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日本編9  白い獣


城明視点



 それは、たった数分前のことだった。私は、その時までずっっと何か不可解な感情で満たされていた。怒ってる………のとも違うし、悲しんでいる………ともちょっと違う。


 しかし、不明瞭だけど確かにそこにあって、ジャラジャラガラガラと私の脳内を掻き乱す。非情に不愉快だ。ストレスがマックスの状態で、何か一つ刺激があれば爆発しそうな勢いだった。


 けど私はそれを押し込む。だってそれは周りの人の迷惑になる。せっかく買い物に誘ってくれた友人を不愉快にさせ、今後の関係にヒビが入る可能性もある。



 だから押し殺す。そんなことは決して許されない。



 今思うと、この感情の正体はなんだったのだろうか?そもそもこの感情はどこから発生したものなのか?




「――――ん。城明さん?」


「え?」


「あ、やっと反応した。大丈夫?ぼーっとしてたけど。何か考え事?」


「あ、いや」


「歩きっぱなしで疲れちゃったかしら?少しそこで休む?」


「だ、大丈夫よ……ごめんなさい。ちょっとその………そ、そこの宝石店が気になっちゃって」


「宝石店とは!中々リッチな嗜好でぇ。流石、天下の城明財団のご令嬢は一味違いますなぁこのこのぉ!」


「べ、別にそういうわけじゃないんだけど………」


「こらやめなさい。金持ちじゃなくても宝石くらい、女の子なら興味の二つや一つは持つでしょ。行ってみましょう、城明さん」


「いこいこー」



 そう言って二人はニコッと微笑む。


 迷惑をかけまいと、咄嗟に思いついた言い訳だったが違和感なく事が進んだ。


 この二人は本当にいい人だ。活発で元気な荒木さんは、たまに言動に難ありだけど常に他人に優しくできる。こがらしさんはクールで大人っぽくて、いつも荒木さんを叱ってるけど、それは彼女のことを思ってのことであって。


 いい関係だな、と少し妬んでしまう。けどそれ以上に、妬むほど素晴らしい関係の中に私なんかを入れて貰えてることが何より嬉しい。


 ―――だからこそ、絶対に壊してはいけない。汚れの一つもつけちゃいけない。こんな私に良くしてくれるいい人に迷惑をかけるわけにはいけないのだ。




「うへー、こんな石ころ一つでこんなにするのかー。これだったら頑張ってもパチモン作った方が安いんじゃね?なんなら売ったら儲かりそう!」


「金絡みになると妙にテンション上がるのやめなさい、みっともないわよ。…………けど、確かに高いわね」


「こういうの、城明さん的にはどなん?」


「んー、私はこういうのは持ってないからどうとも言えないんだけど、安い方なんじゃないかしら」


「え、嘘ぉ!?ここにある一番安いものでも、私の半年分のアルバイト代くらいあるのに!?」


「あ、いや、その。私のお母さんがいつも身に付けてる宝石のアクセサリーが、ええと確か………一千万とかしてたから。これでも安く手に入ったほうだって。………………二人とも?」


「はっ!?桁の違いに少々意識が………」


「一千万とか、カ○ジぐらいでしか聞かないわよ………凄いわね」



 いや、流石に一千万くらいならカ○ジ以外でも聞くとは思うのだけれど………。それに関しては荒木さんにもツッコまれてた。


 その後もあれこれと談笑しながら、店内を回った。荒木さんが宝石を見て色々と儲け話を考えたり、それに凩さんがツッコんだり。こんなことは、少し前までの病院のベッドに縛り付けられてた生活では考えられない物だ。


 広さはそこらのコンビニとさして変わらないのに、時計の針は数分しか動いてないのに、とっても長い時間を過ごした気がした。楽しかった、あの感情を忘れるくらいには。


 けど――――、



「―――ちょっと、待ちなさい。そこのあなた」


「ッッ!?」



 ガシッ、と私は隣の男性客の手首を掴む。男はピクッと背筋を跳ねらせ全身が震え出す。

 


「ん?城明さんどしたー?」


「――――あなた、今そこの商品を盗んだわね?」


「ふぇっ!?」


 荒木さんが驚いた声をあげる。男は我存じぬと目をそらしたまま、私の手を振り解こうとする。が、私は目一杯力を込めて取り押さえる。


 男は震えながら、



「な、何を根拠に…………」


「さっきから挙動不審で、チラチラと周囲の目を気にしている。しかも、誰も見てないような隅っこでずーっと立ちっぱなし。それに、秋とは言ってもその分厚い服装は流石に暑いわ。それだけでも怪しいのに………あなたの手、透けてる(・・・・)わよ」



