あちこちの街を襲っているというのか?他のユーグレナを操って?」


ヒナタが聞く。眉をしかめたその顔からは、不快感が漂っている。


「そういうこと〜。人間滅ぼすために。まあ、失敗してばっかだけどさ。あの防衛隊に、毎回こてんぱんにやられてるから。」


ライトの机に腰掛け、足をぶらぶらさせながらうなずいたのは、押しかけてきた女。どうやら、ライト達にネロトのことを話していたようだ。


「しかし、なんでそいつは怪獣型を操ることができるんだ?」


「そんなの簡単〜。ネロトは融合型だから。」


「融合型だから?」


「そ。融合型って、人型と怪獣型両方の能力持ってるじゃん。だから怪獣型とも意思疎通できるの。頭領って、そういう特殊能力っぽいの、結構好きだからさ〜。だから、ネロトのこと、すっごくかわいがってんの。信頼できる奴だって。」


「ふ〜ん…」


分かってしまえば単純な話、というものは、意外とその辺に転がっているものである。拍子抜けした様子のヒナタが、チラリとライトを伺う。


「どうした?」


「いや…リーダーはどうだったのかなと。複数融合って言ってたからさ。」


「さあ…少なくとも、俺はリーダーが怪獣型を操っているところは見たことがないが。」


「そうか。」


「リーダーって、レイって奴?見つかった?」


身を乗り出し、ライトの顔にぐっと自分の顔を近づける女。反射的に身を引くライト。女の薄気味悪いショッキングピンクの目が、どうにもライトには居心地が悪い。


「お前はリーダーのことも知ってるのか?」


「直接は知らない。頭領が言ってるのを聞いたの。頭領、いつも残念がってるわ、レイは1番信頼できる奴だったのにって。ねぇ、なんか手がかりないの?」


「ない。」


そっけないライト。思いっきり、またか、と言いたげな顔をしている。完全に頭領の「信頼」に食傷気味だ。


「でも…あなたはどうしてネロトのとこを出てきたの?」


シエナが恐る恐る、といった感じで遠慮がちに聞く。


「え〜、だって〜、ネロトって性格最悪なんだもん。わがままで自己中で、人の手柄横取りすることもあるし。そんなだから、頭領にも嫌われてるのに、ネロトったら全然分かってないの。ほ〜んと、あったま悪いんだから。呆れるでしょ。」


ん?ライト達6体全員が一斉に首を傾げたことに、当の女だけがまるで気付く様子もなく話し続ける。


「で、このままネロトの手下でいるのもつまんないなぁって思ってた時にさ、ライト見たの。ほら、こないだライト、研究所襲ったでしょ。あの時、あの防衛隊と堂々と渡りあってたの見て、かっこい〜いってなったの。」


「逃げ帰っただけだが?」


ますます訝しげな表情で女を見たライトが否定したが、これまた女の耳には届かなかったよう。


「頭領がさ、ライトは手下にも慕われている信頼できる奴だって、しょっちゅう褒めてるけど、ほんとだ〜って。ライトが考えてることも、あたしの考えと同じだし。それで、ネロトなんかより、ライトにつきたいって、探していたらあの猫が現れて。もしかしたら、って追いかけたら、ここにたどり着いたってわけ。」


「そういえば、あの猫…」


部屋中を見渡すも、猫の姿はどこにもない。外に出たのか、それとも…


「ね?ライト、いいでしょ?あたしも手下にしてよ。」


「いや、ここにいる者は、俺の手下ってわけじゃ…」


「あたし、ライトのためになんでもするからさ。ね、いいでしょ、手下にしてよ~!」


机からぴょんと飛び降りた女が、またライトにすがりつく。ため息をつくライト。


「まあ…好きにすれば…」


「やったー!じゃ、さっそくやっつけに行こ!」


「は?」


「だから、早く人間やっつけに行こうよ。」


「お前、本当に俺達の目的を分かっているのか?」


ライトの、いや6体全員の疑いの目が、女に向けられる。ま、今に始まった話ではないが。


「やっだー。そんなの分かりきってるわよ。人間襲ってるんだから、つまり、人間滅ぼすんでしょ。」


「あのな、俺達は別に人間を滅ぼす気は…」


「頭領言ってたわよ。ライトは1番信頼できるけど、なにぶん動きが遅い。その点、ネロトは動きだけは速いから、ライトとネロトが手を組めば最強のコンビだって。」


「……」


「なんなら、あたしが仲介してあげよっか、ネロトと。絶対そのほうがいいって。ね、そうしようよ、ライト。」


うんざりした顔になったライトが、ミコトに視線を走らせる。うなずいたミコトが席を立つと、女に近づき、話しかける。


「ねぇ、あなた、名前は?」


「え?名前?」


「あれ?ネロト、手下のあなたに名前つけてないの?ユーグレナにとって、名前はとっても大事なものなのに。」


「それは…えっと…」


初めて口ごもる女。


「ま、いいや。ね、いいカフェがあるの。行きましょ。」


「カフェ?カフェって、人間がやってるとこ…」


「そうよ。今日会ったばっかりなんだし、まずは親睦を深めましょうよ。」


「親睦って…」


「そうそう。私たちとやっていきたいなら、お互いをよく知らないと。パフェ食べながら女子トークでもしようよ!」


ロベリアもやって来て、女の腕をがしっとつかむ。


「そうじゃなくて、早く人間を…」


「そうね、早く行かないと、席がうまっちゃう。すっごく人気のカフェだから!ライト、いい?」


かぶせるように女を遮り、ライトに目配せするミコト。


「ああ、ゆっくりしてこい。」


「ちょっと待ってよ!そんなことをしたら、頭領が…」


「じゃ、行ってくるね!シエナお姉様も行きましょ!」


「ええ。」


「ちょっと、ライト〜!」


女を引きずるように出て行くミコトとロベリア。シエナがゆっくりとその後を追い、残ったのは男子陣のみ。


「ライト。どう思う?」


「話にならん。街を襲っているのがネロトって奴だというのは本当っぽいが、他は言ってることが滅茶苦茶だ。」


ヒナタに聞かれ、首を振りながら投げやりに答えるライト。その言い方、嫌悪感丸出しだ。


「そうだな。ネロトは頭領に可愛がられていると言った舌の根も乾かんうちに、ネロトは頭領に嫌われていると言い出すし、一貫性がない。」


「おまけに、俺達も人間を滅ぼす気だと思っている。どこがネロトより俺の考えが自分に合っている、だ。なんにも分かっていない。」


「全くだ。いったい何しに来たんだか。」


しかめっ面をするヒナタ 。


「ミナト。お前はどう思う?あ、カレーと絡めるのはなしでな。」


「なんだよ、それ!」


「油断大敵だからな。先に言っておいた。」


「んもう!まあ、俺は…あの女は否定してたが、やっぱりあいつは頭領に近い奴じゃないかと思うな。」


先手を打たれてむっとしながらも、ミナトが私見を述べる。


「なんでだ?」


「だってさ、あの女、やたらと頭領が言ってることに詳しかったが、頭領って、ライトの手下と思っている俺達には直接声かけてきたためしがないじゃん。なのに、なんであいつには色々話してるんだ?ネロトを通じて聞いたって感じじゃなかったし。」


「そう言われると…」


「ネロトと手を組めってことは、俺達も人間滅ぼすことに協力しろって意味だろ。俺達の理解者面してたが、結局頭領の狙いもそっちってわけだ。あいつは頭領に言われて、俺達を巻き込みにきたとしか思えん。」


へぇ、ミナトもなかなかするどいことを言う。確かに女をネロトの側で見たことは、今まで一度も…もちろん、これはライト達が知る由もないことだが。


「なるほど。もしミナトの推測が正しいなら、あの女をここに置いとくのは危険だな。ライト、さっさと追い出したほうがいいんじゃないか?」


「う〜ん、しかし…こっちにつきたいと言ってきた以上、あんまり無碍にもできんからなあ…」


なぜか煮えきらない様子のライト。


「相変わらずのお人好しだな。あんまり甘い顔してたら、いつか足元すくわれるぞ。」


「そうは言ってもな、これはリーダーの方針でもあったんだ。来るもの拒まずが。」


「リーダーが?」


「ああ。俺がリーダーに助けられた時の話だが、俺がリーダーについていきたいと言ったら、『勝手にしろ』と。」


「俺も俺も。リーダーが『勝手にしろ』って言うからついてきたんだ。ほんと、いい奴だった、リーダーは。懐かしいよ。」


「だな。優しくて頼りがいがあって…」


「おい、待て!」


思い出に浸っているようなライトとミナトを、ヒナタが遮る。


「お前ら、リーダーに『勝手にしろ』と言われたんか?」


「そうだけど。」


「それ、確かに拒んではいないが、了承もしてないぞ。」


「そうなのか?」


ライトもミナトも、腑に落ちていない顔。なんでだ…


「そうなのかって、そうとしか言えんだろ。」


「う〜ん…でもそれで追い払われたわけじゃないし。なあ、ミナト。」


「そうそう。別に嫌がられてないし。なんなら、シエナもミコトもロベリアも、そう言われてついてきてるし。」


「お前らなあ…」


「そういうが、ヒナタ。俺もお前に『好きにすれば』としか言っていないはずだが。」


「うっ…」


ライトの言葉につまるヒナタ。なんだ、全員似た者同士だったのか。


「まあまあ、ヒナタ。細かいことはいいからさ。」


ミナトが慰めるように、ヒナタの肩に手を回す。


「なんだ?」


「気分直しに、カレー食いに行こうぜ!」


「油断した〜!」


「そうだな、俺も口直しがしたい。久しぶりにカレー食べに行くか。」


「何でだよ!ライトは甘党だろ!」


ライトが同調したことに、大慌てのヒナタ。


「さっきの女のせいで、口の中が甘ったるくなったから、今は甘いもんはいらん。カレーがいい。」


「そうこなくっちゃ。さすがライト!」


「じゃ、行こう、ミナト。ヒナタも行くぞ。」


「行こ行こ!」


「あ〜!!」


なんでこの陣営、最後はいつもこうなるのやら…結局誰もいなくなり、静まり返った部屋にビリビリッと電撃線が走り…


フニャア…


あの猫の姿が浮かび、1つ欠伸を残すと、またビリビリと消えていった…






「じゃあ、私はもう用済みとおっしゃりたいのですか!」


「そう早とちりされては困るよ、ネロト。私はそんなことは思ってもいないのに。いつも言っているだろう、私が1番信頼しているのは君だと。」


端末を前に青ざめているネロトに、穏やかな声がかかる。液晶画面には、黒い肘掛け椅子に座る男の姿が映っている。ま、安定の常套句からお察しの通り、頭領だが。


「しかし、頭領。他の奴と手を組めというのは、私の力では地球を手に入れるのは無理と言っているようなもの!」


「そうではない。私はただ、君の負担を減らしたくて言っているのだよ。ほら、いい子だから落ち着いて。」


まるで幼子をあやすような、いや、はっきり言って馬鹿にしているとしか聞こえない頭領の言い方なのだが、ネロトには効果的だったようで…


「頭領、負担…といいますと?」


すっかり興奮状態が収まった様子のネロトが、おずおずと聞く。


「ネロト。今は君だけが、私の意を組んで奔走している状態なのだよ。スザクもロゼも、文句だけは一人前だが、自分達は何にもやってはいないのだから。」


「そんな。頭領のためならこれくらい、何てことありません!」


「それに、聞いたんだよ。君に従っていた人間が、少々脅された程度で、みっともなく逃げたことをね。」


「うっ…ご存知だったんですか…」


「水臭いな。言ってくれればよかったのに。」


「え?」


一瞬びくっと体を震わせたとネロトがぽかんとする。どうやらこっそり白衣の男の手を借りていたことを咎められると思ったらしい。


「傑作ではないか。君は人間を従えていたんだよ。ユーグレナを道具扱いしている人間を逆に。それだけでも、君のすごさが分かるというものだ。しかも、それを黙っている謙虚さもあるとは。いやあ、本当に君は素晴らしいユーグレナだよ。研究所から高額で買い取っただけの価値はある。」


「そ…そうおっしゃっていただけるとは、なんともったいないお言葉!」


途端にニヤニヤ笑いを口に浮かべるネロト。全く、他愛のないことで…


「しかし、これではますます、君が全てを1体で背負うことになるだろう?だから、少し負担を減らしてあげようと思ったのだ。」


「すると、頭領。手を組めというのは、もしかして…」


「察しがいいね。そうだよ、君に新たな手下をあげようという意味だ。」


「そうだったのですか!それはご配慮、ありがとうございます!」


すっかり機嫌を直し、大仰に頭を下げたネロトが、ふと真顔になる。


「しかし、頭領。手を組む相手は、まさかスザクでは?」


「とんでもない。スザクには私も手を焼いているんだ。私の名を使って勝手なことばかりするのでね。あんな信頼できない奴は、君にふさわしくない。」


「え?でも、頭領はスザクを側近にしているではありませんか。」


さすがにおかしいと思ったのだろう、不審気に画面の頭領を見るネロト。


「おやおや、そんな名ばかりの肩書に嫉妬するなど、君らしくないな。」


「名ばかり?」


「スザクのような奴はね、地位という餌を与えておいたほうが御しやすいのだよ。そうすれば勝手な動きをしなくなるからね。決して君よりスザクを信頼してのことではない。」


「そうなのですか?」


「そう。だからスザクに君が引け目を感じることなどない。私は本心では、君こそ側近にふさわしいと思っているのだから。」


「ありがたきお言葉!やはり頭領は素晴らしいお方です!」


おい…頭領は思いっきり矛盾したことを言っているのだが、なぜそれで納得する…ネロトはいい加減、頭領の緑色の目が冷ややかな光を放っていることに気付いたほうが、身のためだと思うが…


「それなら、頭領は一体誰を私に?」


「レイは覚えているかね?」


「レイ…」


やや顔を強張らせるネロト。今日はやたらとコロコロ表情が変わるネロトだ。


「どうかしたのかね。」


「いえ…レイの奴、見つかったのですか?」


「いや、見つかってはいない。しかし、レイの置土産がある。レイの子分共だ。」


「レイの子分?」


「そう。しかも6体いる。実はね、この子分連中はあの防衛隊と何度も手合わせをしているのだよ。」


「NEVERの奴らと?」


「そう。しかもこの10年、撃退している。」


「撃退…」


いや、ヒカリが手を抜いているだけの話なのだが…


「そいつらを、私に?」


「そう。これを利用しない手はないだろう。どうかね、そいつらにあの防衛隊の盾となってもらい、君は人間を滅ぼすことに専念するというのは。そうすれば君の負担は減る。いい話だろう。」


