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1話運命の歯車


「すると、君たちが危惧していたことが現実のものになりそうだというのか。」


『総監室』の札がかかったドアから、密やかな声が漏れ聞こえてくる。年配の男性と思われる、低く重々しい声。


「はい。これまでは、我々二人で秘密裏にことを収めてきましたが、これからはそうもいかないでしょう。一般人の目に触れるのも、時間の問題でしょうから。」


若々しい男性の声が答える。


「いよいよ、か…」


年配の男性の声に、かすかにため息が混ざっている。


「別に驚くことでもない。いずれこの日が来ることは分かっていたのだから。」


今度は女性の声が聞こえてきた。何の感傷もない、冷ややかに突き放すような言い方。


「それは分かっているが…君達二人の力で手に負えなくなるということが問題だ。」


「隊員たちのことですか。」


心配そうな年配男性のセリフに、若い男性の声にも、やや陰りが生じている。


「そうだ。すっかり厭戦気分でだらけている隊員たちが果たして戦力になるのか。」


「設立から10年、彼らが駆り出されることはなかったですからね。しかし、いざとなったら奮起してくれると…」


「無理だ。あいつらに期待はできない。」


若い男性の期待を言下に打ち砕く女性。声からして、どうやら部屋の中にいるのは三人。一体何の話なのであろうか。


「相変わらずはっきり言ってくれるね、君は。」


「それでも、諦めるわけにはいきません。一般市民を守ることが、このNEVERの使命ですから。」


気を取り直したように、力強く言う若い男性。


「そうだな。頼んだぞ。地球の平和は、君達の肩にかかっているのだから。」


「了解です。」

「了解。」


しばし静寂の時が流れ、再び女性の声が。


「では、対策を練ろう。」


「そうだな。トワ。」






「いよいよ、一気に攻勢にでるのか、ライト。」


モニターに黒い影が写し出され、野太い声が響いてくる。全く抑揚のない、聞くものの背筋が張り詰めてくるような声。


「はい。これまで目立たぬようにことを進めてまいりましたが、人間の力のほどは分かりましたので。」


やや甲高いが、こちらもほとんど抑揚のない声が答える。


「フフ。おろかなものよ。我々ユーグレナには完璧を求めておきながら、その我々を作り出した人間どもは、不完全な連中とはな。フハハハハ!」


冷たい笑い声がモニターから響く。


「はい。これまで、好き放題に我らを取捨選択してきた人間に、思い知らせてやりましょう。」


「なかなかうまいことを言う、ライト。お前は私が一番信頼しているユーグレナだ。期待しているぞ。」


満足そうに言う男。


「いえ、私など、レイには及びもつきません。今ここにレイがいてくれたら、どんなに心強いか。残念でなりません。」


「まだ見つからないのか。」


「見つからないというより、あの状況では無事かどうかすら分かりません。」


「まあ、彼女のことは追々にな。今は君がリーダーだ。存分にやってくれな。」


「分かりました。お任せあれ。」


プツン。通信が切れたらしく、モニター画面が真っ暗になる。ライトと呼ばれていた、20代前半ぐらいの青年が画面から目を離し、ゆっくりと辺りを見渡す。


「お前ら。聞いたとおりだ。作戦を実行する時が来た。よろしく頼む。」


「よっしゃ!ライト!とっととやろうぜ!人間なんて全部ぶっ飛ばして、さっさとカレー食いに行こうぜ!」


ライトの右斜め前方にいる、赤いハチマキを頭に巻いた青年が、右手の拳を左掌にポンと打ち付け、目を輝かせながら言う。


「また始まったな。お前はもう少し落ち着いて物事を見ないと足元すくわれるぞ。」


