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日本編41 盤古乖開


一つの、大きな影がマーリンを、ひいては武陵源の一部を闇で覆い尽くしていた。「ほへー」と、マーリンは興味深そうに感嘆する。上を見上げれば、視界いっぱいに広がる肌色の塔。人は、振り上げられた脚をキチンと正面から見たことがあるだろうか。しかもこんなビックサイズで。


「なるほど、これが呪術か。興味深い、実に興味深いなぁ。概念礼装や聖遺物を使わずに、自らのエネルギーと思い込みでその身に英雄の力を宿すとは………!!」


「んだ、これこそが呪術『盤古乖開』!!我が中国の天地創造の神、その力を受けるがいい!!」


盤古、とは中国神話における天地創造の神であり、中国神話を代表する巨人だ。彼は『真・義和拳法』を極めた末に、その存在の末端ではあるが、自身の身に神を宿したのだ。


そして、その能力はもはや言うまでもなく巨人の力である。即ち、『巨大な身体』だ。


「マキシマム・アックス!!」


超巨大な脚が、斧のように振り落とされる。質量が増えているかは定かではないが、少なくともこれは分かる。『当たったらペチャンコや』。


「―――それがどうした。私には関係ない」


マーリンにとっては、大抵の攻撃は皆等しく『大したことない』。例え巨人の脚だろうが、月が落ちてこようが、正面から迎え撃つまで。


「さっき魔法は使わないと言ったな――」


マーリンはぐるぐるぐると腕を回し、ガッ!と踏み込んで、


「――あれは嘘だ。『悪魔の四肢(デビルズポイント)』」


空間に『穴』が開く。何も見えない闇の世界。そこに拳を突っ込む!すると、それに合わせるように今度は巨大な『穴』が開いて禍々しい巨人の、『悪魔の腕』が飛び出した。


ガンッッッッ!!!と巨人の脚と腕が激突する。


「何ぃぃぃぃ!?!?」


「受け止められるかな!!オラオラオラぁ!神ごときが悪魔に勝てると思うなよぉ!!」


グググググ!!と悪魔の腕が巨人の脚を押し返す。体制を崩した利子文は頭から地面へ落ちる。


「うおぉ!戻れ!!」


すると、シューーっと風船の空気が抜けるみたいに、利子文の脚は元のサイズに戻った。クルっと宙返りして地面に降り立つ。


「く、くく……!!やはり素晴らしいな魔法使いよ!このオレの『盤古乖開』を受け止めるどころか、押し返すとは!」


「いやー、それほどでもー」


「だが、これで終わりだと思うな!んだ!『盤古乖開』、両腕!!」


今度は腕を巨大化させる。先程の脚と比べるとサイズは小さめだが、それでも人間と比べると立派の巨人の腕だ。


「んだんだんだんだんだんだんだんだんだんだんだ!!!!」


某スタンドの如く、んだんだラッシュをその巨腕で繰り出した。一度振るうだけでも大損害なのに、それを容赦なく連打する。

ドンドンドンドガドガドン!!!と。世界遺産なんてお構いなしに破壊の限りを尽くす。マーリンはそれを『悪魔の四肢』で防ぐ。


「ちっ、連続攻撃は防ぎきれんぞ……」


『悪魔の四肢』は一度に複数の部位を出すことはできない。故に、巨大でしかも連続で攻撃を喰らえば腕が一本で防ぐには限界がある。


「けどさー、安直すぎて面白みがねぇーなぁー。もっとスマートに行こうぜ!!」


マーリンは防御に徹していた腕を放棄。足元に空いた『穴』に足を突っ込む。そして、悪魔の足をが利子文を上から叩きつけた。


「んだ!?」


「ほーら、高いたかーい」


「ぶべらっ!?」


そのままサッカーボールみたいに利子文を蹴り上げる。空へ舞い上がった利子文に追い打ちをかけるよう、マーリンは飛び上がって『穴』に拳を突っ込んだ。


「吹っ飛べ!」


バンッッ!!と利子文は殴り飛ばされる。石柱を何個も貫いて、時速百キロを超えたスピードで吹っ飛んでいく。


「まだだ、まだ終わらんよ。はいナイスキャッチ!」


「んだ!?何をす、うわぁぁぁぁ世界が回るぅぅぅ!?」


「戻ってこーい」


途中で悪魔の腕が吹っ飛ぶ利子文をキャッチし、ぐるぐるぐると回してぶん投げる。そして戻って来た利子文を、ハエ叩きのごとく悪魔の腕でぶっ叩く!!


ドカン!!と地面に小さなクレーターができた。


「ぐわー!!いってぇ!!んだんだ!?」


「うわ、マジか。めっちゃピンピンしてんじゃんお前。結構強めに殴ったつもりなんだけどなータフだなー」


「ふっはっはっはっは!我が筋肉はその程度では穿けん!もっと、もっとだ!!」


「なら、もっと強めのいっとくか!?」


「いいだろう!だがやられっぱなしというのも性に合わない。次はオレのターンだ!……貴様、さっきもっとスマートに行こうぜと言ったな。なら、今度は施行を変えていこう。んだ!」


