日本編26 振り返った日々
凩視点
気がつけば時計の針は昼の12時を過ぎていた。一分くらい経ってから、完全に学校遅刻した、と悟った。優等生の私が、無断遅刻なんてあってはならない。ましてや無断欠席などもってのほかだ。
午後からでもいいから授業に出なくては。
そう思ってベッドから出ようとする。けど、動かない。動けない。すると、全身がピキピキと悲鳴をあげているのに気付いた。痛い………めっちゃ痛い。
痛みが全身に駆け巡った瞬間、私は昨夜の事を思い出した。負けた………完全に、完膚なきまでに敗北した。いや、もはやあれは勝負ですらない。以前の私なら、あんな腑抜けた戦いは絶対しなかっただろう。
「はぁ…………」
別に悔しい訳じゃない。悲しい訳でもないない。ただ、憂いているのだ。なんでこんなことしなくちゃいけないのだろう。何故彼と戦わなくちゃいけないんだ。
そんなことは分かってる。彼を倒さないと私の生活に支障が出るからだ。でも、それだけじゃ駄目だ。もっと何か、彼と真正面に向け合えるような理由がなければ決して鉄釘には勝てない。
「あ、学校…………」
ベッドの上で十分ほど悩んだ結果、私は二度寝という名のふて寝に徹した。
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時刻は夕方の5時半らへん。夕方と言っても、もうになるので既に真っ暗なのだが。数時間ほど寝た後、私は外へ飛び出していた。
昔から持ってるマフラーを首に巻いて、凍える寒さの中歩く。向かう先は懐かしい場所。不良時代、舎弟達と一緒に毎日はしゃいでた空き地だ。家から20分ほど歩けばすぐにつく。
彼らは今どうしてるだろうか。私が不良を辞めてからどうなっただろうか。まだ懲りずに誰かに喧嘩売っては、腰抜け発動して逃げ回ってるのだろうか。
ふと、彼らとの日常が走馬灯のように蘇る。
くだらない遊びで盛り上がったり、何かと競争してはジュースを奢ったり奢られたり(基本的に私の圧勝だったけど)、モ○ハンやったり、一緒にアニメ見たりらたまに勉強会開いたり、稽古をつけてやったりもした。
「懐かしい…………」
そうポツリと呟くと、既に例の空き地の目の前まで来てた。この時間帯は、ちょうど彼らが集まる時間帯だ。きっといるはずだ。ガサゴソと物音や話し声が聞こえる。
ちょっと緊張するな。なんて声かければいいかな………。
私は深呼吸をしてから、ヒョイと飛び出していた気さくに挨拶した。
「よ、よぉ。久しぶりだなお前…………ら……」
「あぁ?誰だテメェ?」
「……………………………………………………」
そこにいたのは全く知らない他人だった。確かに不良っぽくはあったが、私の知ってる彼らとは顔も体格も違う。見た感じ中学生だ。
「ふっ」
苦笑してしまった。そうだ、そうだよな。今は彼らだって私と同じ高校生なのだ。いい歳して不良みたいなことしてる方がおかしい。彼らも、私が知らない内に大人になっていたのだ。
すっかり使われなくなった空き地は、別の誰かに引き継がれる。ただそれだけなのだ。
期待してた自分が馬鹿みたいだ。
「何笑ってんだテメェ。悪いけどここは俺達ん場所だからよ、帰ってくんねぇかな。それとも、俺達と一緒に楽しいことでもしてくれんのかな?」
下卑ついた笑みと手の動きがいやらしい。まぁ思春期だものね、そういうことに興味深々なのね。
「ええ。じゃあ楽しいことしましょうか」
「へへ………え?まじ、ちょ、え?」
「ただし…………拳でね?」
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「はぁ………何をしてるのよ、私は」
気がつけば時刻は深夜の1時を過ぎた。今、私は不良の亡骸で出来た大地の上に立っている。どうしてこうなった………むしゃくしゃしていたのかもしれない。
鉄釘に言われた事を思い出した。今のお前には闘争心が無い、と。誰であろうとなぎ倒し、目に映る敵全てを殴り倒す。嵐のように暴れ、嵐のように過ぎ去りまた他の場所を目指す。そんな不良『小嵐』が持っていた狂った闘争心は今はすっかり無くなってしまった。
だから私は手当たり次第不良がいそうなスポットを練り歩き、得物を見つけては勝負を吹っかけた。戦いを続けていれば、あの日の闘争心にまた火がつくんじゃないかと願って。
最初は誰も相手にしてくれなかったが、一人ぶっ飛ばしてやると簡単に向かってきた。
それを何度も繰り返していると、不良狩りをしているヤバい女がいる、という情報が各地に出回ったのか最初から私を待っている奴もいた。
最終的には大量の不良が一致団結して押し寄せ、全員返り討ちにし今に至る。
「はぁぁぁぁ………何が闘争心よ。ただ虚しいだけじゃない」