その青年の右隣にいる、白髪の男性が、掛けている黒縁メガネをくいっとあげながらたしなめる。いかにも知的で落ち着いた印象だ。


「そうだぞ。これまではせいぜい小競り合い程度で済んでいたが、殺されるかもしれないとなると、人間も必死になるだろうからな。」


「それなんだけど…ねぇライト、やっぱり戦わないとダメなの?私怖いわ。」


ライトの左斜前、緑色の髪を肩下まで垂らした女性が、うつむきがちに震えながら言う。


「シエナ姉さん、しゃんとしてよ。姉さんが弱気じゃわたしだって本気で戦えないよ。」


こちらは同じく緑の髪だが、短髪ボブの少女が強気に話す。どうやらこの二人は姉妹のようだ。


「シエナ、怖がらなくていい。シエナは1人じゃない。俺達を忘れないでくれ。」


「そうよ、ライちゃんの言う通り!私だって付いてるんだから!ねぇ〜シーちゃん。」


薄ピンク色の髪の子がシエナに背中から抱きつきながら、ライトに賛同する。


「でも…私じゃ役に立たないよ。」


「シエナ。俺達は何が何でも人間をやっつけようとしているわけじゃない。俺達の力を、思いを分かってくれるなら、命までは取る気はないさ。」


「そうだぞ、シエナ。俺達が目指すのは、人間との共存だ。今のような、主従関係ではなくな。」


「ふにゃ~」


ライトに同意する白髪の男性の言葉に続き、その男性の机に伏せている猫が、合いの手を入れるように鳴く。


「俺達は同じ考えを持った仲間なんだ。この絆は絶対に切れやしない!見せてやろうぜ!俺達ユーグレナの力を!俺達が人間を超える存在であることをな!」


「そうだそうだ!とっとと人間に思い知らせてさ。皆でカレー食いに行こうぜ!」


「お前はそればっかりだな…」


「でも…怖い…」


「もう!しっかりしてってば!姉さん!」


「フニャ」


「ほら、シエナ!ファイト!」


てんでバラバラに言う仲間をよそに、ライトがそっとつぶやいた。


「レイ。無事でいてくれよ。絶対に助け出すから。」






「失礼します。」


少年が部屋に入ってくる。少年といっても、14・5歳ではありそうだ。白い襟に、脇から足先にかけて白い太い線が一直線に通っている、紺を基調とした真新しい服を着ている。いかにも初々しい印象だ。両肩には、赤い炎のような体に白い羽根の、鳥を模したような紋章がついている。そこには、金色の糸で『NEVER』の文字が、羽に抱えられているように刺繍されている。この鳥はフェニックスであろうか。


「なにか?」


部屋には少年より10歳ぐらいは上に見える、少年と同じ服装の男性が8人、椅子に座っている。いや、座っているだけならいいのだが、全員足を机に投げ出し、なにやら手に持っているものに目を向けたまま、顔を上げもしない。ずいぶんとだらしない態度だ。


「あの…」


「君、誰?」


相変わらず声だけ少年にかける一人の男。何をしているのかと思えば…全員ゲーム機を手に持って、ピコピコやっているのだ…


「あの…今日からこちらに配属になりました、焔狐(ほむらぎ)リュウです。」


「ああ。そういや隊長が言ってたな。今日から新入隊員がくるって。君のことか。よろしくな。」


ゲームをする手を休めず、男が言う。他の面々に至っては声すら発しない。


「はい。よろしくお願いします。」


「はいよ。ああ、君の席はそこね。」


男がわずかに顔を動かし、右隣の席を顎で指し示す。


「はい。」


リュウが歩いていくとその席に落ち着き、指示待ち顔になる。しかし、誰も何も言おうとしない。しんとする中、ゲームの音だけが響いている。とまどいつつ、リュウが男たち一人一人に視線を送るも、皆、足を投げ出した姿勢のまま、ゲームに熱中しているだけ。その机の上には1台ずつ端末が置かれているが、電源すら入っていない。やる気のなさが男たちの態度からありありと滲み出ている。


