日本編19 転火
一方そのころ、マーリンは何をしていたかと言うと………………
「やっと見つけた………………!!」
「うえ!?誰!?………って、あぁ!魔法使いさん!」
ここは日本から約9000キロほど離れた北英の地。世界有数の先進国であり、また魔法界においても長く、そして多くの歴史を持つ聖地。
そう、みんな大好きイギリスである。
そしてどうして私が日本から離れてこんなところに来ているかと言うと…………。
「よっ、久しぶりだな。弟子1号………もとい、柳」
「おぉ。おぉぉ!!魔法使いさぁぁぁん!!」
「うわ、ちょ、急にお前の巨体で抱きついてくるな。く、苦しい………」
「だってだって、魔法使いさんが来てくれたんだよ?テンション上がらないわけないよ!それで突然どうしたの?というかどうやってここが分かったの?」
「あ、そうだよ。お前、なんでこんな辺境の地に住んでんだ。ロンドンとかグロスターとかマンチェスターとかを一晩中探し回った私が馬鹿みたいじゃないか。柳の髪の毛とかがあればもっと早く見つけられたんだが………千里眼とワープ魔法だけじゃさすがに無理あったわ」
ここは人々が行き交う眠らない大都会………などではなく、足し算で人口が把握できそうな程に少人数で小さい村だ。親の仕事柄、幼い頃から各国を転々としているとは聞いていたが………
「お前の両親、なんの仕事してんの?」
「え。あ、いやー何というかーそのー…………」
「?」
「今は私の両親の仕事の話はどうでもいいよ。そんなことより、魔法使いさんがいるってことは魔里もいるんでしょ?ねぇ魔里は?」
「いないぞ」
それを聞いた瞬間、柳の表情から喜びが抜け落ちたような気がした。スン、と冷めたような目で首を傾げながら、
「え?じゃあなんなの?」
「それなんだがなー………」
マーリン説明中
「―――と、言うわけだ」
「なるほど。つまり魔里は魔法使いになろうと頑張っていたのに魔法が使えないことが判明してふて腐れて、ついでに重度のトラウマを抱えちゃって引き篭もりになってしまったと………」
「つまりそういうわけだ。………このコーヒー美味いな」
「でしょでしょー。魔里に褒められるために練習してたらこんなに上手になってたんだよねぇ」
「…………ふーん。で、どうすればいいだろうか。弟子のやつ、一日中口も開かないで布団被って部屋の隅っこにいるんだぜ?魔法が使えないからって諦めるのが早いよなー」
「いやいや、せっかくやりたい事が見つかったのに体質のせいで出来ないってのは相当ショックなはずだよ。傷つきやすい魔里じゃなくても、私でもショックだよ」
「そういうもんかー?ふーん…………なぁ、砂糖ないか?美味しいけどまだ苦いぜ」
「まだ入れるの?太るよ?あるけど」
「夢魔は太りませーん(諸説あり)。ありがと」
ドバドバッと角砂糖を更に二個ほど加え、混ぜ溶かす。
二人してズズズズズズと甘ったるいコーヒーを飲み干して、優雅に一息ついた後に柳はコーヒーカップをテーブルに置くと、
「でも魔法使いさん、きっと魔里は大丈夫だよ」
「ん?どゆこと?」
「確かに魔里はメンタル傷つきやすいし、基本的に自堕落だし、ヘタレだし、飽き性だけど―――」
柳は東の空を見上げて、この場にはいない誰かに伝える。頬をほんのりと赤く染め、まるで告白する少女のように。
「誰よりも強くて、誰よりも優しいからね。どうせ3日もすれば治ってると思うよ」
「………へぇ」
########
如月視点