結局闘争心に火はつかなかった。残ったのは虚無感と無意味な検証に付き合わされた不良達への罪悪感だけだ。何も楽しくなんかない。後でお詫びとして高いお菓子でも置いとこう。
適当な書き置きだけ残してその場を去る。足が重い。ただでさえ昨日久しぶりに派手な運動をして筋肉痛だってのいうのに、一日中歩き回って殴り倒してで肉体も精神もクタクタだ。
もう帰って寝よう。これくらい疲れていれば、久しぶりに熟睡出来るだろう。あのパリピ幽霊達が騒がなければの話だが。
「ふぅ。少し、休憩」
けど疲れすぎた。家に辿り着く前に限界が来る。私は近くの公園に入り、ドスンと倒れ込むようにベンチに座った。
誰もいない。走る車の音さえ、この時間帯になれば少ない。聞こえるのは電灯がパチパチと鳴らす音だけ。これはこれで乙なものだ。あまりにも静か過ぎて、このまま寝てしまいそうになる。
「…………ねむ、い」
こくん、こくんと鹿おどしのように私の頭が揺れ始める。瞼がだんだん重くなっていき、意識も視界も真っ暗な世界へと―――――
「チョイチョイチョイ!凩寝るな起きろ!こんなところで寝たら凍死するぞ!」
「――――あ、らき?」
「そうだよ。何してるのさ、こんな時間に」
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「…………へくち」
「ほーらいわんこっちゃない。あんな薄着でいたら風邪引くに決まってるでしょ。はい、コーヒー」
「…………甘いのじゃなきゃやだ」
「ワガママか!砂糖入れろ!」
そう言ってシュガースティックをくれる荒木。開封して、シャーと真っ黒い液体へと流し込む。甘くて良い匂いが漂ってきた。コップに口をつける。
「アチっ」
「そりゃ淹れたてだし。なんか随分と弱ってるね、凩らしくない。何かあったの?こんな時間にあんなところにいたのも訳あるんでしょ?学校にも来なかったしさ」
荒木は茶色い髪を揺らして私の隣に座る。なんだかとても安心する。
「………荒木にとって、私らしいってどんなの?いつも夜遊びとケンカばっかしてて男勝りな私?それとも真面目で頼れる眼鏡お姉さんな私?」
「自分で真面目で頼れる言うな………。んーそうだねぇ、なんでそんな質問するのか知らないけど、私に言わせればどうでもいい、かな?」
「どうでもいい?」
「だって、どっちも凩じゃん。男勝りな凩も、お姉さんな凩も、どっちも同じ凩だよ。ケンカはあまりして欲しくないけどね」
荒木は屈託のない笑顔でそう言った。彼女にとっては私の黒い過去も、作った偽りの今もさして変わらず『私』らしい。少々複雑な気持ちだが、それを聞いてなんだかとても嬉しくなった。久しぶりに肯定された気がした。
そのせいか、私は先日の悩みを愚痴のように吐き出した。
「……………昨日、久しぶりに不良時代の知り合いに会ったの。あっちは全然変わってなくて、けど私は今こんな感じで。ケンカ、しちゃったの。もちろん殴り合いの方。で、余裕で負かされちゃったわ。そして言われた、お前にはあの頃の闘争心が無いって」
「うん」
「あっちは納得するまで帰らないらしく、なんとかして昔みたいに戻れないか探してたの。どうすれば昔みたいな『闘争心』が戻ってくるかなって」
「で、この時間帯までほっつき歩いてたと」
「まぁ、そんな感じよ」
「…………で、答えはでたの?」
「―――――――」
「ま、そうだよね」
「わ、分かってたのならなんで聞いたのよ。意地悪」
「なはは。ごめんごめん」
軽いノリで両手を合わせ謝罪の意を見せる荒木。こちらは深刻なのに、全く………。軽くため息を吐く。そこには荒木の軽さと、答えが出せないままうじうじしている自分への二つの意味が混ざっていた。
私らしくない。即決即断、即行動のはずの私が一日中悩み尽くしてもなお、一ミリだって答えに近づいたような気がしない。
普段は真面目で頼れるお姉さん風な女性を取り繕っている。それが私が思い描く『理想の女性像』だからだ。けど、それを否定された。
お前らしくない、お前はそんなんじゃない。元に戻れと。
だが私は過去の自分を否定する。もうあんな愚かな自分には戻りたくないと。荒木に、両親に、身近な人に迷惑をかけることになる。それはもう、嫌だ。
けど過去に戻らなければ勝てない。あの頃の『闘争心』無しであの『棍棒阿修羅』と謳われたあの男に勝てやしない。彼はまだバットを一本しか使っていなかった。彼の真骨頂は二刀流のバットから繰り出される奇才かつ強力か攻撃。
気持ちもブレブレで、一本でボロ負けするようでは私はずっと取り憑かれたままだ。鉄釘郷太という悪霊からも、過去の自分にも。
―――どっち、どっちになればいいのだ?私は?