「あの…先輩。」


おずおずと、リュウが左隣の男に声をかける。


「ん?」


「あの…僕…何をしたらいいでしょうか?」


思い切ったように尋ねるリュウ。


「なに?なんかしたいの?」


「いえ…その…仕事…」


「ここに仕事なんか、あるわけないでしょ。仕事したいなら、とっとと辞めて他を探すんだね。」


投げやりに言う男。


「でも…地球防衛隊ですよね、ここは。せめて訓練だけでも…」


「無駄無駄。今まで異変なんか、一度だって起きちゃいないから。やるだけ損ってもんだ。」


「そんな!いつ何が起こるかなんて、分からないではないですか!」


思わず抗議するリュウ。


「ないない。元々起こり得ないことをあると騒ぎ立てた隊長が無理矢理作った部署なんだから。」


「そうそう。人工知能がいつか暴走するなんて、隊長が言い出して、発足したんだけどさ。それから10年以上まるっきり音沙汰ないんだから。」


話を聞きつけたのか、リュウの左斜め前の席でゲームをしている男が、面倒くさそうに言ってくる。


「それでも!いざって時のために備えておくべきでしょう!起きた時に慌てても遅いんですから!」


「フン。俺も昔はそうやって、やる気満々で入ったんだがね。せめて宇宙部隊のほうならよかったのに、ユーグレナ対策部隊なんかに入れられちゃな。」


左隣りの男が鼻を鳴らす。


「考えてもみなよ。人工知能と言ったって、所詮は人間が作ったものだぜ。人間用にプログラムしてんだから、人間の思うがままに動くさ。それが人間に反旗を翻すなんてあり得ない。隊長も突拍子もないこと言い出したもんだ。」


「ですが!部署があるってことは、起きても不思議はないということでしょう!呑気なこと言ってる場合じゃないと思います!」


「どうだか。噂じゃあの隊長、NEVERの最高総議長に伝手があるらしくてさ。それでゴリ押ししたんだろ。総議長のずいぶんなお気に入りだとも言われているからな。」


いきり立つリュウをせせら笑う男。


「……」


「まあ、そのお陰で、俺達はこうやって遊んでられるというわけ。それだけは隊長に感謝だな。」


「だから給料泥棒といわれるんだろうが…」


「なんか言ったか?」


聞こえないように言ったつもりだったが、男が初めてリュウに顔を向け、じろりと見てくる。


「いえ…何でも…それで…今隊長は?」


「見りゃ分かるだろ。留守。」


見りゃ分かると言われても、リュウはさっき来たばかりなのだが…なるほど、リュウや男たちの机より一回り大きい机の席がぽっかり空いている。


「どちらに?」


「さあね。昨日の夕方のミーティング以降、姿見てないから。しょっちゅういなくなるから、いてもいなくても一緒さ。」


「そうですか…それで…そこの席は?」


リュウが真向かいの席を指し示す。それはリュウたちと同じ大きさのもう一つの机だが、そこの席にも誰も座っていない。


「そこはボサボサ副隊長の席。」


「ボサボサって…」


「髪が異常に長いんだよ。一応女らしいんだが。かかわらないほうがいいぜ。」


隊長、副隊長と言えば、この部署のリーダー格だろうが…そんな言い方をするあたり、この男、いや男たちにとってはどちらも軽蔑の対象でしかないようだ。


「そう言われても…副隊長なんでしょ?」


「気持ち悪いからさ。いっつも怒ってるような気味の悪い喋り方するし。なのに隊長は気に入ってるらしくて、しょっちゅう一緒にどっか行ってるんだ。まあ、隊長と苗字一緒だし、隠し子かもしれないと言われてるから、身内贔屓だろ。」


「そんな、下衆なことを…」


「ま、そういうことだから。無駄に張り切らないほうがいいよ。」


またゲームに熱中し始める男。


(なんか…とんでもないところに入ったみたいだな。)


今度こそ聞こえないように胸の内でつぶやき、リュウがそっとため息をつく。とはいえ…リュウもこのNEVERユーグレナ対策部隊ーこの世界では、人工知能のことをユーグレナと呼んでいるのであるーの対策部隊の悪評は散々耳にしている。一度として防衛隊らしき活動をしたことのない、給料泥棒の役立たずな部署との叩き記事が巷に溢れているからだ。ここに配属されることが決まった時はリュウ自身も我が身の不運を嘆いたものだが、来てみて更に失望、といったところか。


(しかし…俺の歳で、適性試験さえ合格すれば即採用、住む所も保障してもらえるとこなんて、ここしかないから…あそこから逃げるためにも、ここにしがみつくしかないか…)


