異世魔酒房 その5
賑やかな酒場だ。ガヤガヤと活気付き、仕事終わりの者や友人との気のおけない時間を過ごしに来た者。
はたまた一人で晩酌がてらやって来た壮年の紳士やら、様々な人種、種族で溢れかえっている。
カウンターに座り、ミムルとザッハとグレアはメニュー表を眺めている。ようやく全員が揃い、今まさに食事会が始まろうとしている所だ。
ミムルはメニューを食い入るように見つめ、その煌びやかな料理の写真の数々を入念に吟味し、
「すみません、お子様セットをひとつ」
と、女性店員に注文する。
私はカシスとブラックベリーをきつめの洋酒で割ったものを頼む。それと軽めのつまめるような物を。
「ザッハ、あなただけよ。何にするの?」
ミムルが真剣な面持ちで言う。
「ちょっと待ってくれ。今めちゃくちゃに悩んでるから」
ザッハも食い入るようにメニュー表を凝視し、
「姉ちゃんは何を頼んだんだよ」
「私は、これよ」
「…マジかよ。信じられねぇ」
「マジよ…」
ザッハが意を決して、店員を呼ぶ。
「すみません、お子様セットをもうひとつ」
私は思わず吹き出しそうになるが、この姉弟の真剣な様子を見ていると、どうにも冗談ではないらしい。
真面目に議論を交わし、メニューについての評議をしている。
やがて恭しく旗の付いたプレートを二つ、店員が運んでくる。姿勢を正して待つ姉弟。それぞれのカウンターのテーブルの前に料理を置かれると二人は感謝の意を店員に伝えて、目の前の宝物に対峙した。
キラキラとしたプレートに乗せられ、運ばれてきた料理を愛でる。二人は目を輝かせながら、
「見ろよ、旗だ。旗がついてる」
「ザッハ何これ。初めて見ます。赤いお米?トマトの風味がする」
「ハンバーグだ。ハンバーグもあるぜ、ねーちゃん」
「わぁー」
「わぁーー、すげえ」
さて、今日は大人同士の気のおけない飲み会と聞いていたものだが、どうしたものか…。
私は運ばれてきたカクテルに口を付け、隣できゃっきゃっとはしゃぐ二人に正直、手を持て余している。
「あの…」
「見てみて!ザッハ!中にチーズが入っているわ!」
「うあー!ほんとだー!」
「その、ミムル殿…」
「おい!姉ちゃん!この黄色の粒々!甘いぞ!」
「わー!お菓子みたい!美味しい!」
「……。」
カウンターに肘を付き、頭を抱える。
これは二人が料理を食べ終えるのを待つべきかと悩んでると、
「ほう、手を焼いておるのか。赤髪の女よ」
と、聞き覚えのある声と共に暗闇からにょきりと骸の王が姿を現した。
「骸!?」
私はビックリして席から立ち上がると、王は悠然と開いている席に座り、店員からおしぼりを受け取っている。
「どうした?女。我が手を拭くのはそんなに珍しいか。我だって汚れを気にする。さぁ、席に座るがよい」
「あ、骸の王様だ。こんばんはー」
「うむ」
「王様も何か食べます?これ、メニュー表」
「うむ」
王はメニュー表を受け取ると、食い入るように凝視する。
そして、メニューとカウンターに置かれたお子様セットを交互にじっと眺め、
「すみません、我もお子様セットをひとつ」
「あ、すみません…。大人の方はちょっと…」
「はあっ!?小娘!何故、我の邪魔をする!」
何故、我の願いを叶えぬ!聞き届けぬ!と王は憤慨するが、店の女性店員は気にもせず、
「規則ですので」
と、取り付く島もない。この娘…、強い。
「王よ、吼えたとて此処ではこの娘が摂理です。諦めなさい」
私は進言する。
「摂理…摂理か。ならば、仕方ない」
スン…と真顔でそう言った。それでいいのか、王よ。
だが、諦めきれないのか、口惜しそうにメニューの写真を凝視する王。それを尻目にトロリとしたチーズを垂らしたハンバーグを口に運び、ミムルは美味しそうに頬張っている。
「あー美味しい♡美味しいなぁ。王様はこんなに美味しい物を口にする事が出来ないのですね。残念だなぁ」
「ぐぬぅ…」
「はー美味しい美味しい。おかわりしてしまおうかしら♡」
もんのすっごく不満そうな王。しかし、気付いてはいけない何かに気付く。
私はそれを察し、止めようとする…その前に。
「おい、娘。お前、自慢気にしておるが、その…子供に見られてるって事だぞ?」
「はっ!?」
スプーンをカラーンと落とすミムル。プルプルしながら
「そんな…、私だって、私だって…立派なレディなんですよ!?」
と、ほっぺにケチャップライスを付けて力説する。
隣の席で大爆笑しながらザッハは実の姉を揶揄っていた。
「だははは!言われてやんのっ!ねーちゃんそういうとこだぜ?ほら、ほっぺに付いてるし!もう、じっとしてなよ」
「う、ううう…」
私はじっと聞いている。だが、この空気を読めない骸のお化けは続ける。
「だが坊ズ、お主も同じ物を頼めるというのなら、きっとそういう事じゃぞ?」
ザッハが一瞬硬直、フリーズする。
そして…小刻みに震え出し、
「はあっ?オレはだって…、あ、ああ!?いや、そんなっ!…ぁぁああああああああっ!!?」
酒房に二人の絶叫がこだまする。
寒空の下、空っ風だけが夜の帷を吹き荒んでいた。
ほろ苦い酒を身体に流し込み、全て忘れよう。
これは夢、夢なんだ。
現実なぞ…、
「てっめぇ!骨ェ!!言っていい事と悪い事があんだろぉがー!!」
「ぬかせぇ!小童っ!!」
嗚呼、無情。嗚呼、無情、也。




