日本編7 誠実な傲慢
只今の時刻お昼時。今日も今日とて、中庭の誰の目にもつかないヒンヤリ空間でボッチ飯。相変わらずなんの肉なのか分からない竜田揚げをプルプルと震える箸でとり、口に放り込む。
先日から始まった武者修行。時間が短くはなったとはいえ結局は走らされるし、なによりその後の修行がキッッツイ。
尋常じゃないほど疲れるし、武器に関してはまだ竹刀を振ってるだけだけど腕が死ぬ。マーリンさんに投げられまくるし、受け身も十分にできてないから背中打ちまくって何回咳き込んだことか。
回復魔法的なのをマーリンさんは掛けてくれたが、それでも筋肉痛というのも生温い痛みが常に襲ってくる。お陰でお弁当を食べるのも一苦労だぜクソが。
これが本物の剣とか本格的な格闘技になったら私の体はどうなってしまうのか……そ、想像するだけで身震いするぜ………。
「――――ん?」
箸を揃えてごちそうさま!しようとした直前だった。ガシ、ゴソと何やら足音がする。定期的に止まってはキョロキョロと周囲を確認し、こちらに向かってくるのは一人の美少女。
純白の髪を持ち、誰もがその美貌に二度は振り向く整った顔立ち。蠱惑的な声は脳に聴神経を通って染み渡り、無垢な笑顔は皆の人類のハートを撃ち抜く。優しくて、頼もしい素敵な人と評判の城明白亜さんだった。
「………………………………………」
何しに来たんだこの人………?さっきからキョロキョロして、誰かの目を気にしているようだが私いるんですけど………あれ、また私スルーされてるのかな?
はっ、さてはいつの間にか透明化する超能力に目覚めていたのか!?へっへっへこれであんな事やこんな事やりたいほう、ゲフンゲフン。
半分冗談はこのくらいにして、ホントに何しに来たんだこの人。
石橋を叩いて渡るかの如く、注意深く何回も周りを確認してやっとこちら側に来る城明さん。その顔はやけに楽しそうだ。ルンルンルン♪と上機嫌に鼻歌を歌いながら、彼女はコンクリート製の壁にペタッとひっつく。
「あぁ…………ヒンヤリぃ………癒されるわ………」
…………あぁ、そゆこと。前の心地よさが忘れられなくて、ついついこの場を訪れてしまったというわけか。さっきのキョロキョロは、この前私が来たことの反省として周囲を注意深く警戒していたってことか。
反省を活かそうとすることは大変素晴らしいが、その反省は残念ながら全く役に立っておりません私いるし。
「ふにゃぁ………………」
「しろあ――――」
けさん、と言いかけたところで私は舌を止めた。もし、また恥ずかしい姿を見られたことでパニックになり、ぶっ倒れでもしたら大変だ。城明さんの情緒が不安定になりそうだし、何より保健室まで運ぶのが面倒くさい。
ここは彼女の為にも私の為にも、こっそりとこの場を離れるのが一番得策かと…………
気配を消して、そろーり、そろーりと物音一つ立てず城明さんとの距離を離していく。その姿はまるで忍者だ。まぁ火遁の術使えるんで、あながち間違いじゃあないけど。あいあむジャパニーズニンジャ(大嘘)!
「ふふふふふぅ………………」
城明さんは、頬を緩ませ完全にお楽しみモードで私のことになど一切気付かない。僥倖。今の内にさっさと行かせてもらう。あとは冷えるなり脱ぐなり好きにしたまえ。
―――しかし、私の動きはあと一歩のところで止まった。理由は、私の視界にあるものが映り込んだからだ。ピョコピョコと動く獣の耳。メトロノームのように、一定間隔でユサユサと揺れ動く獣の尾。
そう、また現れたのだ。彼女の、城明白亜の体から。
「あぁぁぁぁ!!?」
「きゃぁぁぁ!!?」
「しまっ―――」
慌てて口を両手で塞ぐ。しかし時既に遅し。しまったぁぁぁぁぁ、つい衝撃が口に出てしまった………!!両者とも固まったまま、ピリついた時間と空気が流れる。
また彼女が飛び出してしまうのではないかと、私は身構えていたが…………。
「………………如月さん………か………」
「ふぇ?」
返ってきたのは予想外の反応だった。目撃者が私、如月魔里であることを確認するやいなや、慌てふためくところかむしろホッとしたように胸をなで下ろした。
「あ、あのー…………大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫よ。確かにすっごく恥ずかしいけど………前に如月さんには見られてるし。それに………またあなたに迷惑をかけられないわ」
「そ、そうすか…………」
過度に不安視してたせいか、やけにあっさりだなと思ってしまう。いやまぁこれでいいんだけども。むしろこれが一番良い結果なのだけれども。
城明さんはさっきのふにゃふにゃモードから才色兼備モードへと切り替わり、私との距離を詰める。すると、私の手を両手でぎゅっと握り締める。
ヒンヤリとした触感と突然の出来事といい匂いで体がピクッと跳ねた。
「如月さん」
「ひ、ひゃい何でしょう………!?」