気を取り直し、せめてもと、リュウが自分の机に置かれた端末の電源を入れようと手を伸ばした時だった。


キュインキュインキュインキュイン…


「わっ!なんだ!?」


突然サイレンが鳴り響き、男たちがゲーム機を放り投げて飛び上がる。


「何かあったんですか?」


「知らないよ!こんな音、今まで聞いたことがない!」


と…壁にモニターが現れ、スーツを着た女性の顔が写し出された。


「総監代理!?」


ぎょっとして、慌てて立ち上がる男達。リュウもつられて席を立つ。


「冬霧市にユーグレナの反乱部隊が現れました。」


「は!?」


みるみる顔色が青ざめていく男達。


「そんな馬鹿な!」


「すでに街のあちこちの建物に被害が出ています。至急出動してください。」


「ちょ…ちょっと待ってくれ!今、隊長も副隊長も不在…」


「お二方には私の方から連絡します。あなたたちも急ぎ現場に向かってください。」


「え…」


「健闘を祈ります。」


ヒュンッと女性の姿が消え、モニターが別の画面に切り替わった。そこには…


「まさか…嘘だよな…」


呆然とそれを見つめる男達。緑色の、カマキリのような手をした怪物が、街を闊歩(かっぽ)している様が写し出されている。その怪物が手をふるたびに、周辺の建物がガラガラと崩れていく。


「嘘だろ…こんな…」


「そんな…隊長が言ってたことが…現実に…」


「いや…そんな…はずは…でも…」


「のんきに言ってる場合ですか!」


リュウが声を張り上げる。


「急いで被害を食い止めないと!このままでは街の人達が危ない!」


「しかし…」


「早く行きましょう!先輩!」


「行くと言われても…」


せかすリュウに対し、まごつくばかりの男達。


「とにかく!ヘルメットはどこですか?」


「え?」


「だから、ヘルメットは!?」


「ヘルメット?そんなもん、ここにあったか?」


「さあ…そういえば、隊長がそれっぽいこと言ってたような…」


「じゃあ、武器は!?」


「武器…どうだっけ?隊長がなんか言ってた気がするが…」


「もういい!」


要領を得ない男達に見切りをつけたリュウが、壁際に置かれた戸棚に飛びつき、バッと扉を開く。そこにはレーザー銃が。


「先輩!銃!」


「あ…ああ…」


「早く!急いで!」


銃を鷲掴み、リュウは、真っ先に部屋を飛び出して行った…






「これが…戦場…」


目の前の惨状に、しばし呆然とするリュウ。冬霧市に到着したリュウが見たものは、変わり果てた街の姿だった。おそらく一時間前までは整然と屹立していたであろう建物群が見るも無残に打ち砕かれ、瓦礫の山と化して散らばっている。そこかしこに火の手すら上がり、逃場を失った住民達が右往左往している。正に阿鼻叫喚の世界…その中心にいたのが…


「キシャー!」


2メートルはありそうだが、緑色の、どう見てもカマキリの形をしたユーグレナが、禍々しいオレンジ色の目を光らせ、両手の鎌を大鉈のようにふるっている。リュウの目の前で炎が上がり、尚も更地が増えて行く。