「なるほど。それはなかなかのお考え。さすが頭領ですな。」


勝手に決めるな!ライト達の声が聞こえて来そうな気が…


「ただ問題なのは、レイに似て、少々頭の固い奴らでね。私からそれとなく打診したのだが、うんと言わないのだよ。」


「全く。頭領の命令を聞かないとは、不届きな奴らですね。」


「そこでだ。君には連中の説得から任せようと思ってね。」


「へ?」


ネロトがまたもやぽかんとする。頓着なく、頭領が続ける。


「君の言うことなら、連中も言うことを聞くだろうからね。隠れ家を教えるから、行ってみるがいい。」


「私が?いえ、頭領が無理なものを、私ごときが…」


「君は人間を従えることができるほどの優れたユーグレナなのだよ。そんな君が直接行けば、同じユーグレナである連中は感激して、すぐに従うだろう。そのほうが話が早い。」


「は…はあ…」


「頼んだよ。君ならきっと大丈夫だ。期待しているよ。」


「はあ…分かりました、お任せを。」


プツリ、と画面が真っ暗になる。そのままモニターを見つめ、しばしの間立ち尽くしていたネロトが呟く。


「なんだか…うまいこと丸投げされたような…」


おや、少しは頭領の胡散臭さに気付いたか、と思いきや…


「いや、頭領がそんなことをなさるわけがない。俺のためにいろいろ考えてくださったのだから、ありがたいことだ。」


結局そうくるのか。盲信ぶりは相変わらずだ。それでも、少しは気分を害しているようで…


「しかし、気に食わんな。選りによって、レイの子分共とは。頭領のお言葉でなければ断るところだが…」


不快そうに眉を寄せたネロトだったが、にわかにガラスのない窓のほうに顔を向けると、ニヤリとする。


「まあいい。あのレイの子分を俺が意のままにできるというのは、悪くはないからな。せいぜいNEVERの連中とやりあってもらうとしよう。そうなりゃ、地球はすぐにも我々の手に入るってものだ。見てろよ、人間共。散々にいたぶってやるからな。」


嫌な高笑いを1つ上げ、部屋を出て行くネロトを、消えたはずのモニターから頭領の目がじっと追っていた。






「え〜?あれ、本物の怪獣だったんだ!すっげー!ほんとに映画の撮影みたいだ〜!」


なぜか、ルイがはしゃいでいる。なぜ、というのは、これがソギアを倒して、トワ、リュウ、ナナミが戻ってきてから30分後のディレクションルームだということで…要するに、現場から舞台の練習に向かったはずのルイがディレクションルームにいる、という意味での『なぜか』なのだ。


「そういうところは肝が座っているな、お前は。」


「あははは。君、面白いねぇ。」


無表情にルイを一瞥するトワと対称的に、愉快そうに笑っているのは、後処理班の渡海アオイ班長。まだいたようだ。


「でも隊長、総監代理は、はっきり怪獣ユーグレナって言ってたけど、なんで間違えたんですか?」


「ああ、どうやら過去のプログラムがシステム上に残っていたみたいなんだ。」


ルイに聞かれ、ヒカリが答える。


「過去のプログラム?」


「ユーグレナ感知システムは元々、怪獣の地球侵入を感知するためのシステムだったんだ。どうやらそのプログラムがシステム上に残っていて、今回反応したらしい。運悪く、怪獣の出現地点を示すために使われていた色も黄色だったから、怪獣型ユーグレナとの見分けがつかなかったんだよ。秦野さんもまだ25で、宇宙怪獣が地球に侵入していた頃を知らないからね。勘違いしても仕方がない。まあ、今後は生体反応も同時に調べることになったから、もう間違えることはないと思うよ。」


「へぇ。色々奥が深いんだなあ。」


「それはそうと、ルイ、なんで戻って来たのよ。舞台の練習は?」


感心しきりのルイに、ナナミが聞く。


「あ、怪獣出たから中止。というか、このまま立ち消えるかも。」


「なんで?」


「ククク…それがさ〜。さっきのソギアが踏み潰した中に、公演する予定だった劇場があったんだよ。これじゃあ、舞台やるどころじゃないというか、できないでしょ。だから、練習するだけ無駄って感じ。アハハハハ!」


「笑いながら言う事かい!大事じゃねぇか!」


「そうよ、せっかくの主役なのに。」


不謹慎にも、心から嬉しそうなルイに、リュウもナナミも呆れ顔。


「別に。元々代理だから、そこまで思い入れないし。あんなのに出演するくらいなら、ここで好きなこと言い合ってるほうが、よっぽどいいってもんだ。」


「はあ…お前、俳優がそんなんで、いいのか?」


「俳優?じゃ、ルイさんは本当に『雪月カイ』さんなんですか?似てるとは思いましたけど。」


トウヤが目を丸くしている。あれだけ苗字でかき乱しておいて、結局他人の空似だと思っていたようだ。


「お前なあ、隊長も通信で舞台だなんだって、話してただろ。」


「そうでしたか?」


「雪月カイ?」


こちらは首をかしげているミノリ。


「すみません、私はあまり芸能人には詳しくなくて…」


「あ、ミノリちゃん、気にしなくていいよ。俺、テレビにはあんまり出てないし、出ても端役ばっかりだから。」


申し訳なさそうなミノリだが、ルイはあっさりしている。


「ミノリさん、もしかして、テレビも禁止されてたの?」


「禁止ってわけではないんですが…女子向け以外は見せてもらえなくて…」


「じゃあ、特撮とか見たことないか。ルイ、次回作の赤青戦隊に出るんだけど。」


「特撮…『ぼくらは地球防衛隊』なら…」


「ああ、あれ、僕も見てますよ。怪獣がたくさん出てきて面白いですよね。先週の放送見ました?」


ナナミとミノリの話に、目を輝かせて割って入るトウヤ。


「えっと…先週はちょっと…色々あって…それに、バレたら叱られるから、全部は見てなくて…」


「そうなんですか。じゃあ、僕、全話録画しているので、明日持ってきますね。すごかったんですよ、先週はミリオンが再登場したんです。」


「え?ミリオンがですか?あの怪獣、色とか斬新で、迫力あって好きなんです。」


「ですよね、造形もかっこよくて…」


と、なぜか別番組の話題にすり替わり、談笑を始める2人に、ナナミが肩をすくめると、またルイに話しかける。


「『ぼくらは地球防衛隊』って、ルイ、そっちからもオファー来てたよね。」


「来てるだけでやるかどうかは未定。事務所判断。」


「じゃあ、舞台中止になったら、また青戦隊だけになるじゃん。」


「あ、それも俺、もうすぐクランクアップだから。」


「え?なんでよ、1年はやるでしょ。」


「その戦隊物、次回作から初の試みで、赤青黄の3人体制になるんだよ。」


「信号機かい!」


思わず突っ込むリュウ。


「で、なんでルイの出番終わりなのよ。」


「うん、敵にやられるから。」


「はあ?」


「その後は赤と黄でやっていくってわけ。多分、俺、12月頃の放送回で退場するから。」


「なによ、それ!」


「べっつに〜。だから引き受けたようなもんだし。1年も準主役なんて、やってられないよ。」


やってられないって…入隊前は二足のわらじ云々言っといて、やる気あるのか?


「もう、呑気なこと言って。そうなったら俳優の仕事なくなるってのに。」


「あ、言っとくけど、俺、一生芸能界にいたいなんて、思ってないから。なんなら、今すぐ辞めたっていいくらい。」


「なんでよ。ルイ、実力で勝負したいって、下積みから再出発したぐらい入れ込んでるんじゃないの?」


意外な言葉に、ナナミが目をぱちくりさせる。


「そう言わないと、親父の名でどんどん主役やらされるからさ。それを避けるためだよ。俺が俳優続けてる理由は別にある。」


「別?」


「うん。兄貴探すため。」


「お兄さん?」


「ああ。俺には10歳違いの兄がいるんだ。そんでもって、兄貴も子役だったんだが、それが結構うまくて。善人役も悪役も、気弱な役も頼れるリーダー役も、なんでもこなしてさ、将来は親父並み、いや、それ以上の俳優になるかもって、有望視されてた。」


「そんなに?」


「けど、そうなると、撮影で家空けること多くなって、弟の俺でも滅多に会えなくなってさ。おまけに、親父とお袋が離婚した時、兄貴はお袋について行っちゃったんだ。」


「まあ…」


「兄貴とはそれっきり。当時の顔は覚えているんだが、別れたのが12年以上前だから顔変わってるだろうし…だから…もし兄貴が俳優続けてたら、こうしていれば兄貴の出演してる映画かドラマの端役に選ばれることもあるかもって…そしたらまた会えるかもって…まあ、そう都合よくいかないとは思うけど。」


寂しげな顔になるルイ。よっぽど仲が良かったのだろうか。あっけらかんとしているようで、ルイのバックボーンもなかなか複雑なようだ。


「そうだったんだ…お兄さん、見つかるといいね。」


「ありがとう。」


「生き別れか…似たような経験をしている人って、案外近くにいるもんなんだなあ…」


誰にともなく呟いたのは…アオイ。


「そういえば、渡海班長、大学では何を専攻されているんですか?」


ミノリとの怪獣談義が一区切りついたらしいトウヤが、興味津々に聞く。


「あ、アオイでいいよ。私がいるのはユーグレナ学部の史学科。まあ、ここにはユーグレナ学部しかないけど。」


「ユーグレナ学部?」


「そう。ユーグレナについて、理系から文系までの様々な分野の学科が揃っているんだ。私はユーグレナの歴史を専攻しているけど、入隊して理学科で学んで、NEVER研究所の研究員になった人もいるよ。」


「研究員に…いいなあ、僕も退学届が受理されてれば…」


ため息をつくトウヤ。


「どうした?」


「実は僕、NEVERでの採用が決まったから先日高校に退学届出したんですが、受理されなかったんです。」


「受理されなかったって…お前、進学校だろ。両立できんのか?」


眉をひそめるリュウ。


「だから退学すると言ったんですが、緊急出動の場合は出席扱いにするからと…どうも、まだ僕の医学部進学を諦めてないようで。」


「やれやれ…」


「でも、大学生なのに、なんでリュウと同じ科目を選択しているの?」


ナナミが不思議そうな顔をしている。


「ああ、『ユーグレナ基礎学』は高大どちらも選択可能なんだよ。もっとも、ほとんどが大学生で、リュウみたいな高校生は珍しいけど。」


「珍しいって…リュウ、なんでそんなの選択したのよ。」


「別に。『ユーグレナ対策室』にいるから楽勝かなと思っただけ。実際は隊長の説明聞いてる方が、よっぽど分かり易いが。」


なんという安易な選択…


「あんたねぇ、そんなんで大丈夫なの?単位落とさないでよ。」


「やかましいわ!」


「班長やりながら大学でも勉強って、なんか大変そうですけど。アオイさん、なんでユーグレナについて学ぼうと思われたんですか?」


ミノリはそこが気になった様子。


「うん、まあ…一種の罪滅ぼしかな。」


「罪滅ぼし?」


「実は…子どもの頃に、私の子守ユーグレナにひどいことをしてしまって…」


「子守ユーグレナって、アオイにもいたんか。」


ちらっとナナミを見るリュウ。ナナミも驚いている。


「うん。でも…家族で買い物に行った時に、そのショッピングセンターで火事が起きてね、私は親とはぐれて取り残されてしまったんだ。辺り一面火の海で、もうダメかと思ってたら…その子守ユーグレナが飛び込んできて、助けてくれたんだよ。」


「すげぇユーグレナだな。」


「けど、それでその子、大やけどを負っちゃって…そしたら、私の親がこんなお化けみたいなユーグレナはいらないって…捨てちゃったんだ。」


「なんだって!?」


「私もいけなかったんだ、その子に暴言はいちゃって…気持ち悪いって…結局それを理由に親がその子を追い出して、それっきり…」


さっきまでの明るい雰囲気から一転、辛そうな表情を浮かべるアオイ。これまた重い過去があったもんだ。


「どうして、そんなことを?」


「言わなきゃ追い出すと親に言われて…怖くなってつい…ほんと、かわいそうなことをした。あの時のあの子のショックを受けた顔は、未だに忘れられないよ。」


「それ、子どもの時の話ですよね。アオイさん、その時いくつだったんですか?」


トウヤが聞く。


「5歳。」


「5歳!?」


「なんだよ、それ!そんな小さい子脅して無理矢理言わせるなんて!毒親じゃねぇか!」


この手の理不尽な話になると、すぐカッとなるリュウ。トワがそっとため息をつく。


「ほんとよ。アオイさんが気に病むことじゃないわよ。」


「そうだよ、本心じゃないなら、なおさら。」


「言っちゃったことは取り消せないから。あの子を傷つけちゃったことに違いはない。私の汚点だよ。」


ナナミとルイもフォローするも、首を振るアオイ。


「まあ、その後も色々あって、自分にも親にも嫌気がさしちゃって。就職活動の一環で受けた適性試験に合格したんで、普通校卒業と同時に家飛び出して、NEVERに入隊したんだ。そしたらここでユーグレナについて学べるって知って、せめてもの償いにと、勉強始めたんだよ。」


「普通校卒ってことは16で入隊ですか。それで18でもう班長とは、すごいですね。」


トウヤが感心している。


「いや、私は後処理だから、君達みたいに危険とぶつかるわけじゃないし。それに、NEVERの隊長の最年少記録は15歳。たぶん、今後絶対に破られることはないよ。」


「15!?」


「そうだよ。ね、神楽隊長。」


「え!?」


「アオイ君、なんでバラすの。余計なこと言わないでよ。」


突然名を挙げられて、迷惑そうなヒカリ。


「隊長が?」


「そう。しかも神楽隊長の場合は宇宙部隊だからね。私の比じゃないよ。」


「そんな大げさな話じゃないよ。たまたまその時に前の隊長が退職しただけの話だから。」


振り払うように手を振るヒカリ。あんまり話したくない様子がありありと分かる。


「それでも、隊長より年上の人とかいたでしょ。」


「…あの人がいてくれさえしたら…」


「え?」


「いや…」


ぼそっとヒカリが呟いたその言葉が意味することが分かったのは、リュウだけだった…


「しかし、アオイ。お前が『私』と言うと似合わんな。」


気を利かせたのか、トワがじろりとアオイを見て、話題を変える。


「トワちゃん、言い方ひどいよ。」


「ひどいのはお前だろ。班長になる前は私を副隊長呼びしていたくせに。まあ、私はそのほうが楽だが。」


「トワちゃんも、『私』なんて言い方、似合わないよ。」


「仕方ないだろ。あのババアが、役職付らしくしろとうるさいから。」


「私もだよ。いつぞやうっかり『俺』って言ったら、何十分もねちねちやられたからね。総監は何も言わないのに、1人でキーキー騒いでさ、ほんとうんざり。」


「たく、あいつは。どうでもいいことに噛みついて。どこまでも呆れた奴だな、そんなの個人の自由だろ。」


憮然とした顔をするリュウ。にしても、なぜアオイにもこれで通じる。夜野道補佐官も随分と嫌われたものだ。


「お前、私が最初『俺』と言った時は驚いてなかったか?」


「そりゃ、確かに最初は驚いたけどさ。よくよく考えたら、男だの女だの、役職持ちだの平だの、そんなもんで個人の価値が変わるもんじゃねぇだろ。それを、らしさだなんだって締め付けるのはおかしいじゃん。一人称程度、副隊長やアオイが好きな言い方すりゃいいんじゃねぇの?」