「技名って、一見無駄のように考えがちだけど、気合いを入れるためにそういう掛け声は必要だってどこかで聞いたんですよ」
「―――なんの話だ?」
「つまり考えたんですよ。割とあれ、自分で言うのもなんだけどカッコ良かったからね。それじゃ、いきますよ…………」
ギュッと体を引き締めて構える。少ない酸素を一気に吸って深呼吸する。
―――『魔力核』、接続。
意識を魔力核に繋ぎ合わせて、体内の魔力の操作を始める。とはいっともすることは簡単。何も考えず体に回しまくるだけ。
魔法としての行き場を失った魔力は、どんどんと他のエネルギーへと変換され私の力となる。あつい、アツイ、暑い、熱い、熱い。肉体が内側から煮られるような感覚。だがその熱が私を強くする触媒となるのだ。
「――――『転火』」
「なるほど………それが噂の赤くなる形態か。一時的に身体能力、パワーが上昇し熱を帯びた攻撃が可能になる……か。ならこちらも出し惜しみはしない。――――待機中の隊員に告ぐ、全員突撃せよ!とにかく奴を殺す事だけを考えろ!」
ペストマスクが叫ぶと、黒いペストマスクをつけた軍勢が窓から、下の階段から、上の階からぞろぞろとやってくる。もちろん全員が武装状態。私と城明さんを取り囲むように配置につく。
白いペストマスクが手を上げ、振り下ろす。
「撃てー!!」
ガガガガガガガガゴゴゴゴゴゴギギギギギギ!!!!
全方位から放たれる無数の銃弾。不可避の死の雨が容赦なく降り注ぎ私の体を蜂の巣にしていく。文字通り穴という穴から血が滴り落ちる。カッコ良く強化技を発動したのにもかかわらず、呆気なく死体に変わっていく。
グシャリ、と音を立てた時には既に死んでいた。
(……………なんだ、この違和感は。あそこまで抵抗もなく、呆気なくやられるのか?)
「油断するなよ。まだ何かあるかもしれない」
「ですが隊長、いくら魔法使いとて見習いのの小娘。あそこまで撃たれて死なないわけが………死体もそこにありま、ゴグァ!?」
「お、おいお前どうしグェ!?」
「ウハァ!?」「ガフッ!?」「アハンっ!!?」「アベシッ?!?!」「グェ!?」「ダホォア!?」「クソマァ!?」
「メメタァ!?」
見えない何かに次々と薙ぎ倒されていく部下マスク達。
「一体何が――――いや、そこか!」
「うげ、バレた!?」
私の渾身の不意打ち蹴りを、間一髪で感知して防ぐ白ペストマスク。とっさに彼の腕を蹴って後方へと飛び距離を稼ぐ。
いってぇ……!つま、つま先がぁ………!ダイヤモンドで出来た小手でもつけてんのか?
「貴様………どうやってあの銃弾を防いだ。あの死体はなんだ!答えろ!」
「種明かししてやるほどの義理はないですが、まぁいいでしょう。あれは『変幻音波』と『変幻臭気』、そして『変幻視覚』という私が思った通りの音、臭い、そして幻覚を見せる能力です」
『変幻臭気』で血の臭いを、『変幻音波』で破壊音を銃撃音に変えて、死体は『変幻視覚』で騙す。
ちなみに私本人はどうしたのかというと、撃たれる前に城跡さんを回収し、床をぶっ壊して下の階に逃げた。思ったより簡単に砕けるもんだなー学校の床って、凍った池の表面を砕く気分だったわ。
※普通は砕けません。
ちなみに城明さんは下の階の安全な場所に避難させてある。今すぐにでも外へ逃がしてやりたかったが、そこまでの余裕は無かった。自力で脱出できればいいが………まだ炎の魔の手は広がり続けている。このまま戦闘が長引けば私も危ない。
「だから、ソッコーで片をつけてやる」