「んー、今の自分とか過去の自分とか。私に言わせればどっちも凩だし、凩も凩で考えすぎなんじゃない?あるがままを受け入れようぜ」
「考え………すぎ?」
「人ってのは変わっていくものだよ。それは良い方向にも悪い方向にも変わってく。けど重要なのは結果じゃない、過程でもない。ここだよ」
そう言って荒木は親指を自分の左胸にトントンと押しつける。
心。信念。そう言ったものが大事なんだぜ。
そう言わんばかりに下手くそなウインクをする。何だかおかしくて、吹き出してしまう。笑った、盛大に笑った。べつにそこまで面白くもなんともないのに、心の底から笑いが止まらない。
荒木は途中から笑いすぎる私を見て、自分の発言が恥ずかしくなってきたのか顔が赤くなっていた。
「あるがままを受け入れようぜ……か。ありがとう。何となく、行ける気がするわ」
「そ、そう?この程度で力になれたんならお安いご用だよ」
「コーヒーおかわりくれない?ちょっと徹夜で作戦会議するから」
「砂糖は?」
「いっぱいで!」
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如月視点
しんしんと雪が降り始め、電灯の光が雪に反射してちょっと明るい空の下。帰路の中、私は使い物にならないマフラーを身につけ体を震わせていた。
「…………は、はくしょん!」
「大魔王~」
「くだらねぇこと言ってんじゃねぇぞボケ。しかし、寒いなー………マフラーボロくて役に立ってねぇし。新しいの買おうかしら」
「寒いなら自分のマフラー使うっスか?相合い傘ならぬ相合いマフラーっスよ。きゃ!//」
「背丈合わないでしょ。あとキモイ」
「じゃあマジレスすると『超発火』でも使って全身に温かい膜みたいなの張ればいいんじゃないんスか」
「私の超発火、ライターくらいの火か半径10メートルを爆破して木っ端微塵にする火力の火の二択しか出せないからそんな器用なこと出来ない」
「相変わらず不便っスねー………。ところで話は変わりますけど、凩先輩って今日は学校来ました?」
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「うおっ、急にどうしたんすか」
凩今日も昨日も来なかった……きっと私のせいだ。私が変な提案したから………きっと凩さんも思い出したくない黒歴史だったろうに、それを半ば強引に着させて口調も元に戻して………アァァァァッッ!!どうやって謝ろう!!??
「無言で悶えながら反り返るのやめてくださいっス面白いからwww」
「携帯ひん曲げんぞコラ。はぁ……どうしよう。凩さん……」
「まぁまぁ悩みすぎても良いことないっスよ。なるがままに任せましょうっス」
「お前はお気楽でいいなぁ」
鏡史郎と他愛ない会話をしていたら、気付けばもう我が家だ。きっとマーリンさんが温かい鍋料理の準備をしてくれていて、この寒さも悩みを吹っ飛ばしてくれる………と信じる。
最近、マーリンさんの料理の腕が少しずつ上がってきている。あの人も成長とかってするんだなぁ。いや、1000年以上の知識はあっても体験はほぼないから、成長もするか。
人だろうと夢魔だろうと、生き物ならば進化し続ける。進化の止まった生命体は果たして生き物と呼べるのだろうか………
「――――待っていたわ」
「んあ?」
そんな哲学染みたことを考えていると、声をかけられた。その女性は私の家の玄関に待ち伏せするように立っていて、こちらを見かけると駆け寄ってきた。
長く綺麗な黒髪に、整った顔立ち。プラスアルファの眼鏡が超似合う。
「こ、凩さん!?」
「ちょっと、お願いがあるのだけど。聞いてくださる?」




