日本編12 適応力
マーリン視点
「さぁーあーてぇー」
「グゥ、ラァァァ!!!」
「お前が城明とかいうやつか。ほぉ、ふぅん、………なるほどぉ。こいつぁ、すげぇな。絶妙なバランスで奇跡的に成り立ってる存在と言ってもいい」
そんな感想が口からこぼれた。
『氷の剣』を引きずりながらこちらを睨みつける城明。私からすれば子犬がキャンキャン吠えながら威嚇してる程度なものだが、うちの弟子にはしっかり効果覿面だったようだ。
気絶し意識を失った後でも、怯える子供みたいに震えている。回復魔法をかけて傷は塞いだが、失った血液や受けたダメージ、感じた疲労まではなくならない。私が来て緊張の糸が切れたのか、ぐったりと死んだように眠った。
「いや、本当に死ぬ直前だったから笑えないな。………けど、お前はよく頑張ったよ。魔法を使えないくせに、こんなボロボロになるまで戦って………」
私は弟子の前髪を整えて、優しくコンクリートの地面に寝かせる。ちょっと硬いが我慢してくれよー、すぐ終わらせるからな。
「さてと。おら、さっさとかかってこいや子犬風情が。この大魔法使いマーリンと戦える機会なんてそうそうねぇぞ?まぁそれでも――――」
「ヴッ!?」
「―――一瞬で終わっちまうがな」
ガァァン!!!と。
文字通り瞬きの間に城明に近づき、握り拳を脳天に喰らわせる。彼女の頭がコンクリートにめり込み、ビキビキ地面を砕く。
「ガァァァァァァァァァァ!!!!」
「おっ、今のを耐えるか。一発で終わらせるつもりだったんだがな」
「ラァァァ!!!」
私の一撃を食らってもなお、すぐに反撃に出る城明。『氷の剣』を片手で振り回し私の胴を狙う。しかし、遅い。私から言わせれば、あまりにも遅い。遅過ぎてあくびが五回くらいでそうだ。
私は身を捻って回避し、ついでに蹴りを顔面にお見舞いする。道路からはみ出て、小山の斜面をゴロゴロと下った。
「あ、飛ばしすぎた」
殺すとあとで弟子にあーだこーだ言われそうだから手加減してたが、やはり難しいな手加減とは。おかげで毎日弟子をシバき過ぎてしまい、『もっと手加減しろ!』と怒鳴られる。
「ウウウガァァァァァァ!!!」
「お、戻ってきた」
クルクルクルとバク宙しながら、隕石のように落下する城明。うは、新種のベ○ブレードみたいだぁ。
「ふんっ!」
「グガァ!?」
『氷の剣』が当たらないように、かつ的確に横から蹴りを入れる。落下の勢い任せの攻撃なんて、私に効くわけないねぇだろ。
蹴り飛ばされた城明と共に『氷の剣』が周知をズタズタに引き裂く。ジュゥウと音を立て斬りつけられた箇所は急激に腐り果てる。
なるほど、これが『氷の剣』…………
「いや、『氷の剣』と呼ぶべきかな」
「………………………………………」
「偉大なる地獄の公爵にして、ソロモン七十二柱が一。召喚者が命じると、水の温度を自由に加減したり、悪天候の幻覚を見せると言われる天使の姿をした悪魔………決して溶けない『氷の剣』を持ち、斬りつけられた物は黒ずみ、腐り落ちる」
「……………ガルルルル」
「それがお前の力の正体の一部だ。ったく、なんでただの人間に悪魔なんか宿ってんだ?おかげでこっちは大変苦労したぞ、神秘の解体なんて前例がないせいで時間がかかっちまったぜ」
本来、神秘の解体なんてどれだけ時間がかかってもできるものではない。神秘は魔法の上位互換ではあるが、ただの上位互換ですまされるものではない。原理が同じだけで、複雑さの桁が違うのだ。
こんなの小学生に大学で習う数学をヒント無しで解いてみろ、と言っているようなものだである。並の魔法使いなら、まず構造を理解することすらできない。
まっ、私はそれを成し遂げちゃったんだけどね!時間はかかったが………。数十分で終わっただけめっちゃ良い方なんだからな!何もかも初見だぞコラ、あれどれだけ大変だった思ってんだ!
