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お稲荷様の手紙

作者: 桜木翡翠

 あの日、僕が見つけた古びた手紙は大切な思いが込められていた。そして、僕の小さな冒険の始まりだった。



「陽太ー? 行くわよー?」

「分かってるってー! 今行くから!」

 僕は今までやっていたゲームを慌ててセーブをして電源を落とした。早くしないとまたゲーム1週間禁止にされたりしたらたまったものじゃない。

「もう遅いわよ。置いてくところだったじゃない」

「ごめんなさーい」

「ゲーム買ってからほんとそればっかりで。ちゃんと勉強もしなくちゃだめよ」

「はーい」

 最近、お母さんからは勉強しろ勉強しろと小言が増えた気がする。4年生になり、ついにゲームを買ってもらえた。その条件として勉強をしっかりすることと言われているため当たり前ではあるのだが。やっぱりゲームの誘惑に負けて約束を破ってしまったがために1か月ほど前に1週間ゲーム禁止の罰を受けた。新しく手に入れたものを取り上げられるというのはなかなかに苦痛が大きかったため、今後は絶対に約束を破らないと誓った。

 僕はゲームを片付けた後、お母さんの待っている玄関に向かい、スニーカーを履いた。

「早くしないとみんな来ちゃってるだろうからね」

 なぜ、お母さんが僕のことを急かしているかというと、これからおじいちゃんの家に行って、片づけをしなければならないからだ。おじいちゃんが認知症になり、一人で生活するのが難しくなったため、施設に行くことになったらしい。僕はここ数年会っていないため、一体どういう状態になっているのかよくわからない。認知症が物忘れをしちゃうってことはなんとなくだけれど知っている。おばあちゃんは僕が生まれた頃に死んでしまったためよく知らない。



 僕は母と共に車でおじいちゃんの家に向かった。隣町のためそこまで長い時間はかからない。

「お、来たか」

 おじいちゃんの家に着くと、伯父さんが庭で何やら作業をしていた。お母さんは3人兄弟であともう一人妹がいるが、遠くに住んでいるため今日は来られないらしい。

「遅くなっちゃってごめんね。もう結構進んでるの?」

「まだまだだよ。意外と外にもゴミとかあるみたいだから整理してただけだから。家の中は全然。あ、今日は父さん、調子良いみたいだよ」

「そうなの。じゃあ私は中から始めるわね」

 伯父さんとお母さんが話終え、家の中に入った。中に入ると、廊下にまで荷物が飛び出してきているようだ。

「お父さーん、手伝いに来たわよ」

「おぉ、久しぶりだな。元気にしてたか」

「一昨日来たでしょ。忘れちゃったの? あ、陽太は久しぶりだったかしら」

「お、陽太か。元気してたか。大きくなったなぁ」

「久しぶり、おじいちゃん」

 お母さんとの会話を聞いていると所々忘れてしまっていることも多いようだ。

「でも、本当に今日は調子がいいのね。この前来た時は私のことさっぱり分からなかったのに」

「そうだったかね」

 認知症は物忘れをするというイメージだったため、お母さんの話を聞きながら驚いた。お母さんのことすら忘れてしまうこともあるのか。そんなに怖いものだと思わなかった。

「じゃあさっそく片付け始めましょうかね。陽太はおじいちゃんのお手伝いしててくれる?」

 お母さんはそう言って、台所に向かった。

 僕はお母さんに言われたとおり、おじいちゃんの横に座った。

「おじいちゃん、何してるの?」

「写真とかを綺麗にしておこうと思ってな。施設に行くにしても、全部は持っていけないからね」

 おじいちゃんは机の上にアルバムやそこに収まりきっていない写真を眺めている。

「これがおばあちゃんだよ。綺麗だろ」

 そこには若い頃のおじいちゃんとおばあちゃんが写っていた。確かに綺麗な感じの人だ。おじいちゃんは写真の整理をしているというより思い出に浸っているという様子だ。

 僕はやることもないので、他に山積みになっている写真を眺めてみる。おじいちゃんは写真を撮るのが好きだったのか、お母さんたちの小さい頃の写真がたくさんある。

「ん? なんだこれ」

 写真の束の中からボロボロになった封筒が出てきた。開けてみると中から1枚紙が出てきた。手紙の様だが、文字がかすれているのと達筆なため読むことができない。

「おじいちゃん、こんなのが出てきたけど誰かからの手紙?」

「どれどれ……」

 おじいちゃんに手紙を見せるとよく見えないのか目を凝らして手紙を読んでいる。おじいちゃんの老眼鏡はかなり度がきつそうだけど、それでも見えないのだろうか。

「おぉ! これはあれだ。お稲荷様の手紙じゃな」

「お稲荷様?」

「お父さん、またその話? 要はおとぎ話ってことよ」

 僕とおじいちゃんの話が聞こえていたのか台所からお母さんが口を挟んでくる。

「違う違う。おとぎ話なんかじゃないよ。これはワシの祖父から聞いた話なんだがな。子供の頃、よく近所にあった神社で遊んでいたそうだ。そこにお稲荷様のお友達がいてな。その時に預かった手紙だったらしいぞ」

