日本編27 不良共よ、永遠に
凩視点
「すぅぅぅぅ、はぁぁぁぁ」
冬の北海道の冷たい空気を肺に送り込む。冷気が全身を硬直させ、身も心も引き締める。滝行とかする人って、そういう目的でやってるのかしら。
「で、如月さんはなんでそんなダルマみたいになってるのかしら?」
「寒いんですよ………!!川の近くだからか知らないけど余計寒い……。なんで凩さんはそんな薄着で平気でいられるんですか」
如月さんは上に2、3枚くらい上衣を羽織りニット帽も被って熱出た人みたいになってる。せっかく引き締めた緊張感も緩んでしまいそうだ。
私達がいるのは例の河川敷。そして今から行われるはリベンジマッチ。今度こそ悪霊、鉄釘郷太を成仏させる。私が納得する形で。例え彼が納得しなくても、納得するまで捻じ伏せてやる。その覚悟だ。
如月さんの後輩が着々と準備を進めている。本当に何者なのけしら彼女………いや彼だっけ?見た目が女の子にしか見えないから分かりにくい。準備が終わったのか、「準備できたっスー」とOKサインを出す。
「すぅぅぅぅ、はぁぁぁぁ」
もう一度深く深呼吸する。大丈夫。策は練った、装備は整えた、覚悟は決めた、なら行くしかないだろう。パンパンと両頬を叩き気合いを注入する。
「凩さん、頑張ってください」
「―――えぇ、ありがとう」
ダルマになった如月さんがエールをくれる。応援してくれる人だっているんだ、絶対に失敗しない。今この場にいない荒木の為にも。
「じゃあいくっスよ。はぁぁぁぁ、降!霊!」
「―――――」
黒いモヤモヤが彼(彼女?)の全身を包み込む。禍々しい煙の出現と共に、眠りし悪霊が呼び起こされる。それは降霊術を使った者の肉体へ侵入し、遂にこの世に顕界した。
「ん、あぁ………。よぉ、小嵐。俺を呼んだってこたぁ腹括ったってことで良いんだよな」
「―――鉄釘」
ゴキゴキと首を鳴らし、目が合った傍から威圧感を放ってくる。負けじと私も睨み返した。
「はっ。まぁ前よりは幾分マシな目ぇしてやがる。………だが、その格好はなんだ?前の昔の格好はどうした」
鉄釘が不可解そうに首を傾げる。それもそのはず、今の私は前のように昔の格好はしていない。その全てを取っ払っている。
太ももの真ん中辺りまであるグレーのタートルネック。足は黒のストッキングをはき、いつも通りの眼鏡と髪は割と時間をかけてセットしてきた。
まるで今からデートがある女の子だ。到底、ゴリゴリの不良と決闘しに行く格好とは思えない。けど、これでいい。
「これが今の私よ。こういう格好が好きなの、女の子っぽい。メイクとか、アクセサリーとか、服とか集めるの好きよ。スイーツ食べに行ったりとか、ファション雑誌読んだりとか、たまにヨガとかしたりするのも好きよ」
「………何言ってんだ、テメェ」
ぴきぴきっと鉄釘の額に血管が浮かぶ。けど私は構わず言い放つ。
「私は、昔の私が嫌いよ。毎日ケンカばっかりして、誰かを傷つけて、それを楽しんで、誇りに思って。大切な身近な人が心配してくれてるってことも知らずに。…………けど、それも含めて今の私がある。過去を受け入れる、否定もしない、その上で今を肯定する、今を尊重し続けるわ」
「―――つまり何が言いてぇんだ」
「そうね……強いて言うなら、『あるがままを受け入れた』ってとこかしら。あんたに勝つのに闘争心なんていらないわ。今の私を全力でぶつける。あんたが納得しなくても、無理矢理納得させてみせるわ。―――もう、迷わない」
「そうかよ………なら、かかってこい。そんな温い考えでオレに勝てると思ってんならなぁッッ!!!」
鉄釘が刀のように腰に携えたバットを一本引き抜く。リベンジマッチが始まる。
#######
ドンッッ!!と鉄釘が地面を砕く勢いで踏み込み、突進する。まるで闘牛のようで、一歩一歩と走り出す度に空を切る音がする。私は即座に構えに入った。
「―――ぬ」
鉄釘が一瞬眉をひそめた。相変わらず鋭い奴だと、心の中で憎み愚痴と賞賛を送る。その理由は私の構えにある。いつもの構えとは明らかに違う力の入れ方。
一日練習しただけで上手く出来るかは分からないけど、やるしかない。
「ウオオオオオ!!」
「ふんッッ!!」
「なに!?」
振りかざされたバットを、まるで水のように軽やかな動きで捌く。初めての感覚に、鉄釘は対応が追い付かない。その隙に私は攻撃を開始する。彼は咄嗟に防御に移行したが、遅い。
掌底。顎にいいのが一発。
「ウゴッ!?」
「はぁ!たぁ!とぅあ!」
怯んだ隙に、続けて首、肩、腰に膝窩。左右から攻撃をしていき、反動をゼロにして空中に固定する。そして、左斜め四十五度の軌道で顔面に、ドンッッ!!