ドキッとした顔でミノリがリュウを伺うが、リュウはミノリを見てはいない。特にミノリを意識して言ったわけではないのは明らかだが、散々女の子らしくと縛られてきたミノリには、ずしりとくる言葉だ。まぶしげな表情になるミノリ。


「なあ、犬飼。」


「そうね。副隊長が言いにくいなら、『俺』でいいと思うわ。私の友達にも、『僕』が一人称の女子いるし。」


「だとよ、隊長。」


なぜか、結局トワもヒカリを巻き込む。


「私は別にいいよ。私にも多少の見栄はあるからね。この歳で『俺』はないでしょ。」


「でも、隊長の雰囲気なら、『僕』でも似合いそうだけど。」


さすがにどうなんだろ…


「そんないいとこの出じゃないよ、私は。トウヤ君と違って。」


「僕だって、いいとこの出じゃありませんよ。」


「医者の息子なら、いいとこだろ。」


むっとするトウヤに、ルイが混ぜっ返す。


「医者がいいとこって、なんですか。父はいっつも最新医療器具を買わなきゃとか、経営のための資金繰りがどうとか、お金のことで悩んでばっかりですし。ただの俗物家庭ですよ。」


「幻滅するようなこと言うなよ、全く。」


「それより、隊長。隊長はほんとにいいとこの出じゃないんですか?」


「なんのこと?」


ヒカリが怪訝な顔になる。


「さっき思い出したんですけど、隊長、『神楽コンチェル』と、なにか関係あるんじゃないですか?」


「『神楽コンチェル』?」


「かつて、日本で5本の指に入ると言われた大企業です。100年以上前の話になりますが、『神楽コンチェル』の創始者が日本で初めてコーヒー豆の栽培に成功しましてね。それを元手にいろんな事業を展開したんです。その創業者一族の苗字が神楽。神楽が日本で70人ぐらいしかいないのなら、隊長もその一族なんじゃないかと思いまして。」


「コーヒー豆の栽培?そんなの、日本でやってたか?『神楽コンチェル』なんてのも聞いたことないが。」


ルイが首をかしげる。


「今はやってませんよ。それに、『神楽コンチェル』に勢いがあったのは60年ぐらい前までで、その後なぜか一気に衰退して、今は廃業寸前の鳴かず飛ばず状態ですから。」


「お前なあ…もし隊長がそこの関係者だったら、失礼極まりないぞ。」


「心配いらないよ、私には関係ないから。苗字が同じなのもただの偶然。」


「そうですか?なんか、隊長の雰囲気に、育ちの良さがある気がするんですけどね。」


「そうか?」


トウヤとミノリ以外の面々が、微妙な顔になる。確かに、おっとりしている時のヒカリだけを切り抜けばそうかもしれないが…


「トウヤ君、私は13歳で家を出ているからね。今更、育ちもなにもないと思うけど。」


「そうでしょうか…」


「それより、君達。」


これまたさっさと話を切り上げるヒカリ。


「いつまでも話していないで、食堂に行っておいで。昼ご飯まだでしょ。」


「それは隊長と副隊長もだろ。」


「私はちょっと仕事が入ってね。あと1時間以内にまとめないといけないから。」


「俺もさっきの怪獣の報告書をやる。」


「え?副隊長がやるんか?」


「お前らができるのか?」


「それは…」


即座にトワに返され、リュウとナナミが、うっ、とつまる。


「いいから、とっとと行け。」


「分かったよ。」


「それでは、私も先程の件の報告書を上げないといけませんので。神楽隊長、失礼します。」


アオイが一礼して出て行く。続くようにリュウ達も出て行き、ディレクションルームに残ったのはヒカリとトワのみ。一気に静かになる部屋。


「しかし、隊長。出任せが過ぎるぞ。」


いきなり、トワがヒカリを咎める。


「何が?」


「朝の話だ。養護施設だの憑依型だの、いい加減にもほどがある。」


「トワが話を広げるからでしょ。私も辻褄合わせ大変だったんだから。」


え?朝の話というと…トワを引き取った時の?出任せに、辻褄合わせとは、どういうことだ?


「しかしな、いくらなんでも、養護施設の子を実験台にしようとしていたは言い過ぎだ。」


「あながち嘘ではないでしょ。養護施設の子ではないだけで、既にやっているじゃない。こんなこと、ミノリにはとても言えないが。」


「どこが!」


「あの子は?」


「あ…」


「もっと早くに分かっていれば…永遠の命を得たいなどと愚かな発想をするようになっていたとは…」


ヒカリの顔が暗く翳る。この表情…いつぞや寮部屋でトワと話していた時の表情に似ている…


「お前、それは永遠にデータとして残り続けるユーグレナに喧嘩売ってることになるぞ。」


「ユーグレナはどこまでいってもユーグレナであり、人間は人間だ。相手の領域に踏み込もうなど、ばかげている。」


「また、難しいことを…」


「簡単に言えば、私はこの世界に永遠にいたいなんて、思っていないってこと。引き際をわきまえずにしがみつくことほど、みっともないことはないからね。」


「お前なあ…」


なんだかヒカリ、40過ぎているとはいえ、やたらと老成していないか?長年危険にさらされている状況に置かれ、さほど自分の命というものに執着がなくなっているのであろうか…


「人間は次の世代に引き継ぐことで、ここまで未来を紡いできた。だからこそ進歩もする。今の私が残り続けたところで、未来になんの益もない。老兵は潔く消え去るのみだよ。」


「やかましいわ!それは、『老兵は死なず、単に消え去るのみ』だろ。」


「私は名だけじゃなくて、肉体ごと消えたいと言っているのだけど?」


「その顔であっさり言うな!まだまだ生きててくれよ…俺の側で…」


不安にかられたような顔になったトワが、これまで聞いたことのない甘え声でそう言うと、ヒカリの胸にすがりつき、頭をうずめてイヤイヤをするように首を振る。言い過ぎたと思ったのか、ヒカリが口を閉ざすと、優しくその長い髪を撫でた…









こちらは、ヒカリに言われて食堂に集った『ユーグレナ対策室』の隊員達。しかしながら、なにぶん自己紹介は済んでいるし、先程のソギアの件を口にするのもどうにも気が進まないし、というわけで、席に着いて5分を過ぎた頃には、皆黙々とただ食事を口に運ぶだけの状況に陥っていたのだが…


「あれ?リュウ。この時間にいるなんて珍しいな。」


「あら、ナナミさんもいたの?なんか、初めて見る顔もいるけど。」


声をかけられ、リュウとナナミが顔を上げる。そこにいたのは、群青色のブレザーを羽織った、20代から30代前半ぐらいの男3人、女3人の集団。皆手にトレーを持っていることから、どうやらこちらも昼を食べにきたらしい。


「あ、『情報処理班』の。」


「そういえばさっき出動していたね、怪獣が侵入したって。それで昼が今になっちゃったのか。お疲れ。」


「ああ、まあ。」


「ご一緒していい?」


「ええ、どうぞ。」


さっさと隣の大テーブルをリュウ達のテーブルとくっつけて座る『情報処理班』の面々。結果、11人の大所帯でテーブルを囲むことに。


「で、そちらの2人は?」


「ああ。今日から入ってきた新人だよ。」


「初めまして。沙花叉ミノリです。」


「宵咲トウヤです。よろしくお願いします。」


リュウに促されるように、自己紹介する2人。


「沙花叉ミノリさん?ああ、トワちゃんお気に入りの。」


「え?」


「評判よ、トワちゃんが連れてきたって。トワちゃんって、誘うことはあるけど、自分から来るまではほっとくタイプだから。」


「そう…なんですか。」


「あ、そうだ、ミノリさん、あれどうだった?」


「あれ?」


「ほら、研究所にある『人間乾燥機』。こないだ私も試してみたんだけど。」


「あ…あれ…ええ、すごかったです。」


「ねぇ、ほんとにすぐ乾いて。でも結局、研究所からここに着くまでの間に濡れて、意味なかったわ。ここの1階に置いてくれればいいのに。」


「あ…はあ…」


「宵咲トウヤ君?ああ、あの、上層部で有名な…」


「上層部というと…また、あのあだ名ですか…」


「うん。『7度目の正直君』でしょ。」


「変わってる…」


「8回目だったら『七転び八起き君』にできたのにって残念がってたよ。あ、でも次回は何年後か分かんないから、今回合格できてよかったんじゃないの?」


「は…はあ…」


「今日もルイさんはいないの?俳優ってやっぱ忙しいんだなあ。」


「ちょっと、また!俺、いるって!」


「あれ?いたの?」


「もう!それ、先週も更衣室でやられた!」


「ルイさんが存在感ないからでしょ。いっつもいるかいないか分かんないんだから。もうちょっと俳優らしくしてよ。」


「そう言われても…」


とまあ、先程までの気まずかった空気が一転、和やかを通り越して、騒がしいとしか言いようのない状態に。情報処理班だけに、様々な情報を得ているようで話題には事欠かないらしく、また初対面だろうが俳優だろうがまるで遠慮のない態度に、ミノリは言うに及ばず、さすがのトウヤもたじたじになっている。リュウやナナミ、それにルイはやれやれと言いたげな表情だ。


「全く。とうとう怪獣を地球に侵入させちゃって。シグレ隊長が気の毒だよ、副隊長がまるで言うこと聞かないから。」


ひとしきりの騒ぎの後、情報処理班側からも自己紹介があり、話題はいつしか、NEVERの内情話へ。


「さっき、隊長もそんなこと言ってたけど、なんで、その副隊長って奴、シグレ隊長に反発してんだ?」


リュウが聞く。


「簡単さ。副隊長はシグレ隊長より20近く年上なんだよ。抜かれたから悔しいんだろ。」


「20も?シグレ隊長、そんなに若いの?」


「若いといっても、27にはなってるよ。そんでもって、副隊長が46。」


驚くナナミに情報処理班の1人がさらりと言うが、いや、27なら十分若い…あ、ヒカリという前例があっては…


「悔しいからって、勝手なことしていいわけねぇだろ。総監はなんでそんな奴、副隊長にしたんだ?」


リュウが口をへの字に曲げる。


「総監に罪はないよ。宇宙部隊の人事は宇宙総司令に任されてて、それには総監も口は出せないんだから。」


「なんでそんな仕組みになってんだ?」


「権力分散だよ。全ての権限を1人に集中させてしまうと、その1人が判断ミスしたら組織崩壊に繋がりかねないからね。以前の堕落ぶりがその証拠。」


「なるほど。」


「もっとも、それが裏目にでちゃったんだよなあ。それをいいことに総司令が自分の甥を副隊長にしちゃってさ。長年いるだけで実績もなにもないのに。おまけに副隊長自身は総司令の口利きで隊長になれると思い込んでて、当てが外れてシグレ隊長に嫉妬しまくってる結果がこれ。」


「は?甥?身内贔屓かよ!」


「宇宙部隊の中でも反対の声は上がったらしいけど、身内贔屓と言うなら神楽隊長とトワちゃんはどうなんだって、まるで耳を貸さなかったそうよ。一緒にするなって感じだけど。」


なんという職権乱用…どんなに優れた仕組みがあっても、結局は人次第、抜け道などいくらでもあるというわけか。それに、確かに以前の『ユーグレナ対策室』の隊員達もヒカリとトワを身内贔屓と揶揄していたが、トワの実力は副隊長として申し分ないし、ヒカリにしたって、トワだけをことさらに優遇してる様子は全くないし、情報処理班メンバーが言う通り、なんら問題ないとしか思えない…。


「呆れた奴だな、宇宙総司令も。都合よく、隊長と副隊長を引き合いに出して。」


「まあ、総司令は神楽隊長を嫌ってるからな。一種の嫌味だろ。」


「嫌味?」


「元々総司令の打診は神楽隊長のほうにあったんだが、神楽隊長が蹴ったから、今の総司令にお鉢が回っただけらしいんだ。だから相当引け目があるんじゃないの?」


「隊長が蹴った?」


「神楽隊長はあんまり上から指示するみたいな立場を好まない人なのよ。それよりは自分が前線に立っていたいってタイプ。宇宙部隊の隊長になるのも相当嫌がったって話よ。地上に降りなくていいって条件でなんとか説き伏せたみたい。もしかしたら、『ユーグレナ対策室』の隊長職も、何らかの条件付きかもしれないわ。」


「やれやれ…」


ヒカリが戦闘狂というのも聞いたことはあるが、これまた上司として遜色ないというのに。世の中うまくいかないものだ。


「まあ、1番の問題はNEVERが堕落しきってたときの負の遺産だよ。ライセンスは簡単に取れても入隊するって人は少なかったから、あんな副隊長でもいてくれるだけありがたいってとこもあるんでね。」


「すると、その副隊長って奴は…」


「そう。合格率100%だった頃の入隊。10年前からは変わったけど、今度は総監が試験難しくし過ぎて、なかなか合格者がでないから、ますます入隊してこない。だから、それ以前の入隊者も残しておかないと、部隊が成り立たないんだよ。」


「そうは言っても、シグレ隊長だって11年前の入隊よ。でも真面目でいい人だし。結局は副隊長個人の性格の問題だと思うわ。」


「厄介な話だな。だから、あのババアもでかい顔してんのか。」


「え?あのババア?あれは違うよ。」


嫌な顔をする情報処理班の面々。というか、おい!情報処理班もそれで分かるんかい!


