第十五話・それぞれの想い
『これから、二年生の競技が行われます。二年生は――……』
夏休みが開けてだいぶ経った頃、体育祭が行われた。
天気もよくて体育祭日和って感じ。
あのあとのりっちゃんとの関係はというと…
「桜羽ー!!一緒いこっ」
「うん!!」
前みたいに仲良しに戻ることができた。
りっちゃんは何も言わないけど
きっともう那音と、よりを戻したと思う。
―――これでいい。
全部…
全部リセットするんだ。
転校してきた頃に。
「あー…次男女別リレーじゃんっ…」
私はクラスの中では速い方らしく、
アンカーになっている。
「よーぃ…ドンッ!」
最初は女子のリレー。
私は緊張でそわそわしていた。
どうしようー…。
転んだりしなきゃいいなぁー……。
とかなんとか思っている間に
「各クラスのアンカー!!あと3人だから準備してっ!!」
えぇえぇぇー?!?!
あぁー
どうしよう…。
心臓がぁぁーー!!!
そして私の前に走っていた瑠架がバトンを持って勢いよく向かってきた。
よしっ…!!
「あとは任せたー!!行けぇー!桜羽ーっ!」
―――パシッ!!
バトンを受け取って私は勢いよく走り出した。
向かい風が吹いている。
でも
それに対抗してスピードを上げる。
幸い前には誰も走っていない。
これはっ…!!
いけるのでわっ?!?!
ゴールまであと20メートルぐらいのところで
みんなの声が聞こえた。
「さーわー!!行けー!」
「頑張れー!!」
その声の中に
「桜羽ーーっ!!」
大好きな人の声。
思わず振り向きそうになった。
―――パアンッ!!
『一位は3組です!!』
その言葉をきいて私は
「やったぁー!!」
って言いながらみんなのところに駆け寄った。
――――ガッ…!!!!
や、ば…!!
また転………!!!
「うっ…いたぁー…」
勢いよく転んだ。
半泣き状態の私…。
「ちょ…桜羽ー!!何やってんのぉ!!」
そう言いながら光奈が駆け寄ってきた。
「うぇー…いったぁー…」
「あーもぅ。ばかぁ!保健室行くよ!捕まって」
ゆっくりと光奈の肩に手を回して保健室に向かった。
保健室に行く間私はさっきのことばかり考えていた。
“桜羽ーーっ!!”
…那音の声だった。
まだ…こんなにも反応してしまう…。
諦めたいのに。
考えたくないのに…。
「いったっ!!ばかっ光奈もっと優しくっ……」
光奈が消毒液を思い切り私の足の傷に吹きかけた。
「あはっ♪O型なもんで♪」
笑い事じゃないわっ!!!
どうやら保健室の先生は熱中症で重症な子を
病院に送りに行っていて留守らしい。
「あっ!!やばっ。綾斗の番だ!じゃぁねっ!!先行く。少しソコ居なっ?」
「はぁーい。いってらっしゃい♪」
そう言って光奈は保健室をあとにした。
足がまだズキズキする。
外では女子の声援がちらほら聞こえてくる。
……那音も走ってるのかな?
そんなこと考えたけど、窓の方は見なかった。
「ふぁっ…」
やばぁ…
眠くなってきた…。
先生いないし…ベッドに潜ってようかな。
そうと決まれば
ベッドに直行ー♪♪
「んぃー♪…柔らか…」
思っていたよりも柔らかいベッドに余計に睡魔が襲ってきた。
―――ガラッ
「?!」
だ、誰!?
先生……?
「せんせー?ってアレ…?…いないし…」
ドキン…ドキン…
なんでいつもいつも
私の心に入ってくるの?