「はぁ!!」
「グォッ!?」
鉄釘の体が空中できりもみ回転。ガラ空きの腹に狙いを定め、針のような足蹴りを射し込む。ノーバウンドで20メートル程吹っ飛んでいった。
「ふぅ………初手は私が有利みたいね」
「ん、あぁ………。チクショウ効いたぜ、今の。だがまだ熟練度が足りないように見える。まるでさっき覚えてきましたって感じの付け焼き刃………なんだその攻撃は?」
「言ったでしょう、今の私を全力でぶつけるって。昔のパワーとスピード任せの戦い方じゃ勝てない。だから色々と工夫を凝らしてるのよ。例えばこんな風、に!!」
私は真下の小石をつま先で上まで蹴り上げ、サッカーボールみたいに鉄釘に放つ。プロ野球選手の投球ほどの速度で20メートル先の彼に一直線。だが、
「必殺!バット一刀流『燕返し』!!」
簡単にバットで弾き返されてしまった。石は火花を散らしながら天高く吹っ飛んでいく。
「はっ!なんだ次は野球か?こんなの攻撃とは言わ……」
「まだまだいくわよ。うりゃりゃりゃりゃりゃ!!」
「は?ちょ、チィッ!」
両手一杯の小石を空中に散らし、それを一つ一つ撃ち漏らさず蹴り投げる。小石とは言え、当たったらひとたまりも無い弾丸の数々が鉄釘を襲う。
カカカカカカカンッ!!とそれを全て打ち返す。いや、打ち返すというよりは打ち砕いているか。粉状になって散漫するのが見える。
「けど、まだまだっ!」
「ふんッ!はっ!たぁ!………おい小嵐!舐めた攻撃ばっかしてんじゃねぇ、もっと突っ込んでこい!!」
「なら、お望み通り近づいてやるわ」
「ッッ!?」
(こいつ、いつの間にこんな近くまで………。石は囮!オレの注意を逸らせつつ近づくためのものに過ぎなかった!!)
「おりゃあ!!」
「させるか!!」
ガゴン!!と鉄拳と鉄棒がぶつかり合う。放った拳は寸前でガードされ、ピリピリとして痛みが腕全体に駆け巡った。押し返されもしないが、押し返せる程のパワーは無かった。一旦ここは下がって………
と、その時だった。鉄棒はバットで私の拳を受け止めたまま、腰に携えたもう一本の方のバットに手を伸ばす。
「―――バット一刀流居合、」
「な、ヤバ………」
「『バッティングスラッシュ』!!」
ドッッッッ!!と、一閃。
凄まじい速度とパワーで放たれた居合切りは、もはやバットの領域を越えて一本の太刀に。斬撃と打撃を同時にくらい、血を吹き出しながら吹っ飛ぶ。
「いったぁ………!!!」
「はっ………少しヒヤッとしたぜ。なるほど、確かに昔のお前じゃ考えられない戦法だ。それが今のお前のやり方って訳か」
「――――抜いたわね、もう一本を」
「…………ふん」
鉄釘が『棍棒阿修羅』と呼ばれる由縁はそのバットの二刀流にある。雑魚相手にはバット一本で相手をする。だが鉄釘が強者と認めた相手には2本のバットを使い、その凄まじいバット捌きはまるで6本の腕を持った阿修羅。
つまり、本気を出したと言うわけである。ここからが本番だ。
「いいぜ、本気を出してやる。だが、その戦い方でオレのバット二刀流を相手に出来ると思うなよ」
(来るっ!!)