「違う?」


「あいつは防衛省の回しもんだから。ライセンスすら持ってない。」


「なんだって!?」


夜野道補佐官の正体も分かっていたのか…


「神楽隊長もトワちゃんも話してないのか。ま、あんな奴のこと、話題にしたくもないよな。」


「私だっていやよ、あんな奴。というか、NEVERにいる人で好いてる人なんか、1人もいないわ。仕事は押付けてくるし、ギャンギャンうるさいし、なにかというと神楽隊長にべったりで薄気味悪いし。」


「ほんと、気味悪いよな。おまけに、トワちゃん追い出せば神楽隊長が自分のものになると思い込んでてさ。自意識過剰だよ。ま、トワちゃん追い出そうとするのは、なんか他の目的もありそうではあるけど。」


「まあ、大方NEVERを潰してやろうとでも、考えてるんじゃないの?」


なんだ、狙いもバレバレか。NEVERの隊員達にも職員達にも喧嘩を売って、夜野道補佐官もなにをやっているんだか。これでは引っ掻き回すというよりは、結束を強めているようなもの。


「でも、あれはないわよ。ほら、神楽隊長が総本部に出張してたのいいことに、トワちゃん締め出した時のこと。」


「ああ、あれは酷かったわね。隊長が事態を知って、3日後には戻ってきて救出したんだけど、トワちゃん、その後3週間寝込んじゃったもん。よくあんなこと、平気な顔でできるわ。」


「3週間も寝込んだ?」


「間の悪いことに、梅雨時期だったのよ。だからびしょ濡れになって大風邪ひいちゃって。それに、トワちゃん、元々そんなに体強くないから。隊長が引き取った当初はしょっちゅう倒れてたって聞いたわ。どんな状態になるのかは知らないけど。」


意外な顔をするユーグレナ対策室側。見た目には寄らないものだ。


「俺は副隊長が倒れたり、病気したりって、見たことねぇけど。」


「なんか、研究班が作った薬飲むようになってからは、大丈夫になったらしいけど。」


「研究班って、薬まで作るのかよ。」


「まあ、化学をかじっていれば、薬の調合もできなくはないでしょうから。」


首をかしげるリュウに、トウヤがあっさりと言う。


「でも、追い出されてた間は薬飲めなかったから、あのあと3週間寝込むはめになったのよ。しかもあのババア、隊長が連れ戻した時の、ずぶ濡れで髪ボサボサになってたトワちゃん見てなんて言ったと思う?化け物だ、気持ち悪い、だって。誰のせいだと思ってんのかしらね。」


「ひどい奴だな。」


普段の暴言も聞くに堪えないのに、ここまできたら異常過ぎる。


「まあ、怒った隊長に逆にババアのほうが雨の中締め出されたのはいい気味だったけど。防衛省にも苦情入れたのに、あのババア、長官をうまいこと丸め込んで、また舞い戻ってきたのよ。ほんとうんざり。」


「でも、隊長を狙うんだったら、副隊長を攻撃するのは逆効果じゃないの?むしろ副隊長に好かれたほうが隊長も好感持ちそうだけど。」


ナナミが疑問を呈する。確かに…と思ったら…


「そう考えて実行してるのが総監代理だけど、そっちも進展しないなあ。」


「え?総監代理も隊長を?」


これまた意外な話に、リュウもナナミもルイもあっけにとられる。


「それは気付いていなかったのか。まあ、あの人はそういうの表に出さないからね。でも、トワちゃんに出張先で買ったお土産渡したり、なんだかんだ理由つけてプレゼントしたり、いろいろアピールしてるよ。」


「なんで知ってるの?」


「それがトワちゃん、それを横流ししちゃうんだよ。多分、トワちゃん、意味分かってない。」


「なにより神楽隊長自身が、どうも恋愛とか結婚とかに興味ないらしくてさ。あの顔でもったいないよね。」


「ふ〜ん…」


「けど、補佐官と総監代理なら、総監代理とくっついてほしいなあ。総監代理はちゃんとライセンス持ってるから、申し分ないもん。人柄だって、比べものにならないし。」


「確かに。」


『すごいですね、複数融合ユーグレナは。実現すれば、我々人間の生活はますます豊かになるでしょうね。』


なんとなく話が一区切り付きそうな時に耳に入ってきた声。11人が一斉に顔を向けたところにあったのは、食堂の壁にかけられている大型テレビ。画面には研究室らしい、実験器具の置かれた部屋で、白衣を来た男にマイクを向けている女が映っている。リポーターと、インタビューに答えているどこぞの研究所の所長か研究員という図。


『そうです。これからは複数融合ユーグレナの時代です。我々は常に、先の先を見据えて研究を続けているのです。』


『それが分からないNEVERには即刻退場していただかないといけませんね。』


『ええ。人類のますますの発展のためにも、我々はNEVERの妨害に負けるわけにはいきません。』


「なにが複数融合の時代になる、ですか。地球を、人類を滅ぼしたいのでしょうか、この人たちは。」


トウヤがしかめっ面になっている。


「滅ぼす?なんか、利点だらけみたいな言い方してましたけど。」


「それは、制御できればの話ですよ。はっきり言って、複数融合ユーグレナを制御するなど、不可能に近いですから。」


ミノリが怪訝な顔をするも、首を振るトウヤ。


「融合型が1つで、複数融合は2つとか、そんな生易しい話じゃないんですよ。目的によっては10個以上能力を突っ込む場合もあるんです。その能力だって、大半が怪獣能力ですからね。おまけに、能力を増やせば増やすほど、能力同士がぶつかりあって、暴走しやすくなるんです。暴走状態の複数融合ユーグレナの力ときたら、腹ペコのライオン10頭に素手で立ち向かうようなもんですよ。人間なんて、いちころです。」


「ライオン10頭?」


「ただのライオンじゃありません。腹ペコのライオン10頭です。そんなのが制御できる人間なんて、いるわけが…」


「隊長〜!返してよ〜!」


「いや〜なこった。ここまでおいで。」


今度はテラスのほうから声が聞こえてきて、そちらを見る11人。そこにいたのは、右手に抹茶アイスのカップを持って、手を高く上げているヒカリと、そのカップに向けて手を伸ばしているトワ。このテラス、別に食堂付属の施設と言うわけではなく、建物をぐるりと周れば、外から立ち入ることも可能な造りになっている。


「待ってよ〜!俺の抹茶アイス!隊長、ちょうだいよ〜!」


「ダメ。今朝2個食べたでしょ。1日3個の約束でしょ。」


「今食べたいんだよ〜。夜食べないから、お願い!」


「なんて言って、私が気づかなかったら夜も食べてたでしょ。だから、今はダメ。」


「隊長!待って〜!」


さっと身を翻したヒカリと、それを追うトワ。あっという間に、皆の視界から2人が消えた。


「何やってんだ?」


「毎度のじゃれ合いだよ。取っ組み合いしたり、ああやって追いかけっこしたり。」


呆れ顔のリュウ達に対し、慣れっこの情報処理班の面々。


「隊長、40過ぎてんだよな。あれじゃ子どもみたいじゃん。」


「いやあ、神楽隊長はまだまだ若いよ。体力だってすごいし、力も相当あるし。俺達、全然太刀打ちできないもん。」


「ファタージだって軽々と使うもんな。俺、通常モードで骨折したってのに。」


「骨折?」


聞きとがめたリュウがそれを言った男性職員を見る。


「実は2年前、配置転換の話があったんだ。ユーグレナの反乱が激化しそうなのに『ユーグレナ対策室』の隊員達があまりにも役に立たないからって。それで、全部署に通達がきて、俺達も新武器の訓練に参加したんだよ。」


情報処理は事務ではあるが、NEVERに入る以上は適性試験合格が絶対条件のため、事務職員達もライセンス自体は全員持っている。だから、場合によっては実戦部隊に移ることもあり得るのだ。


「でも、結局立ち消えになった。」


「なんで?」


「扱えないんだよ、武器が。重さはたいしたことないんだが、反動に耐えられなくて。それも通常モードで俺、腕の骨折っちゃったんだ。あれで更に倍のファタージなんか、絶対無理。」


「そんなに強いか?」


失礼極まりないリュウだが、まあ、通信機もらった当日から振り回してりゃ、それも仕方がないか。


「まだいいわよ。私なんか、武器すら出なかったんだから。」


「出なかった?」


「人工知能が組み込まれていて、その人に合う武器が自動で選択されるって話でしょ。なのに出てこなかったのよ。」


「私も。リュウさんやナナミさんやルイさんが、一発で出たって聞いて、びっくりよ。」


「リュウなんか、いきなりファタージ使ったしな。しばらく上層部で語り草になってたぞ。」


「その話はやめてくれよ。」


いつまでもネタにされる…


「神楽隊長に関してはそれだけじゃないよ。なんか隊長、隊長にしかできない特別なことができるらしいし。」


「隊長にしかできない?」


「トワちゃんも練習してるけど、なかなかうまくいかないらしいよ。」


「へぇ…」


「そういえば、副隊長…」


「ねぇ、ずっと気になってるんだけど、あなた達、まだトワちゃんのこと、副隊長って呼んでんの?嫌がられてない?」


何か言いかけたトウヤを、女性職員の1人が遮る。


「え?ええ、確かに今朝、そんなことを言っていましたね。」


「やめたほうがいいわよ。そのうちトワちゃんが爆発するから。」


「んなこと言われても…」


ぼそりと呟くリュウ。


「そうなんですか、じゃあ、えっと…トワさん、なんか、入隊1年と言ってましたが、あの様子からはとてもそうは見えませんね。」


「そりゃそうでしょ。トワちゃん、確かに正式入隊は去年だけど、神楽隊長の英才教育で、実質7歳からやってるようなもんだから。」


「7歳!?」


愕然とするリュウ達。


「それも、トワちゃん自身が志願してだからね。隊長は体が弱いんだからって止めたのに、訓練場に籠城して、隊長が根負けするまで粘ったっていうんだから。」


「年季が違うって、そういう意味だったんだ。」


「そのようですね。」


頷き合うミノリとトウヤ。


「今じゃあの2人、親子であり同志でありって感じだからね。2人に割って入れる人なんて、どこにもいないんじゃないの?」


「ますます補佐官、勝ち目ないじゃん。」


「ま、あの様子じゃ、今神楽隊長とトワちゃんに話しかけても無駄だな。あとでちくっとこ。」


急に話を変える情報処理班側。


「ちくる?」


「さっきのテレビの話さ。次摘発する研究所が決まったってこと。」


「ほんと、自分から国際法違反を明言するなんて愚かだわ。この時間ならNEVERの者は誰も見てないと思ったんでしょ。実際は部署ごとに休憩時間がズレてるから、24時間誰かしらが見てるってのにねぇ。」


「だよな。あ、ちょうど時間だ。それじゃ、またね。」


「え?時間?」


「昼休憩が終わったってこと。じゃあね。」


きょとんとしているユーグレナ対策室の面々をよそに、椅子を立ってトレーを返却口に持って行った情報処理班の6人が、さっさと食堂を出て行く。


「昼休憩が終わっ…あ〜!!」


リュウが声を上げる。


「いけね!情報処理班のほうが後から来たってことは、1時間以上経ってる!」


「つい話に夢中に!あ、ミノリさん、まだ食べ終わってない!」


「すみません!すぐ食べます!」


ナナミの声に、ミノリが慌ててサラダをかきこむ。


「あれ?バイブ…うわっ!」


スマホを取り出したルイが焦った顔で立ち上がる。


「ルイ、どうした?」


「事務所からの着信がいっぱい入ってる!ちょっと、電話してから行くから、そう隊長に言っといてくれ!」


「分かった。皿は片付けとくから。」


「サンキュー!」


飛び出していくルイ。


「ミノリ、食べ終わったか?」


「はい!」


「急ごう!叱られる!」


「ルーガスト!」


トレーを返却口に置き、皆急いで食堂を後にした。









「すみません!遅くなりました!」


「すみませんでした!」


滑らないように、それでも心持ち足を速めてディレクションルームに駆け込み、頭を下げた隊員達だったのだが…


「お帰り。ゆっくりできた?」


ヒカリもトワも、全く咎める様子はなく、むしろ平然とコーヒーを飲んでいる。


「あの…隊長…」


「どうしたの?」


「えっと…遅くなって…」


「どうせ情報処理班の連中にとっ捕まってたんだろ?」


フンと鼻を鳴らすトワ。


「え…分かってたん…ですか?」


「あの時間に食堂行ったら、情報処理班と一緒になるからね。あの子達、おしゃべり好きだから、色々聞かされてたんじゃないの?」


相変わらず、後出しじゃんけんのヒカリ。


「先に言ってくれよ。それか、あの時声かけてくれれば…」


「あの時?」


「何のことだ?」


どうやら2人とも、追いかけっこを見られていたことには気付いていない様子。


「いえ…なんでも…あの、隊長。」


拍子抜けしたように席に着きながら、ナナミがヒカリに声をかける。


「何?」


「隊長、結婚する気ないんですか?」


「ブッ…」


ヒカリが吹き出した。コーヒーを口に含んでいなかったらしいのは幸い…全く、若い子はストレートに突っ込みすぎる。


「お前ら、何吹き込まれたんだ?」


トワの赤と灰色の目が、ギョロっと皆の顔を見る。


「いえ…吹き込まれたというか…隊長のこと、狙っている人が何人かいるみたいで。」


「ないない。私は子持ちのバツ一って設定だから。」


ヒラヒラと手を振るヒカリ。


「え!?なんでそんな設定を?」


「そうしておけば勝手に避けてもらえるから。今更結婚なんて面倒なこと、する気もないんでね。」


驚く隊員達に、けろっと言うヒカリ。いや、なぜかリュウだけはどうでもよさそうな顔。


「面倒…」


「子ども置いて逃げられたなんて、印象最悪でしょ。そんな情けない人と付き合いたいと思う人はいないだろうからね。こっちも、お断りする手間が省けるし。」


「え?バツ一子持ち男性って、結構人気あるのに。知らないんですか?」


「そんな奇特な人いるの?」


更に突っ込むナナミに、不思議そうな顔のヒカリ。いや、現実問題、やたらとしつこい奴が絡みついている…ん?この言い方からして、もしかしてヒカリは夜野道補佐官のアピールに気付いていない?


「奇特ってほどじゃ…日本は離婚して男性が子ども引き取る率低いから、父親のほうが引き取るなんて、優しくてしっかりしているってイメージになって、魅力を感じる女性多いんですけど。」


「そうなの?女性の感覚って厄介だなあ。迷惑な話だ。」


「厄介で迷惑…」


「バツ一設定が通用しないとなると、困ったな。なんとかしないと…」


微妙な顔をしているナナミそっちのけで、考え込むヒカリ。


「そうだ。なら、リュウも養子にするか。」


「はい?」


「は!?」


ナナミに続き、これにはさすがに知らぬ顔もできなくなったリュウが声を上げる。


「隊長、なんでそんな発想になるんですか。」


「いや、子どもが多かったらもっと嫌がられるんじゃないかと。」


「思いっきり斜め上…」


「てか、なんで、俺!?」


「なんなら君達全員でもいいけど、実の親がいると手続き面倒だから。あ、これはミノリ君のご両親に失礼な発言だった、ごめん。」


「あ…いえ…」


「いや、俺、一応親いる…」


意味不明なヒカリの発言に、ミノリもリュウもまごついていると…


「神楽隊長!」


自動ドアが開いて、駆け込んできたのは、シグレ。


「シグレ君、直接来ることないでしょ。隊長同士のやりとりはチャットで充分なんだから。」


「同じ建物の同じ階なら、来たほうが速いじゃないですか!それより、助けてください〜!」


ヒカリにすがりつき、泣きそうな声を出すシグレ。またか。


「どうしたの。何かあったの?」


「あったというか、現在進行形です〜!助けてください!」


「落ち着いて。一体何が。」


「あの…部隊がソギアの群れに囲まれて…」


「やっぱりか。」


「やっぱりって?」


ため息をつくヒカリに、ナナミが聞く。


「今ソギアは渡りの時期なんだよ。この時期のソギアは気が立っているから、攻撃せずに地球に近づかないよう牽制だけするというのが鉄則なんだ。シグレ君もさっきそう指揮していたよね。」