「預かった手紙? それならなんでここにあるの?」

「はて。何でだったかなぁ」

 おじいちゃんは遠くを見つめながら思い出そうとしている様子だが、どうも話の細かい部分は忘れてしまったようだ。

「ほら、そんなことより早く手を動かしなさい。二人とも」

「はーい」

 お母さんに注意され、僕は手紙を封筒にしまった。でもやっぱり何て書いてあったか気になる。

「ねぇ、おじいちゃん。この手紙もらってもいい?」

「あぁ、いいよ」

 おじいちゃんから許可をもらい、僕は封筒を洋服の中に隠した。お母さんに見つかったら捨てられてしまいそうな気がしたからだ。

 その後もおじいちゃんと一緒にたくさんの写真を見ていた。今とは少し違う時代の生活を感じることができた。そのうちにお母さんや伯父さんの片付けはひと段落したようで、今日は一度解散になり、また後日に続きをすることになった。



 翌日、僕は手紙を持って図書館に向かった。何故、図書館かというとそこには僕の友達がいるからだ。

「あ、翔兄ちゃん!」

「こら、陽太大きい声を出しちゃだめだろ」

 翔兄ちゃんは今日もいつもと同じ席に座って勉強をしていた。翔兄ちゃんは大学生でよくこの図書館で勉強をしている。前に夏休みの宿題で本を借りに来た時に翔兄ちゃんとは知り合った。翔兄ちゃんは物知りで、色んなことを教えてくれる。面白いゲームのこととかね。

「今日は面白いものを持ってきたよ!」

「ほほう、何を持ってきたんだい、少年」

 翔兄ちゃんは開いていた教科書を閉じて、にやりと笑いながら僕の話に興味を示してくれた。

「これ見て!」

「なんだこれ?」

 僕は昨日おじいちゃんからもらった手紙を見せた。翔兄ちゃんはなんとか読もうとしている。

「読める? 僕には漢字が難しくて読めなかったんだけど」

「かすれてて読みにくいな……」

 そう言いながらも一生懸命読み取ろうとしてくれている。

「うーん。なんかラブレターみたいなものだな」

「ラブレター? 告白ってこと!?」

「そうだな。まだ陽太にはその手の話は早いかもしれないな」

「そ、そんなことないよ。みんなで好きな人の話とかするもんね」

「へー。じゃあ陽太も好きな子がいるのか」

「い、いないよ! そんなことよりなんて書いてあるのか教えてよ」

 翔兄ちゃんが僕のことを楽しそうにからかい始めたため、話を戻してもらう。

「まあ簡単に言うと、『あなたのことが好きです。私はあの神社の桜の下で待ってます』って感じだな」

「誰の手紙なんだろう。やっぱり、おじいちゃんのおじいちゃんなのかな。でもそしたらなんでおじいちゃんはお稲荷様の手紙だって言ってたんだろう」

「お稲荷様?」

「うん。これが見つかった時、これはお稲荷様の手紙なんだって。おじいちゃんのおじいちゃんが預かった手紙だって」

「なるほど。ただの手紙ってわけじゃなさそうだな。よし、陽太。この手紙少しの間預かっていいか?」

「いいけど、どうして?」

「結構古い手紙だし、お稲荷様ってのがなんか気になるからな。ちょっと俺の友達にそういう神社とかに詳しい奴がいるんだよ。そいつに聞いたらもっと何かわかるんじゃないかと思ってな」

「ほんとに! いいよ! 貸してあげる!」

 この手紙がなんなのか、わかるかもしれない。僕はそんなワクワクした気持ちに胸を膨らませていた。



 その後、何回か図書館に通ってみたが翔兄ちゃんには会えなかった。いつも特に約束をして会っているわけじゃないため会えないことも多い。

 次に会えたのは1週間後だった。

「お、陽太。久しぶりだな」

「翔兄ちゃん久しぶり。しばらく図書館来てなかったでしょ」

「ごめんごめん。以外と時間かかっちゃてなー。ほら、この前の手紙、ちゃんと聞いてきたぞ」

 そう言いながら翔兄ちゃんは預けていた手紙とルーズリーフを取り出した。ルーズリーフには走り書きのような文字が書かれており、手紙についてのメモがされている様子だった。

