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プロローグ


 ―――そこは楽園。


 沈むことのない太陽は強く輝き、枯れることのない花は咲き乱れ、爽やかな風は優しく花の香りを花園全体に運ぶ。丘には透き通った川が流れ、小鳥たちはさえずり合唱する。


 何もかもが美しく、何もかもが清く、何もかもが神聖で、ありとあらゆる邪なるものを許さず、浄化する。あらゆる生命の理想とする場、この星が作り出した奇跡の空間。


 人々はそこを崇め、讃え祭り、こう呼んだ。




 ――――理想郷アヴァロン、と。




 その中心部に、ぽつんと巨大な塔が一つ。そこは現世の全てを観測する場所であり、過去未来現在を書き記した図書館であり、とある大罪人を閉じ込めてある幽閉塔である。


 そこに、一人の女がいた。

 闇のように真っ黒な髪、それに相反するように真っ白いローブととんがり帽子。完璧と言わしめるほど整った顔立ち。


 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。そんな言葉が似合う女だった。彼女は麗しい唇を震わせ、果てのない白い空を見て黄昏ながら言葉を溢す。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?!?!?!?」


「うるさいよ耳に響く」


「おいドグサレ外道クソクソゴミウンコ男!!今何て言った?今、何て、言ったぁん!?」


「だから、魔法使いがこの世から全滅させられたんだって。一人残らず、ある日突然」


「なぁに訳の分からないことをおっしゃいますかこの野郎ぉ。何が目的か知らんが、そんな訳ないだろう。確かに!ここ最近の科学技術の進歩によって魔法使いの人口は年々減少の傾向にあった。だがな、何の前触れもなく突然全員いなくなるなんてあるわけないだろう!」



 魔法使いとは。

 あらゆるエネルギーへと変換が可能な不思議エネルギー、『魔力』を行使し『魔法』という超常現象を引き起こす技術者たちのことだ。


 魔法使いの歴史は長く、表立ってはいなかったものの、確実に人類史を影から支えてきた者達と言えよう。しかし、現代に近づくにすれ科学技術の進歩に反比例するように人口は減少。


 

「けどそこまで少なくなかったはずだぞ!私が確認してた限りでは、まだ数百万人はいたはずだ!それが一夜にして消えたっていうのか?」


「だからぁ、全滅"させられた"って言ってるじゃないか。引き籠もりすぎて他人との話し方もわすれちゃったのかな?ん?」


「好きで引き籠もってたやけじゃねぇよ。だいたいおまえら、もとい、――――『私』、お前のせいだろうが」


「おうおう、そんな睨むなよ『僕』。ちびっちゃうだろうが」





######





 昔々、まだイギリスがブリテンだとか言われてたころ。ざっと1600年以上前。とある二人の男女から一人の男が生まれた。父は人間、母は人の夢を食らう『夢魔』、インキュバスともと呼ばれる悪魔で、その男は人と夢魔のハーフだった。


 名を、マーリン。アンブロジアス・マーリン。



 彼は夢魔と人のハーフなので、将来悪に堕ちるのではないかと言われたが、母が幼い頃に教会へ連れて行き、洗礼を受け悪を削ぎ落とした。



 彼は後々あの有名なアーサー王に仕え、様々な予言、助言をした高名な『魔法使い』として伝説に語り継がれていくのであった。



 しかしそんな彼だが、末路はなんともマヌケというか自業自得であった。女好きとしても知られる彼は、とある一人の女性に恋する。マーリンのウザったいアプローチに飽き飽きした彼女は、マーリンを岩の下までおびき寄せ生き埋めにしたという。(諸説あり)



 ところで話は変わるが、彼が幼い頃に削ぎ落とされた『悪』はどこへ行ったか。答えは、削ぎ落とされた『悪』は人の形を取り人々の夢を食らう悪魔、『夢魔』そのものとして現界してしまったのである。


 悪の要素から生まれたその『夢魔』を人々は恐れ、とある幽閉塔にそれを閉じ込めた。


 名を、幽閉塔アヴァロン・オブサーブ


 夢魔は神聖な力でないと殺せない。

 しかし神聖な力など人々には持ち合わせていなかった。だから、閉じ込めた。楽園とも言える現世から切り離された神聖なる空間、理想郷アヴァロンに閉じ込めておくことで自然消滅することを期待した。