身を凝縮させる殺気を肌で感じる。私の目には奴の顔が鬼のように見える。姿勢を低くし、脚の筋肉をギュッ、ギュッと膨張させると………
「必殺!バット二刀流『アクロバティッング』!!」
一瞬でその姿を消した。次の瞬間、右斜め後ろから攻撃が襲いかかる。
「はっ!」
咄嗟に反応して受け流した。だが一秒も叩く内に今度は左から攻撃が飛んでくる。今度はそっち、次はあっち。四方八方から目にも留まらぬ攻撃が繰り出される。
『アクロバティックング』。この技には聞き覚えがある。鉄釘独自のステップを使い、あらゆる角度からヒットアンドアウェイを繰り返さす大技。
鉄釘は、その強大なパワーこそ印象に残りがちだが彼はフィジカル面において全てが優れている。攻撃力、スピード、防御力、精密動作性、その全てが常人の域を脱している。
そこに彼のバット技術と、珍妙なステップを使い分ける事によってあらゆる角度からのヒットアンドアウェイを可能としている。
「はぁ!たぁ!とっ!………ぐっ!?」
ゴキン!と。受け流そうとした手から鈍い音がする。指がやられた。反応するだけでも手一杯なのに、慣れてない受け流しが正確に出来るわけない。
反撃しようとしても、次の瞬間にはもう手に届く範囲にはいない。どんどんどんどんスピードも上がっていき、受け流しも出来なくなっていく。一方的な蹂躙が始まる。
「くっ、うっ、が!?」
肩、二の腕、二の腕、胸、背中。体の節々が次々と悲鳴をあげていく。
「―――今だ!!バット二刀流奥義、」
(やば……マズイ!!??)
鉄釘は2本のバットをバッテンにクロスし、今度はステップを使わずただ突進してくる。
回避は不可能、受け流しはもっと無理。ならここは耐えるしか、ない!!!
「『十文字サザンクロス』!!!」
#######
―――あれ?ここは………どこだろう?頭がゴツゴツして痛い。指がへし折れてるような気がする。というか全体的に痛い。主に胸辺りが。確実に肋の何本かは逝ってる。
あ、いや、思い出してきた………確か私は鉄釘と決闘を………。あ、やば。今私どのくらい気絶してた!?
「――――なぁ、小嵐」
「て、鉄釘?」
鉄釘が私を見下ろしてた。追撃するでもなく、かと言って矛を収めるでもなく、彼は倒れる私に問いかけてきた。
「お前、不良辞めてからどうだった?」
「…………………は?」
「不良を辞めてから、どんな生活を送ってきたんだって聞いてんだ。オレが死んだのは最近だからな、その前の、お前がどうやって不良から脱したのかが知りたい」
「…………急に何よ、気味悪いわね」
「いいから話せ」
「………………………」
彼の唐突な質問に頭を抱えたが、それでも私は一つ一つあの日からの出来事を話していった。まず頑張って口調を普通にしようとしたこと。最初は一分話すだけでも疲れたが、徐々に慣れていって、素の状態でも普通に話せるようになったこと。
服装に気をつけて、ファション雑誌とか読み漁ったり荒木と一緒に初めての女の子らしい服を買ったこと。
真面目そうに見せるためにだて眼鏡を買って、荒木に笑われたこと。ボランティア活動とかに参加してみて、どっと疲れたこと。勉強を頑張ったこと、友達と遊びに行ったこと、家族と一緒にご飯を食べたこと。
鉄釘は何を言うでもなく黙って聞いていた。けど、その目はどこか悲しげで、羨ましそうにも見えた。そして実感した。あぁ、彼は死んでしまったんだなと。
