隣のお姉さんがラスボス悪役令嬢だった件
この時、私はまだ知らなかった。
うちのマンションのお隣に引っ越してきた、女子大生のお姉さんが、実は小説の中のラスボス悪役令嬢だったことを――!
◇
その日は、ゴールデンウィークの始まりの日で、私はママに頼まれたプランターの花の水やりにベランダに居た。
ママはシングルマザー。
アパレルのお仕事をしていて、ゴールデンウィークはかき入れ時で忙しい。私たち小学生の憧れのブランドの洋服屋さんで働いている、おしゃれなママは私の自慢だ。
私は6年生だから、休みだからお出かけしたいなんてワガママはもう言わない。留守番とお手伝いを頑張って、新作の可愛い小物をゲットしてきてもらうのだ。
うきうきしながら、じょうろを傾けていたら突然話し声が聞こえてきた。
びっくりしてキョロキョロと辺りを見渡すと、お隣のベランダに人の気配が。耳を澄ませば、お隣に越して来た近所の大学に通う、綺麗なお姉さんの声だった。
誰かと話しているのかな?
ベランダを仕切る壁の近くのお花を見ながら、私はしゃがみこんだ。聞いちゃ悪いとは思ったけど、好奇心は抑えられない。だって、私の好きな『悪役令嬢』って単語が聞こえちゃったんだもの。
そう、私はこのお花を見ているだけ。大人な高学年だから、盗み聞きなんてしないもん。勝手に聞こえちゃうのは仕方ないよね。うん。
「いっそ、あの国だけ滅ぼせば――」
な、なに今の?
「それより……どうやったら、上手くあっちに帰るかが問題よね。フランソワは役にたたないし」
お姉さんのお友達は海外の人?
帰るって、お姉さんも実はハーフか帰国子女なのかな?
「魔法もこっちで使うのはマズイし……」
ん?
「憎たらしいわ。あんなのが聖女だなんて……」
んん?
「こんなクソ転生、小説でも読むかっての!」
え、口悪っ!
き、きっと、お姉さんは小説家さんか、今流行りのweb作家さんなのかも。私は、窓の向こうのテーブルに置いた、読みかけのラノベを見た。
もしも、本当に小説家さんなら凄い! ぜひともお友達になってサイン貰わなきゃ。
――それから毎日、お姉さんの独り言を聞くのが日課になった。
もちろん、カレンダーが赤くない日は学校だけど。
◇
どうやらお姉さんは、本当に作家さんみたいだ。
お話は、ハッピーエンドには遠そうだけど。
私はじょうろを横に置き、お姉さんの独り言を書きとめていた。タイトルを言ってくれたら本屋さんで探すけど、webならママのスマホを借りて探さなきゃいけない。
主人公はラスボスになる悪役令嬢。
ちょっと高慢だけど悪い人じゃない。けれど、聖女の力を持つ妹に婚約者を取られ、濡れ衣まで着せられて断罪された。
そして、数年前に遡って目覚め、破滅エンドを回避し復讐するために奮闘する。
――と、ここまではよくあるテンプレ。
でもなぜか、毎回失敗して断罪エンドに。やっと復讐したかと思えば、世界を滅ぼしちゃった。バッドエンドで終わりかと思いきや、また目覚めてしまったあげく、異世界じゃなくてここ日本だったと。
え、よくわからない。
これ、ちゃんと終わるの? エタるの?