「残っているものは体勢を立て直せ!今はこいつを殺すことだけに集中しろ!さっきのような小細工に気をつけろ!!」
「「「「了解!!」」」」
残った部下マスク達の一部は靴に搭載された小型ジェットエンジンを吹かし、駆け回る。それ以外は後方から銃で支援。実に連携の取れた動きだ。
とはいえ、こういう敵が突っ込んでくる場合はどうするか。守りに入る?後方へ下がる?ノンノン。
「そういうときは、こっちも突っ込む!!」
ダッ!と床を踏み込み、『転火』によって強化された脚でダッシュする。三人の部下マスク達の間に華麗にすり抜け………
「な、何っ!!……………ってん?」
「え、スルー?」
「いや待て!狙いはあっちだ!」
「お前らは、邪魔!!」
「ぐぁ!!」「ぶっ!?!?」「ごぁ!!」
防御の意識が薄くなった後方支援の奴らまで一瞬で距離を詰め、叩いて殴って蹴り飛ばす。その内の一人の襟首を摑み、
「くっ、ならこいつで………!」
「おっとー撃てるものなら撃ってみやがれ!必殺ペストマスクマスク砲弾!!」
「は、ちょ、待tぐぁぁ!」
「こ、このガキ、いくら軽量化してるとはいえ装甲をつけた大の大人を片手で野球ボールみたいに投げやがった………!!」
「見た目に惑わされるな!こいつは隊長の言う『災いの一族』、世界を滅ぼす危険因子だ。油断するぶぇ!?」
「油断するなよぉ、ほらほら三球目も行くぞぉ?」
「クソ、味方のことはもう切り捨てろ!今は奴を殺すことだけに専念するんだ!」
「「「了解!!」」」
「げ、まだいるのかぁ…………一旦退避!」
部下マスクを抱えて、焦げだらけになった教室へ飛び込む。
「自ら密室に向かうとは、おろ………いない?」
「いや、隠れているだけかもしれん。円陣を組め!奴に背を見せるな!」
互いに背中を向け合い、どこから仕掛けられてもいいように円陣を組む。小娘一人仕留めることも出来ず、仲間を野球ボールみたいに投擲されて苛立ちを覚えているが、彼らの判断と行動は非常に冷静だ。
いい感じに瓦礫の山に隠れてはいるが、これだと見つかるのも時間の問題だな。さすがに敵を抱えてのアクションは動きが鈍るし、ドバッと飛び出して仕掛けても緊張感マックスの彼らにそんな不意打ちはもう通じないだろう。
だが私は超能力者、フィジカルに頼るだけの戦いはしない。狙いはそう、ずばり、
「…………現れる気配がないな。一発手榴弾で吹っ飛ばすか」
「だが、奴のボールにされた仲間は………」
「―――やむを得ん。今は奴を殺すことが最優せ……なんだ、何か言いたいことがあるなら口で言え」
「何のことだ?」
「いや、今肩をトントンって」
「いやいや、この体勢でどうやって背後から肩をトントンしろと……」
「「「「……………………………」」」」
「「「「まさ、ぐぁ!?」」」」
「円陣組んでたのが仇になりましたね………。まぁ、『瞬間移動』が使える私だからこその作戦だったけど………」
円陣にぽっかりと空いた穴に回り込んで、そのまま薙ぎ倒す作戦。
魔法は使えないけど、超能力は超能力で使い方によってはこういう危機も乗り越えられる。やっぱおじいちゃんには感謝だな。
「―――う、がふ」
突然、脳をシェイクするような揺れが起こった。反吐と血、文字通り血反吐を吐いて膝をつく。ヤバい、超能力を使いすぎた。反動で気持ち悪いったらありゃしない。視界が、音が、臭いが、感触が全てブレブレになっていく。
今私はどこに居る、何を触ってる………?