こうして目の前にいて、殴り合いをしてる真っ最中だけど、彼は既に死んでいるのだ。多分、残してきた家族とか友人とかのことを気にかけているのだと思う。
彼はだって人間だ。不良だからって自分が死んだことをそう簡単に受け止めれる訳ない。若くして死んで、あったかもしれない未来も全て打ち砕かれたことを知ったまま悪霊としてこの世を彷徨っている。
「なぁ、小嵐。お前は変われたんだな」
「えぇ、変わったわ」
「もしオレが生きてたらよぉ、………普通にお前と友達になってた未来も、あったかもな」
「…………えぇ、そうかもしれないわね」
「――――――」
「――――――」
「「よし、試合続行だ!!!」」
########
「フッシャァァァァァァァァァッッ!!!!」
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
鉄棒と鉄棒が火花を散らし、金属音を響かせ一つの即興曲を奏でる。鉄釘は2本のバットを連続で叩き込み、私もまた拳の連打で対応する。
ドンッッ!!と互いに強烈な一撃を叩き込んだ後、揃って一歩下がる。一歩は一歩でも、5、6メートルほどだが。
「………………」
「………………」
さてここからどう攻めるか………。と、考えてる内に先手を打たれた。鉄釘は高く、10メートルはありそうな高さまで一蹴りで跳躍し、正面にバットを突き出す。
「バット二刀流『流星棍棒突き』!!」
そのまま技名通り流星の如く落下し、こちらに向かってくる。恐らく喰らえば風穴が空きそうだが、向かってくる方向とタイミングがバレバレな攻撃なら躱せ………
「なっ!?」
一瞬思考が停止した。なんと、奴は空中でさらに加速したのだ。重力に引っ張られるだけじゃなく、さらに空中を蹴ったのだ。
どんな六式だとツッコミたいがこのままだとマズイ!
「うおおおおおお!?!?」
ドカァァァン!!!
地が爆裂した。破壊と轟音を撒き散らし、着地点には小さなクレーターが出来ている。あれを喰らっていたらと考えると肝が冷える…………
「あ、危なかったわ………」
「―――っは。まだまだここからだぜ」
「え?」
鉄釘は地面に固く突き刺さったバットを、グゥゥゥゥゥっと力一杯引き上げる。グリップよりも先は、まるで木の棒の周りについたアイスみたいに硬い土が纏わり付いてる。
「いや、そうはならないでしょ!?」
「なってるんだなぁ!!バット二刀流『大撃棍』!!!」
巨人の金棒を軽々と振るう。その圧倒感、想像も出来ない破壊力。回避できるか!?
「―――いや、ここは、突っ込むわ!!!」
「させるか!!」
防御しても回避しても喰らうのならば、あえて突っ込む。その巨大さ故に小回りは利いた攻撃は出来ないはずだ。その隙を掻い潜って………
「オッッッラァァァ!!!!」
左右から薙ぎ払いが来る。ただでさえ暗い視界が、巨大棍棒のせいで余計暗くなった。
高く跳んでもいいが、恐らく滞空中に体勢を整えられる。ここは最高速度で振り切るしかない!
「はぁぁぁぁぁぁ!!!」
プレスされる寸前で鉄釘の懐に入り、通り過ぎる。ガラ空きになったその背中に狙いを定めて、回し蹴りをぶち込―――
「ふんぬっ!!」
「―――は?」
(棍棒同士を衝突させて、土の装甲を壊した!?)