「じゃあさっそく手紙の内容について話をしていくが、少年、準備はできているか?」

「もちろんだよ!」

 翔兄ちゃんがにやりと問いかけ、僕はワクワクを止められず、前のめりで返事をする。

「すごく簡単に内容を言うと、前に会ったときに言った通り、ラブレターみたいだ。でもこれは、お稲荷様から“桜子”って人に宛てた手紙みたいなんだ。陽太の親戚にそんな名前の人はいるか?」

「僕が知ってる限りではいないよ」

 僕が知ってる範囲は会ったことのある親戚の範囲であるため、この手紙自体がおじいちゃんのおじいちゃんの頃の手紙だとすると知らない人たちであるため、正確な情報とは言い難い。

「そうか。そうするとお稲荷様から“桜子”って人に直接手紙が届けられたわけじゃなくて、陽太のおじいちゃんのおじいちゃんに当たる人を経由して渡す予定だったってことなのかな」

「そうなんだ。じゃあ手紙が上手に届かなかったってことなのかな」

「多分な。預かったままになってたってことだろうからな」

「今から届けることってできないのかな」

「うーん、流石に昔の手紙だからもう“桜子”って人は死んじゃってるんじゃないかな。もしかしたらお稲荷様なら神社にいるかもしれないからその神社が分かればお供えをすることくらいはできるんじゃないか?」

「そうだね! じゃあその神社がどこなのかわかる?」

「うーん、ちょっと待ってろ……」

 そう言って翔兄ちゃんはスマホを取り出し、検索し始めた。お稲荷様のいる神社を探してるようだ。

「この辺でお稲荷様がいそうなのは……。これか。結構遠いかな。山の麓みたいだけど」

 そういいながらスマホの画面を僕に見せてきた。

「あ、これおじいちゃんの家から近いかもしれない」

「本当か。じゃあここで合ってるかもしれないな」

「僕、ここまで行ってみるよ!」

「結構遠いけど行けるのか?」

「大丈夫! おじいちゃんの家の場所分かるし、その少し先くらいみたいだから!」

「気を付けるんだぞ!」

「うん!」

 僕は翔兄ちゃんの話もそこそこに図書館を飛び出した。

 僕は自転車に乗り、神社を目指した。



「うーん。これはやばいかもしれないな」

 僕は自転車から降り、道路の真ん中で完全に迷ってしまった。おじいちゃんの家を目印に、その先にあるであろう神社を目指していたが、住宅街の中を走っているうちに目印を見失い、完全に迷ってしまった。このままだと家に帰ることもできないかもしれない。僕は少しだけ泣きそうになった。

「こっちから来たから……。次はこっちの方向に行ってみようかな。……ん?」

 自転車に跨り、方向転換するとそこには1匹の猫がいた。猫はじっとこちらのことを見つめており、動こうとしない。

「君も迷子なの?」

「にゃーん」

 僕が話かけると猫はプイッとそっぽを向いた。迷子ではないようだ。

 そのまま歩き始めたと思ったら再び振り返った。

「にゃーん」

 また一声鳴いて歩き始める。僕はなんだか呼ばれているような気がして猫の後をついていった。すると猫は時折振り返り、僕がついてきているのを確かめるようにしながら歩いていく。

 しばらく歩いていくと、住宅街からだんだん樹木が多くなり、少し街中から外れてきているのが分かった。

「あっ!」

 たくさんの大きな木に目を奪われていたら突然視界が開け、目の前に寂れた神社が合わられた。

「僕が道に迷ってたから連れれてきてくれたの?」

 猫に話しかけるが猫はこっちを見向きもせず、そのまま賽銭箱の裏まで行ってしまった。住処なのだろうか。

 僕も猫の後を追いかけ、賽銭箱の裏を覗いてみる。やはり猫の住処であるようで、丸くなって眠っていた。

「お主、そこで何をしている」

「わっ!」

 突然、後ろから声をかけられ、僕はびっくりして尻餅をついてしまった。

 振り返るとそこには、僕と同じぐらいの背丈の女の子か男の子か判別のつかない子供がいた。その子は不思議なことに頭には大きな耳が生えており、腰の辺りから大きくてふわふわとした尻尾が生えている。それはまるで狐のようだった。