「ねえ、それ面白い?」
「面白そうだけど、どうなるか心配な……え?」
私はびっくりして、すてんと尻もちをついた。
「ひゃっ!! お、お姉さん!?」
ベランダの壁の向こうから、ひょっこりお姉さんが顔を覗かせていた。
「毎日よく飽きないわね」
「あのっ! かってに聞いちゃって、ごめんなさいっ!!」
「ちゃんと謝れるなんて偉いわね」
「そ、そうでしょうか?」
だって、6年生だから悪いことはちゃんと分かる。
「せっかくなら、うちに遊びに来ない?」
「え。でも、知らないお家に行くのは……」
本当は、めちゃくちゃ行きたい。
「じゃあ、今夜にでもお母さんに確認して、OKでたらにする? 明日までお休みでしょ?」
「それなら!」
「ちょっと待ってね」
とお姉さんは、自分の携帯番号をメモしたのを壁の隙間から渡してくれた。お母さんに渡すようにって。
そして、その夜。
私はママに許可をもらった。
ちょうどお土産に買ってきてもらったお菓子があったから、それを持って行きなさいって。
◇
私は少し、ドキドキしながら部屋のインターホンを押した。
お姉さんは招き入れてくれると、持って来たお菓子に合わせて美味しいお茶を入れるねとキッチンへ向かった。
部屋は想像していた感じとは違ったけど、シンプルでおしゃれだった。棚には教科書みたいな本がたくさんあったけれど、ラノベっぽいのは見当たらない。
可愛いテーブルの上にはパソコンが一台だけ。
これで小説書いているのかな?
「そうよ、それで小説を書いていたの」
私の考えがお見通しだったのか、お姉さんは教えてくれた。
それから色々な話をしたけど、小説の話をしていたはずなのに途中から、私の悩み相談になっちゃっていた。
「そう、お友達はそのブランドが好きなのね」
「うん。ママが私のために、いつもゲットしてくれるから」
「でも、あげちゃうのよね?」
「だって……喜んでくれるし。本当はあげたくないけど、仲間はずれは嫌だから」
「あげなきゃ仲間はずれになるの?」
「……わかんない」
「お母さん、一生懸命に働いたお金で買ってくれているのよね?」
「……うん」
「ノブレスオブリージュって知ってる?」
「あ、ラノベで読んだことある」
お姉さんは笑顔を見せる。
「位高ければ徳高きを要す……貴族の義務よ。位が高ければそれなりの責任や義務がある。でも、同級生で友達なら対等でいるべきじゃない?」
「でも……怖い」
「じゃあ、いきなり全部とは言わない。ほんの少しずつ、これは大切な物だからあげられないって言ってみたら? それで、お友達をやめる子は仲良くする必要ないもの」
「……少しずつなら」
「無理じゃなくね。それから、この事はちゃんとお母さんに相談しなさい。あなたをこの世で一番愛してくれている人だから」
「うん!」
「それでも、難しかったら私が雷落として学校壊してあげるわ」
「――ぶっ! それじゃ、あの悪役令嬢みたいになっちゃう!」
お姉さんの一言で、ついつい笑っちゃった。なんだか、ちょっとだけ気持ちが軽くなる。
「じゃあ、そろそろ帰るね」
「また、遊びにいらっしゃい」
「ありがとう! またね、お姉さん、フランソワ!」
玄関で見送ってくれたお姉さんと、黒猫のフランソワに手を振ってバイバイした。
◆◆◆
『おい、また来いなんて言って大丈夫なのか?』
黒猫姿のフランソワは、女子大生姿のアルベルティーナに向かって言った。
「たぶん、まだまだ時間はかかるわ」
薄暗くなった部屋で、テーブルの上のパソコンが明るく光る。カタカタと、勝手に文字が変換されていく。
「自分で書いた小説だもの。最後はちゃんとハッピーエンドにしてもらわなきゃね」
『全く、神の考えは下っ端のオレにはわかんないや』
「ふふふ。だから私の付き添いにさせられたんじゃない?」
『チッ!』
元天使のくせに態度が悪い黒猫にアルベルティーナは苦笑する。
作者であり、あの世界を生んだこの体の本来の持ち主は、ちゃんと責任を取らなければならない。
――異世界でね。
「私は私で、この世界を堪能させてもらうわ。せっかく、可愛いお友達ができたから」
『だからって、雷は落とすなよ!』
「さあ、どうかしら。だって、私は悪役令嬢だもの」
アルベルティーナは高らかに笑った。




