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2話 おはよう

はい、みんなで一緒に?

おはようさーん!!

 暗い海の底から、少しずつ引き上げられているような感覚を覚えた。鳥の声に虫の鳴き声、道を走っている馬の蹄の音、人々が行き交う足音に話す声。ずっと遠くにあったものがだんだんと近づいてくる。やがて手や足にじわじわと感覚が戻ってきた。ゆっくりと目蓋を開ける。眩しくて一瞬目が眩んだが、すぐに目が慣れてぼやけた視界が徐々に鮮明になっていく。

 アルスが目を覚ますと、見知らぬ部屋にいた。どうやら寝台に寝かされているらしい。なんともいい難い甘い独特な香りが鼻につく。どうやら誰かが手当てをしてくれたようで、あちこち包帯が巻かれていた。独特な甘い香りは、体に塗られた傷薬の匂いのようだ。横に視線をやると見慣れない服装の男が椅子に座り、コクリコクリと居眠りをしていた。


 まだ頭がボーッとしていて、視界はピントの合っていないレンズを覗いているかのように景色がぼやけて見える。


「ぐっ……!」


 起き上がらなきゃ、そう思って体を動かそう力を入れた瞬間、体に激痛が走る。このアルスの呻き声に気がついた男がビクッと体を震わせて目を覚ました。


「……ここは?」


 アルスが男に聞くと男は目をパチクリとさせ、まるで狐につままれたかのようにキョトンとしている。


「……えっと、あなたが助けてくれたんですか?」


アルスが男にそう聞くと、困惑した様子で何かを喋った。その言葉を聞いて、アルスはハッとした。彼が何を言っているか分からない。言葉が通じないのだ。

 一体何が起きたのか。今の事態をうまく処理できずに思考が止まる。アルスはクラクラする頭をなんとか働かせて、考えを巡らし一つ一つ思い出していった。魔王ガルベルトとの死闘。交差する剣。自分の剣が魔王の体を貫いた。仲間の叫び声、光出す魔法陣……

ふと、不気味な笑い声と共に魔王の言葉が蘇った。


「貴様も地獄に道連れにしてくれるわ!」


 魔王の言葉が頭のなかでこだまする。引き摺り出されるように、アルスの頭にある単語が浮かび上がって来た。


 異世界転移。前に一度だけ話を聞いたことがある。魔法陣を用いた魔術で、人や物を異世界に飛ばしてしまう魔法だ。余りにも難しく、過去に辺り一体を巻き込む事故があったため、禁術になったと言われている。

 見慣れない服装、聞いたことのない言葉。魔王ガルベルトは最後の切り札として、異世界転移の魔法を発動させたのだ。恐らく元の世界に戻せるのは魔王のみ。しかし、その魔王は自らの手で殺してしまっている。孤独感と絶望感が一気に押し寄せてきた。目の前が暗くなる。再び意識を失った。


 しばらくしてまた目を覚ますと、先程の男と、あどけなさの残る女性の顔が心配そうに顔を覗き込んでいるのが見えた。アルスが目を覚ましたのを見ると、2人とも顔を見合わせてホッとした表情をしている。

 2人の顔がアルスの視界から離れると、今度は白髪の老人が現れた。布団を捲り、手首に指を当て、何やら点検するようにあちこちと触っている。すぐに医者と分かった。診察が終わると、先程の2人と何かを話している。やはり、話の内容を聞いてもアルスには理解できなかった。次第に倦怠感と強い眠気がだんだんと意識を支配していく。目蓋を閉じると、そのまま眠ってしまった。


 数日間の間、アルスは眠ったり目を覚ましたりを繰り返した。魔王との死闘であまりにも血を流し過ぎたせいだ。それでも1週間後、立ち上がるまではいかなくてもなんとか上体を起こすまでには回復した。

 意識がはっきりしてからは、様々なことを考えた。魔王を倒した後、一体どうなったのか。元の世界に戻るためには?傷が治ったとして、何をしたらいいのか。今自分がいるこの世界については何一つわからない。行く当ても、探す当ても無い。そもそも、生きていけるのかすら不安になるほどだ。考えれば考えるほど、憂鬱になっていく。死んだ方がマシだった。そんな思いも生まれてくる。


 絶望感と孤独感に、もはや考える気力も無くボーッと寝台に座っていると、不意に肩を軽く叩かれた。驚いて視線を上げると、目を覚ました時に自分の顔を覗き込んでいた2人の姿があった。彼女は何やら自分の口元に手を持ってきてしきりに閉じたり開いたりしている。何かを喋れと言っているらしい。


「えっと……僕が、何を、言っているか、分かりますか?」


 ゆっくりと言葉一つ一つを丁寧に、口に出していく。2人とも耳を傾けて聞いていたが、彼女はかぶりを振りはぁとため息をついた。やはり全く通じないようだ。

 眉間にシワを寄せて、何かを考えているようだ。ふと彼女は何かを閃いた様子で、男に指示して何かを持ってこさせた。隅にあった机が寄せられて、紙と筆、それと四角い石のような器に入ったインクのようなものが置かれた。彼女がアルスを見ながら仕切りに何かを書く仕草をしている。どうやら紙に何かを書けと言っているらしい。男が筆にインクをつけて、アルスに差し出してきた。


 どうせ読めないのに。そんな事を思いながら、とりあえず言われるがまま自分の名前を書いてみた。書き終わったと見ると、2人は横からアルスの書いた文字を見てくる。2人は顔を見合わせて二言三言交わした後、何かを期待するような眼差しでアルスの方に視線を向けた。意図を察したアルスは1文字ずつ指で差しながら、


「ア、ル、ス」


と言った。すると2人は異口同音に


「ア、ル、ス?」


と復唱する。更にアルスは自分を指差して、


「アルス」


と言った。意味を理解したようで、アルスを指で差しながら


「あるす」


と復唱する。どうやら自分の名前がアルスということは伝わったらしい。


 次に女性が自分を指差して、


「ジャン、フェイ、ユエン」


と言った。アルスも続いて


「ジャン、フェイ、ユエン」


と復唱する。続いて今度は男を指差し、


「チェン、ジー」


と言った。先ほどと同様にアルスも


「チェン、ジー」


と復唱する。

 ジャンフェイユエンとチェンジーというのが2人の名前のようだ。


 少し奇妙な自己紹介を終えて、張翡媛が思わず笑みをこぼした。それに釣られつて陳吉も笑い、アルスも笑みをこぼした。3人の間には穏やかな雰囲気が流れた。言葉も文字もわからないような状況では、互いの名前を知る程度でもコミュニケーションが取れると気が楽になるものである。強い孤独感と絶望感に沈んでいたアルスの心も、幾分か軽くなった。

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