 そう、男の手は手首から先が透けていた。私は男の透けた手を勘で引っ張ると、ぐぐぐっと何かが取れる。それはボタンやダイヤルが搭載されたゴム状の手袋だった。



「しまっ、あ」


「光学迷彩手袋ね。手を透過させ、人目を盗んではガラスケースを開けようとしてた。分厚い服装は透けた手を誤魔化すため、けど逆に不自然になったわね。最近はこの手の犯罪が増えてると聞いていたから、見かけた瞬間もしやとは思ったけれど」


「うっ………!!」


「城明さんすご!?よく気付いたね!さぁ勘弁しろこの犯罪者、大人しくお縄につけ!こっちには証拠もあんだぞ」


「こら荒木!あまり煽るような発言は………!」



 ―――と、凩さんが静止しようとしたのもつかの間。追い詰められ、顔が真っ青になった男はヤケクソになり懐からナイフを取り出し、私に刃先を向けた。



「きゃ!?」


「クソ!おい、動くな!この女がどうなってもいいのかぁ!あぁん!?」


「城明さん!?人質とは、卑怯な真似をするわね…………」


「今すぐけけけ警察、警察を………!」


「おい、動くなつったろ!警察を呼ぶなんてもってのほかだ!そんなことしてみろ、でないとこうだぞ!」


「ッッ!?」



 ―――パサリ、と。


 威嚇のつもりなのか、男は私の髪の毛をいつもつけている長

リボン(・・・)ごと、一部切り落とした。


 ――――その瞬間だった、視界が真っ赤に染まったのは、私の中の何かがプツリと切れたのは。吐き気が喉元まで進行し、脳が震え、肺が圧迫され呼吸が鈍る。


 体調が酷くなったときの症状。だが、違う。今回は何かが違う。



「あなた………女の髪を………!!」


「あわわわわ城明さんが………!!」


「動くなつってんだろ!…………おい、そこの店員!ここにある宝石、この鞄に全部詰め込め!それと―――――」



  ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あ、これは駄目なやつだ。



 ギュルルルルルジジジジジジジジジジジジ!!!!


 そんなこの世の物とは思えない不快音、ノイズが聞こえた気がした。体ぐちゃぐちゃに腐ってく感覚(・・・・・・)、理性がことごとく蒸発していく実感、特定の感情以外全て残酷に凍り付いていく。



 ―――――来る。来る。来る。来てしまう、来ちゃ駄目だ、何もかも白い獣(・・・)が奪い去っていく。



「…………ん?なんか妙に寒い…………さ、寒、い!?なんだこれ、寒すぎる!?震えが止まらん、こんなに厚着しているのに!?」


「こ、凩…………あれ何……?」


「分かるわけないでしょ………。あれが本当に城明さん、なの?あの尻尾・・は」 



 もう無理だ。押さえつけるなんてできない、不可能だ。それは私が一番知っているだろう?ならば、もう諦めてしまえ。――――感情いかりをぶちまけてしまえばいい。




「グルルルルルルルルルルルルル、グガァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!!」






######

如月視点




 

「…………………な、なんじゃこりゃ」


「酷い有様だな」



 落ち着けオチケツ落ち着けオチケツ、あ間違えた落ち着け。


 悲鳴が聞こえた後、ドゴーン!と破壊音も聞こえて急いで駆けつけたらもう手遅れだった。宝石店………だったな、確かここは。店は嵐でも通ったのかと思うほど滅茶苦茶、被害は周囲の店や人にも及んでいる。

 

 床、天井、壁。至るところから巨大な氷柱つららが発生しており、これが周囲の被害の元凶だ。これに貫かれて、酷い怪我をしている者や倒れた物の下敷きになって動けない人など。


 まさに後輩が私に見せた占い通りになってしまった。




「……………木佐々木さん?」



 ………名前間違えてるけど、聞き覚えのある声で私の名前が呼ばれた気がした。振り返ると、そこには見覚えのある顔ぶれが。



「凩さん………とあら、荒木さん!?」


「助けて!荒木が、荒木がこのままだと死んじゃう!」



 凩さんが泣きながら懇願する。

 荒木さんは肩から横腹にかけて斜め一線に大きな傷を負けており、精気が失われていた。呼吸は浅く、少ない。彼女の体は体温がどんどんと下がっていき、死のカウントダウンがもう既に始まっていた。