「助けて!!」


はっと、リュウが我に返る。


「先輩!早く!」


「え?」


「早く皆を避難させないと!どこに誘導すればいいんですか?」


「は…え…そ…それ…は…た…隊長に…き…聞かないと…」


8人の男たちは、皆リュウ以上に青ざめ、ガタガタと震えている。


「聞かないとって…」


「だから、どう避難させればいいのか、指示を聞いてから…」


「何言ってるんですか!?」


唖然とするリュウ。


「それくらい、指示がなくても!」


「だ…だって…こ…こんなこと…は…初めて…」


「た…隊長か副隊長は…まだ…こ…来ないのか?」


「まだかって…」


さっきまで、散々隊長と副隊長の悪口を言ってたくせに!怒鳴りたくなるのを必死に抑えるリュウ。


「待ってる暇はありません!できることはしておかないと!」


「そ…そう言われても…で…できることは…何か…た…隊長に…聞かないと…」


「いい!」


言い捨て、リュウが立ち往生している住民に駆け寄っていく。


「大丈夫ですか!」


「あ!NEVERの…」


「とりあえず、あそこに地下道が!そこに避難しましょう!」


リュウが指さしたところには、傾いたポールから今にも落ちそうになりながらも、『地下道入口』の看板がかろうじてぶら下がっていた。


「は…はい!」


「皆さん!こちらへ!先輩も誘導して!」


「わ…わかった…」


ユーグレナの目を盗みながら、リュウが住民に声をかけ、避難させていく。


「これで全員です!」


リュウが男たちに告げる。


「あ…うん…」


「次は!」


「え?」


「だから!あいつをやっつけないと!」


「そ…それは…た…隊長に…」


「だったら、隊長に聞けよ!」


ついにぶちギレたリュウ。


「へ?」


「通信機は!?隊長に連絡すればいいじゃないか!」


「通信機?そんなもん、あったか?」


「さあ…」


「もう知らん!」


リュウが持ち出したレーザー銃を取り出すと、ちょうどこちらに背を向けていたユーグレナに照準を合わせ、引き金を引く。鋭く空気を切り裂いた黄色い光が、ユーグレナの背に当たり、弾けた。


「先輩も!」


「え…あ…」


リュウに促されるまま、やっとのこと銃を構える男たちだったが、そこに…撃たれたことに怒ったらしいカマキリユーグレナが、男たちのほうにくるりと体を向けると、そのオレンジ色の目でじろりと睨みつけ、鎌をふるった。バラバラと瓦礫がリュウ達の周りに降り注いでくる。


「うわっ!!」


尻もちをつく男たち。


「大丈夫ですか!」


リュウも避けつつ叫ぶ。


「あ…ああ…」


「先輩!!」


ユーグレナが歩き出す。―明らかに、リュウ達がいる方に向かって…


「先輩!早く撃って!」


「無理…」


尻もちをついたまま、後ずさる男たち。


「は!?」


「こ…こんなの…無理…!」


「無理って…」


「あ…あとは任せた!」


「ちょっと、先輩!待って!」


止めるリュウの声を無視して、男たちはぱっと立ち上がるや否や、くるりとユーグレナに背を向け、一目散に走り去っていく。


「そんな、ばかな…」


立ち尽くすリュウ。


(どうしたら…)


だが…その時には既に、カマキリユーグレナはリュウの3メートル程手前まで来ていたのだ。


「!!」


考えている暇は無い。とっさに腕を上げ、銃を連射するリュウ。ピシッ、ピシッと音がして、ユーグレナの肩に、腹に光線が当たる。しかし、ユーグレナはビクともしない。その歩みも、まるで衰える様子がない。


「くそっ!!」


ユーグレナと距離をとるように、ジリジリと下がりながら、リュウはそれでも銃を放った。と、ユーグレナの右腕がさっと横に払われた。その動きに合わせるように突風が吹き、リュウの体が5メートルほどふっとんで、崩れたビルの瓦礫に叩きつけられた。


「うっ!!」


体がバラバラになったような感覚に襲われ、呻くリュウ。


「だめか…」


激しい痛みに襲われ、身動きが取れない。


「もう…無理なのか…」


絶望が押し寄せてくる。そこに、尚もユーグレナが迫ってきた。不気味なオレンジ色の目が、にやりと笑ったようにリュウには見えた。


(諦めてたまるか!)


ぐっと左手を握りしめるリュウ。


(俺の居場所は…ここしかないんだ!)


(だったら…)


「俺が…守る!」


「絶対に守ってやる!地球を!俺の命にかえても!」


歯を食いしばり、痛みをこらえて立ち上がったリュウが、再び銃を構えると、ユーグレナの左胸に照準を合わせ、引き金を引いた。


ダーン!


ユーグレナの胸から白い煙が上がり、動きが止まった。


「やったか!!」


ほっと息をついたリュウだったが…その瞬間、カマキリユーグレナのオレンジ色の目が赤く光った。かと思うと、両肩辺りからスーッと何かが伸びてきて…


「え!?」


鎌を持つ腕が四本に!


「そんな……」


愕然とするリュウ。一気に体の力が抜けたのが分かる。フラフラとよろめき、瓦礫にもたれかかったリュウをあざけるように、ユーグレナがゆっくりと眼前にせまると、腕を振り上げた。


(もう…だめか…)


目を閉じるリュウ。4本の鎌が、一斉にリュウ目がけて振り下ろされ…


バン!バン!バン!バン!


突然、鋭い破裂音が響いた。


グアー!!


「なんだ?」


何の打撃も来ないことに、訝しげに目を開けたリュウが見たものは…4本の腕を全て吹っ飛ばされて固まったカマキリユーグレナの姿…


「え?なんで?」


そこに…


ズバッ!!