「あの時のお詫びをさせてちょうだい。私が勝手にで走り出して、勝手に倒れただけなのに何も知らないあなたは私を助けてくれた。私はあなたに何か報いるべきだわ。何でもして欲しいことを言ってちょうだい、必ず成し遂げるわ」
「え、えぇ…………いやいや、別に当然のことをしたまでというか。別にお詫びとかいらないし」
「お願い、あなたの為に何かさせて。大丈夫、大抵のことはできるわ。面倒事の押しつけでも、買って欲しい物でも、汚れ仕事でも、い、いやらしい仕事とか……でもあなたの役に立つなら何でもするわ!」
いや、そんなこと頼みませんけど。汚れ仕事やいやらしい仕事って………私は何だと思われてるんだ。
城明さんはウルウルと瞳を潤わせ、罰を受けることを望む囚人のように私の顔を見つめる。そんな顔をされても本当に困る、なんか私が悪いみたいじゃないか。
私としては、何故彼女がこんなにも贖罪を求めるのかが分からん。
「いや、本当にいいですから………。はぁ、こういう時はごめんなさいとかお礼よりも言うことがありません?」
「言うこと………?」
「ほら、『あ』で始まって『う』で終わる五文字の言葉」
「『あ』で始まって『う』で終わる言葉………あ、あ、あ、あ、阿育王!!」
「マウリヤ朝の三代目王!!じゃなくて、ありがとう、ですよ。あ、り、が、と、う!」
「じゃあ、ありがとうって言えばいいのかしら?それだけでいいの?」
「いや、そういうことじゃなくて……もう!」
ダメだこいつ。彼女の中では、誰かに良くしてもらった事への『感謝』は誰かの手を煩わしてしまった、迷惑をかけてしまった事への『謝罪』で塗りつぶされているだ。
何もかも自分が悪くて、常に自分を精神的にも物理的にも責めようとして、『助けてくれた』という発想が根元からない。いつも誰かに迷惑をかけているから、助けなければ、報いなければという考えに捕らわれている。
なんて愚かで、なんと誠実な傲慢な奴だろうか。
私はこめかみに手を当て、はぁ、と嘆息を吐く。こんなことを言うのは柄じゃないが、彼女を見ていると言わずにはいられなかった。
多分後で後悔するパティーンだけど、これがせめて彼女の為になるのなら。
「――――城明さん、そういうのはあまり良くないですよ。普段のあなたもそうですけど、手当たり次第誰でも彼でも助けるだなんて、いずれ身を滅ぼすに決まってるじゃないですか」
「―――――え?」
「だいたい、人は助けられて当然なんです。迷惑をかけることが当たり前の生き物なんです。だって人間は一人では生きていけませんからね。別に頼ったって怒られたりしません。場合によりますけど」
「いや、だ―――」
「駄目じゃありません。あなたの周りを見てください、いつもあなたに頼ってる人ばっかでしょう?まぁ、あれは悪い意味でですが……………だから、別にあなたが誰かを頼っちゃいけない、助けられてはいけない道理はないんです。やられたらやり返す、倍返しだっていうでしょう」
「――――――」
人は一人は生きていけない。当然のことである。それを理解していない、ないしは許容していない認めたくない彼女は遅かれ速かれ自滅する。だから私は言うのだ。何が彼女をそうさせたのかは分からないが――――、
「あなたの在り方は少なくとも間違っている。そういうのは、自己満足って言うんですよ。もしくは、現実逃避
ですかね?」
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城明視点
「…………………………………………………」
如月さんにそう言われた後、私は呆然と立ち尽くしたままだった。何も考えられない、いや、考えすぎてもはや何が何なのか分からない。分かりたくない。分かってしまったら―――――私は――――私は―――、
これ以上彼女の言葉の意味を――――意味を―――意、味、を―――――アァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!
「グルルルルルルルルルルルルルルルッッッ!!!!」
ダメだダメだダメだダメだダメだ、頭がどうにかなりそうなりそうだ。胸の高鳴りが止まらない、心臓がはち切れそうだ。脳が沸騰する、全身に正体不明な電撃が迸る、何もかも破壊したいッッッ!!!!
憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!
彼女に、ではない。彼女の言葉に納得してしまった自分が、今何よりも憎い!自分の存在を自ら否定してしまった、私には一体何が残ると言うのだろうか!このままでは、私の心は凍傷して腐食する
だから、否定する。否定を否定する。私の存在を保つ為に、私の意義を立証するために。
でも、どうやって?分からない、分からない。こんなにも分からないのは生まれて初めてだ。どうすればいいの?
―――助けて、お父さん。