 そして、一番異様なのは――――、



「何、この臭い………」



 腐臭。


 彼女の大きな傷からは血の一滴も出ていない。しかし、その代わりに傷を中心にどんどんと体が腐食していってたのだ。


「城明さんが突然おかしくなって、強盗犯を吹っ飛ばしたと思ったら暴れ出して………止めに入った荒木が、荒木がぁ!」


「落ち着いて凩さん。ゆっくり、深呼吸。私達がどうにか彼女を助けるから」


「―――あ、ご、ごめんなさい。誰かにどうこうできる問題じゃないのに、助けてなんて言ってしまって…………え?」


「マーリンさん!」


「もう診断てる。ちょっと待て」


「え、だ、誰?あなた達一体………」  


「私達のことはどうでもいいから、まず城明さんがどこに行ったか分かりますか?」



 凩さんは唖然としていたが、それでも私の質問には答えようと口を明ける。彼女は人差し指を立てながら、「上」とだけ答えた。


 彼女に合わせて私も上を見上げる。見ると、天井のステンドグラスが見事に割れており、城明さんがあそこから外に出たのだと示唆する。


 バーサーカーと化した彼女を放っておくことはできない。更に被害は拡大し、被害者が増えるだろう。そして、彼女の心は――――。



「マーリンさん、私は城明さんを追います。だから彼女のことは…………」


「無理だ」


「え?」


「空気を読めない事を言うが、このままだとこの子は確実に助からない。体が腐り落ちて死ぬ」



 マーリンさん至って冷静に、冷酷にそう言い放った。



「な、何で!?マーリンさんで無理なら、あのアスクレーなんちゃらを使えばいいんじゃ………」


「試した、がピクリとも反応がない。魔法的な礼装の力を完璧に弾いてやがる。私の回復魔法も通じないとなると………こいつは『神秘』だ」


「神秘?」


「神秘は魔法体系より上位の力だ。普通の魔法使い、いや私みたいな特別な魔法使いでも使えるものじゃない。神秘は存在的に特別な者、天使や神とかのみが使えるはずなんだが………何者だ?その城明ってやつは?」


「んなこたぁ後で考えます!そんなことよりも、本当に助からないんですか!?マーリンさんが何をどうしても!?」



 マーリンさんの肩を掴んで叫ぶ。マーリンさんは落ち着けと私をなだめるが、残念ながらそんな余裕はない。決して、彼女・・に殺された死人は出してはいけない。



「―――時間が足りない、圧倒的にだ。神秘も上位の力とはいえ実のところ、原理としては一応魔法と同じだ。構成を解体することは可能……だがさっきも言った通り時間がない。腐食のスピードから考えて、絶対に間に合わない」



 マーリンさんは焦ったりした表情は決して浮かべなかったが、眉がピクリと悔しそうに動くのが見えた。



「―――分かりました、腐食の進行さえ止めちまえばいいんですね?」


「弟子………?何かあるのか?」


「ちょっと離れててください。ほら、凩さんも私の視界から離れて」


「ちょっと待って、さっきからあなた達何の話を」


「いいから!」


「は、はい…………」



 スススっと凩さんとマーリンさんが視界から外れたところで、私は荒木さんの全体が視界に映るように距離をとる。そして片目を瞑り、もう片方をカッ!と開いて―――



「『石化眼メデューサ・アイ』!!」



 そう叫ぶと、荒木さんを含めた周囲が瞬きの間に石と化した。石化眼メデューサ・アイは視界に映る物全てを石化させるという、私の超能力シリーズの一つだ。腐食の進行さえ止めてしまえばこっちのもの、私がヨシと言うまで半永久的に石化は継続されるので時間はたっぷり稼げるというわけだ。


 しかしこの能力、もちろんデメリットがある。他の超能力のデメリットを上回り、できればもう二度と使いたくないと思っていたそれは―――――、



 ドボォォォォォォォン!!!!