「あーもう何もかもお前のせいだ子犬!さっさと終わらせてや――――
「ガァァァァァァァァァァ!!!!」
私の言葉を咆哮で遮って、獣のように四足歩行でこちらへ全速力。途中、上空に数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの氷の粒が発生、集中し氷の双剣へと形取っていく。
彼女はぴょんと猫のように跳び上がると、双剣を両手に取りクルクルクルと回転しながら落ちてくる。
「それはさっき見た」
つまらない、と愚痴を呟きながら魔法を発動させ、ド太い光線を六本、城明に向けて発射する。追尾式な上に高威力の光魔法、子犬程度ならこれで十分。
―――そう、思っていた。
「…………何?」
城明は向かってくるビームに怯まず、なんと、空中でありながら巧みに体を捻り全てをスレスレで回避した。加えて、複数の氷塊を作り出しそこを足場に、不規則は動きで、ドンドンと加速する。
だが、私の魔法は追尾式だ。た、たまたま上手く避けたところで………って、何ィィィィィ!?や、野郎……あらかじめ作っておいた氷の双剣をぶつけて相殺させた……!?
こいつ、こいつ――――!
「―――悪くないな……♪」
そう、私はフッと微笑んだ。
「ラァァァ!!!」
「おっ、動きが変わったな」
基本姿勢が猫背になった。獣ような鋭い動き、おおざっぱな動きではなく一つ一つの攻撃に明確な殺意が籠もっている。自然界では一分一秒、一挙一動が生死に直結する。そのため、動作に無駄が無い。彼女は戦いの最中、その領域に少し踏み込みつつあるのだ。
両手の双剣が華麗に、かつ繊細に猛攻撃を仕掛ける。
「グラァァァァァァァァ!!!」
「けどその程度じゃまだま、って危ね!?何だ!?」
ストックがまだまだある氷の双剣がビュン!と飛んできて私の頬を掠る。こいつ、さては最初からこれが狙いだったな………さらに言えば………
「ラァァァダアアアアア!!!」
「『氷の剣』を確実に当てる隙を作るためか!!」
双剣を投げ捨て、再びその神秘が姿を現した。
悪魔による代物だけあって、見た目はただの氷の剣だが禍々しいオーラがスゴイ。彼女は大きくそれを振り回す。
なんという適応力。昔、誰かが言った。この世で最も強いものとは、腕っぷしが強いやつじゃなく、賢いやつでもなく、変化できるものだと。言い当て妙だな。
しかも、バーサーカーしてる中でここまで知恵が回るとは、いやはや。
戦いの中で成長するというフレーズは、漫画やアニメだとよく聞くが、その実すごく難しい。人間の成長速度には限界がある。それこそ、余程の天才か弟子のような例外な存在に限る。
こいつは果たしてどちらか………
「―――やはり、ただのバーサーカーにしておくには惜しいな」
「ガァァァァァァァァァァ!!!!」
「子犬言って悪かったな。お前は立派な、狂犬だ!ははっ!」
私はスッと狂犬の懐に潜り込み、トンっと彼女の肩を軽く叩いた。
「『血暗黒』」
######
「……………ふぅ。これで最後かな」
二人の戦いの跡を証拠隠滅する作業が終わり、一息つく。まぁぶっちゃけ、デパート破壊なんかしてる時点で取り返しなんてつかないんだが………。
一応、現場にいた人間の記憶は消して何かしらの事故だという考えを催眠で植え付けておいたが、ネットに投稿された写真や噂は魔法でもどうにもならん。
しかも、現場にいた人達だけが城明を目撃したとは限らない。監視カメラやすぐに逃げ出した人とかはもうどうしようもねぇ。一応、できることはやっておいたが………。
「……………多分、あいつら来るだろうな………」
私を襲った、魔法使いをこの世から絶滅させた謎の集団。やつらはきっと、いや確実にこの事件のことを耳にして嗅ぎ付けてくるはずだ。次現れたときは、今度こそとっちめて何もかも吐き出させてやる……!!
私は弟子と城明を脇に抱え、箒の上に立つ。
「内心、実は少し焦ったなんて口が裂けても言えないな。師匠としての威厳が………」