「はい。でも、副隊長が、ソギアが渡りの際に地球の近くを通ったことなど今までなかったから、渡りじゃないと…」


「なんだよ、その謎理論は。」


呆れるリュウ。そこまでしてシグレを認めたくないのか…


「それで、攻撃したために、怒ったリーダー格が地球に侵入した、と。」


「はい。だから、せめて残った群れはそのまま追い立てて、地球から遠ざけろと命じたんですが、今度は最後尾にいた副リーダー格のソギアを倒してしまって…」


「最悪なことを…結果統制を欠いた群れに囲まれたと。」


「そうなんです、神楽隊長!このままじゃ、犠牲者が…」


「おい、神楽さんよ。」


また自動ドアが開き、青いつなぎを着た、50代後半と見える、白髪交じりの恰幅のいい男性が入ってくる。


「おっちゃんか。」


「よう、猫っ子。いい子にしてたか。」


「ああ。」


トワとも顔見知りらしいこの男性は、終夜整備長。戦闘機や後処理等に必要な機器の調整・整備などを担う整備班のトップだ。


「整備長がわざわざ来られるとは。」


「早く行ってやんな。あんたの専用機は完璧に仕上がってるから。反発するしか能のない小坊主に、目に物見せてやれ。」


「仕方ないな。隊長機のほうは?」


「当然だ。」


「分かった。シグレ君、行くよ。」


「ルーガスト!」


「は!?」


途端にキリッとした顔になったシグレが、ピシッと背筋を伸ばして敬礼すると、素早く部屋を出て行く。あまりの人の変わりように、あっけにとられる隊員達。


「トワ。頼んだよ。」


「ああ。」


ヒカリが椅子を立つと…引き出しから銃入りのホルダーを取り出して腰に巻き、机の下からヘルメットを引っ張り出して、メット部分に入れていた革手袋を出してはめ…


「え?」


「行ってくる。」


「うわっ!!」


夢でも見ているような顔で見つめてくる隊員達を尻目に、マントを外してバサッと投げたヒカリが、ヘルメットを脇に抱えてさっさと出て行く。整備長がそのあとを追う。


「ちょっと、隊長!」


トワが床に転がって、手足をバタバタさせている。それもそのはず、トワの上には、先程ヒカリが投げたマントが被さっているのだ。さっきのおかしな声はトワが発したのか。なにぶん背の高いヒカリのマント、丈だけでトワの身長は軽くあるのだから、そう簡単には引き剥がせない。


「んもう!マントぐらい畳んでいけよ!」


それでもようよう抜け出したトワが立ち上がると、ぶつぶつ言いながらクルクルとマントを巻いて…


ガタッと椅子の音をさせて立ったリュウが、ヒカリの出ていったドアを指差して、叫んだ。


「ちょ…ちょっと、隊長!ヘルメットあるじゃんか!」


「ぶっ!」


「ワッ!!」


バタン!


つんのめったトワの手からふっとんだマントが、今度はリュウの顔面を直撃。リュウがひっくり返るのとほぼ同時に、他の隊員達が椅子ごと床に転がった。何をやっているんだ?


「もう!副隊長!なんで俺に投げるんだよ!」


起き上がったリュウが、顔に被さったマントを取ってヒカリの机に置きながら文句を言う。


「お前のせいだろ!大体お前、言うに事欠いてそれか!」


「だって、隊長、ここにはヘルメットないって!」


「『ここには』だ!宇宙部隊にはある。」


「宇宙部隊?」


「リュウさん、戦闘機にはヘルメットなしでは乗れませんよ。」


トウヤが打った腰をさすりながら言う。ナナミとミノリも、慌てて椅子を立てている。


「戦闘機?」


「さっきのは、隊長が戦闘機で宇宙に行くという意味ですよ。」


「そうなのか?」


「もう!というか、よく平気ですね、ルイさん。一人だけずっこけてな…あれ?いない…」


「ちょっと!俺、事務所から電話来たからって、食堂出ただろ。今戻ってきたんだけど?」


ドアの近くに、ルイが、むっとした顔で立っている…


「そうですか?とっくに戻られていたかと。」


「なんでだよ、いる時はいない扱いで、いない時はいる扱いで!」


「宇宙にって、隊長、なにしに行ったんだよ。」


「シグレが言ってただろ、宇宙部隊が大変なことになっていると。だから救出に行ったんだ。そんぐらい気付け!」


全く分かっていない様子のリュウに、トワが怒鳴る。なぜこういう時は勘が働かないのだろう。


「でも、隊長、今は宇宙部隊降りてるじゃん。」


「名目上は降りているが、宇宙総司令が馬鹿な人事をやって去年シグレを隊長にしたばっかりに、宇宙部隊がガタガタになっているんだ。副隊長がシグレに反発ばかりしやがるから。さっきのソギア侵入もそのせいだ。そんなだから、緊急事態には隊長が出ざるを得ん。NEVERの中で1番腕が立つのは隊長だからな。その次がシグレだが。」


「ユーグレナや研究所を相手にして、更に宇宙部隊もって…」


ナナミが呟く。これじゃあ、日本支部の地球防衛をヒカリが一手に引き受けているようなもの…


「大丈夫なんですか?なんか怪獣の、ソギアの群れに部隊が囲まれているって言ってましたけど。」


ミノリが早くも青ざめている。


「隊長ならなんとかするだろ。待つしかない。どうせこっからじゃ、宇宙は見えんからな。」


「宇宙は見えない…あ、そうだ。」


椅子に座ったトウヤが、急にキーボードを叩き出す。


「何している。」


「さっき見つけたんですよ。」


ぽんっ、とトウヤがエンターキーを押すと、壁にモニターが現れて…


「おい、トウヤ!これ、シグレが指揮する時の…宇宙部隊隊長しか見れないやつじゃないか!」


赤と黄色の、星を散りばめたような図が表示され、トワが焦った顔になる。


「やっぱり、内部にいるとハッキングは簡単ですね。」


「済まして言うことか!」


全くだ…大体、トウヤは今日入隊したばかり…


「なんですか?これ。」


「今の宇宙の様子だ。赤が宇宙部隊、黄色がソギアの群れだ。」


諦めたように、トワが解説する。


「赤って…完全に囲まれてるじゃないの!」


「こんなん、切り抜けれるのか?」


ミノリ同様、真っ青になるナナミとリュウ。ざっと100はあるだろう黄色い点が、ずらりと並んで太いドーナツ状の円となっている。そのど真ん中、円に完全に包囲された状態で、黄色の3分の1ぐらいの大きさの赤い点が10個ぐらい、小さく固まって表示されているのだ。自らの嫉妬で関係のない他の隊員達の生命まで危険に晒すような者が副隊長とは、背筋が凍る話。特にリュウは、もしかしたらあの中にいたかもしれないとなると…


「あ、赤い点が2つ…多分隊長とシグレ隊長ですね。」


トウヤがマウスを動かす。矢印で示した画面下方から、小さな赤い点が2つ、黄色い円に近づいてきた。と思った瞬間、パッと2つの赤い点が消えた。


「えっ!?」


最悪の予感にぞっとした顔になった隊員達だったが、いや、消えたというのは語弊がある。というのも、その直後、黄色い円の一角がパアンと花火のように弾けたのだ。続けざまに、円のあちこちで同様のことが起こり、黄色い点がいくつか消える。察するに、一気に速力をあげた2機がソギアの群れに突っ込み、攻撃を仕掛けたのであろう。時折ちかりと、赤い点が黄色い点の集合体の中に光る気がしないではないものの、速すぎてもはや肉眼では動きは追えない。みるみるうちに形が崩れていくドーナツ状の円。その円の切れ目から、内部の赤い点が次々と流れ出していく。どうやら窮地を脱したらしい。


「すごい…」


ミノリが圧倒されている。


「さすがですね。それにシグレ隊長もなかなかの腕前、見た目とは大違いです。」


「当たり前だ。シグレは隊長の愛弟子だからな。」


感心するトウヤに、さも当然、という口調のトワ。


「隊長の?そういえば、情報処理班の方が、シグレ隊長は11年前に入隊したと言っていましたが。その頃は隊長、まだ宇宙部隊にいましたね。」


「でも、10年前に降りたのなら、弟子と言っても1年じゃない。」


「隊長の指導を受ければ、1年もあれば十分物になるわ。尤もついていければの話だが。今の宇宙部隊隊員の中で食らいつけたのは、シグレだけだからな。」


何を言っている、という顔でナナミを見るトワ。本当に、あの弱々しい印象とは真逆のシグレ…ん?確かトワも、ヒカリの英才教育で7歳から、と。ヒカリに引き取られたのが6歳ということは…


「そうだったんですか。」


「ああ。だから、あやつがどんだけシグレに反発しようが敵いはしないんだが、それを甥可愛さに、総司令が隊長にして地上に降ろしやがったんだ。総司令の奴、これ以上シグレに実績上げられたら、自分の地位も危ないと思ったんだろう。出世欲だけは一丁前の俗物野郎だからな。」


吐き捨てるように言うトワ。トワも相当宇宙総司令や副隊長を嫌っている様子。なんて言っている間に、画面上では、散り散りになった黄色い点がどんどん小さくなっていく。地球から遠ざかっているようだ。それを追っていく、2つの赤い点。


「あの動き…おい、隊長!深入りせずにとっとと帰れ!」


とっさに通信機を取り上げ、トワが叫ぶ。と…


「Touya.You hacked it.」


「あ、バレました?」


ヒカリの声が聞こえ、トウヤが頭をかく。


「トウヤ。隊長、なんて言ったんだ?」


「『ハッキングしたね。』と言われました。隊長、英語話せるんですね。」


リュウに聞かれて、トウヤが答えるが、それを言うならトウヤは?


「隊長。前俺に言ったよな、敵を倒すことを目的とするなって。」


ぶすっとするトワ。


「In order to protect the Earth, the monster…」


「いい加減、日本語で言いやがれ!」


「そうですよ、神楽隊長。確かに宇宙部隊の通信はかつては英語でしたが、10年前から日本語でOKになったじゃないですか。だから私はあんまり話せませんよ。」


「あのねぇ、シグレ君。それは私が宇宙部隊を降りた後だよ。入隊してからずっと英語でやってきたのに、切り替えられるわけないでしょ。」


トワとシグレに咎められ、不満気なヒカリだが、どこが、だ。あっさり日本語に戻っているし、それも英語同様、流暢なもの。


「嘘つくな。隊長が英語しかしゃべらんなるのは、宇宙飛んでる時だけのくせに!」


「ほんとですよ。というか、トワさんと一緒に搭乗している時は日本語じゃないですか。トワさん自身は英語も話せるのに。」


「え?そうなの?」


「副隊長も、宇宙行くことあんのか?」


シグレの話に、ナナミとリュウがトワを見る。にしても、シグレのしっかりした話し方からは、気弱さは微塵も感じられない。よっぽど宇宙の水が合っているのだろうか。


「悪いか?」


「いえ、悪いと言うわけではなくて…」


「隊長に叩き込まれたからな。そんぐらいできる。」


「はあ…」


まるで答えになっていない。


「そう言えば隊長、さっき何言いかけた?」


リュウが聞く。


「『地球を守るためには怪獣は殲滅しないといけない』と言おうとしたんだけど。怪獣はいつ襲ってくるか分からないんだから。」


「それを言ったら、ユーグレナだっていつ反乱するか分からんぞ。矛盾してるわ。」


「ユーグレナは人間が捨てなかったら反乱しないでしょ。怪獣はそんなの無関係に…」


「屁理屈言ってないで帰れ〜!この戦闘狂!」


「Yes,yes,I won't so angry. (はいはい、そう怒らないの。)」


またもや英語で、トワをからかうようにヒカリが言い、プツッと通信が切れた。


「たく…宇宙に行ったらすぐ調子に乗りやがる。」


「あの、副…じゃなくて、トワちゃん。」


「なんだ?」


別に気にする様子もなく、あっさり言って、ナナミに顔を向けるトワ。あ、それはトワもおあいこか。あれから全然『私』と言っていない。


「あの、今度研究所に行く時は、私たちも同行させてくれませんか?」


「だめだ。」


「これじゃ、隊長もトワちゃんも、過労で倒れますって。摘発の手伝いなら、私達もできますから。」


「なんだ、そっちか。」


「そっち?」


「いや、だめだ。」


この流れで、OKじゃないんかい!


「なんで?」


「お前らじゃ泣きそうだから。」


「意味わからん。とにかく、俺達、その時は一緒に行くからな、絶対に。」


ナナミにリュウも加勢する。ルイ、トウヤ、ミノリも頷いている。


「はあ、どうする?隊長。」


「私はかまわないけど。」


「わっ!」


いつの間にか、ヒカリがディレクションルームにいる。帰ってきたばかりのようで、出動した際の格好のままではあるが。


「え?隊長、さっきまで宇宙に…」


「戦闘機は最大で光の速さまで出るんだよ。地球までなら数分で着く。」


「げっ…」


平然としているヒカリに、若干引き気味のリュウ。


「でも、リュウは乗りこなしたじゃない。この10年、適性試験段階で、最後まで戦闘機シミュレーションに残ったのはリュウだけだよ。あ、トワもか。」


「思い出させないでくれ…あれには酔ったんだから…」


「いちいち俺の名まで出すな。それに、俺は隊長とずっとやってきたからともかく、なんでリュウは宇宙部隊配属にしなかった。今の宇宙部隊にはシグレ以外、ろくな人材がおらんというのに。」


「嫌だよ、総監のお気に入りを。あんな宇宙総司令にやるなんてもったいないことするぐらいなら、私がもらう。」


どうやらヒカリも、宇宙総司令に好感を持っていないと見える。ま、情報処理班やトワの話を総合すると、ヒカリと宇宙総司令の性格は真反対、水と油では相容れることはないか。


「あら、リュウ。あんた、総監に気に入られてたの?」


ナナミがリュウをつつく。


「知らねぇよ。初耳だし、大体総監には会ったことねぇし。」


「それより、お前ら、ソギア出たのをいいことに、今日は他はなんもせん気か?」


唐突にトワが言い出す。


「え?」


「しゃべってばっかりじゃないか。仕事しろ、仕事!隊長は明日でもいいと言ったが、リュウとナナミは昨日の日勤報告出しやがれ!」


「あ…ルーガスト。」


「えっと…隊長。すみませんが、俺、やっぱり帰ってもいいですか?」


「ああ、ご苦労さま。練習頑張ってね。」


今朝同様、またしても申し訳なさそうな顔でお伺いを立てるルイに、早くもいつものマント姿に戻ったヒカリがさらりと言う。


「は?」


「再開でしょ、舞台練習。」


「何で、知ってるんですか!」


「知ってるわけじゃなくて、君の言い方からそう思っただけ。」


鋭い…


「あ…はあ。」


「再開って?」


「さっきの連絡、代わりの劇場が見つかったから予定通りやるって…もう、立ち消えてほしかったのに。」


うんざり顔のルイ。そこまで嫌なのか…


「ま、頑張れよ。」


「そうそう、ファイト!」


「はあ…では、失礼します。」


リュウとナナミに発破をかけられ、渋々ながら頷いたルイが出て行こうとした時…


「あ、そうだ。これ、誰かいらんか?」


トワがポケットから取り出したのは、赤いリボンのついた、小さな透明な袋。中身は薄い水色の…ハンカチ?


