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第1話 転移

世界観はやっぱり金庸武侠小説だよね

花が咲き山は彩り、草木は萌え、柔らかな風に桃の花が香る。そんな甘い香りを身に纏い、芳草生茂る草原を1人の美女が白馬に跨り風の如く駆けていた。眉目秀麗で凛とした雰囲気を漂わせ、弓を携え剣を帯び、巧みに白馬を操っている。一見すれば、若い武将が戦場を駆けているかのようだ。

 ガラスのような澄んだ彼女の瞳は、既に獲物を捕らえていた。慣れた手つきで矢をつがえ、キリキリと弓を引き絞る。ビュンという風切り音と共に放たれた矢は、雉を見事に貫いた。手綱を握り馬を止めて、サッと飛び降り獲物を確認する。


「うん、まぁまぁね」

「お嬢様〜!はぁ、もう先に行き過ぎですよ〜」

「陳さんが遅すぎるのよ。ほら、受け取って」


 そう言って射止めた獲物を男へ向かって放り投げた。


 白馬に乗っていた彼女の名は張翡媛。塩商である張国真の娘で生来より武芸や馬術を好む、いわばお転婆なお嬢様だ。後からやってきた男は名を陳吉といい張家に使える者で、今で言う所のお屋敷の執事といった役割を担っている。2人は張翡媛の趣味で郊外に狩に来ていた。

 獲物を受け取った陳吉は、張翡媛の顔色を伺うようにして聞いた。


「あの、お嬢様?もう大分日も暮れてきましたし、早く屋敷に……」

「はいはい、今日はまぁ、獲物も取れたし、引き上げましょう」

「あ、そうですか!いやぁ、良かった良かった!ささ、早く帰りましょう」


 張翡媛が仕方なさそうにそう答えると、陳吉は胸を撫で下ろし喜んで道を開けた。

 実のところ、張翡媛は狩猟を父より禁止されていたのだ。無論、お嬢様がやるような事ではないからという理由もあるが、最近では付近の盗賊が活発な動きを見せていたということもあった。数日前から彼女の父である張国真は仕事で屋敷を離れており、出掛ける前に遠出はしないようきつく言いつけていたのだが、親の心子知らずか張翡媛は両親の目が無いことをいいことに愛馬の白龍に跨り、颯爽と狩猟に出掛けてきていた。陳吉は致し方なく付いてきたが気が気ではない。


屋敷へ帰ろうと来た道を戻り始めたその時、天が落ちたかと思うような凄まじい轟音と眩い閃光が走った。馬が驚いて暴れだしそうになるのを2人ははなんとか抑える。何事かと辺りを見回すと、木立ちの奥の方で土煙が上がっているのが見えた。すぐに馬から降りて手近な木に手綱を留め、ひらりと飛び降りた。


「白龍、ちょっと待っててね」


ぽんぽんと、首筋を軽く叩き木立ちの方へ向かっていく。


「あの!ちょ、ちょっと!お嬢様!何処へいくつもりですか?!」

 慌てて陳吉も馬から降りて、呼び止める。


「そんなの、決まってるでしょ。正体を確かめに行くのよ」

「決まってるって……ダメですよそんなこと!何があるかもわからないのに!」

「何があるかもわからないから、確かめに行くんじゃない。怖かったら陳さんはここで待ってもいいのよ。すぐ戻るから。」

「そんな訳には……あ、お嬢様!」


 張翡媛は陳吉が喋り終わる前に林の中へ入っていった。勿論、1人で行かせるわけにもいかず、陳吉も慌てて馬から降りて張翡媛の後を追って入っていく。


 林の中に入ると少し薄暗く感じた。上を見れば、木の葉が屋根のように生茂り陽の光を遮っている。いつでも剣を抜けるよう、柄に手を掛け警戒した。次第に独特な土の匂いが強くなってきた。さらに木の間を縫って進んでいくと、前方に開けた場所が見えてきた。手の合図で陳吉にここで待てと伝え、身近な大木に身を隠しながら近づき様子を窺うと、えっと声を上げて目を見開いた。張翡媛の様子を見て、陳吉も近くまで寄ってみると、目の前の異様な光景にうわっと声を上げた。


 直径にして10mくらい、まるで隕石でも墜ちたかのように周囲の木々が薙ぎ倒されていて、膝の高さほど地面が抉れて土肌が剥き出しになり、クレーターのようになっている。中は建物の残骸と思わしき大きな瓦礫が転がっており、まるで天空から城壁の一部でも崩れ落ちてきたのかのような有り様だ。

 好奇心にそそられてきたものの、目の前の状況は余りにも想像とかけ離れていた。とても人間の仕業とは思えない。ここが先ほどの轟音の正体とはすぐにわかったが、いったい何が起きたのか、2人には見当もつかなかった。

 張翡媛が唖然としてその光景を眺めていると、あるものが目に止まった。丁度、真ん中あたりに人が倒れている。はっと我に帰った張翡媛はさっと飛び降り、用心しながら倒れている人物に駆け寄った。若い男のようで、金髪に見慣れない服装をしている。全身血みどろに塗れ、パッと見た限りでも、十ヶ所以上、刃物で斬り付けられたような傷が見える。かなりの重症のようだ。首筋に指を当て脈を測ると、まだ息はある。


「陳さん!大変、怪我人がいるわ!」


そう張翡媛が呼ぶと、慌てた様子で陳吉も降りていった。


塩商:塩を扱う商人。明王朝の時代は専売制を取っていて、官庁が商人に官塩を卸すシステムになっていた。そのため塩商は富豪が多く、他の事業にも投資していたりもした。

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