「!?」


カマキリユーグレナがゆっくりと後ろに倒れて行き…


ドーン!!


凄まじい爆発音とともに、ユーグレナが消えた。


「どうして…」


愕然とするリュウだったが、ふと、何かの気配を感じてそちらに顔を向けた。そこには…


「全く…役立たずが…」


地面に届きそうな程に長い髪をした女性が、赤いマントを翻して立っている。毛先にいくほどに白っぽくなっていく赤い髪が、リュウの目を引く。 その左手には斧が。


「あなたは…」


女性が振り返り、じろりとリュウを一瞥してくる。ぎくりとするリュウ。マントの下に身に着けているのは、リュウと同じ隊服。しかし、その女性の目は右の瞳が赤で、左が灰色と、奇妙な色をしているのだ。


「お前…誰だ?」


つっけんどんな、全く抑揚のない声。冷ややかな目がリュウの背筋を寒くする。


「俺は…」


「見かけぬ奴だな。なぜその服を着ている。」


「トワ。」


その緊迫した空気を破る、穏やかな男性の声が聞こえてきた。二人の視線がそちらに向く。スラリとした背の高い男性が近づいてくる。


「隊長。こいつだれだ?同じ隊服を着ているが。」


「トワ。昨日話しただろう。今日から新入りが来ると。」


隊長と呼ばれた男が、なだめるようにトワと呼んだ女性に話しかける。男も、隊服の上に、トワと同じく、こちらは黒いマントを羽織っている。まだ若そうだ。と言っても、30ぐらいか?


「新入り…新入隊員…新入隊員…」


機械的に繰り返す女性。


「ああ…昨日隊長が話していたやつか。確かホムラギリュウと言ったな。」


「そうだ。彼のことだ。」


「そうか。一応やる気はありそうだな。まあ、あいつらよりはよっぽどかましだが」


気持ち和らいだ声で言うトワ。しかし、リュウを見る目はどこか厳しい。その視線に気圧されたかのように、身をすくめるリュウ。


「やれやれ。相変わらず口が悪いな、トワは。」


苦笑しながら、男もリュウを見る。またしてもリュウがぎょっとしたのは、この男の目も、右が黄色、左が青の、左右違う目の色をしていたからだ。外国人?いや、髪は黒々とした短髪の、典型的な日本人顔だ。それに、色こそ違うが、トワとは正反対の、口調と寸分違わない、穏かな優しい目。すぐに緊張が解けるリュウ。


「私がNEVER隊長の神楽ヒカリだ。すまないね。君が今朝来た時にいなくて。」


「いいえ…」


「こっちは、副隊長の神楽トワだ。ホムラギリュウ君。これからよろしく頼むよ。」


「あ、はい。よろしくお願いします。」


どぎまぎしながら、リュウがピシッと背筋を伸ばし、型どおりに礼をする。


「そう固くならないで。さて、ユーグレナはとりあえず片付いたようだし、ディレクションルームに戻ろうか。他の面々にも君を紹介しないといけないからね。」


にこやかにリュウを促すヒカリ。


「あ…はい…」


「必要ない。」


ふいに、つんとしたトワの声が割って入ってきた。


「こいつしかいらん。無駄だ。」


「へ?」


ぽかんとするリュウ。


「やる気のないものなど邪魔だ。クビにしろ、隊長。こいつだけ残せ。」


「はっきりいってくれるね、トワ。気持ちは分かるが、そうはいかないよ。今日のところは仕方ない。彼らも初めてだったからね。まずは彼らに奮起を促すとしよう。これから戦いは激しくなっていくだろうからね。」


「ちっ。クソ腹が立つ。組織と言うものは面倒だな。」


およそ女性らしくない言葉遣いと、ストレートな物言いだが、とにかくリュウのことは受け入れた様子だ。


「トワ。リュウが驚いているよ。少しお手柔らかに。」


物慣れた様子でヒカリがトワを制すると、再びリュウに笑顔を向ける。


「では、リュウ。帰るとしよう。」


「はい!」


「ああ、そうだ、リュウ。我々NEVERでは、返事はルーガストだ。以後そう言うように。」


「はい、じゃなかった。ルーガスト!」


やっと俺の居場所が見つかった…ヒカリに返事をしながら、リュウはそう考えていた。





 

                  

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