「それは?」


「こないだ総監代理がくれたんだが、俺の趣味じゃないんだ。他の部署の連中にも聞いてみたんだが、皆いらんと言うんでな。お前らの中でいる奴おらんか?」


「ああ、その色はトワの好みじゃないからねぇ。秦野さんもそう気を使わなくていいのに、色々トワに持ってくるんだよ。もったいないから、欲しい人がいたら、もらったげて。」


「……」


トワのみならず、ヒカリにもダメ押しをくらい、リュウ、ナナミ、ルイ、ミノリ、トウヤがなんとも言えない顔で固まった…






「ハッハッハ!なかなか鋭いな、ライトの手下連中も。」


「フニャア…」


高笑いしている頭領を、呆れ顔で膝の上から見上げた猫が、大あくびをする。だからやめとけと言ったのに、とでも言っているような顔。


「そんな顔をするな。まあ、お前は私が橋渡しを頼んだ後も、一貫して無理だと言っていたからな。私もネロトとライト達が手を組むことはないと思っているよ。むしろ、喧嘩になるだろう、とね。」


「フン!」


嘘つけ、とばかりに鼻を鳴らしてそっぽを向く猫。しっぽがパタンパタンと、頭領の膝を叩く。一応この猫も、頭領の意を汲んで動いてはいたらしい。


「なら、なぜネロトまで焚き付けた、とな?どうやらお前も、私の本当の目的が分かっていないようだね。私の狙いは、ネロトとライトを喧嘩させることにあるのだよ。」


「ニャ?」


ピクリと耳を動かした猫が、上目遣いで頭領をちらりと見る。さすがに聞き捨てならなかった様子。


「能力というものはね、仲間などという甘ったるい関係の中では鍛えられない。争ってこそ伸びるものなのだよ。そして、争う相手は多ければ多いほどいい。」


猫の喉を撫でながら持論を展開する頭領。猫がゴロゴロと喉を鳴らす。


「ネロトにはこれまで以上に働いてもらわねばならない。そのためには奴の能力を更に高める必要がある。今、ネロトには対抗馬としてレイとスザクがいるが、そこにライトという新たな対抗馬が加われば、奴はますます闘志を燃やす。そうなれば必然的に奴の能力も鍛えられるというものだ。」


「ナア」


「ライト達?あの者達はどうでもいい。レイがいなければ何もできない連中を、わざわざ鍛えてやる必要などない。せいぜいネロトの能力上げに協力してもらおう。それぐらいは役に立ってもらわないとな、今まで消さずにおいてやったのだから。」


はあ…確かに競うことによって能力が鍛えられるという面はなきにしもあらずかもしれないが、この頭領が言うと、全て己の欲望のためとしか聞こえないのがなんとも。おまけに、勝手に引き込んだらしいライト達や10年行方不明だというレイの生殺与奪権も、自分の掌中にあると信じて疑ってもいない口ぶり。ネロトはともかく、なぜ彼らが自分を裏切るはずがないという絶対の自信があるのだろう。


「おや。」


ふと、頭領の視線が、右手側の空間のほうに動いた。


「来たようだな。ディガルガ、少し席を外してくれるか?」


「ニャン。」


膝から飛び降り、ブルブルッと体を震わせた猫がビリビリと消えていく。と同時に、頭領がその緑色の目を向けた空間が歪み…


「ねぇ、パッパ〜!」


甘ったれた甲高い声が空間に響いた。え?パパ?


「どうした?359号。」


「なんなの、あのライトって奴。このあたしが誘ってんのに、ぜ〜ん然のってこないんだけど〜!」


この空間では見たことがない、リボンやフリルをゴテゴテと飾り付けた、趣味の悪いセーラー服を着た女が現れるやいなや、頭領の膝にすがりつき、そのどぎついショッキングピンク色の目で頭領を見上げる。ん?この目の色…ライト達のところに押しかけてきた女ではないか!


「ほう?ミスユーグレナコンテストで、これまで誕生したユーグレナの中で1番美しいとされたお前をわざわざライトにあてがってやったというのに、見向きもしないだと?」


は?なんだ、そのコンテスト、いったい誰得?


「そうなのよ。グランプリのあたしが特別にアタックしてあげてるってのに、ライトったら、まるで興味ないって感じで、剣ばっか振り回してんの。」


「呆れた奴だな。こんな美女はめったにいないというのに、もったいないことを。」


「それが、あのライト、あたしが近寄ったら嫌な顔してそっぽ向くのよ。醜男のくせに失礼しちゃうわ!」


「本気でこの美貌が分からないのか。とくにこの愛らしい目。これには審査員全員、大絶賛だったというのに。」


口を尖らせて訴える女の頬を両手で挟み、目を細めていとおしそうに女の目を見つめる頭領だが、それ、本当なのか?ライトは逆に、女の目を気味悪がっていたような…いったいどちらの感覚がおかしいのやら。いや、そんなことよりこの女、ミナトの推測通り、頭領が差し向けた奴だったのか!


「それに、ライトの手下も変なのばっか。しょっちゅう人間がやってる店に行っちゃあ、ケーキやらパフェやら食べ歩いてんの。昨日はカレーなんて辛いだけのまずいもの食べさせられてさ。もううんざり。」


「そいつらも色気より食い気か。」


「ねぇ、パパはなんであんな連中にこだわるの?パパの言うこと聞かない奴なんか、いらないじゃん。それとも、こだわる理由があんの?やっぱ、レイがいるから?」


「少しは口を慎め。どうもお前は口が軽い。ディガルガに聞いたぞ。お前がペラペラといらんことをしゃべるせいで、お前が私の手の者であることが、バレそうになっていると。ネロトの手下のように振る舞えと言っただろう。」


一転、不快そうに眉をひそめる頭領。この女のおしゃべりには辟易しているらしい。


「そんなこと言ってもさ。あたし、ネロトが融合型で人間滅ぼそうとしてるってことしか知らないし〜。ねぇ、ネロトってどんな奴なの?ライトよりかっこいい?教えてよ〜。」


「それだけ知っていれば十分だ。他のことは気にしなくていい。お前は私の言う通りに動いてさえいればいいのだ。」


「はあい。」


そっけなく言われて、女が肩を竦める。


「だったらパパ、助けてよ。」


「なにをだ?」


「パパはライトをあたしの色気で酔わせて言いなりにして、防衛隊とやらを倒させろって言ったじゃん。でも、あの鈍感さじゃどーにもなんないし。おまけに手下連中と研究所襲う計画は立ててるけど、どうも人間滅ぼす気はないみたいなのよ。ねぇ、こんな時どうしたらいいの?」


「少しは自分の頭で考えたらどうだ?ユーグレナは自ら考える能力があるのだから。」


やれやれ、さっきは言う通りにしていればいいと言っておいてこれ。本当に舌先三寸で物を言う男だな。しかも、女にはネロトとも猫とも違う指令を出している…


「え〜?あたし、考えるの苦手なのに〜!」


「仕方のない奴だ。そうだな、なら外堀から埋めてやれ。」


「え?ソト…ボリ…って?」


「お前の前で計画を立てているということは、ライトはお前を受け入れてはいるのだな。」


「うん。追い出そうとはしてこない。」


「一応お前も仲間と考えているわけだ。なら話は早い。お前が襲われれば、あのお人好しのライトなら必ずお前を助けに出てくる。そうすれば、あの防衛隊にライトが人間を滅ぼそうとする側に回ったと思わせられるではないか。」


「防衛隊に?どういうこと?」


首を傾げる女。意味が分からなかったらしい。ま、確かに、間が抜けまくっているようで、何が言いたいのかよく分からないが。


「いいか。まず、お前が人間を襲うのだ。そうすれば、あの防衛隊は必ずお前を倒しに出てくる。そこにライト達がお前を助けに現れたら、あの防衛隊連中はどう考える?」


「さあ…」


「奴らはこう考えるに違いない。ライト達もネロト同様、人間を滅ぼすつもりだとな。奴らは今、ライト達はネロトとは関係がないと見て、影でこそこそやり合っているが、これでライトとネロトが手を結んだと考えるだろう。そこはどちらも同じユーグレナ、人間の猜疑心というものは果てしがないからね。」


「ふ〜ん。」


聞いているのかいないのか、よく分からない合いの手を入れる女。気にすることなく、頭領が続ける。


「そうなれば、あの防衛隊はライト達を大っぴらに倒しにかかる。はっきりと敵認定されれば、ライト達も身を守るために考えを変えて、人間を滅ぼす気になるだろうよ。なんだかんだ言って、ライト達も人間が憎いという根っこは同じだからな。」


「すご〜い!さすがパパ、あったまい〜い!」


「そうだろう。」


大げさに手を叩く女に、すごいだろ、と言わんばかりのご満悦な表情の頭領。全く、手の込んだことを考えてくれるが、しかし、どうも希望的観測が混ざっている。頭領はどうやら、ライト達とネロトが同一組織に属していることをNEVER側に知られていないと思って言っているが、そんなことはヒカリとトワはとっくにお見通しなのだから。あれ?そういえば、なぜ2人はそこまで相手の内情を把握しているのだろう。しかも、主義主張の違いまで…


「つまり、あたしもあの憎ったらしい人間、襲っていいってことね!」


「ああ。存分に暴れるがいい。そのほうがあの防衛隊も本気でやってくる。ライト達が出てくる確率も上がる。」


「やった〜!!」


すっかり浮かれている女だが、分かっているのか?自分を囮にしろと言われていること、下手したら自分が倒されるかもしれないということを…


「あ、そうだ、パパ。」


「なんだ、まだなにかあるのか?」


「あるっていうか、あたしに名前ちょうだいよ。」


「359号。そういうものは、自分から求めるものではない。考えなしのお前でも、ユーグレナに名をつけることは期待の表れであることは知っているだろう。」


「え〜?あたしのこと、期待してくれないの〜?」


上目遣いで頭領を見る女。途端に相好を崩す頭領。この男、本気でこの女に魅了されているのか…


「かなわんな、その目で見られては。分かったよ、この策が上手くいった暁には、お前に最高の名を授けるとしよう。」


「うれし~!パパ、見てて。ぜ〜ったいに人間滅ぼしてみせるから!」


「間違えるな。今回はライト達をおびき出すのが優先だ。」


「分かってるって。任せて!」


言葉より先に、さっさと消えていく女。


「さて、ネロトがライトを手下にするのが先か、喧嘩するのが先か、ライトがこちらにつくのが先か。どれに転んでも、私がこの世界を我が手にする日は近い。果たしてその日まで残れるのは誰かな。」


女を見送った頭領の口元には、冷ややかな笑みが浮かんでいた…







「人型ユーグレナが反乱を起こしました。」


総監代理の声と共に、モニターの映像が切り替わる。途端に…


キャハハハ!


薄気味悪い笑い声が、ディレクションルームにこだまして、一瞬びくっとなるミノリ。映し出されたのは、ごてごてした飾りのついた白い傘を振り回して暴れている、珍妙な服を着たショッキングピンク色の目をした女のユーグレナ。


「なに、あの傘。小さいのに威力ヤバすぎじゃない。」


「ありゃ傘じゃねぇな。傘の形をした武器だ、完全に。」


「武器なら壊したところで生成されるってことか。厄介だな。」


ナナミ、リュウ、ルイの目は、女の声ではなく傘に釘付けになっている。見た感じ50センチぐらいの代物だが、振り回した傘の先が当たるだけで建物の壁がガラガラと崩れ、コンクリート片が数十メートル吹っ飛んでいく。しかも…


ダーン!ダーン!


女が傘を真っ直ぐ伸ばした時には、その傘の先からはピンク色の光線が飛び出し、その光が当たった窓ガラスが粉々になって飛び散る。正に傘の形の武器。例のシステムによって市民は既に避難しているようで、人影がないのだけは幸いだが。


「隊長、どうだ?操られている可能性は?」


「例の電波は検出されない。大きさからして改造されている様子もない。その可能性は低そうだ。」


トワの問いに、端末のキーボードを叩きながらヒカリが答える。確かにこのユーグレナ、これまで出現したユーグレナほど大きくはなく160センチ弱、ナナミの子守のユイとほぼ同じくらいの背丈だ。ということは、等身大のまま暴れているのか。


「ネロトとは関係がなさそうだな。」


「その辺りの分析はトウヤのほうが得意なのだが…」


言葉を濁すヒカリ。トウヤの席は空っぽだ。


「今日は試験だからどうしても休めない、来れても15時頃だと言っていた。」


「間に合わんな。まあ、いつも通りの攻撃でいけるだろう。」


「しかし…」


壁のモニターのほうに視線を移したヒカリが、厳しい表情を浮かべる。


「しかし?」


「人間に対する憎しみの波動は確かにあるが、反乱というにはどうも…」


「どういう意味だ?」


「ふざけている。」


「はあ?」


「確かに…何だか、遊んでいるみたい…」


ミノリが呟く。


「遊んでいる、だと?」


「その通りだ。自分が何をやっているのか分かって暴れている。完全に遊び半分だ。」


「遊びで街破壊されちゃ、そのほうが迷惑じゃねぇか。」


リュウが渋い顔になる。


「まあいい。どっちにしろ、倒してしまえばいいだけだろ。」


「トワ、楽観視は危険だ。このわざとらしさは、こちらの出方を伺っているのかもしれない。予期せぬ事態が起きる可能性がある。気をつけたほうがいい。」


「だから、隊長が言うと起きかねんからやめろ。言われんでも、油断はせん。もう行くぞ。」


面倒くさそうにヒカリを遮ったトワが、通信機を手に取り、席を立つ。


「君達も十分注意してくれ。出動!」


「ルーガスト!」


飛び出していく4人。その4人の背を見送ったミノリの表情がかすかに翳る。どうしたのだろう。


「華やかさに惑わされてはいけないよ。」


「え?」


声のほうに顔を向けるミノリ。いつの間にか、ヒカリが側に立っている。


「隊長…」


「不謹慎な話だが、戦いには一種の華やかさがある。ありとあらゆる物が破壊され、火や光線が飛び交う中、元凶に真正面からぶつかっていくという派手さがあるゆえに。それが憧れも生んでしまう。そこに飛び込んでいける者の強さを強烈に印象付け、優れていると感じさせてしまうからね。」


ぎくりとするミノリ。心の内を見透かされたかのように…


「だが、それは錯覚に過ぎない。」


「錯…覚…?」


「戦いの本質は命と命のぶつかり合いだからだ。一歩間違えれば、自分の未来を一瞬にして失う。戦場に立つ者には常にその恐怖が付きまとっている。そんな世界に、華や魅力は本来あってはいけないのだよ。」


「はい…」


ヒカリから目をそらし、尚もキャーキャー笑いながら暴れているユーグレナが映っているモニターを見つめ、ミノリが呟く。


「でも…守るためには…誰かが戦わざるを得ない…」


「そう。だからこそ、戦わざるを得ない者が抱える恐怖に寄り添い、支える力が必要なのだ。ミノリにはその力を身に着けてほしい。」


「え?」


再びヒカリを振り返るミノリ。


「私が…身につける…力?」


「戦いの本質から目をそらさず、見た目の華やかさに囚われずに真実を見抜く力だ。直接武器を手に戦わなくても、それが十分共に戦い、守ることに繋がる。戦場に立つ者の心を守ることにね。これは、本当に強い者にしかできない。」