 で、その夢魔が私ってわけでーす。そうでーす私悪い悪魔デース。



「はっはっは。悪い悪魔だってさこれがはっはっは」


「せめて笑うなら感情込めて笑わない?」


「私に感情というものはほとんど残って無くてねー残念ながら。残ってるのは人が苦しむ様を見て楽しむ愉悦の心くらい?」


「こんの人でなしが」


「褒め言葉にしかならないよ。はっはっは」



 目の前の男は表情だけ笑って声は笑っていなかった。私はこの黒い男をギロリと睨みつける。



「で、なんで生きてんのお前。生き埋めにされたんじゃなかったっけ」  


「僕が生き埋めにした程度で死ぬわけないだろう。ま、脱出するのにかなり時間はかかってしまったがね。さて、感動の再会で積もる話はあると思うがとりあえず置いておこう」


「お前、さっき魔法使いが全滅させられたって言ったよな。本当か?」


「僕は嘘をつかないよ。あぁその通りだとも。というか、嘘で君に会いに来るわけないじゃないか」


「ま、だろうな。で、私になんのようだ」


「君をここから出してあげようと思って」


「――――――は?」



 思考が停止する。想像にもしてなかった言葉に、私はフリーズした。



「―――それは本当か…………?出られるのか……この檻から、幽閉塔ここから!?」


「もち、もち。けど、条件がある。君には外の世界で、『魔法使いを全滅させた敵の正体を探ること』、『魔法を各地に広めること』をしてもらいたいんだ」


「…………なに?なぁ、それってお前でもできることなんじゃないか?その程度で、私なんかをこの世に解き放っていいのか。何をしでかすか分からないぞ…………?」



 私は悪魔らしくニタリと笑う。だが男は、やれやれ、と言わんばかりに肩をすくめた。その挑発してるような態度が気に食わない。殺してやろうか。


 男は続けてちっちっちと舌を鳴らし、指を一本立ててこう呟く。



「―――『聖杯』」


「ッッ!?!?」


「さぁこれで君は僕の言うことを聞くしか無くなった。君が目的・・を果たす為にはこのミッションインポッシブルをクリアしなくちゃならない」


「―――卑怯だぞ、お前」


「卑怯?そんなの何回も言われすぎてなんとも思わないよ。僕は僕でやらなきゃいけないことがあるんだよ。さぁさぁ鍵は開けてやるから行った行った。あ、キャスパリーグも、どうやって行ったかは知らないが現世に飛び出してるっぽいからもし再開することがあったらよろしくー」


「ちっ……いつか絶対に殺す」



 私は最後の最後まで『私』を睨みつけてた。

 ガチャン!て鎖が一つ一つ外れる音がする。夢にも思わなかった、幽閉塔からの脱出。


 何回も想像しては何回も砕けたその幻想。それが今まさに果たされようとしている。………だが、あまりいい気はしない。同じ『私』であっても、何を考えているのかさっぱりだ。  



「あれ、ここどうやって開けるっけ………ここをこうして……えーと」


「……………………………」

  


 というか、魔法を各地に広めたとして、それを魔法使いを全滅させた敵が見過ごすのか?私や魔法を習った人間共々、狙われる可能性大だ……………いや、それが狙いなのか。


 『私』がわざわざ私を解放するということは、人手が足りないのだ。しかも、あの様子が敵の尻尾すら掴めてない様子。つまり、大々的な調査は私に押しつけて、自分は裏で安全にこっそり調査をしようって魂胆か。



「死ね!つくづく、死ね!クソが!」


「聞こえてるからねー。そんなんじゃ『聖杯』について教えてあげないぞぉ」


「死ね!」


「おぉう怖い。………よし、そろそろ終わりそう。ここをこうやって………あれ、ちょっと違うか。んー複雑過ぎるなぁ、この鍵かけたやつ誰だよもう。あ、僕か」


「どんだけ時間かかってんだよウスノロ。速くここから出せよ」


「あれ、さっきまであまり乗り気じゃなかったのにどうしたの?」


「ふんっ。外に出られるんなら利用ぐらいされてやるって言ってんだよ。けど忘れんじゃねぇぞ、この事件が解決したら絶対に、絶対に!ぜぇぇぇったいにテメエを殺す。そして『聖杯』を手に入れて、私の人生はよくやく始まるんだ」


「ふーん、好きにすれば」


「こ、こいつ………鼻ほじりながら適当に……!!?」



 死ね、心の中で何回も叫ぶ。というか、私の悪口のボキャブラリーが少なすぎることに気付いた。後で色々覚えておこう………。



「あ、解けた解けた。開いたよー、さぁ行こうか」



 私は『外』に向けて歩き出した。

 引き籠もり歴、実に1600年以上。夢みた現実がそこにある。恋した景色がそこにある。憧れた文明がそこにある。

 他の人からしたら、外へ出る一歩など大したことないように思えるだろう。だが、この一歩は違う。1600年の重みがある、1600年の願いがある、そして―――1600年の憎しみがある。



 その他諸々、それら全てをこの一歩に背負わせ私は歩く。長い長い私の旅が始まろうとしていた。


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