巨大さ故の機動力の無さ。だがそれがなくなってしまえば、鉄釘ならこの程度の距離対応出来てしまう。
ガゴンッッ!!と鈍い音がなった。受け止められてしまった。
「っは!!」
「あんた、そろそろ私にも攻撃させなさいよ!!このデタラメ人間!!」
「攻撃させろと言われてさせる馬鹿がいるか。バット二刀流『蟷螂大車輪』!!」
「くっ………!!」
さっきから全然攻撃を当てれてない。悉く対応され、反撃を喰らう。このままじゃ拉致が開かない。次で反撃の一手を………
「バット二刀流『ドリルライナー』!!!」
鉄釘はグルグルグルと高速で回転し、駒のようになりこちらに向かってくる。まるで竜巻だ。一見強力に見える攻撃だが、
(………真上ガラ空きじゃない)
高く跳躍し、鉄釘の真上に。そのまま落下して………
「バット二刀流『バットルネード』」
「は?」
鉄釘は回転しながらキキーッと急ブレーキをかけ停止する。大気を巻き込むようにバットを振り、文字通り竜巻を彼を中心に生み出した。
凄まじい風の圧は重力をも押し返し、私を跳ね返した。ゴンッ!と河川敷の石に背中をド派手に打ち付ける。
「ゲホッゲホッ、がはっ!?」
「これが即興で思いついたコンボ技………相手を上に誘い込んでから真上に攻撃を放つ……っは、悪くない」
「名前がダサい以外は、ね………。ケホッケホッ、いっつ………」
「はぁ?ダサい、だと?何言っているのかさっぱりだな。どう見てもカッコイイだろうが!逆にお前はなんで技名を考えな――――あ?」
ポロッと、鉄釘の口から何かがこぼれ落ちた。
そのまま地面へ落下して、カッと音を立てて石にぶつかる。白い、指先でコロコロ転がせそうなサイズ。
歯だ。歯が、血とともに抜け落ちる。ついでに鼻血も出た。まるで顔面にデカイ一撃をぶち込まれたかのように。
「『超波動フルスイング』……だったかしら?なら、これに技名をつけるとしたら『超波動拳』と言ったところかしら?」
「テメェ、まさか素手で衝撃波を………。プッ、パクってんじゃねぇよ」
そう言って口から血の塊を吐き捨てる鉄釘。
先程の、鉄釘の真上に来たとき。吹き飛ばされる前に力一杯拳を振るい、そこから生じた衝撃波を鉄釘の顔面に喰らわせてやった。
「ご丁寧に上を向いててくれたから当てやすかったわよ。ただじゃ喰らわないわ」
「ちっ………名前がダサい、付け直しだ!!」
「あんたのよりは、マシよっ!!」
バドンっ!!と。
拳とバット、二つから放たれる衝撃波が二人の間で相殺する。端から見たらその場で殴りつけたり素振りしてるように見えるだろうが、我々は至って真面目だ。この間に入れば並の人間なら数秒でグチャグチャになる。
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「オラァァァァァァァァァァァァァ!!―――ぐっ!?」
「素手とバットじゃ手数が違うわよ!相殺しきれるかしら!!」
「ぐっ、ぶっ!?クソ、ガッァ!!」
少しずつだが、確実に攻撃を受けている。
これ以上はマズイと感じた鉄釘がバットをクロスさせ防御の態勢にはいる。
「けど、続ける!!」
「くっ………!!」
ドドドドドドドドンッッッ!!!と。
私の両腕がガトリング砲になる。腕の筋肉ははもう既に限界に達しているが、それでも一心不乱に撃ち続ける。たとえ鉄釘が防御しても関係ない、それならそのままそれをへし折ってやる。
ベコン、ベコンとバットの側面が凹む音がした。デタラメな攻撃の数々により、酷使されてきたバットが遂に悲鳴をあげる。
今だッッ!!