「何……?」


「『盤古乖開』、変幻自在!んっっっ………」


構えて、ぐぐぐぐぐっと拳を溜める。溜めて溜めて溜めて溜めて、そして、


「だぁ!!」


バンッ!!とピストルのように発射した。ゴムのように伸びて高速でマーリンに向かっていく。


「伸びた!?どこの麦わら帽子の海賊だおめぇ!?」


「はっはぁ!これが呪術の、『真・義和拳法』の力ぁ!」


顔面に一直線で向かってくる拳を、首を曲げて避ける。


「だが、軌道さえ分かってれば避けやすいな。これならさっきのデカいやつの方がまだ、ぶへぇ!?」


見応えがある、と言いかけたところでマーリンの頬に衝撃が走った。へ吹っ飛んでいく。


「ぶは!ぺっ、ぺっ、何が起こったしんご!?!?」


「まだまだぁ!んだんだんだんだんだんだんだんだんだんだんだんだんだ!!!んだぁぁ!!」


何が起こったか分からないまま、んだんだラッシュを受け続けるマーリン。最後の一撃、マーリンは寸前でその腕を掴んで防御する。


「ちっ、舐めやがってこのちび、ぐべ」


「まだ足が残ってるからぁ!んだーだっだっだ!」


「ぺっ、ぺっ!!口に石が……気持ち悪い……。どういうカラクリだぁ?」


「もう一発ぅ!!」


利子文の拳が飛ぶ。それを体を反らして避けて……


「―――そこか」


マーリンは横からきた拳を薙ぎ払う。更に後ろ、下、斜め後ろからくる追撃も落としていく。背後を見ると、腕が途中で曲がっていた(・・・・・・)のだ。比喩ではない。マーリンが避けた後に、曲げて軌道を変化させていたのだ。


「中々面白い攻撃だが、タネが分かっちまえば避けるのも捌くのも簡単だ」


「なら、これはどうだっ!!」


同時に2つの拳が翼の生えた蛇のように飛ぶ。本気を出したのか、速度がさっきの比ではない。避けても避けても追撃が来て、腕の軌道が曲がる事に速度と威力が増していく。


「ちょ、これは、厳しい……」


もう避けるスペースがない。ここはもう上に飛ぶしか……と頭上を見上げたその時だった。再びマーリンを大きな影が覆い尽くす。


「ふっはっはっはっは!!その腕は貴様を拘束する縄よ!そして、この攻撃を当てるための囮!」


「ちっ!!『悪魔の


「させない!!」


『穴』に突っ込もうとする拳を、利子文の伸びた腕がパチン!と弾く。他の魔法を使うよりも速く、高速で動き回る拳に邪魔される。


「ふはははははは!!潰れろぉ!!」


「待て待て待て待て………!?」


遂にその巨人の脚が振り落とされる。防ぐ術はない。何もできぬまま、文字通り踏み潰される。ドガガガガガガ!!!!と石柱が吹っ飛び、大地が悲鳴を挙げた。マーリンは岩の山に押しつぶされ、溺れ死ぬ


残ったのは瓦礫の山と、その頂に達成感に満ちた利子文の姿しかなかった。ふぅ、と一息つき勝利の余韻に浸る。


「勝っっったぁ!!んだ、んだ、んだ!!またしても強敵を超えてしまった……!!兄者達に自慢しよう」


まぁ、あの二人なら勝って当然だと言うかもしれないが。ヒリヒリと痛む身体を撫でながら利子文はそう思った。はっはっはっはと高らかに笑うが、利子文が受けたダメージは相当なものだ。


そもそも、あのマーリンを相手にしている時点で大打撃は当たり前だ。利子文はそれを勝負が終わってから理解した。


「マーリン、貴様は素晴らしい戦士だった。今回ばかりは本当に死ぬかと思ったぞ。魔法使いってすげーなー……んだんだ」


武を極める者として、戦士にはそれ相応の敬意を払う。それは利子文、いや一戦士として当然のマナーだ。


「にしても、マーリン……マーリンか……なーんか聞いたことあるような気が。あの『箱』をくれた怪しげなオッサンがんなことを言ってたような………」


「―――ほう、じゃあその怪しげなおっさんについて教えて貰おうじゃないか」


「!?!?」


ガゴンッ!!と瓦礫の山から一本の腕が地面を突き破って這い出てくる。利子文は猫のように飛び上がり、咄嗟に距離を離した。


全身が震えている。冷や汗が止まらない。あり得ない、あり得ないと利子文は呟く。彼は初めて、心の底からの恐怖を感じようとしている。


「よっこらせ、とな。やれやれ、一時はどうなるかと思ったが、ちょっと骨が折れる程度ですんだな」


「…………………」


「ん?どうした。いつもみたいに素晴らしいとか、言ってくれないの?ほれほれ、別に言ってもバチは当たらないぞ?」


「……な、何者だ貴様。『盤古乖開』に直撃し、こんな瓦礫の山に埋もれておいて、何故無事なんだお前はぁ!!!???」


「そりゃあ、私が最強だからさ。それ以外に答えなんてあるか?」


「な、なな、なん…………」


利子文は久しく感じなかった『未知』への恐怖が、身体のそこから溢れ出た。あれは、人とおんなじ姿をしているだけの化け物だ。生物としての格が違うのだ。それをあらゆる器官で感じ取った。


「なぁなぁ」


「!?」


「お前のしん・ぎわなんちゃらって今ので終わり?もっと他にないの?弟子の育成の参考にしたいんだけど……」


「お前、何を言っているんだ……!?この化け物がぁ!!」


拳が砕けるほど握りしめて、今すぐにでもこの未知の化け物を排除しようと飛び掛かる。だがそれが成すことはなかった。動かない。身体がピクリとも言わないのだ。


「お前、何をして………!?」


「んーなんかもうなさそうだな。飽きた。もう十分だよ。じゃあこっからは手加減・・・は無しで行くか、軽いストレス発散にはなってくれるよな?」


キヒッと邪悪な笑みを浮かべ、白い魔女は歩き出す。そこに武人としてのリスペクトとかは皆無だ。弱者をいたぶるのは強者の特権。


「安心しろ、殺しはしないからさ☆」


どこも信用できない言葉を嘯いた。









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