「すごい、狐だ……」

「狐とはなんだ! そんな無礼な言い方するでない!」

 僕の言葉に狐の子は怒ってしまったようで、尻尾の毛が逆立ってる。

「ご、ごめんなさい」

「ふんっ。それで、お主はどこのどいつだ。何の目的でここまで来たんだ」

「僕はこの手紙を頼りに神社を探しに来ただけなんです!」

 僕は狐の子の剣幕に恐れながら持っていた手紙を差し出した。

「なんじゃこれは……」

 そう言いながら、狐の子は手紙を読み始めた。

「な、なんでこんなものが!? お主は誰なんじゃー!!」

 狐の子は手紙を読みながらみるみる顔が赤くなり、憤慨した。

「八彦ではないよな? 似ている気もするが気配が違うからな。何故この手紙を持っているんだ」

「八彦って人が誰かは知らないけど……。この手紙は僕のおじいちゃんの家にあったんだ。おじいちゃんに聞いたらおじいちゃんのおじいちゃんが持ってた手紙だって」

「なんだかおじいちゃんがいっぱい出てきてややこしいのぉ……。要するに、お主の先祖が持っていたってことだな」

 狐の子は少しばかり落ち着きを取り戻したようで、僕の話を聞いてくれた。

「僕はこの手紙が誰に向けたものだったのか知りたくてここまで来たんだ」

「そんなこと知って何か面白いのか?」

 狐の子は呆れている様子だ。

「面白いかどうかは分からないけど、この手紙が何なのか。分からないことがあったら気になると思わない? だからもし知ってることがあるなら教えてほしいんだ!」

「なるほどねぇ……」

 狐の子は手紙をひらひらさせている。

「別にこの手紙に大きな価値はない。ただの恋文みたいなものじゃ」

「恋文?」

「あー、ラブレターみたいものじゃな」

「ラブレター! 本当に? なんで知ってるの?」

「なんでも何もこれは妾が書いたものだからな」

「え! じゃあ、あなたがお稲荷様なの?」

「如何にも。というか今まで何だと思っていたのじゃ」

 そういうとお稲荷様は賽銭箱の上に行儀悪く座った。そんなことをしたら罰当たりなんじゃないかと思ったけど、祀られている本人がしているなら問題ないのかなとも思った。

「大昔に書いた恋文じゃ。結局渡せなかったものだけどな」

「渡せなかったの?」

「相手に渡せていないから今もここにあるんだろう。まぁ、こんなに時間が経って妾のところに返ってくるとは思わなかったがな」

 お稲荷様は昔を思い出す様に遠くを見つめながら少しずつ話をしてくれた。

「もう何十年も前の話だ。正直言って人間と同じ時間の感覚を持っているわけじゃないから正確な時間は分からないし、もっと多くの時間が経っているかもしれない。よく八彦と桜子とともにこの神社で遊ぶことも多かったんじゃ。その頃が一番楽しかったかもしれないのぉ」

 思い出を話すお稲荷様は優しい表情をしていた。きっと本当に大切な思い出なのだろう。

「でもそんなのも長く続かなかったな。その頃この辺りでは災害が酷くてな。村の大人たちは生贄を捧げて解決しようとした」

 ゲームとかで見かけたことがある気がする。でもそんなことが現実にあったということなんだろうか。

「生贄で災害が終わるなんてそんなことがあるわけがないのに、村人たちはそれを信じた。誰も生贄にするか。自分は嫌だ。お前の子供をやれだ。そんな見苦しい話ばかりだった。大人ばかりがそんな話をして子供たちは完全に蚊帳の外だった。八彦や桜子たちも何が起こってるかぼんやりと分かってるくらいで。いつもここに遊びに来ていた。自分も一緒に遊んでいたただそれだけだった」

 お稲荷様の表情が段々曇っていく。その瞳には悲しげな様子も見て取れた。

「ある日、生贄にするのが桜子だと決まった。桜子の家は貧しく、苦労していたからだった。生贄を差し出せばお金を工面すると村長に言われてもいたな。桜子本人はあまりよく分かっていなかった。この神社に遊びに来た時にそれとなく話を聞いただけだったからな。妾はここから出ることができないからお友達から伝え聞くことしかできないからな。だから妾は桜子を生贄から守るためにここに匿ってしまおうと思った。それでこの手紙だ」