「あれー…て…桜羽?」
「…な…那音…どうしたの?」
心臓は壊れそうなほどにバクバクだった。
だけどそれがバレないように
私は平然を装う。
ふと、那音に目を向けると
那音の膝は血で赤く染まっていた。
「ちょ…?!どうしたの…?!」
「え?あー…転けた♪」
そう言って那音は白い歯を見せて笑った。
ドキン…
心臓が跳ねた。
――笑顔が
大好きだったの。
ドキドキしてる“心臓”とは裏腹に
“心”はズキズキが止まらない。
「…消毒してよ」
そう言って那音は先生のイスに座った。
「…えっ…」
いきなりの要求に戸惑う私。
「お願いしまーす♪」
特に深い意味でもなさそうだから私は仕方なく先生の前のイスに腰をかけた。
水で軽く洗ってから
消毒液を脱脂綿につけて丁寧に消毒をしてあげた。
「へぇー…お前器用なのなっ」
「んー…?そうかな」
久しぶりに向けられた私への言葉。
私だけに
向けられた言葉…。
「…」
「…桜羽?」
やばい…なんか泣きそう。
「ぉ…終わったから!!じゃぁねっ……」
そう言い残して保健室をでようとしたときだった。
「ちょ…待って!!…ごめん…俺のこと嫌いなのに。…あと…気持ちに気付かせてくれてありがとう…」
那音の
“気持ち”は
りっちゃんへの気持ち。
やっぱよりもどしたんだ…。
「大丈夫…ぁの…次はちゃんと大事にしてあげて?もう…泣かせたりしちゃだめだよ…?」
私の
最後の強がり。
“幸せになって”
「うん…さんきゅ…」
那音は柔らかく笑って
私の手に何かを握らせた。
「じゃぁな」
那音が見えなくなってから私は手の中のものを見てみた。
―――その瞬間
私の目からは涙が流れた。
「…いちごの…アメ…」
イチゴ味のアメを見たら
今までの記憶がゆっくりと頭の中で騒ぎ始めた。
イチゴ味の初めてのキス
「桜羽…珍しい名前―!!」
那音と最初に話した言葉。
【やほ!!メールしてみた♪メーワクかな??】
初めてのメール。
「…なんか桜羽に見せたくなっちゃってさ」
那音が見せてくれたキレイな星空。
「お前、可愛いなぁ」
呟かれた一言。
『中途半端に優しくしてるつもりないから…桜羽だけ』
電話の向こう側で那音はどんな顔してた?
『……桜羽…俺と付き合って…?』
このとき私は生きてた中で一番嬉しかった。
「ばかやろー…」
そう言って私を抱きしめた。
温かくて大きかった、那音。
――ずっと、笑っててな?――
笑えないよ。
笑えない。
泣いてばっかりだよ。
「好きだ」
別れるときに真剣な目で言った一言。
全部、全部、
忘れられてない。
こんなにも新鮮に記憶が残ってる。
「…っな…おとぉ…!!」
好きで好きで
でも
気持ちのやりばがなくて。
叶わないってわかってても
恋しくて、愛おしくて…。
こんな想いいらないよ。
「…桜羽…」
「……っ?!」
顔を上げればそこには健太が立っていた。
「どしたぁー…大丈夫?」
優しさが那音とかぶる。
「んっ…だい…じょぶ」
泣いてるせいで
うまくしゃべれない。
「全然…大丈夫じゃねぇだろよ…」
健太は私の頭をポンポン、と叩いた。
健太も那音と同じ仕草に私は余計に涙が止まらなかった。
「っ…那音…な…ぉ」
「那音?那音となんかあったの?」
私は少し言おうか考えてから、コクン…と頷いた。
「…そっか、…泣くな…」
健太は何かを察してか、私の頭にあった手をひっこめた。
そして私の頬に手をあてぐいっと上に上げた。
いま、顔涙でぐちゃぐちゃなのに。
「…っ…けん…た…」
「よしよし…大丈夫だから。な?…泣くな!!」
そう言って私の頬をペチっと軽く叩いて、軽く引っ張った。
「…いっ…いひゃい」
おそらく今私は変顔。
「ぶっ!!…可愛いね」
“可愛いね”
やっぱり何かが違う。
那音に言われた時は心が温かくて。
健太にはそういうのがないよ。
「…どこが…?こんな涙でぐちゃぐちゃなのに…」
可愛くなんかない。
私は悪い子だよ。
那音の幸せを心から願えない、
言葉だけの
最悪なやつだよ……?
「…ばか」
そう言って健太は私のおでこに唇をあてた。
「………?!?!?」
な、なななななっ…!?
きっ…キスっ!!
おでこにキス……。
「ほら♪涙止まった♪」
「…あ…」
そういえば…びっくりしすぎて……。
で、でもなんで…
「……付き合って…?」
「…え……?」
な…何言ってんの…?
「…一目惚れ…だったんですよね…実は」
顔を赤らめて呟いた健太がなんだか可愛かった。
でも今は……
「……あたし…」
「わかってる。…だから…考えてみて?利用するだけでもいいから…」
利用って……。
そんなことできないよ。
「…健太…私…利用なんてしたくな…」
「忘れさせてやる」
ドキン…
健太の真剣な目に私は言葉がでなかった。
「…ごめん…こんな時に…でも考えてみて」
そう言って健太は去っていった。
優しい、健太。
傷つけることなんてできない。
だから……ごめんね。
嬉しいよ。
ありがとう…。
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『以上で体育祭を終了します。生徒の皆さんは――…』
あのあと無事なにもなく体育祭は終了した。
「桜羽ー」
後ろから瑠架が駆け寄ってきた。
「ん?なにぃ」
「かぁーえろ♪」
無邪気に笑いかけてきた瑠架に癒されながら
何も考えないで
私は家へ向かった。
どうにもできない…。
健太と付き合っても
きっと
那音とかぶる。
また、大事な人を傷つける。
そんな事はもうしたくない。
ポッケに入れっぱなしだったイチゴ味のアメを見つめて
そう、心から思った。