「うおおおおおお!!!」
直後、私はロケットのように飛び出した。一瞬で鉄釘の懐に潜り込む。だが彼はそれにちゃんと反応した。私の動きに合わせてバットを振り上げる。
「バットが凹んだ程度で、オレをどうにかできると思ったかぁ!?」
「ええ、出来るわ!!」
「何!?」
「だいぶ火力が落ちてるわよ。簡単に受け流せるくらいには、ねぇっ!!」
「ぐっ―――!?!」
一撃。腹に拳をぶち当てる。疲弊した鉄釘には中々キツい一撃を食らわせてやっと、そう思った。だが………
「手応えが………ない?」
「――――お前もだいぶ火力が落ちてん、ぞっ!!」
「かふっ―――!!」
彼の額が同じく額に打ち付けられる。単純な頭突きだが、彼の頭は鋼よりも硬い。チョロチョロと血が滴った。
どうやら私の腕も、本当に限界が来ていたらしい。少なくとも反動で手が痺れるくらいには弱ってる。私は素手、に対しあちらは弱体化したとは言え武器を持っている。
鉄釘はいついかなる時もバットを離さない。バットで戦う事こそが彼のジンクスなのだ。たとえ使い物にならなくなったって手放さない。
………そう、思っていたが。
「え?」
彼は両手に握ったバットをあっさり投げ捨てた。予想外の行動に困惑が顔に出る。
「………それは舐めプかしら?」
「んいや、違う。こいつで戦ってたらお前には勝てねぇ………そう判断した。オレだって、死んだ霊だって変われるだぜ……?お前みたいに」
「――――そう。分かったわ。なら最後は純粋な殴り合いといきましょう!!!」
「上等!!!」
拳と拳とが交差する。ドッッッッ!!と鈍い音が二つ。両者の顔面に拳が打ち込まれる。が、倒れない。私達は獣のように雄叫びをあげながら激突する。
「ぬん!」
「ふん!」
「なぁ、小嵐!!」
「なに、よぉ!!」
「――――楽しい、なぁ!!」
「――――私はちっとも楽しく、ないわよ!馬鹿!!」
「オレは、ずっと、こうやって、心地良く、ケンカしたかった!!お前とぉ!!」
「そう、それは、良かったわ、ねぇ!」
激突。よろりと、二人とも一歩下がる。互いに相手を見合った。彼の顔はボロボロで、歯が抜けたり額から血を流している。力強く握られた拳は、その実ゆるゆるで。脚は立っているだけで震えている。
だが、笑っていた。生前では一度も見せなかったような清々しい笑顔だ。どうして、どうしてそんなボロボロになるまで私に拘るのか。ただ決着をつけたい、それだけの理由じゃない何かが――――
「何故、かしら」
「―――――さぁな。オレぁケンカしか出来ねぇ不器用なやつだからこんなんになっちまったけどよ。多分、オレはただお前と純粋に」
「―――――友達になりたかったのかもしんねぇ」
「――――馬鹿ね、あんた」
そう、誰にも聞こえないように呟いた。
「さぁ、これが最後の攻撃、決着の一撃だ!!死ぬ気で来い、小嵐ィィィィィィィィィィィィィィ!!!バット無刀流―――」
「すぅぅぅぅぅ、はぁぁぁぁ。―――よし」
構えた。手は手刀の形だ。指先に残った力を注ぎ込む。待つ、ただ待ち構える。全神経にありったけの集中力を注ぎ込む。
友達になりたかったのかもしれない。
何故彼がそう思ったのか―――。同類が欲しかったのか、はたまた私のどこかに惚れ込んでいたのか。真相は彼のみぞ知る。
………が、そこは今はどうでもいい。彼は自分の気持ちを話してくれた、なら私もそれに全力で応えるだけ。気持ちは言った。なら、今度は体で誠意と覚悟と。
――――敬意。
「『棍棒釘鉄拳』ッッッ!!!!!」
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」
刹那、交差する。
鉄釘は突っ込み、私はそれに合わせるように動いた。ゴギッ、バギッ、ガギィ!!て全身から嫌な音がする。
「……………ふっ、小嵐」
「………………」
「お前の、勝ちだ」
「……………っ、鉄釘!」
振り向いた時には、もう彼の姿はどこにもなかった。胸から血を吹き出しながら気絶する如月さんの後輩がいただけだった。
あぁ、終わったのだな。そう思うと突然足腰に力が入らなくなった。意識はとうに闇の底。如月さんが駆け寄っていてるが、彼女がこちらに来る頃には私も眠りに落ちるだろう。
ただ、最後に一言だけ。彼に伝えたかった。
「さようなら………ありがとう…………」
こうして私の睡眠不足は解消されたのだった。