「ぐおおぉぉぉぉぁぁぁ!!目が、目がぁぁぁ!!!」


「「ええええええええ!?!?」」



 あまりの出来事に凩さんも叫んだ。私は陸に上がった魚みたいに藻掻き苦しみ、そこら辺をのたうち回る。


 

「いったい…………………あぁ!ぐっっ、はぁ、はぁ…………この能力は視界に映る物全てを石化させるっていう、しかも私がヨシと言うまで石化は解けないという強力な超能力ですが……デメリットとして」


「デメリットとして………?」


「使った目が爆発します」


「すまん、ちょっと何言ってるか分からない」



 うん、私も何言ってるか分からない。


 ホント、マジで意味不明の超能力作りやがってあの祖父ジジイ………。さらに意味不明なのが、石化を解除すると爆発した目が再生して元に戻るという仕様。流石にこれを科学の力と言い張るのは無理があるんじゃないですかねぇ…………。



「と、とにかく時間は稼ぎました。あとは荒木さんのことを頼みます、マーリンさん」


「おう、任せとけ。…………お前はその城明ってやつを追い掛けるのか?そんな目でか?」


「――――えぇ、行きます。彼女は私が絶対に止めてみせます」





######






 片目から煙を上げながら外へ出る。

 城明さんは一体どこへ消えたのか。心当たり?あるわけねぇだろんなもん。だから探すんだよ、一日でこんなに超能力を多用したのは初めてだ。


 千里眼と念動会話テレパシーのコンビ技。目で探して心を聞く。今の城明さんは恐らくバーサーカーと化しているため、普通の心理状態じゃない明らかにやべぇって心の声を探せばそれが多分彼女だ。


『なんか爆発した!撮らねば!』『デパートの中で巨大氷柱つららとか、流石にコラだろ』『今日の夕飯なんだろー』

『痛い痛い痛い痛い!!』『今日は残業無しで速く帰れるーー!ふっふーー!』『あれ大丈夫かなー死者とかでてなければいいけど』『うわ、SNSで凄い拡散されとる!?』『眠い……………』



 中々見つからない。超能力の多用のせいか、頭がクラクラするし痙攣もしてきた……けど、諦めないぞ。


 ―――と、その時だった。




『―――――――――――――――ッッッッ!!!!!』


「ビンゴ!!」



 見つけた見つけた見つけた見つけた!!急げ急げ、どこかへ行かれる前に彼女に追い付くんだ!


 私は声が聞こえた方向に全速力で走り出す。そのスピードは明らかに常人を超えていて、気付いたら自動車を己の足のみで凌駕していた。 



 あぁもう人邪魔、建物邪魔!ここまでスピードが出てると障害物が非情に鬱陶しい。屋根の上でも跳んでけばいいショートカットになりそうだが……………。



「あ」


 ……………いけるか?


 私は助走をつけ、ちょうどいい高さの民家の屋根に向かって思いっ切り跳躍する。単に民家と言っても二階建ての一軒家だ、6、7メートルほど高さがあるわけだが………。



「うおおぉぉ!?」



 めっちゃ跳んだ。自分でも上手く調整ができないくらい、余裕余って10メートルは跳んだ気がする。ドン!と大きな着地音が響く。


「いづ!?」


 しかし着地をミスって足を挫きかけたぜクソが。あと家の人ごめんなさい。



 ぴょんぴょんぴょんと忍者のように屋根から屋根へと渡っていく。数週間前の私なら絶対に考えられない身体能力だが、実は今もよく分かっていない。何故こんなに身体能力が上がったのかは不明のままだ。この後しっかりとマーリンさんに聞いてみよう。



 そんなこんなで心の声を追っているうちに――――、



「やっと見つけましたよ、城明さん!!」


「グルルルルル…………」



 彼女がいたのは人気もなければ電灯もない、街の近くにある小山の中に作られた公道。目の前にはトンネルがあり、山の斜面には土砂崩れなどを防ぐ擁壁がそびえている。



 予想通り、彼女は普通の状態じゃなかった。私が二度見た獣の耳と尻尾に加え、目はネコ科の動物のようにギラリと光り、四肢も形が代わりに毛が生え獣のそれになっていた。


 本当に今日昼に合った彼女なのかと疑わしくなるほどの変化だ。それに加え、がすごい。一歩でもこちらに来ればこの爪で引き裂くぞと言わんばかりの殺気と魔力が溢れだしている。



 ぶっちゃけ、めちゃくちゃ怖い。今にも背を向けて逃げ出しそうなくらい足が、いや全身が震えている。一歩十歩百歩間違えても死ぬこの状況、恐れるなと言う方が無理がある。


 私はマーリンさんみたいに不死身じゃないし、アスクレーなんちゃらも体の原型を残さないレベルで殺されたら当てにならない。



「―――それでも、あんたを助ける」


 

 そう言って城明さんの目を見ながら一歩、踏み出した!!



「グルルルルラァァァァァァァ!!!!」






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