「心を…守る…私にできるでしょうか?」


「今は自分にできることを精一杯やることだ。迷う時もあるだろうが、その時は1人で抱えず頼ればいい。ここにはミノリを受け入れている仲間が大勢いるのだから。」


「はい…あの…隊長。」


頷いたミノリがふと、探るような目でヒカリの顔を見る。


「なに?」


「隊長は本当に…トワさんが言う通り戦闘狂なのですか?本心では…戦うことを望まれていないのでは…」


「無理だよ、私には。」


首を振るヒカリ。


「無理?」


「人生の大半を戦いの中で過ごしてきた私には、今更他の生き方は分からない。一度離れようとはしてみたが…無理だった。私はこれから先も、戦いの中に身を置くことしかできない。それが過去の私が自ら選んだ道だ。戦闘狂と言われても仕方がない。結局、トワにも他の生き方を示せず、私と同じ道に引きずり込んでしまったのだから…」


「隊長…」


「そろそろだ。ミノリ、頼んだよ。」


「ルーガスト。」


席に戻っていくヒカリのどこか寂しげな背を、ミノリはなんとも言えない顔でじっと見つめていた。










「ライト!大変!」


「どうした?」


駆け込んできたミコト、シエナ、ロベリアに、端末を見ていたライトが顔を上げる。ヒナタとミナトも、何事だ、と言う顔で女子陣を見る。無理もない、3体共、ゼーゼー息を切らしているのだ。


「大変なのよ!あの女が!」


ミコトの声が切羽詰まっている。


「女?一緒にいたんじゃないのか?今日もカフェ巡りすると言ってたよな。」


「それが、コーヒーおかわりしてくるって席立ってから戻ってこなくて。探したけど、どこにもいなかったの!」


「逃げたんだろ。別に構わん。どうも俺達とは合わなかったからな。」


「そうはいかないわよ!」


どうでもいいと言いたげなヒナタに、ロベリアがむっとする。


「なんで?」


「街壊してんだもん。」


「先に言え!」


「ヒナタが遮るからでしょ。」


「だからって、俺達がどうこうする必要ないだろ。あの防衛隊がなんとかするさ。な、ライト。」


ミナトが同意を求めるようにライトを見たが…


「いや、行く。」


ライトが立ち上がる。


「行く?」


「意見の食い違いはどうあれ、あの女は一応ここ数日は俺達と一緒にいたんだ。放ってはおけん。」


「やめろ。お人好し過ぎるぞ。のこのこあの女を助けに行ったら、俺達も同類と見られかねん。というか、あの女の狙いはそれじゃね?関わらんほうがいい。」


やっぱり、ミナトには鋭いところがある。


「ならこっちもそれを利用してやるまでだ。」


意表をつくライトの言葉に、ミナトが目を見開く。


「利用?」


「あの女が何を目的に俺達のところに来たのかを確かめるチャンスだ。俺達があいつを助ければ、あいつは安心してそれをペラペラしゃべるだろう。ミナトの推測通り、もしあいつが頭領の息がかかった奴なら、頭領の狙いも分かるってものだ。」


「なるほど。」


「あの防衛隊も、女を助ければ俺達も人間滅ぼす気だと考えて、慎重になるだろう。それで奴らの動きを牽制する。これまで散々俺達の邪魔をされて、煮え湯を飲まされてきたんだ。ここらでひと泡吹かせてやる。」


どうやらライトも、単純なお人好しというわけでもない様子。しかし、ことNEVERに関しては、その程度のごまかしが通用するとは思えないが…


「待って。でもそれって、あの防衛隊と真正面からぶつかるってことよね。」


シエナの表情がこわばる。


「ああ。こちらから仕掛けてやる。」


「危険だぞ!大丈夫なのか?」


「そうよ。大体、あの防衛隊にいる黒マントは強敵よ。まともにやってかなう相手じゃないわ。」


ヒナタとミコトが止めようとする。


「大丈夫だ。さっき情報を集めていたんだが、今まで街を襲った連中とやり合ってた中に、黒マントの姿はなかった。」


「えっ?」


「本当か?それ。」


「ああ。赤マントと、あとは3人だけだ。その3人も、この4月くらいからちょろちょろしている未熟者だ。こっちは10年やってきたんだ。黒マントが出てこないなら恐れることはない。」


あれ?そうだったっけ?


「なら、用心すべきは赤マントだけだな。」


「それだって、不意打ちくらってたから、やられてただけだ。こっちから仕掛ければなんとかなる。」


「いいね、それ!やろうやろう!」


「ヨッシャー!このチャンス、逃すもんか!とっととやって、カレー食べに行くぞー!」


「あんた、また!」


「でも…私、こわい…」


「行くわよ!姉さん!」


「あ…」


ほんの数十秒前とはころっと変わり、勢いづいた6体が…いや、気の進まなそうなシエナだけはミコトが引きずるように、皆いそいそと廃墟を出ていった。






「キャハハハ!」


まだ気味の悪い笑い声を上げながら、女ユーグレナが傘を振り回している。


「あ〜、おっかし〜。人間って、いつもあ〜んなに威張り腐ってんのに、慌てて逃げ出しちゃって!」


笑っているだけではなく、独り言まで。人型で自分の意志で暴れているのだから、しゃべるのも当然か。


「な〜んだ、こ〜んなもろいもんしか作れないの〜?なっさけな〜い!」


建設中のビルの骨組みを、傘の先で突く女。たちまち鉄骨がぐにゃりと曲がり、バラバラと崩れ落ちていく。


「でもつまんな〜い。人間をもっと痛めつけてやりたいのに。あ〜あ、早く来ないかなぁ、あの防衛隊とやら。」


キョロキョロ辺りを見渡していた女のショッキングピンク色の目が、はたと止まる。


「あ!獲物見っけ!」


女の視線の先には…


「ママ〜!どこ〜!」


「あ、いた!だめよ、外に出ちゃ!」


泣きながら走っていく3歳ぐらいの女の子と、それを追いかける制服姿の少女が。中学生?高校生?


「はなして!ママ〜!」


「大丈夫だから!避難解除されたら、ママ探しに行こう。ね、だから今は戻って!」


「ヤダヤダ!ママどこ!ママ〜!」


「お願い、落ち着いて!ほら、戻ろう!」


女の子を抱きとめ、必死になだめる少女。どうやら避難する途中ではぐれ、親とは違う避難場所にいた女の子が親恋しさに飛び出し、それに気付いた少女が女の子を追い、結局2人とも出てきてしまったらしい。


「キャハハハ!ちょうどよかったわ〜!」


また笑い声を上げた女が一気に少女達との距離を詰めると、傘を振り上げた。目を見開き、恐怖からその場で動けなくなる2人。なんの躊躇もなく、女が2人の頭上に傘を振り下ろし…


バキッ!


「キャッ!」


女の傘がポキリと折れる。その勢いで女が数十メートル後方に吹っ飛ぶ。


「なに…だ、誰よ、あんた!」


「こっちのセリフだ!お前こそ、何者だ!」


体を起こした女の前に立ちはだかっていたのは、斧を持ったトワ。


「大丈夫?」


ナナミが2人の少女に駆け寄る。


「あれ〜?もしかして、あんた達が防衛隊とやら?やっと来たの、おっそ〜い!」


「こいつ…隊長の読み通り、分かってやってんのか!どういうつもりだ!」


女を睨みつけるトワ。


「うわ、こわ〜い!ちょ〜っと、からかってただけなのに〜。」


「お前…」


「そんじゃ、ご挨拶〜!」


ダーン!


「おい!」


複製した傘を持ち上げた女が、いきなりぶっ放した。急いで傘をへし折るトワだが、ピンク色の光線がナナミと2人のほうに…


「させるか〜!」


リュウが飛び込んでくると、剣で光線を受け止め、払い除ける。


「リュウ!」


「犬飼、早くその子達を!ルイも!」


「任せろ!」


ルイがまだ泣いている女の子を抱え上げ、走り出す。ナナミが少女の肩を抱くように、そのあとに続く。


「あら〜、あたし1体に4人がかり〜?な〜んだ、防衛隊って結構卑怯ねぇ。」


「お前のような性根の腐ってる奴、卑怯ぐらいがちょうどいいわ!」


トワが言い返す。


「ひっど〜い!ミスユーグレナのあたしを腐ってるなんて〜!」


「ミスユーグレナ?ああ、あの美的感覚ゼロの研究員共が勝手にやってる、しょうもないおふざけコンテストか。」


「なんですって!?」


「本当のことだろうが。」


やっぱりその程度のコンテストだったか。それすら知っているトワも相当だな。


「へぇ〜、そう?ほんとはうらやましいんでしょ〜。嫉妬しちゃってみっともな〜い!」


トワの顔を見て、ニヤニヤする女。


「都合よく解釈すんな。誰がお前みたいな奴に。」


「だよね、トワのほうがよっぽどかわいいし。」


「はあ?誰よ、今の声は!」


「どさくさまぎれに変なこと言うな!」


「通信で何言ってんだよ、隊長!」


ヒカリの声が入ってきて、真っ赤になるトワと、呆れ顔のリュウ。


「だって、その目の色、どぎつすぎるでしょ。それよりはトワのほうがいい顔してるじゃない。」


「それはそうだな。」


「リュウも納得すんな〜!」


「その女のほうがあたしよりかわいいですって!?ここにもこ〜んな鈍感な奴がいたなんて!」


腰に両手を当てた女が、ぷっと頬を膨らませる。


「ここにも?」


「ミスユーグレナのあたしの魅力が分からないなんて、あんた達、どうかしてる〜!」


「魅力?お前のどこにそんなもんが!ミスはミスでも、ミスったユーグレナの間違いだろ!」


「な…」


「ハハハ、うまいこと言うね、リュウも。」


「関心してる場合か、隊長!」


「なんなのよ!どこまでも失礼な男共ね!もう怒ったぞ〜!」


「気色わり〜!お前なんか、副隊長や犬飼やミノリには、逆立ちしたって勝てねぇよ!」


「まだ言うの!?」


「ちょっと、リュウ!急に巻き込まないでよ!」


「リュウさん!何言い出すんですか!」


「なんで増やすんだ〜!」


とまあ、トワだけでなく通信越しにナナミとミノリまで出てきて、大騒ぎになる現場…相手と会話できるからって、何を呑気な…と思いきや…


「待たせたな!」


ルイとナナミが戻って来る。


「え?は?」


「かかったな。お遊びはここまでだ!」


え?時間稼ぎ?そう言えばこの女、攻撃がすっかりお預け状態になっている…プライドの高さが仇となって、ヒカリとリュウにまんまと乗せられた形だ。打ち合わせもなしにやりやがる、この2人。


「よくもはめてくれたわね!このあたしを本気で怒らせて!ど〜なっても知らないわよ!」


女の目が真っ赤になった。とはいえ、ショッキングピンクから赤になっても、あんまり代わり映えしないが…とにかく、女の手には再び傘が!


「望むところだ!リュウ!」


「ルーガスト!犬飼!ルイ!俺は奴の後ろに回る!そっちは頼んだ!」


「え?」

「え?」


ナナミとルイがぽかんとする。


「おい、リュウ!俺は何も指示してない…」


「これ以上街破壊させんなってんだろ!そいつがぶっ放した時は任せろ!」


「あ、そういうこと。ルーガスト!」


「なんでこういう勘は鋭いんだ…」


ぼやきつつ殴りかかってきた女の傘を斧で真っ二つにしたトワが、猛然と反撃に転じる。


「だから無駄無駄〜!壊したっていくらでも出せるもんね~。」


余裕綽々で嘲笑う女だったが…次第にその顔から血の気が引いていった。トワの攻撃力も去ることながら、その素早さはともすれば傘の複製が追いつかなくなるほど。苦し紛れに放った光線も、3人のガードに阻まれ、どんどん追い詰められていく女。


「こうなったら!」


何をしようとしたのか、女が傘をぱっと広げた。しかし、そこにナナミの放った矢が当たり、傘を跳ね飛ばした。よろめく女。


「隊長!」


「ファタージ解禁!」


「ルーガスト!」


トワの斧が金色に。


「や…やめて…許して…」


「もう遅い。」


トワが斧を女目掛けて…


「トワさん、危ない!」


通信機からミノリの声が。


「なんだ?」


瞬間身を引いたトワの横を、何かが…


シュッ!


トワの髪が一束千切れ、落ちる…


「え?なに?」


「なにが起きた?」


「ナナミ、ルイ、伏せろ〜!」


リュウの声が飛ぶ。


「何?キャッ!」


「うわっ」


ババババ…ドーン!


アスファルトに一直線にヒビがはいり、土が吹き出した。耳を押さえてしゃがみ込むナナミとルイ。


「大丈夫か!?」


リュウが駆けつける。


「ああ…」


「うん、大丈夫、だ…けど…」


ナナミの声が途切れた。


「どうした?」


「あそこ…ユーグレナが…」


「え?」


ナナミが指差したところには…


「誰だ?」


「さっきの女と…ネロト…じゃない。見たことないユーグレナ…6体もいる…」


女を囲むように、6体のユーグレナが立っていた。そのうちの2体、緑色の髪をした女のユーグレナが、ギザギザの刃のついた大きなリングを、赤い鉢巻を頭に巻いた男のユーグレナがつるはしを持っている。さっきのは…もしかして…


「おい、赤マント。」


1体の、黒い髪をした男のユーグレナが近づいてきた。思わず息を呑むリュウ、ナナミ、ルイ。水色の目が1つ、ジロリとトワを睨みつけている。1つ?そのユーグレナはなぜか長く伸ばした黒髪で、顔の右半分を隠していたのだ。目が1つしか見えないのも当然のこと。


「ライト…」


トワの口から、1つの名がもれた…


「え?」


「副隊長…知ってんのか?」


「その女…お前の仲間だったのか…」


隊員達の問いには答えず、ライトと呼んだユーグレナをじっと見つめるトワ。


「答える必要はないだろう。赤マント、お前の相手は俺だ。いっつもこそこそと俺達の邪魔をしに来ていたが、ここで会ったからには、俺と正々堂々と勝負しろ!」


「……」


ライトの手に剣が現れた。その剣をトワに向けて構えるライト。一方のトワは、なぜか身動きもせず、斧を下げたまま。そして…


「副隊長?」


トワの斧から、金色の光が消えた…ファタージを切った?