「うぷ、ぅあぇぇ………………はぁ、はぁ、駄目………まだ意識を保たないと」
まだ奴が残っている。部下マスク達が戦っている中、白ペストマスクはどこへ行った?逃げたか?できればそうあって欲しいがこの絶好の好機を奴が我が身可愛さに見逃すはずがない。
どこだ、どこにいる、どこに隠れ潜んでいる!?今も私の命を虎視眈々と狙ってるはずだ。そして今、私は超能力の負荷でヨレヨレ状態。来るならここしかない。
「気を………引き締め――――
「―――る前にチェックメイトだ」
「がはっ……………!?!?」
肉を突き立てる刃。腹の底から血がドバドバと噴水のように溢れて、あっという間に服が深紅に染まる。しかもそこは偶然か狙ったか、つい先日治ったばっかの腹の傷とジャストマッチしていた。
「―――あ、ぁが」
「油断………はしてないな。だが、もう体力を使い果たしていたようだな。そこに這いつくばる姿はボケた老人のようだったぞ」
「…………み、味方を見殺しにして最後は良いところを横取りなんて………上司の風上にも置けませんね」
「見殺し?ふん、誰一人殺していないくせに何を言うか。全員峰打ちにしてるのは分かっている。貴様、相当甘い奴だな。相手を殺す覚悟もないのに戦場に飛び込んではめちゃくちゃにしていくなど………迷惑の極みだ」
「へー………バレ、てたんですか………ハァ、う、ごはぁ!?」
「諦めろ……もうじきお前は死ぬ。あの時、私に遭遇したあの日に死んでいた命なんだ。ここまで生き延びれただけマシだろう。安心しろ、あの獣の娘もじきそちらへ逝くだろう………」
途切れかける意識。徐々に自分の内側から血……命の源が抜けていく感覚。何もかもが朦朧とする中、それでも私は口を開き続けた。
「………どうせ死ぬんです……冥土の土産に教えてくださいよ………はぁ、はぁ、どうして……あなた達は魔法使いを殺そうとするんです?」
「――――まぁいい。ここまで奮闘した者への敬意だ。………私は幼い頃、家族を魔法使いによって殺された」
「……なに?」
「悪列な魔法使いに両親はずっと支配されていた。騙され、利用され、搾取され………最終的には命までな。そして一人生き残った私は、人知れずひっそりと成長し大人になって、気付いたら家庭を持っていた」
「家族……いたんですか。奥さんや子どもがいるのに、女子高生の背中………必死に追ってて怒られないんですか」
「死んださ。嫁も息子もな」
「―――――――」
「魔法使いだ………また、魔法使いに家族を殺された!奪われた!だから憎んだ、魔法使いという下劣な生き物を心の底から恨んだ!!この世の魔法使いなんて全て消えてしまえばいい」
「だから魔法使いを殺すと?………はは、とんだとばっちり、だ」
「そうだ。そしてあの時、天から声が聞こえたんだ………『魔法使いを殺せ、魔法使いを滅ぼせ、そのための力と知恵を与えてやる』とな」
「…………なに?」
つまりこいつらの中にはまだ上がいるということなのか?一体誰が、何の目的で………。『力』と『知恵』。力はその装備の数々なのか……それとももっと超常的な力を隠し持っているとか?知恵って一体なんだ?
「う、ぐぁは」
また血を吐いた。意識が、思考が上手くまとまらない。ぐちゃぐちゃになって、渦巻いて、引きちぎられてててれれれれれれれ―――――
「………もう終わりだ。死ね」
「―――ふっ。でも、」
「……?」
「ただじゃ死なねぇよッッ!!!!」
ドッッッッガッッッ!!!!と。
最後の力を振り絞り、辞世の一撃をペストマスクの腹の顔面に叩き込んだ。マスクは砕け、盛大に鼻血を吹き出してながら吹っ飛ぶ。
「ガグアァ!?」
「…………はぁ、はぁ、もう――――ダメ―――――ぁ」
遂に意識が途切れる。光が消える。命が――――抜けていく。ドデっと瓦礫の山に倒れ込んだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……よ、よくもやってくれたなぁ!!」
「―――ぅ――そ」
「死ねェェェェェェ!!!!」
「――――――えいっっ!!!」
「ごっ――――!?!?……………………………」
背後からの白い影に頭を強打され、ぶっ倒れる白ペストマスク。どうやら、間に合ったようだ。ちゃんと届いててよかった。意識が闇に落ちる直前に、その顔が見れてよかった。
「―――さん!――――ぎさん!!」
そして、私の灯火は儚く消えた。