 再び手紙を読み返しながら悲痛な表情を浮かべている。

「八彦に桜子に届けてもらうように頼んだ。手紙を読めばきっと来てくれると信じて。しかし、桜子はいつになっても来なかった。手紙が届かなかったからだろうな。桜子は生贄とされ、その後災害が収まったのかどうかは分からない」

「どうしてわからないの?」

「妾が外の世界の情報を耳に入れなかったからじゃ。まぁこの神社もそのままだし、八彦の子孫であろうお主も普通に過ごしているってことは災害は収まったってことなんだろうがな」

「そっかぁ」

「そんな話じゃ。面白みも何もなかっただろう。さぁ帰った帰った」

 お稲荷様は僕を手で追い払うようにして帰るように促した。

「た、確かに難しい話だったけど、きっとお稲荷様が助けようとしてたんだってどこかできっと伝わってるよ!」

 僕の言葉にお稲荷様は少し驚いたような顔をして、フッと笑みをこぼした。

「そうだな、伝わってるといいな。あの世で八彦が伝えてるかもしれないしの」

 


 話が終わるとお稲荷様は僕が家まで帰れるように僕のことを神社まで案内してくれた猫をまた道案内役として連れてきてくれたため、僕は迷わず家に帰ることができた。

 帰った翌日に翔兄ちゃんに会いに行き、手紙の真相、お稲荷様に会ったことを伝えたが、「夢でも見てたんじゃないか?」と言われ、信じてもらえなかった。確かに人から聞いた話としては現実味にかけており、僕も同じ話を人からされたら信じられないかもしれない。

 それから数日後、おじいちゃんが施設に入所するためお母さんと共におじいちゃんの家に行った。僕は手紙の話がまたできると思い、ワクワクしていた。しかし、おじいちゃんに会ったとき、そのワクワクは打ち消されてしまった。

「どこの坊ちゃんが来てくれたんだい?」

 その言葉に僕は驚いて何も言えなかった。お母さんは「今日は調子悪かったのね」と言って驚いている僕のことを気遣ってくれている様子だった。

 僕はおじいちゃんとろくに話すことなく施設に送った。施設は遠かったため、これからは会うことが難しくなるかもしれないとお母さんに言われた。

「いつか、いつもと同じおじいちゃんと話せるかな」

「……きっと話せるわよ。また会いに行きましょう」

 お母さんの口調からはもう話すことは難しいかもしれなかった。だけど僕はそのいつかが来ることを願って、絶対忘れないように、大事に大事に胸の中にしまっておこうと思った。

 小さな、不思議な冒険をした話を。






 時間が少し戻り、陽太が帰った後の神社。

「やっと帰ったか……」

 お稲荷様は陽太が神社の敷地から出たのを気配で確認し、やっと一息をついた。

 あまり思い出したくはない過去を思い出してしまった。あの時、桜子を救えなかった自分自身を腹立たしく思う。今更蒸し返しても仕方がないことなのに。

 また記憶の片隅に追いやるために今日はもうふて寝をしようと思ったその時、

「狐様はやっぱり色んな人を気づかっておられるんですね」

 その声に驚き、振り返る。後ろには女性が立っていた。この神社で、自分が気配を感じることができなかったのは何故だ。

「お主、誰じゃ……」

「ふふっ、誰でしょうね」

 問いかけに対し、女性は微笑みながら質問返しをしてくる。

 よくよくその女性を見ているとなんだか見覚えがあるような……。

「お、お主もしかして桜子か!」

「ピンポ~ン、正解です」

 幼い頃の面影を残す笑顔で桜子だとわかる。しかし、何故大人の姿なのか。

「驚くのも無理ないですよね。私が死んだのは子供の頃でしたし。でも会えてよかったです」

「どうして。いつから」

「何故も何時も正直わからないんですよ。目覚めたときのことはあやふやで。でも随分昔のことのように思えます。大きな桜の木の元で目覚めました。今は人の子ではないので桜子から桜と名乗るようになりました」

 桜の元へ近づくとふわりと桜の香りがした気がした。

「あの時、助けられなくてごめん」

「いいんですよ。またこうして会えて、狐様が私のことを忘れずに思ってくれているだけで私は幸せ者ですよ」

 そうやって微笑む桜はあの頃のまま変わらない無邪気なものだった。その笑顔を見ていると少しだけ救われたような気がして、自分の中にあった罪悪感がほんの少しだけど軽くなったような気がした。

 この記憶を思い出させてくれたあの少年にも感謝だな。



 その後、神社に訪れた人は季節外れの桜の花びらが散っているのを見たという。今日もまたお稲荷様の元へ桜さんが遊びに来ているのかもしれない。


                                            終

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