「トワちゃん…どうしたの?」


「分が悪い。」


「え?」


「引き上げるぞ。」


斧すら消してしまうトワ。


「なんで…」


「いい。」


「なんだ、赤マント。今日は逃げるのか。だったら俺達の勝ちだな。」


「そう思いたければ、好きにしろ。」


せせら笑うライトから視線をそらし、トワがぼそりと言う。


「へえ、いいのかな。防衛隊のくせに、ユーグレナを1体も倒さずに引き上げて。だから役立たずと言われるんだろ?」


「……」


「おい、なんとか言えよ。いつもは散々俺達のことをもて遊ぶくせに。」


「……」


「ほんとは怖いんだろ。強がってないで、正直に言えよ。」


「……」


「ハハ、言い返せないようだな。まあ、そうだろうな。所詮はお前も人間、1人では何もできない臆病者…」


「うるせー!黙って聞いてりゃ、好き放題言いやがって!」


ふいにリュウが怒鳴った。ライトの視線がリュウに向く。


「なんだ?初めて見る顔だな。」


「そっちこそ集団で来といて!人のこと言えねぇだろうが!」


「なにぃ!」


「やめろ、リュウ。喧嘩を買うんじゃない。」


トワが制するが、リュウは止まらない。


「副隊長を侮辱されて、黙ってられっかよ!このまま引き下がってたまるか!」


「おや、ならお前が俺とやろうってんのか。」


「やってやろうじゃねぇか!」


ライトの煽りに激怒したリュウが、通信機から剣を…


「リュウ!やめろ!下がれ!」

「落ち着け!リュウ!」

「やめて〜!」


「ライト、行け〜!」

「そうだそうだ、そいつをやっつけろ〜!」


止めようとするNEVER側と、囃し立てるユーグレナ側との狭間で、リュウとライトの剣が合わさり、火花を散らす…かと思いきや…


ターン!


次の瞬間、ライトの剣が、空高く舞い上がっていた。


「え?」


弾みで尻もちをつくライトと、はっと足を止めるリュウ。2人の間には、黒い影が…


「剣を引け、リュウ。命令だ。」


「隊…長…?」


静かに、諭すように言葉を発したその影は、ヒカリ。いつの間に…さっきまでディレクションルームにいたはず…


「なんで…ここに…隊長が…」


「引くんだ。」


素直に頷き、剣をしまうリュウ。


「な〜んだ、威勢のいいこと言っといて。結局言うだけ番長…」


「そこまでにしてもらおうか、ライト。」


尚も挑発するライトの首筋に、ヒカリがチャッと剣を突きつけた。青と黄の鋭い視線に上から射すくめられ、固まるライト。ピンと空気が張り詰める。


「これ以上私の部下を侮辱するな。お前の相手なら、私がいつでも…」


「ちょっと、ライト!黒マントよ!」


少女の悲鳴のような声が響いた。途端に…


「キャー!黒マントがいる!」


「やだ、怖い!いや〜!」


「おい、どっからわいてきたんだ、黒マントは!」


「どこが出てこないよ、ライト!来ちゃったじゃないの、黒マント!」


「し…知らない、こんなの予定外…」


「黒マントが相手じゃかなわん。逃げろ〜!」


ユーグレナ達に動揺が走り、ライトも含め、7体のユーグレナが一目散にその姿を消した…


「隊長?」


「わいてきたって…私、ゴキブリじゃないんだけど。」


微妙な顔でとんちんかんなことをぼやくヒカリ。さっきまでの威圧感は消え、いつものおっとりした雰囲気に戻っている。ふっと、その場の空気が和らぐ。


「お前がチョロチョロするからだろ。色も黒いし。」


呆れた目でヒカリを見るトワ。


「好きでこんなマントつけてるわけじゃないよ。そのせいで黒マントって…そんな名前じゃないのに。」


「隊長が名乗ってないからだろ。」


「トワもでしょ。思いっきり赤マントって呼ばれてたけど。」


「どうでもいい。それより、なんで出てきた。あのババアが知ったらまた騒ぐというのに。」


「あのままじゃ収まりがつきそうになかったから。」


「すみません、隊長。つい、カッと…」


縮こまるリュウ。


「たく、喧嘩を買うなといつも言ってるだろ。相変わらずの熱血バカが。」


「そう言わないの、トワ。人のために必死になれるというのは悪いことではない。」


「だから、俺のことなどほっといてくれと言いたいのだが…」


聞こえないように小声で呟くトワ。


「隊長。あのユーグレナ達は、何者なんですか?なんか隊長もトワちゃんも、名前を知っていたようだけど。」


ナナミが聞く。


「ああ…彼らはいつぞや話したもう一派だ。」


「もう一派って…ネロトと同じ組織にいる?」


「そう。詳しいことは戻ってから。帰るよ。」


「ルーガスト。」


剣をしまいながら促すヒカリに皆が頷いたその時…


ピー!


通信機から呼び出し音が。


「なんだ?ミノリか。どうし…」


トワが通話を繋げた途端…


『ちょっと!隊長さんはどこよ!なんで止めなかったの?あの小娘の策略!?』


「この声…」


ナナミが眉をしかめてリュウを見る。


「おい…まだトウヤ、来てないよな。」


「うん。今14時半…」


「てことは、今ディレクションルームにいるの、ミノリだけ…まずい!」


やおら走り出すリュウ。


「あ、ちょっと、リュウ!」


「ミノリ1人じゃ、あのババアは手に負えんわ!」


「あいつも忙しい奴だな。今度はミノリか。」


あっという間に小さくなったリュウに、トワがため息をつく。


「まあまあ、トワ。どの道帰るから同じだよ。私達も急ごう。」


「そうだな。ナナミ、行くぞ。」


「ルーガスト。」


「ちょっと!俺を無視しないでよ!」


「ん?ルイ、お前、舞台の練習に行ったんじゃなかったか?」


「それはソギアの時!今走ってったのは、リュウだけ!」


「そうだったか?」


「もう!」


どうしても、最後はこうなるNEVER陣営であった…









「ありがと、ライト!やっぱライト最高〜!かっこい〜い!」


「あ…」


廃墟に戻るやいなや、女が嬉々としてライトに抱きつく。相変わらずの無遠慮さに、ミコトが慌てて止めようとしたが…


「無事でよかった。怪我はなかったか?」


振りほどこうともせず、なぜか女に優しい言葉をかけるライト。訝しげにライトを伺ったミコト、シエナ、ヒナタ、ミナト、ロベリアがどきっとする。言葉とは裏腹に、ライトの目には皮肉めいた色が浮かんでいる。


「うん、大丈夫!ほんと、ライトってやっさし〜!さすがは頭領のおっきにっいり〜!」


ただ1体、女だけはそれに全く気付く様子もなく、ライトを褒めそやしている。


「しかしお前、なんであんな真似をしたんだ?危うくやられるところだったんだぞ。」


「え?ああ、へーきへーき。だってそれが狙いだったんだも〜ん。」


「は?」


「だっから〜。あたしがやられそうになったら、ライト、絶対に出てくるでしょ。それが狙い。」


瞬間、ライトの左目が鋭くキラリと光ったが、女はやはり気付かない。冷ややかに女を見たライトが、質問を重ねる。


「何のために俺をおびき出そうとしたんだ?」


「やっだ〜。そんなの分かりきってるじゃん。ライトがあたし助けに来たら、ライトも人間滅ぼす気になるでしょ。」


「さっぱり分からん。なんでお前を助けたら、俺が人間を滅ぼす気になるんだ?」


「えーっ?頭領がそう言ったんだけどー?」


「頭領が?」


「そ。そもそも計画したの、頭領だもん。ライト引っ張り出して、あの防衛隊にライトも人間滅ぼすつもりだって思わせれば、ライトもその気になるって頭領が…」


ドスッ!


女が床に尻もちをついた。


「え?」


何が起きたのか分からない、という顔の女。ライトがいきなり女を突き飛ばしたのだ。


「あの、ライト、どうしたの?急に…」


「やっぱり頭領の狙いはそっちか。」


さっきまでとはまるで違う、低く冷たいライトの声が響いた。おそるおそるライトを見上げた女がヒッと小さく声を上げ、身を震わせる。女を見下ろすライトの目が赤くなっている!


「ら…ライト?」


「お前、本当は頭領の命令でここに来たんだな。」


赤のイメージとは真逆の、氷のようなライトの視線が女に突き刺さった。女が焦る。


「え…ちが…あたしはネロトの…」


「あれだけベラベラ話しておいて、まだごまかすか!」


「え…あ…」


今更しまったという顔になる女。だが、もう遅い。救いを求めるように辺りを見回すも、ライトだけではなく、ミコト、シエナ、ロベリア、ヒナタ、ミナトも軽蔑しきった目で女を睨んでいる。正に蛇に睨まれた蛙状態。


「で…でも…」


「何度も言ったはずだ、俺達は人間を滅ぼす気はないと。」


「でも!ライトは人間を憎んでいるんでしょ。だって、研究所やあの防衛隊を!」


突き放すように言うライトに、それでも必死に言い訳を探す女。


「勘違いするな。俺達が憎んでいるのは、研究所の連中だけだ。俺達を生み出しておいて奴隷扱いし、好き勝手に研究して、壊れたら捨ててきた連中だ。これ以上不幸なユーグレナを増やさないためにも、奴らはこのままにはしておけん。しかし、それ以外の人間に手を出す気はない。もっと言えば、あの防衛隊もだ。」


「え?」


「あの防衛隊は俺達の目的を知ろうともせず、邪魔をしてくる。だから、対立しているだけだ。こちらの主張を受け入れ、手を引くなら倒すつもりはない。」


「……」


「お前もこれ以上俺達にちょっかいかけるなら容赦はしない。頭領にもそう伝えておけ!」


「わ…分かったから!」


すごまれ、震え上がった女が、首をブンブンと何度も縦に振る。


「ほんとに、分かった!分かったから!で…でも頭領には…」


「何!?」


「え…あ、その…えと…だから、ねぇ、お願い、ライト。そんな怖い顔しないで…」


「俺の顔は元々こんな顔だ!」


さっと、ライトが顔面に垂れていた髪をかき上げた。一瞬静寂に包まれる部屋。そして…


「キャー!!」


凄まじい悲鳴が女の口から上がった。


「どうしたの?なに、その顔…」


ライトの顔の右半分が、赤くただれている。これは…やけどの跡?


「お前に答える必要はない。」


「え…いや…ライト…違う、お化け、やだ…気味が…えと…たすけて…いや〜!!」


支離滅裂なことを口走った女が、スーッと、その姿を消した…


「なあんだ、ファンだなんて言っといて、ライトのことなんにも知らなかったんだ。」


「おまけにお化けだなんて。どこまでも失礼な奴。」


「ほんとに…結局、頭領に言われて来ただけだったのね…」


ロベリアとミコトとシエナが肩をすくめる。


「まあいい。自分から出ていってくれて、手間が省けた。」


髪を戻したライトの目は既に水色に戻っている。もう激情は過ぎ去った様子。


「全くだ。しかし、一難去ってまた一難だぞ。」


「だな、頭領の真意がはっきりしたからな。あの防衛隊だけでも厄介なのに、面倒なことになった。」


ヒナタとミナトが顔をしかめる。


「しかし、ああは言ったが、今の俺達にはあの防衛隊とやり合うのが精一杯で、そこまでの余力はない。頭領とはしばらく、付かず離れずでいくしかないな。」


「そうだな。」


「あ、防衛隊と言えば。」


ふと、ミコトがライトを見る。


「なんだ?」


「なんだじゃないわよ、ライト。情報はちゃんと調べてよね。黒マントが出てこないなんて、いい加減なこと言って!」


「いや、いい加減なことは言ってない。本当に見当たらなかったんだ。ほら、見てくれよ。」


「どれどれ。」


ライトが浮かび上がらせた端末画面を覗き込むユーグレナ達。


「ほんとだ。ライトの言う通り、どこにもいないわ。」


シエナが当惑している。


「そうだろ?俺だって何度も調べたんだ。それなのに、全く黒マントのことはつかめなかったんだ。」


ライトが首を振る。


「でも、さっき…」


「ああ。いつの間にか目の前にいた。しかも気配も何もなかった。」


「どういうこと?それ…まさか、ネットワーク伝ったとか?」


「いや、だから、ユーグレナを倒す防衛隊にユーグレナがいるわけが…」


額を集めて、6体のユーグレナ達が考え込んだ。










「もうやだ〜!こんなの聞いてない〜!」


ライト達の前から逃げ出した女が再び現れたのは、あの緑色の空間。


「パパ。パパは知ってたの〜?ライトがあんな気味の悪い奴だってこと!もう、怖かったんだから〜!」


泣きそうな声を上げながら肘掛け椅子に腰掛けた頭領の膝にすがりつき、大げさに震えてみせる女。しかし、


「……」


その頭領はそっぽを向き、女の顔を見ようともしない。のみならず、声もかけようとしない。


「知ってたなら言っといてよ!ああ、いや!もう、あの気持ち悪い顔がちらついて…最悪…あんな奴、二度と会いたくない!」


散々ライトの悪口を言い募る女だったが、やがて、気が済んだらしく、例の上目遣いで品をつくり、ケロッとした顔で頭領を見上げる。ここにいたっても、頭領からの反応がまるでないことにも気付かずに…   


「あ、そうだ、パパ〜。ネロトはあんな化け物じゃないんでしょ。あたし、やっぱりネロトの手下になりた〜い。」


「……」


「ネロトってさ〜、人間滅ぼすつもりなんでしょ。だったらあたしとおんなじじゃん。あ〜んな話の通じない堅物よりよっぽどまし。ねぇ、パパ、ネロト紹介してよ〜。」


「……」


「ねぇねぇ、いいでしょ、パパ〜。おねが〜い!」


「なぜ、お前が決める。」


そっぽを向いたまま、ふいに、頭領が口を開いた。聞く者の背筋を凍らせるような、なんの抑揚もない不気味な声…


「え?」


「お前の道をお前自身で決めていいと誰が言った。」


ゆっくりと、頭領が女に顔を向けた。女を見る緑色の目が冷酷な光を放っている。


「え、何が…」


「私の言う事を何一つ守れず、そればかりか余計なことばかりして失敗したお前が、自分の要求だけは私に叶えるように迫るとは、いい度胸だな。」


この言い方!頭領は全てを知っている!


「パパ、どうしたの?そんな…やだ…パパまで…そんな怖い顔しないで…」


「役立たずはいらない。消えろ。」


怯える女の声に耳を貸すことなく、頭領が女の首筋に右手を伸ばし、首輪をつかむとぐいっと手首をひねった。パキッと乾いた音がして、首輪が折れる…


「え?どうして…パパ…」


かすれた声と共に、女の姿が消えていった。折れた首輪のみを頭領の右手に残して…


「無駄な出費だったな。」


なんの感傷もない声で、頭領がつぶやく。


「おろかなものよ、359号。意志など持ったばかりに。ライトもだ。破滅への道を自ら引き寄せるとは。」


頭領の口元が醜く歪む。


「まあいい。ライト達はしばらく泳がせておいてやろう。連中があの防衛隊とやり合ってくれているほうが、こちらとしては都合がいいからな。」


椅子から立ち上がった頭領が、首輪をぽいっと空間に放り投げた。


「ディガルガ、後始末。」


そう言った頭領が椅子ごとすっと消える。と、入れ違いに、空間にはあの猫の姿が。


ニャ―


一声鳴いた猫が頭領の投げた首輪に飛びつくと、前足で押さえ込み、がぶりと首輪に噛みついた。ガギッと猫の牙が当たると同時に、バラバラになる首輪。


バリッ…ボリッ…バリッ…ボリボリ…ゴクン…


無慈悲な咀嚼音が、延々と空間に響いていた…

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